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東方兄妹記  作者: 面無し
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昔の夢





 能力でなんとか被害を今いる部屋までで抑えられた。ただ、そこで気づいたのは以前の蛇に比べて穢れの流出量が少ないこと。

 部屋を飲み込んだ穢れを無理矢理に別空間に押し込めて、息も絶え絶えになりながらガラスの管を見ると、そこにあったのは抜け殻だった。

 合点がいったと同時に安心した。本体がいれば俺の防御も城も超えて王都が死都になるところだ。今回の黒幕は偶然穢れをすごく貯められる物体を見つけただけだったわけだ。

 後方に目をやる。エルンたちは吹き出した穢れに全員が吹き飛ばされていた。

 影響が少なかったのは神様や吸血鬼のエルン、そして自分の魔力が寿命になるフェリーの三人で、影響が大きかったのは人間の二人だった。

 穢れは生物の寿命を著しく短縮する。細胞の耐久値とかそういう科学で言えるようなものではなく、生命力の限界値という少々霊的な意味が交じる寿命だ。

 エルンの従者は大丈夫だ。いざとなればあいつが何とか出来る。あいつは吸血鬼だしね。

 俺は束錬へ駆け寄る。おそらく、あれだけの量をくらったら、もう虫の息でもおかしくないはずだ。


「おい、大丈夫か!?」


 返事がない、ただの屍の……なんてことはない。一応生きている、一応。

 でも、予想通り虫の息だ。もうほとんど呼吸もない。

 対処法はある。まぁ普通の人間でなくなるのが悪いところだが、そこは仕方ないから無理やりでも承認してもらおう。

 俺は束錬の頭に手を置いた。


「能力発動。浄化作用付加の技『悠久の厄祓』」


 束錬の額においた俺の手から光が漏れ出す。

 それはそのまま大きな光球となって束錬の体を包んでいった。

 この技は人体に厄や穢れを自動的に祓う機能をつけるものだ。

 その際、体の中にある穢れは全て取り除かれ、月人とおなじになる。ついでと言っては何だが、霊力を消費して細胞の複製もされる体になるから。実質不老不死だ。

 元々は呼白を見ていて思いつき調整した技だ。思いついてなかったら……死んでたな。

 光が束錬の心臓部分に収束し、収束した光は最後に小さな音を立てて消えた。

 同時に、束錬の目がうっすらと開いた。



      ****



 朦朧とした意識の中、目の前で僕の名前を叫ぶ彼女をどこか遠いもののように見ていた。

 流れる金の髪、宝石のような赤い瞳、物語の人物のような整った顔立ち、それらが歪んでいくのがすごく嫌なのに、僕の体は重く動いてくれない。

 意識が遠のいていく。力が抜けていく。寝てはダメだと知っているのに、体はどうしてもいうことを聞いてくれない。

 起きろと叫ぶ意思に反して、僕は眠りに落ちた。




 夢を見た。



 父と母が死んだのは、もらったという果物が毒入りだったという単純な話だ。

 早く食べないと悪くなるという母の言葉を無視して遊んだ帰りに、僕は血を吐いて死んでいる二人を見つけた。

 子供が殺すなんて疑われることもなく(僕の分の果物もあったこともあるけど)僕は孤児院に行くことになった。


 孤児院での生活に特に不備はなかった。院長さんたちは優しい人で、みんなの母代わりになって僕らに愛情を注いでくれていた。他のみんなも入りたてだと気も沈んでいるだろうからと気を使ってくれたし、年上の子は勉強を教えてくれたり、年下の子は何かと頼ってくれたり、兄妹のように接してくれた。

 でも、どこかで僕の中での家族は二人だけのままで、僕の中には孤独があった。出ていった時に見た仕方ないと言いながらも笑う母と、僕のやりとりを見て愉快そうに笑う父、二人の笑顔が大切な家族の思い出として僕の頭から離れなかった。

 そんな良くはしてくれるけれどどこか孤独なある日、年長だった男の子が独り立ちするのを見送った。

 また来るからといいつつもそそくさと急ぐように出て行った彼を見て、僕は僕の家族があの二人だけだとしか思えない理由に行き着いた。

 ああ、ここのみんなとはいつか離れてしまう。住所も知らぬ何処かへ行って話すこともなくなってしまうのだろう。家族ならば、どこに住んでいるのか知っているだろうし、いつだって会える。でも、ここで離れたみんなは他人のようにどこに住んでいるかわからなくなるだろうし、いつでも会えるなんてことはない。優しくても、仲が良くても、そんな何処か他人が混じっているから、僕はみんなを家族とは思えないんだ、と。



 夢の景色が変わっていく。



 それは春の温かい日だった。河原に行こうと誘われ、気乗りはしなかったけれどもついて行った日。

 遊ぶみんなを見ていれば僕自身は満足で、特に遊ぶなんてことに興味はなかった。

 時折話しかけてくるみんなに、それなりの笑顔を返していれば退屈もしなかったしね。

 そんな満足だけれど楽しくはない場所に、彼女が来た。

 紅い城の城主だというのはすぐわかった。彼女は昔から城の外で堂々と普通の人と接する変わり者だと有名だったからだ。

 最初は遠くから眺めているだけだった彼女は、しばらくして僕の方へよってきて言った。


「みんなと遊ばないの?」


 僕はどう答えたものかと考えた。正直に話せば子供らしくないなどと思われるのだろう。なら、子供っぽくとぼけたほうが子供らしいだろうか。

 そう考えて、僕は少しの笑みとともに返した。


「お姉さんも遊んでないよね?」


 今考えれば全然子供っぽくないし、そのせいで子供に見えてしまう返しだっただろう。深読みし過ぎでお子様なのがバレバレだ。

 まぁでも、それのお陰で彼女に気に入ってもらえたのだから、結果としては良かったのだろう。

 みんなを眺めながら彼女と話をした、他愛のない話を。

 その中で、彼女が不意に聞いてきた質問があった。


「お父さんとお母さんがいなくて寂しい?」


 僕は彼女を見た。その顔は真剣で、知りたいという感情がにじみ出ていた。

 無神経だとは彼女も知っていただろう。だからこそ、彼女は真剣な顔だったのだと思う。

 

「寂しいよ」


 正直に、僕は答えた。なぜかと問われれば彼女が真剣だったからだ。

 彼女は少し面食らった顔をしていた。ここまで正直に話すとは思ってなかったんだろう。

 そんな面食らう彼女が優しい事がわかったから、僕はその先も話した。


「孤児院の皆は優しいけど、いつか皆いなくなることがわかっているから、皆本当の家族だとは思えない」


 それを聞いて、彼女は何も言わなかった。

 笑いもせず、ただ頷いて、僕を抱きしめた。

 僕を抱きしめてくれた彼女は温かく感じられて、僕の中でなくなったものが溢れていくような気がして、少しだけ泣きそうになったのを覚えている。

 


 少し満ちた気分のまま、景色は変わっていく。



 それから彼女は孤児院によく来るようになった。

 ある日のこと。

 

「私は親も兄妹も知らないのよねぇ」


 そう彼女がつぶやいた。言った後のびっくりした顔からして、彼女も意図していなかったんだと思う。

 城主が実は親も兄妹も知らなかったなんてどういうことなのだろうと一瞬不思議に思い、一人っ子で育てたのは世話役で親と顔を合わせたことがないという答えに行き着いた。

 僕の不思議そうな顔を見て、彼女は慌てて、まずいことを言ったわね、変なことを言ってごめんなさいと謝った。

 けれど、まずいことなど何一つ言っていなかったはずだと僕は少し疑問だった。

 ただ、家族をなくしたのとは違う、そもそも家族を知らないと言うのはどういう気分なんだろうとは思った。

 やっぱり寂しいのだろうか? それとも、最初から一人だったなら孤独なんてわからないのか。

 僕はそれを聞いてみた。寂しくないのかと、初めてあった時の彼女のように。


「寂しくないわ。一人でも、ね」


 彼女はすぐにそう答えた。けれども顔は僕を見てなくて、そっぽを向いたその目はどこか遠くを見ていた。

 嘘だと、僕はそう感じた。いや、全部がとは言わないけれど、どこかが嘘だと思った。

 でも、素直にそれのどこかが嘘だよねと言ってしまうのは気が引けて、僕はしかたなく別方向から問いかけてみた。


「じゃあ、一人で満足?」


 僕の問いかけに、彼女は少し思案した。

 そして、どこか羨ましいものでも見るような目で遠くを見た。


「満足とはいえないかもしれないわね」


 鎌をかけて正解だったのかもしれない。

 最初から孤独だったから、寂しくはない。けれども満足しているわけではない。

 十あったら五くらい。不足はしてないけれど、満ちてもいない、そんな感じなのだろう。

 なんだか、平坦な地面みたいに、それはすごく面白くなさそうで、実は寂しいことなんかよりずっと哀しいことなんじゃないかと思った。

 そして、そう思った僕は抱きしめられた時のことを思い出して、あの時に僕の中に何かが溢れたように、僕も彼女に何かしてあげられないかなんて生意気なことを考えて、なんとなく、自分が一番ほしい物を相手も喜ぶだろうなんて子供の考えのまま、僕は彼女の近くに必ずいられる存在になることに決めた。

 


 また夢の景色が流れていく。



 一度決めたら僕は早かった。彼女は城主なのだから一番近くにいるには城で働かないといけないからと、必死で勉強した。礼儀作法なんかも学んで、彼女とあって一年半が立った頃、僕は街でも有名な頭のいい子になっていた。

 そんな時、いつもと違って、彼女は夜にやってきた。


「夜にごめんなさい。なんだかどうしても顔が見たくなって」


 彼女はそう言って笑った。

 窓際に腰を下ろした彼女と蝋燭を間に入れていつものように話をした。

 そんな時だった。僕の顔が映る窓を見て、彼女の顔を見て、その先の窓を見て、彼女が窓に写っていないことに気づいた。

 本で読んだことがある。人の血を吸って生きていて、魔術を使って人をたぶらかす、鏡に映らない存在。

 この窓も鏡だというのなら、彼女は僕の知っている存在なのだろう。

 不思議と恐怖はなく、魔術が使えるなら僕もそれを学ばないといけないかななんてのんきに思った。だって、僕の中での優先順位は彼女のそばにいることが一番で、彼女がどういうものなのかなんてどうでも良かったのだ。

 彼女笑顔が出てくるなら、その心に何かを満たせるなら、他はどうでもいい。

 ただ、問題があることも僕は分かっていた。人間が彼女のそばにいるならそれなりに細工が必要になるだろう。

 街で有名になったのが役に立ったのはこの後すぐだった。



 海の景色が見えた。いつか見たあの景色が。



 その日、彼女に誘われて海に行くことになった。

 ふたりきりの時間になるだろう。僕は前々から用意していた魔術の契約書を持っていくことにした。

 海を見てはしゃぐ彼女はなんだか恋人とのデートに浮かれる女の子のようだ。まぁ、そんなことを言えば怒られただろうけれど。

 そんな彼女はドレスが汚れるのも気にせず、岩の上へと登っていく。

 大きな岩の天辺で、足を止めた彼女は満足そうに振り向きながら言った。


「一番乗り!」


 その笑顔に手をふろうとしたその時、僕は足を滑らせた。


 あ。


 ぐるりと世界がひっくり返った。体を一瞬だけ浮遊感が包み、一気に下へと下へと落ちていく。

 落ちていく瞬間に思考は停止して、真っ白な頭のなかで僕は日傘を放り投げた彼女を見た。

 思考が戻ってきた時には、もう地面に戻ってきていた。

 少し震えながらも僕を抱く彼女の背には真っ黒な翼。そして、その端は陽光にあたったせいで少しこげて煙を出していた。

 僕を放した彼女はいつもからは想像できないほど混乱していて、うわ言のようにどうしよう、と呟き続けていた。

 彼女の考えていることはなんとなくわかった。僕の記憶を消すか消さないかで迷っているんだろう。

 でも、それは僕が彼女をみんなに告発しようとする人間であればの話だ。そんなことは僕はしない、それよりも、都合よく正体がバレるなんて幸運もあったのだ、これを活用しない手はない。

 僕は契約書を取り出した。


「これでした約束は反故にできないんでしょう?」


「その通りだけど、どこでこんなもの」


 笑って答えた。


「僕が知らないお姉さんがいたように、お姉さんの知らない僕もいるっていうことだよ」


 そして、僕と彼女は契約した。

 僕は彼女に魔術を習うと同時に、彼女の最も近くに要られるポジションを得た。

 朝起きて、夜わかれるまでのほとんどの時間を一緒に過ごした。

 彼女の笑顔があれば僕はどこか満たされていて。

 彼女も、笑顔の時はあの時みたいな虚しそうな顔は消えていて。

 ならば、と僕は彼女の笑顔が見たくて努力した。




 景色はいつかの川になった、彼女が涙を流しながら対岸に立っている。




 僕は叫んだ。


「なかないで!」


 彼女の顔が歪んでいく。

 それを見て、僕の中で満ちていた何かが欠けていく。

 それを見ていたくなくて、僕は走りだした。遠のいていく彼女を捕まえようと川に入り、ザブザブと水をかき分け彼女の元へと歩いて行く。

 その瞬間、あの時のように足を滑らせた。


「あっ!」


 水へと沈みながら僕はあがいた。

 あがいてあがいて、彼女のところへ行こうと手を伸ばす。

 ただ、体の力は少しずつ抜けていって、いつの間にか景色もかすれてきた。

 もうダメなのかもしれないと、頭の何処かでもう一人の僕が言った。

 でも、諦めたくなかった。彼女の泣き顔を晴らして、笑顔が見たかった。


「エルン!」


 彼女の名前を呼んだ。

 瞬間、必死に伸ばされた僕の手を何かが掴んだ。

 そして、耳元で声がする。


「あんたは、まだだいぶ先だよ!」


 手を何かが引き、彼女の前へと放り出される。

 僕は、対岸についていた。

 目の前で、座り込む彼女の姿が見えた。

 近づいて、その顔を挙げさせ、言った。


「なかないで、大切な人。君には笑って欲しいんだ」


 泣いていた。彼女は顔を俯けた。

 そして、少しだけ照れた顔をしながら、少しだけ笑ってくれた。


「いいわ、愛しい君の頼みだもの」



 景色が白んできた。彼女の顔が一度薄くなって、今度は濃くなっていく。



 少し泣きはらしたエルンの顔を見ながら、僕は目覚めた。 

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