海獣
体が大きい。それは、単純な強さを意味する。
繰り出される一撃の威力は重く、しかも範囲が広い。お話の世界の中のように素早く移動すればどうにかなるなどということはない。自分の身長の何倍も高さの有る横薙ぎをジャンプなんかで避けられるわけがないし、振り下ろしはその重量が重力によって加速されものすごい勢いで迫ってくる。
そう、それは避けるのが難しい。今戦っている、只の人間と速度の遅い神では特に。
「あー、これは零のと同じで俺達じゃあ不可避のやつですよね」
「そうだなぁ。しかもこれは当たったら船が大丈夫じゃないだろうなぁ」
ただ、避けにくいというのはそれだけの意味だ、
「じゃあ、いきますか」
「ああ」
それは、攻撃をただ受けるしか無いということには直結しない。
「四重結界」
「雨天、風巻」
重なり合う結界は触手の威力を全て吸収し受け止め、吹き荒れる嵐が根本からそれらを引き裂いていった。
目の前であった初っ端の一幕に、俺は溢れる笑みを隠せなかった。
「いいねいいね、やっぱり戦いはこうでなくちゃ」
「兄さんが手加減する理由もそれですよね」
「そうそう、互角の方が戦いは楽しいものだからね」
さて、もう少し見ていよう。面白いものを期待しているよ。
ああ、そうそう。あの子にも一応言っておこうかな。「興味があったら手を出していい」って。
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「さすがに強かったですねぇ」
「まぁ何とかなったし大丈夫だろう」
巨大烏賊の一撃を防いぎ二人で顔を見合わせる。
攻撃が防げるのは分かった。今度はこちらの攻撃が通じるかだ。防ぐだけでは長期戦になった時には体力がないであろう私達が圧倒的に不利になってしまうだろう。
「準備はいいですか、須佐之男さん」
「いつでも大丈夫だ」
剣を振り上げる須佐之男さんに合わせて俺も札を取り出す。
須佐之男さんの攻撃はおそらく剣から放つ雷撃、もしくは上空からの落雷になるはず。
なら俺は、その痺れた烏賊を引っ捕らえる役にまわろう。追撃も狙えるだろうから楽になるはずだ。
「雷天!」
「霊具『鉄の輪』!」
俺の予想した通りの須佐之男さんの雷が巨大烏賊へと降り注ぐ。
俺の術は、霊力を輪の形に収束して相手を拘束するもの。雷撃で動きが鈍ったところを複数の輪で降りのように囲ませてもらうことに成功した。
先ほど動きが鈍ったことから攻撃は通じると考えていいだろう。
「須佐之男さん、追撃を」
「もちろんだ」
俺の呼びかけに須佐之男さんが剣を振り上げた。その直後。烏賊から紫の光が一瞬明滅し、その光と同時に、渦潮が船を囲んでいた。
「烏賊の力か」
「拘束はまだ持ちます、追撃は後にしましょう」
渦に飲まれればたまったものではない。まずは船を何とかしなければならない。通常、船が渦の中に入ったなら脱出は難しい、が、ここには嵐を操れる神がひとりいる。
「雨天で船を浮かす!」
「じゃあ、その後の移動は任せて下さい!」
渦に飲まれかけてずぶずぶと海に入っていく船の甲板に、須佐之男さんは気合の声とともに剣を突き刺した。すると、一瞬沈む動きが止まり、次の瞬間、一気に空中へと浮かんでいた。
須佐之男さんが得意げな顔で後は任せたというふうにこちらを見る。その視線に頷いて、俺は術を発動した。
「浮遊『天野杯』」
俺の掛け声とと主に術が発動する。船の底を青い霊力の器が受け止め空中に浮遊させる。元々は自身の足場を作るための術だが、こういう応用もできるので便利だ。
「さて、次が来ますよ!」
「もちろんだ!」
拘束がそろそろ振り切られるだろうことは予想がついていたので二人共が身構えながら振り向いた。案の定、拘束はちょうど破られたところで、拘束していた輪の青色の欠片まき散らしながら、烏賊の横薙ぎが迫ってきていた。
「抵抗結界!」
「雨天、颶風!」
攻撃を跳ね返す結界で跳ね返し、須佐之男さんの風が帰っていく腕を更に押す。烏賊は体制を崩しただろうと反撃に移ろうとした。
その時、横薙ぎを押し返した風邪を利用する形で、烏賊の横薙ぎがもう一つ反対側から出現した。
「「……っ!」」
二人して目を見開き、慌ててその一撃へと対応を急ぐ防ぐ、が、慌てたために術が上手く起動せず、受けきれなかった衝撃で船が揺れる。そして、怯んだ所に烏賊が墨を吐いた。
「……あ」
迫る黒い水流が遅く見えた。まともに当たれば押し流される。しかも、須佐之男さんは大丈夫だろうが、おそらく自分は水流の強さで意識が消し飛んでしまうはずだ。これは、危ない。
逃げることは、できない。今の自分に対応できる速さではない。
目の前が黒に覆われる。このまま流される。
そう、思った時。
「防壁展開、爆破」
静かなその声と共に目の前に青い壁が産まれ、その向こうが爆炎に包まれる。爆炎が収まり、俺を守っていた防壁が消えた後は、先程までの黒が嘘のように開けていた。
墨を吐いた敵も爆発を受け怯んでいる。
一瞬の出来事に唖然とし、一瞬固まってしまう。
「大丈夫ですか?」
呼びかける声にはっとして振り返ると、結界の中の少女がどこかでみた不敵な笑みとともに呪符を握っていた。
思わず、笑みが溢れる。そして、溢れるままに頷いた。
それを見た彼女は満足そうに頷くと、笑顔で言葉を続けた。
「お父さんから援護してやれって言われました。いいですか?」
その笑顔の向こうに、どこか得意げな零の顔が浮かぶ。思わず、答えていた。
「ああ、頼むよ」
「はい!」
不敵な笑顔が自信ありげに頷く。
俺は苦笑しながら、他の二人と合わせて相手の方を向き、技を放つ。
「雨天、集風」
「霊華粉塵」
風が俺の作った可燃性の霊力の粉を相手の周囲へと集めていく。
「着火」
少女のそんな合図とともに粉塵の一部がきらめいたかと思うと、次の瞬間には爆発が起きていた。
凄まじい爆炎が敵を包みその体を焼いていく。咄嗟に結界を張って爆風の熱は防いだものの、風の勢いは殺せず押されて船が少し後退する。それのせいで、俺の出した器から、船が落ちた。
「「「あっ」」」
三人そろってそんな声を出した頃にはもう遅かった。船は一気に落下を始め、しかも空中で回転して甲板が下になったために俺達は投げ出されてしまう。
「「うわああああああああ!!」」
「きゃああああああ!!」
三人で叫んだその時。
嫁とともに空中に出てきた零が全てを受け止めていた。
「大丈夫か?」
いつものどこか読めない不敵な笑みとともに現れた男に三人で同時に答えた。
「「「もちろん!」」」




