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東方兄妹記  作者: 面無し
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異形





「座標記録の技『地図の上の北極星』」


「なにか言ったか?」


 言葉を日本語に戻して呟いた言葉に私を釣れだした男の人の声が反応した。もう一度言葉を対応してそれに返す。


「いいえ、大したことじゃありませんよ。外国の言葉で『なんだかフワフワして気持ちいいな』って言っただけですから」


「肝の座った少女だと思ったら、今度はのんきだな。実は頭が飛んでるから気になってないだけだったりはしないよな?」


 男の人は冗談めかしてそういった。

 声だけならば悪人にはどうしても聞こえない。だが、悪く見えない人でも悪さをするときはするもの、少し残念ではあるが仕方ありませんね。


「変なクスリは飲んでないので大丈夫ですよ」


「それならいいが」


 私を連れた男の人はそう言ってまたどこかへと向かっていく。

 しばらくして、フワフワと浮いていたからだが地面へと降ろされる。


「目隠し取っていいぞ。まぁ私達の顔は見えないようにさせてもらうがね」


「どうぞどうぞ、構いませんよ」


 いざとなれば魔術による視覚妨害どうとでも出来るので、男の人の言葉を私は快諾した。

 目隠しが外され、視界に景色が戻ってくる。普通のものではないの青色の火を灯す蝋燭が、薄暗いながらも私の周囲をそれなりに照らしてくれている。

 見たところ、ここは石造りの窓のない部屋のようですね。空気が少し淀んでいるので、地下かもしくは秘密で作られた隠し部屋でしょうか。

 周囲にいるのは男の人が一人だけ。部屋から出た時は複数の足音が有りましたし、どこかで細工をしたのでしょう。まぁ人数が減ったら抵抗されるかもしれませんし。

 でも、一番気になるのは床や壁についた赤いシミが見えていることだ。


「あれって人の血ですよね?」


「ああ、当たりだよ。あれは人の血だ。……と言うか本当に君は驚かないね」


「腕が吹き飛んだり、足が吹き飛んだり、頭と体がさよならしたり、色々経験してるので」


「……それじゃあ生きてるはず無いんだけどな。もしかして死霊術師だったりしたか?」


「魔法は私は使えませんよ。でも、少なくとも今の私は生きていますし、ちょっとやそっとじゃ死にません」


 男の人の失敗したとでも言いたそうな声を、私は否定した。因みに嘘はいっていない。私は西洋の方式で作られた術式は発動できないからだ。東洋の呪術や霊術とかなら簡単なんですがね。


「そっか、じゃあ再生魔法でも書けてもらったタイプか……結構いいもの引き当てたかもしれないな。

 君なら何回も実験できそうだし、結構幸運だったかもしれない」


 そう言いながら男の人は部屋の中央へ移動した。そして、彼が指を鳴らすと、大きな魔法陣が出現し、彼の魔力に反応して黄色く輝きだした。

 魔法陣に描かれた言葉に軽く目を通してみる。作りが私の使っているものと根本から違うので発動の仕方はわからない。が、『転送』とか『転移』とかの単語がよく見えますね。何かを連れてくる気ですかね?

 ローマでの獣刑のように召喚した獣とでも戦わせるつもりでしょうか? それとも、何らかの獣を呼び出してそれと合成するとか?

 私でなら何度も実験出来ると言っていますし、獣と戦わせる方になるほうが確率が高そうですね。

 そんなことを考えている間に男の人の方は準備を終えたようだ。光を放つ魔法陣は彼が中心から離れた後も光を放ち、転移させる物を連れてくるのであろう空間が正方形の形をとってはっきりと揺らめいて見える


「じゃあ、今からちょっとグロい生物呼び出すから我慢してね。

あと、できればそれなりの抵抗をしてくれると嬉しいかな」


 男の人は私に向けて陽気な声でそういった。ああ、やっぱり転送術式だったらしい。そして、抵抗しろと言っているのだから戦わせられるのだろう。

 その期待の声に、私は笑顔で答えた。


「いいですよ、それなりの抵抗どころか、余裕で勝利してあげますよ」


「楽しみにしているよ」


 男の人は楽しそうにそう言って姿を消した。あとに残ったのは輝く魔法陣だけだ。

 ふっと、目前の揺らいでいた空間が一瞬黒く染まった。そして、つながっていた空間を此方側へと転移させてくる。

 まばたきをするような時間の間に、私の目前には男の人が連れてきた生物が、いた。



 目の前に現れた異形、それの放つグロテスクさと異臭によって私は胃袋の中を吐き出していた。

 動物を掛け合わせた別の生物。術式ならばそんな生物を生み出すことも可能だ。伝説上の生物だってそれで人工的に創りだすことができてしまう(外側だけのまがい物では有りますが)。

 人間が遺伝子科学でつくりだしたライガーのような生物とは違う。遺伝子的に離れすぎた生物とも掛け合わせることが出来るそれは、当然ながら受精卵から細胞分裂で生み出したわけでもないそれは科学で説明できるものではなく、二つの命を犠牲に一つの生命を生み出す自然としてありえない現象は術者に体の一部を腐食させる副作用がある。

 私はもう一度目の前に現れた異形を見た。蜘蛛のような腹の膨れた肉塊から人の手を何本も生やし、八つ目の虎の顔の下には中央で裂け実はそれが口にもなっている馬の顔、背中から蠢き体液でその身を濡らす触手を背負い、元がなんなのかもわからない腐食した尾を持ったそれは、所々から血を吹き出しながら、私に向かって唸っていた。

 尾を見て思う。術者への副作用はこの生物が肩代わりさせられたのだろう。でなければあのような尾にはなっていないはずだ。


「っ……っ……ひどい」


 たくさんの生命がこの一つの異形のために消えたこと、それだけの生物をなくしてまで生み出したこの生物が馬鹿な術者のせいで副作用を受けているのこと、そして、羽を生やすなどといった簡単なものではなく、根本からつじつまの合わない機能ばかりの合わさったこの生物がどうやって生きていくのか。そんなことを想像して、わたしはそれだけしか言えなかった。

 目を閉じ、背筋を伸ばす。この生物の先はわかっている。この生物をこのままにしておくことはできない。かと言って分裂させようにも元の生物がわからなければ失敗するだろう。

 苦しまないように終わらせる。それが私がこの悲しい生き物にしてあげられる唯一のことだ。


「……来なさい」


 目を開けて、異形に視線を向ける。

 唸っていた異形は視線につられるように、動いた。

 まず動いたのはその触手だった。伸ばされたそれは私の四肢を絡めとり、私を引き寄せた。

 ぬめる体液が私の肌を伝って床へと落ちてゆく、肌を滑る触手の感触が私の背中に寒さを走らせていった。

 人の手が引き寄せられた私をそのまま床へと押し付ける。生きているぬくもりのないその手はあまりにも冷たい。

 馬の顔が割れた顎が私を前でぐっぱりと開いた。腐臭を伴う異臭が鼻孔をつつき、過ぎ去ったはずの吐き気を蘇らせた。

 悲鳴はあげるつもりはない、体を包む悪寒も無視しよう。今、私を襲っていることなどは目前の命の過去とこれからの未来に比べれば軽い一時の苦しみなのだから。


「おやすみなさい」


 目前に迫った異形に向けて私はそう呟いた。

 次の瞬間に力を発動させる。使うのは『楽園の墓』。効果は単純なもの、ただの安楽死だ。


 使った瞬間、異形の顎が止まる。私を拘束したままの体制で、彼はその生命を終えていた。

 痛みはなかったはずだ。眠るように心地よく、瞬きよりも一瞬で、その生命はなくなったのだ。


 拘束されていた腕を力の抜けてしまった触手から抜き取り、異形の八つ目をつぶらせる。

 

「さようなら」


 そう言って、私は残りの体の拘束を全て解いた。そのまま、もう一度力を使い彼を燃やしていく。

 それはよく燃え、全て灰になって骨も残らなかった。

 熱が残るそれを私は手で集め、用意した袋の中に詰めていった。


「お墓は、あとで作ってあげますね」


 詰め終わった後、袋に向けてそう呟き、私はそれを倉庫にしまう。

 ふと、魔法陣が輝きだして、消えたあの男の人が出てきた。


「殺しちゃうなんて思わなかったよ。どんな魔法を使ったのかな?」


 彼は「凄く興味があるね」なんて上機嫌で楽しそうだ。こんなにも悲しいのに。


「あの子は、あなたが?」


「いやいや、そんなことはない。僕の専門は空間の絡む術でね」


 どうしてそんなに陽気に喋れるのでしょう。自分が彼と同じであれば、陽気に喋る今の自分を恨むはずなのに。

 酷い、酷い人ですね。自分が当事者でないからと笑って話すなんて。

 怒りがこみ上げてくる。でも、まだこれを放つことはできない。そうじゃないと、この計画の尻尾をつかめなくなってしまう。

 誰がこんなことをしたのか、教えてもらわなければいけません。

 

「少し、聞かせてください」


 だから、私は、沸き立つ怒りを無理やり押し込めて、男の人に向けて一歩踏み出した。


「へ?」


 私の声に男の人が素っ頓狂な声を上げ、そして、彼は一歩、後ずさった。まるで怯えるように。

 もう一歩踏み出す。彼も合わせるように一歩後ずさる。

 踏み出す。後ずさる。

 踏み出す。後ずさる。

 男の背が壁に付いて下がれなくなった時、小さく、小さく男の体がこわばったのがわかった。


「怖くないですよ? 少しお話を聞くだけですから」


 ゆっくりと近づいていく。男の荒い息遣いが聞こえる。


「何もしませんよ? 正直に話してくれればいいだけですから」


「た、助けて」


 か細く聞こえた怯える声に、私は手を伸ばす。

 怯えるその頬に手を当て、小さく微笑んで、問う。


「教えてくれますね」


「……あ……あ…………あ」


 小さく頷いたのが、見えた。


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