緩く楽しい殺気
私だって彼に好きで従っているわけではない。
彼が研究している無闇矢鱈と色々なものを混ぜた生物は醜く、生物としてありえない構造は彼らの寿命を著しく短い。
その短い寿命を生きようとする生物が哀れに見える私にはあの研究を笑顔で行う彼に喜んでついていくなど無理な話だ。
でも、私は彼に従っている。なぜか、理由はいくつかある。
一つ、彼に従わないと放り出されるから。子供の女一人でどうやって生きていけというのか。身よりもないし、身内もいないので身売りでもなんでもしていいが、じゃあどこに雇ってもらうというのか。この国に奴隷制なんて(一応)ないし、そもそも私はそういう技術を全く持ち合わせていない。
二つ、生まれた時の細工か何かの暗示で命令に対して強制性が発生しているから。嫌な命令でもやらなきゃいけない気分がするというのは違和感があるが、そうなっているのだから仕方がない。私を産んだ時に遺伝子とか言うものをいじって催眠にかけやすくしたらしい。
三つ、その強制性の発生している命令に対して上書きをしにくくするための機械を頭に入れられていること。まぁつまりはこれでご主人を簡単に入れ替えられないようにされているわけだ。
私は彼が目的を達成するために生み出された。故に、彼の言うことを聞くように作られているわけだ。
呼白の言うとおり、彼が負ければ私は何も残らないだろう。放り出された時よろしく路頭に迷って、何もすることがなくて、最終的にはお陀仏というところだ。
それは正直遠慮したいところだ。私だって生きていたい。だから、呼白に私を倒してもらう。
目の前の呼白と戦うのはその機械が出しているご主人を彼女に上塗りしてもらうためだ。
機械が指定する主人の上書きの条件は『死にかける』こと。この条件を満たすために、呼白にぶっ倒される必要がある。
が、主人入れ替えを全力で阻止しろという命令が私にはかかっている。
面倒臭いが、命令もあるし戦わなくちゃあいけない。
全力で戦って、その上で呼白に勝ってもらわなくてはならない。
でも、今この城にいる襲撃者の娘だと言っていたし、その点は大丈夫だろう。私を動きを出そうと考えた瞬間に叩き潰して殺してくれたような奴の仲間なのだから。
そう思いながら私は呼白に刃を向ける。私を倒してくれることを期待しながら。
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ナイフが私の喉元に向けられる。私の命を奪おうとする明確な殺意のこもったそれを、私はどこか楽しみながら避けた。
いつか、頼み込んでお父さんに腕試しさせてもらった時、うっかり乗り気になってしまったお父さんが拳を振ってしまい、私を簡単に引き裂いてしまえるあの風圧を感じた。命を脅威がかすめる感覚と、その時に感じた心臓を掴まれたような感触に私はどこか心を奪われた。
避けて振り向いた私の心臓を、投げられたナイフが狙っている。私はそれが私の心臓を狙っていることにどこか興奮しながら避けた。
楽しそうに戦うお父さん、楽しそうに戦う国下さん、楽しそうに戦うお母さん、その感覚を私はその時に知ったのかもしれない。怪我をするのはたしかに怖い、けれど、怪我をするかも知れないその恐怖が……とても、とても、とても、楽しい。
もう、戦いを楽しむお父さんを私もどうこう言えないだろう。だって、私も同じだったのだから。
「朔ちゃん、もっと本気で狙っていいんだよ?」
私をかすめるナイフに味をしめながら、私はねだるような気持ちで朔ちゃんを煽った。
朔ちゃんは無表情のままだ。この子は何を考えているのか顔に出てこない子なんだろう。
でも、そんな朔ちゃんでも、私のこの声には少しだけ首を傾げた。
「呼白はそんなに戦うのが好きそうな人ではないと思ったんだけど」
その言葉に私は頷いた。まぁ積極的に戦いに行くことはないと思う。
でも、嫌いなんてことない。
「そんなことない、戦うの大好き」
戦いに行かないだけで、私は戦うのが大好き。だって、私をかすめるナイフを避けるのがこんなにも楽しいんだもの!
朔ちゃんの声に私は笑顔で答えていた。嘘じゃない、本当のことだ。あまり戦ってはいけないと言われているから、戦わないけれど、船の上での戦いも、今のこの戦いも、私は楽しい。
振りぬかれるナイフを私は躱す。楽しみながら。
「じゃあ、反撃しないのか?」
楽しんでいる私に朔ちゃんがそう問いかけてきた。
そういえば、私は今まで反撃していなかった。私はなんだかそんなことを急に思い出した。
「ごめんね、忘れてた。なんだか、ナイフが相手だからかいつもより楽しくって」
そうだ、お父さんの時より、船の時より楽しかったのは、その脅威が見えやすかったからなのかもしれない。
さて、それはそうとして、戦いなのだから反撃しなくちゃいけない。朔ちゃんにいうことを聞いてもらうためにも、それなりに攻撃しないといけない。
だけど、私は体術は苦手だ。お父さんのように問答無用で殴りかかっても大丈夫な体ではないし、国下さんよのうに技術もない。
でも、別のやり方を私はお父さんに教えてもらっている。私のような霊力の多いものにしかできない技術を。
「じゃあ、やっちゃおうかな」
私の腕を狙ったナイフを避けながら私はそう言って、お父さんに教わった通りに体に霊力を流していく。そして、その霊力をそのまま、外側に放出した。
大きな爆発音とともに発生した衝撃波が朔ちゃんを襲う。通路の壁にヒビを入れるほどの力を持ったその攻撃はいとも簡単に朔ちゃんを吹き飛ばしていた。
「なに、それ?」
吹き飛ばされた朔ちゃんは空中で姿勢を立て直しながら顔を変えずにそう聞いた。
私は答える。
「霊力を外側に放出しただけだよ。こう……ブワッと」
「そんな物語みたいな……」
そう、お父さんもそう言っていた。普通はありえない。お父さんに付き添ってもらって初めて使った時なんか周囲の地面がもろとも吹き飛んだようなものなのだ。お父さんが言うには他には束さんくらいしかできないんだとか。
そう、これは私のような人にだけ許された。超強力な近距離攻撃。
「事実は小説よりも奇なりっていう言葉があるんだって」
私は呆れたような口調で朔ちゃんはそういった。表情は動かさないが、口調の通り呆れているのだと思う
。朔ちゃんが思っていることは、顔に出てこないけどわかりやすい。
「じゃあ、続き」
「うん、やろっか」
私は笑顔で答えた。
「せいっ、はあっ」
近づいてくる朔ちゃんを私は霊力の衝撃で繰り返し攻撃した。
まぁ、最初のようにうまく当たるなんてことはない、近づいてくる朔ちゃんはうまく私の範囲のギリギリを出たり入ったりを繰り返している。
爆破の魔法は威力が高すぎるしただの霊力弾では避けられてしまうだろう。
入ってくる朔ちゃんに迎撃が遅れればそれだけ私は負けやすくなる。お父さんは痛みを感じないようにできるけれど私は違う、攻撃が当たればすぐに反撃なんてことはできない。
ふと、今まで大きく範囲に入らなかった朔ちゃんが大きく跳んだ。
前方から私のおでこを狙って飛んでくる彼女に向けて、私は衝撃を放つ。
衝撃と同時に、朔ちゃんが消えた。
「えっ?」
目標を失った私は朔ちゃんを探してあたりを見まわす。その見まわすだけの時間が隙になった。
私が朔ちゃんを見つけた時、彼女はもう張り付いていた天井を蹴り、私の顔に向けてナイフを向けていた。
まだギリギリ対応できる距離だった。私はすぐに体に霊力を流す。
でも、そこで気づいた。体が思うように動かない。さっきまでより、ずっとずっと遅い。
何が起こったのか全くわからなかった。ただ、このままだと私、死ぬ。
私はわけもわからないまま心のなかで動けと言った。その間もナイフが近づく、体はまだ動かない。
もう一度今度は心で叫ぶ、ナイフが肌に触れる、まだ体は動かない。
もう一度叫ぼうとして、それは表に出た。
「動け!!」
私の声が響くと同時に、ナイフが私の肌に少し刺さる。その時、体は動いた。
ナイフの少し刺さったところから一気に霊力を放出する。噴出する霊力はそのままアイフごと朔ちゃんを押し戻した。
私から吹き出した青い霊力が周囲を風のように吹き抜けていく、私はその風のまんなかで、おでこから流れる血を拭って。疲れたように息をあげていた。
「何? 今の」
朔ちゃんが消えたのはただの技術だ。私の衝撃を利用してわざと飛ばされて加速しただけ。私がその加速を目で追えなかっただけだ。
それよりも、私は体が動かなくなったことに疑問の声を上げた。
「奥の手。一定範囲内にいる私以外の全ての物体を減速させる。
さっきみたいに生物相手には気合でどうにされる点が弱点」
「律儀に弱点まで教えてくれて、朔ちゃんは優しいね」
「倒して欲しいんだもの」
「そうだったね」
気合でなんとかなるとはいえ、絶対に無効化できるとは限らないし、さっきのを何度も使われたくはない。なら、使われてもゆっくり対処できる距離を取るのが安全かな。でも、それならこの通路では一方通行すぎて戦いにくい。
通路を爆破しよう。
決めたらわたしは早かった。自分を霊力で守り、上下左右に向けて札を投げつけ、そのまま術を発動させた。
爆発とともに通路は砕かれ、私達は同時に空へ放り出された。
放り出された空中で、朔ちゃんを補足する。彼女も私と同じく霊力を身にまとって防御をしていた。
このまま空中で戦おう。そう考えた時、私の周りに瓦礫が突然出現し、そのまま止まる。石で出来た囲いがその場に完成していた。
「私が術を使えないなんて言ってない」
「嘘」
じゃあなぜ今まで使わなかったのか。手加減とか?
「転移術だけだけど……ね」
「ああ、それで」
瓦礫ができたから使えたというわけか。今まで使われなかったから完全に術式は使えないんだと思っていた。
この囲い。三百六十度の足場、私の衝撃波はさっきのように利用されるし、爆破は足場を増やすだけ、私はこんな足場の戦いはしたことがなくて、朔ちゃんはさっきみたいに天井を使ったりして攻撃できる技術がある。完全に朔ちゃんの場所ってことね。
「私に不利かなぁ」
「転移術を隠せていたのが私の得だった」
続きというように朔ちゃんはナイフを構えた。
第二ラウンドというわけだ。




