過去の城
「ひゃう!?」
零に変な穴に突き落とされた後、暗い視界の中でなにか冷たいものに尻餅をついた私はそんな声を出した。
暗かった視界が次第に色づけられていく、そこは紅の絨毯が道のように敷かれた玉座の部屋。その部屋の角に私は尻餅をついていた。
「何なのよもう」
悪態をつきながら私は周囲を見渡す。よく見れば絨毯だけではなく天井から下げられた黄金のシャンデリアにも、玉座の後ろのステンドグラスにも、玉座も、何処かに紅の装飾が施されている。
すぐに理解した。ここは紅一族の城だ。床の石でさえほんのり紅く染めるほど『紅』の色を使う者は彼等以外そういないはず。
ここは、玉座があるのだし謁見の部屋なのだろう。政治の仕事は別の部屋で行っているはずだ。
「ほんの一冊もないこの部屋じゃ仕事を使用にもできないだろうし」
そう言って私は扉に近づいていく。もちろん部屋から出ようと思っての事だったが、そこで気づいた、私はこの部屋を出られるのか? 零の言うことによると歴史の追体験なのだろうが、それなら私はこの中では幽霊のようなものということになる。じゃあ、移動は扉を使う必要はないのかしら? 気になるわね。
「誰も居ないわよね?」
もしも追体験ではなく、姿を消して過去に送っただ絵だった場合のために聞き耳を立ててから扉に手をかける。触れるが、開けられなかった。どれだけ力を入れても動かない。
「じゃあ、やっぱり壁抜けってことね」
まぁそうなるだろう。私は少しドキドキしながらすり抜けるイメージとともに扉に手を突き刺した。
水面に手を入れた感じとでも言えばいいのだろうか。そんな感触を伴って、私の手は壁を貫いていた。
「変な感覚ねぇ、でも、なんだか癖になりそう」
貫いた手をそのまま扉に沈ませて体を通り抜けさせる。
ここの城主は別の部屋にいるはずだ。探すついでに城も見せてもらおう。零がここに出したのはそれも目的なのだろうし。
「それにしても、独り言が多くなるわね」
城の中を探索してしばらくたち、私はそんなことを呟いた。もともと喋るのが好きな方だからなのか、私は結構独り言をいうことが多い。
でも、今日の独り言は格別に多い。原因はこの城が賑やかなことだろう。
先ほどの謁見用の部屋は誰もいなかったが、そこから出れば結構な数の使用人とすれ違った。見たところ三人一組で動いているらしく、今のところ六十人ほどとすれ違っている。
皆笑顔でおしゃべりしながらも真面目に仕事をこなしていた。そう、そのおしゃべりが、賑やかなのだ。行き交う人皆が楽しそうにしているのだから、ついつい私の口も動いてしまう。
おそらく、三人一組なのはわざとだ。楽しく仕事ができるようにそうしているに違いない。チームで動かせば今のようにお喋りをするだろうから、同僚の中で孤立する可能性は少なくなるだろうし。
やり手だ、いや、使用人を持ったこともない私が評価しても信頼性なんて何もないが、素人の私は素直にそう思った。
そして、そんなに多い数の人とすれ違い、城を歩きまわったからこそ分かったことが口から出た。
「この城こんなに広かったかしら?」
明らかに目視で見る城の広さより広い。掃除などは大変そうだし、それもあって六十人以上の使用人がいるのだろう。でも、どうやって広くしているのか。
「まぁ、普通に考えて魔術よね」
ここの城主が魔術がつかえるなんて聞いたことはないが、誰かに頼んだのだろうか? それとも、土地が氷の時からいるのだからやはり自分でかけた可能性が高いか。
でも、それのせいで探索に時間がかかるのが少し面倒といえば面倒だ。さすがにそろそろ城主に会いたいのだけれど。
そう思った時、すれ違った三人の使用人の会話が耳に入った。
「頭首様は何処にいるんだったっけ?」
「えっとお昼御飯の時は、地下室に行くって聞いたけど」
「ああ、あの広いのに何故か何もない地下室だよね」
「そうそう。あそこにいつも何時間もいるけど何してるんだろうね」
「さぁ?」
ほう、いいことを聞いた。広い地下室にいるのか。地下なら壁を抜けていけばいいだけで簡単だ。
私は早速地面を抜けるイメージとともに床に足を突き刺してみる。柔らかい何かに沈み込む感覚とともに私の足は地面に突き刺さっていた。
「さてと、空中遊泳は体験したことあるけど、地中遊泳なんてのは初めてだから心配よね」
少し深呼吸して一気にもう一本の足も地面に突っ込む。ズブリと体が一気に床に入っていき、最終的に潜りきった時、地中が全て空けて見えた。話されていた地下室も見える。壁は透視できないようで中は見えないが。
「行ってみましょうか」
地中のくせに話せることは零のせいだろうと疑問を感じないまま、私は足を踏み出した。
****
「あら、呼白ちゃん。大きくなったわね」
「あの、私まだ生後そんなに大きくなってないはずですよ?」
「こういうのは形式なの。そう言う決まりなのよ」
「須佐之男さん、そうなんですか?」
「まぁ、そうなんじゃないか?」
ウィルに連れて来られた左右の壁が本棚で埋められた部屋にて、俺達は城主と対面していた。
長い金髪に作りものかとも思える端正な顔はどこか完璧なものを思わせるが、身につけている真紅のゆったりとした服はその雰囲気を和らげ、優しく包むような母性を感じさせる。
とんでもない美人だ。俺の姉と比べても、どちらが上なのか絶対に決められない。
見とれたままの男二人に、城主が自己紹介をしてくれた。
「私はエルン・スカーレット。この国の貴族である紅の者の頭首をやってるわ」
緊張で体が固い、束錬と顔を見合わせて固まりながらもなんとかそれに返す。
「はじめまして、須佐之男だ。東の国で神様をやってる」
「あー、俺は束錬っていう。その、こっちで言う魔術師をやってる」
「そう、ふたりともよろしくね」
エルンは固まりがちな俺達ににこやかに返してくれる。なんだろうか、凄く威厳が感じられる。
と、そんなこんなで緊張している間に、いつのまにやら人数分のお茶の用意をウィルが現れた。
目の前で入れられるお茶は見たことのない紅い色をしていて、お茶なのかと目を疑った。
「これは、なんていうお茶なんだ? しかも湯のみに取っ手がついてる」
「これは紅茶というの。唐の国で飲まれているお茶といえば分かるかしら?」
エルンの答えに俺は大きく頷いた。そういえば何度か飲んだことが有る(まぁこのお茶のように紅くはなかったのだが)。香りの強いお茶だったのが印象的だった。
「これはこの国では有名なのか?」
目の前で流れるような動作でお茶を淹れるウィルを見ながらエルンに問いかける。
「いいえ、私の知り合いから流してもらっているだけで、そこまで普及はしていないの。
知り合い曰くこれがココらへんの土地に来るのはずいぶん後じゃないといけないらしいわ」
「歴史改変はダメってことだよね。お父さんが言ってた」
ウィルの手際を興味津々で見ていた呼白ちゃんがえるんの言葉に反応する。そして、反応してから『あっ』説いた表情になり、そのまま照れくさそうに視線を戻した。
それを聞いていたエルンの方を見ると、何やらいいものを見たとでも言うような明るい笑顔になっている。
「あら呼白ちゃん。いつから零のことを『お父さん』って呼べるようになったの?」
「し、知ってたんですか?」
「知ってるわよ。知り合いから逐一報告はもらってたもの」
呼白ちゃんは視線はウィルの手元に固定したまま言葉に詰まった。動揺しているのがまるわかりで、凄く面白い。
エルン自身も面白いのかどんどん追い打ちをかけていく。
「恥ずかしくて普段は呼んでないみたいね。慌てた時だけお父さんて呼ぶのよね?」
「な、なにかいけませんか?」
「いけない事ないわよ。ただとっても可愛いと思っただけよ。
零も娘にお父さんってちゃんと思われてるって知ってウキウキしてたわよ」
「お、お父さんも知ってるんですか!?」
「もちろんお母さんもね」
呼白ちゃんの顔が赤くなっていく。最後には湯気が出そうなほど赤くなって俯いてしまった。
「うふふ、可愛い」
エルンはいいものを見たとでも言うようにいい笑顔である。
「できましたよ」
そのとき、ウィルから声がかかった。お茶の準備ができたらしい。
エルンは「からかいはここまでね」なんて言ってお茶を手にとった。俺達もウィルから差し出されたお盆から湯のみを受け取っていく。
「さてと、本題ね」
「本題?」
切り出したのはエルンだった。さっきまでの笑顔はどこかにやって、神剣な顔つきになって俺達を見る。
「王族を転覆したいの神谷夫婦と一緒に手を貸してくれない?」
俺達の時が止まる瞬間だった。




