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東方兄妹記  作者: 面無し
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惚気の予感

 振り向いて私は自分の目の前にいる少女を見て青ざめた。

 連れてきた時の抜けているというか、危機感の全くない雰囲気は嘘のように消え去り、私に向ける微笑には溢れんばかりの怒りと全身を切り裂くような殺意が込められていた。

 足が自然と後ずさる。自分の感じる怒気や殺気なんかよりも、それを発しながら笑顔でいることに私は恐怖を感じていた。

 自分よりも頭ひとつは違う小さな少女。そんな小さな少女に私は気圧された。


「怖くないですよ? 少しお話を聞くだけですから」


 一歩、また一歩、近づいてくる少女に合わせて私は後ずさった。

 やがて、壁に足がついた。もう下がることはできない。そう考えて、目の前の少女を見て、私は息を呑んだ。『殺される』素直にそう感じた。


「何もしませんよ? 正直に話してくれればいいだけですから」


「た、助けて」


 喉から絞り出せたのはそれだけだった。

 かすれたようにか細いその声に少女は笑い、私の顔に手を伸ばした。

 異形の相手をした今までの人間のように叫びながら逃げ惑う事を私のすくんだ足は許さなかった。縫い付けられたかのように足は動かず、体は石のように硬く、見開いた目に少女の笑顔を移したまま私は動けないでいた。

 少女の手が私の頬に触れる。かすれた声が出た。


「話してくれますね?」


 拒否することは、できなかった。



     ****



「まずっ。何よこれぇこれじゃあお腹に入るからって飲めないじゃない」


 私の目の前で紅の城主はそう言って口に入れた赤い液体を吐き出した。人間離れした美しい顔がそこらのおじさんのように豪快に吐き出すのは見ていてとても違和感がある。

 地下にあった部屋。そこは研究室のようで、彼女の周りには無数の容器とそれに入れられた赤い液体があった。

 妖怪の彼女が飲む赤い液体といえば思いつくのは血液だけだ。だが、彼女はそれをマズいという。では、なんだろう……魔法薬とか?


「これで何回目よ、いい加減おなかが空いてきたわね」


 そう言いながら城主はお腹をさすった。おなかが空いたということは人間を食べていない? 血のような薬も含めて、何を言っているのだろう。彼女にかかればそこら辺の人間をさらえばいいだけなのに。


「さすがの私も断食三ヶ月はしんどいわね」


「三ヶ月ぅ!?」


 普通の人間ならとっくに御陀仏寸前であろう数字が出てきて私は驚きの声を上げた。

 待て待て、落ち着け。断食と言っても人は食ってないというだけの意味かもしれない。人間の食事は食べられると聞くし、それなら三ヶ月だって大丈夫なのではないか?


「私吸血鬼だから人間の食事って娯楽以外に意味なんてないし」


「私は何も聞いてない……という訳にはいかないか」


 娯楽にしかならないのならば、本当にこの城主は三ヶ月断食状態ということか。さすがは妖怪の生命力というか、なんというか、人間では絶対に不可能だ。

 でも、どうして断食なんてしているのだろうか? 彼女ならば権力に任せて夜な夜な人をさらって適当に食べればいいのに。(まぁ食べると言っても吸血鬼と言っていたし飲むというのが正しいが)と、私がそんな疑問を抱いた時、城主が不意に何かに気づいたかのように席を立った。

 なんだろうと不思議に思っていると、城主は面白そうに笑いだし、しばらくして口を開いた。


「あら、未来から誰か来ているみたいね。零あたりのさしがねかしら?」


「へ?」


 予想外だった。今の私が気づかれているとは思えないが、彼女の言葉はまさに私のことを指しているとしか思えないものだった。

 彼女は顎に指を当てて少し考えた後話し始めた。


「私があなたがここにいると気づいたのは『選択し破壊する能力』のおかげよ。過去現在未来すべてを見通し、そこにあるものを破壊する。

 まぁ全体を完全に知覚出来るとは言わないけれど、この能力のお陰で私は自分の未来をある程度予見できる。

 私がここでこの研究をしている理由を話すか話さないかで未来が分岐した。だから、誰かが私を見ていることを知ることができたのよ。

 誰の差金なのか当てたのは……私にそんなことをしてくるのは零だけだからよ。

 まぁ、あたっているかは別だし、ほんとうに未来人が見ているのかどうかは知らないけどね」


城主は自慢気に胸を張っている。なんだか考えていたのと真逆の人という印象だ。良い人か悪い人かというのは自分で見て判断するのが私だけれど、人柄というか、雰囲気というか、そういうものは一応想像していたりする、それに彼女は全く当てはまらなかった。

 伸ばした金の髪は美しく、この世にまたといないであろう美人、スタイルもいいし、見れば見るほど非の打ち所がない。そんなあまりにも完全無欠な貴族の外見をして、目の前にいるその人物の人柄は、私が見る限りはお母さんのような柔らかい包容力が感じられて、私が想像していた貴族の堅苦しさのような雰囲気は全くなかった。

 予想していなかったその雰囲気に何も言えないままの私をよそに城主は話を続けていく。


「ここで研究しているのは、人間の血液を魔術を使うことで増やすもしくは作成する研究よ。

 今のところ成功したのは血液の増量だけ。魔術による作成は……さっきの試作品を飲んだ時の反応で分かるかもしれないけれど、まだ道のりは長そうってところね。

 今のところは随分昔に非常食用に保存の魔術をかけた血液を増やして、危なくなったら飲むことを繰り返しているわ。まぁあと二十年は持つわね」


 そう言いながら彼女はまた別の液体に口をつけ、今度は吹き出さなかったものの明らかに気落ちしたように首を落とした。


「味はほんものなんだけど……お腹にはいった気がしてないから失敗ね」


 首を落とした彼女はしばらく唸った後、諦めたように手元にあったポットに魔術をかけてお茶を入れはじめた。

 そして、お茶を淹れながら、彼女は話の続きを話しはじめた。


「さてと、たぶん聞きたいと思うから、研究をしている理由について話すわね。

 この国において権力が有り、尚且つやろうと思えば魔術でいくらでも隠れられる私が人を襲わずにどうしてこんな断食をしながら血液を作る方法を探しているのか?

 それはね、惚れた男の子に出された課題だからよ」


 「詳しく話すわね」そういって彼女が話した彼女の顔を私は忘れられないと思う。あんな顔は零だけで十分だったというのに。




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