こちらの国とあちらの国
最近、神社によく通うようになった。
今回はある人に用があるが、実際は用がなくとも来ている。
信者ではある。しかし、毎日通う人たちほど信仰しているわけではない。
人に合うためとはいえ、毎日通う用になったのは変化だと思う。
「あいつは来てないのか」
いつもなら鈴の下で彼は嫁と娘を連れて諏訪子様と話しているはずだ。
いないということは、今回はまた何かをしに出ていったのだろう。
さて、来たからにはなにもしないで帰るというのは良くない。
俺は懐を探ってなにかないかと探ってみる。ちょうどいいお供え物があった。
小腹にでも入れようと思って持ってきた握り飯だ。
俺はそれをお供え用の台に乗せ、その横に腰を下ろす。
「優勝してないから謁見できないんだよなぁ」
話し相手がいないことが少し退屈だと思ったら勝手に口から出た。
今年の大会でも負けてしまったから、諏訪子様とは自由に謁見できない。
しかたがないので俺は最近読み始めた身体強化に関する術式の書物を取り出した。
紙ではなく細長の木を紐でつなげたものに書いてあるものだが、
紙に比べると丈夫な方なので、俺個人としてはこちらを気に入っている。
「紙は高級品だし、そういうのは弟達しか使えないしな」
思わず口を出た言葉。そこにはいくらか悔しさがあった。
俺の知らないことが書かれているであろう紙の書物達、
読んでみたいという願望がないということはできない。
しかし、俺にそれを読むことは許されていない。
霊力は多いながらもその力を外に放出できず、術式の扱いが下手な俺は、
弟が産まれた時に、自分跡を継がせないと父から言われた。
「集中しよう」
嫌なことを思い出すほど馬鹿なことはない。
俺は目の前の書物に集中することにした。
書物を読み始めてしばらくして、誰かが俺の前に立った。
「たしか、束錬だったかな? ずいぶんと勉強熱心だね」
俺は目の前に立つ人物に顔を向ける。
目玉のような水晶が二つついた帽子をかぶり、
見たこともないような服装をした少女が目の前に立っている。
俺はこの少女を知っている。この前の戦争の時にもここで見た。
そう、彼女はここの神様、この間始めて顔を見た神様だ。
「諏訪子様、おはようございます!」
俺は慌てて地面に座りなおして礼をした。
諏訪子様は頭を下げる俺を見て「顔を上げて」と言った。
「身体強化の応用術式の組み立て方なんて、難易度の高いのを選んだね」
「いえいえ、理解するのはたやすいですから」
「本当かい? それなら、君は稀代の天才頭首になるかもしれないね」
諏訪子様は少し驚いた後、笑顔でそういった。
だが、その笑顔に反して、俺の気分は少し沈んだ。
「いえ、父は私に家を継がせないと言いました」
「どうして? 応用術式を理解できる人間なんてそうそういないよ?」
諏訪子様が俺に質問する。
正直に言えば、俺が一番話したくない話題だ。
話していると、父に家を継がせないと言われた時の絶望感を思い出すのだ。
「ああ、言いたくないなら言わなくてもいいよ?
苦しい顔をさせてまで聞きたいわけじゃない、そんな顔しないで」
「…はい」
俺が返事をすると、諏訪子様は俺の頭をなでた。
「さっきのところ座っていいよ。土の上は嫌でしょ?」
「いえ、私は構いません」
「そんなこと言わずに、さっさと座って」
諏訪子様が俺の服を引く。
神様にそう言われては信者である以上、断ることはできない。
俺は元の場所に腰を戻し、人前で広げるものではないと思ったので書物を仕舞った。
諏訪子様は「隣もらうね」と言うと俺の横に座る。
「零に用事って何かな? どうせなら私から伝えてあげられるよ?」
「いえ、急なものではありませんし、諏訪子様を伝言に使うなど……」
「うん、まぁそうだろうね。私神様だし」
諏訪子様はそう言うと俺に一枚の紙を渡してきた。
そこには基本術式が羅列されており、最後だけよくわからないもので組まれていた。
「なんですかこれは?」
「うん? 御札だよ、高矢が作ったんだ。
きっと、それは束錬にしか意味が無い、きっと使う日が来るはずだよ」
「はぁ」
俺は気の抜けた答えを返してしまった。
諏訪子様は間の抜けた俺を見て笑った。
「ふふふ、神様からのありがたいものだよ。
もうすぐ空が焼け出すから、帰ったほうがいいんじゃないかい?」
「そうですね、分かりました」
諏訪子様の言葉に従って俺は腰を上げる。
そのまま鳥居に向かい、鳥居で一礼してからその場を去った。
「高矢の勘は本当に当たるね」
神様が空を見上げながらそう言い「それにしても」と続ける。
「盗み聞きはいけないことだと思うな?」
「ばれたか、諏訪子には敵わないなぁ」
拝殿の横から姿を表したのは歳の入った爺さん。
温和そうな雰囲気と、柔らかな動作が印象的だ。
「ふふふ、神に勝とうとしちゃダメだよ。
それにしても、私にはああいう子がいることが驚きだね」
「実は意外と多かったりするかもしれないな。
生まれながらに霊力が大きいせいで、術を修得する上で障害になる子は」
高矢は自身が建てた推測を思い出してみた。
大きな剣を自在に操るにはそれだけの技術がいる。
技術のないものに大きな剣を操れと言っても、それは難しいだろう。
大きな霊力を操る技術を持たない時から大きな霊力を持っている。
束錬という少年にはそれが大きな障害なのだろう。
「まぁ、あの札を起動できれば大丈夫だろう」
「あの御札どうやって作ったの? 高矢は術式も使えるけどさ、
流石に妖怪退治を専門にしてきた彼等には負けるんじゃなかった?」
「ああ、負けるよ。あれは私が作ったんじゃなくて、創ってもらったんだ」
「なるほど」
彼等は一人のチート少年を思い出した。
先の戦争にて向こう陣営にいた一人の少年。
創る程度の能力を持った反則人間のことを。
彼ならば、規格外な術式だって一秒もかけずに創れるだろう。
「彼等は私達には想像できない世界に住んでるよ」
「本当にその通りだ。術式を真面目に学んだことはないけど、
まさか術式の知識もない人間に負けるとは思わなかったよ」
二人はそんなことを言いながら空を見る。
もう一組の夫婦はものすごい速度で飛んでいった。
こちらでも一悶着あったあの夫婦、今度は何をやらかしているのだろう。
そんなことを思いながら、彼等は手をつないで本殿に戻っていった。
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「見間違いじゃない! あいつは妖怪と仲良く話してたんだ!」
これは退魔師達の言い分。
「この人達がそんなことをするはずがない! 先の戦の英雄だぞ!」
これは一般市民の言い分。
「二つとも合ってる。俺に説明させてくれ」
これが俺の言い分。
しかし、二つの勢力はいがみ合ったまま。
当事者である俺の話を効いてくれそうな雰囲気は微塵もない。
「姫ちゃん、どうしようか」
俺は隣の嫁に助けを求めてみた。
片方の問題はお互いの問題になりうる、
俺達は可能であれば何事も相談することにしている。
「そうですね、無理やり注目させるとか。
それか天照さんに化けて鶴の一声で静かにさせるとか」
「うーん、天照は感付かれる可能性があるな。
大声出して注目させるのが一番現実的な気がする」
俺はそんなに天照と親しくない。
大きな声でも出して無理やりやらせてもらおう。
「ちゅうもおおおおおおおおおおおおおおく!!!」
『!!』
俺は腹の底から声をはりあげた。
目の前の集団が一気にこちらに視線を向け、
退魔師の集団はなにか仕掛けてくるのかと御札まで用意している。
俺は息を整えるため、一度息を吐いてから始めた。
「まずはお前ら落ち着け、こちらの話を聞いてもらおう」
俺は背筋を伸ばして話し始める。
「質問は後から聞く。まずは率直な事実を並べよう。
まず、あの時妖怪と喋っていたことは事実だ」
それ見たかといった顔でたま氏達が一般人達を見る。
一般市民はそれを睨み返したが、少しひるんでいた。
「そして、俺達が英雄の如き戦闘をしたのも事実だ」
一般市民達が少し自信を取り戻した顔になった。
「最後に、俺が人間であり、戦闘は不本意だと知っておいてくれ。
いいな? ……では、詳しくはなそう」
おれは一息ついて始める。
「今回の問題は、俺が妖怪と親しく会話していたことにある。
まずは俺とお前たちとの妖怪についての見方の違いから話そう」
細かな話はおいておこう。
まず、妖怪にも種類がいることを説明する。
そして、確かに人間を襲うものも居ることを肯定し、
だからといって全ての妖怪をそれに当てはめるのかと続け、
先日の戦で武将として戦った妖怪がいたという事実を告げ、
人に味方をする妖怪も居ることを認めさせた。
次に、その妖怪は俺の知り合いでもあると告げ、
あの時話していた妖怪はそいつだったとして言いくるめる。
納得はいかない物が多いだろう。
だが、先日の戦に味方の妖怪が居た事実を出し、
そいつと話していたといえば、俺が悪い妖怪と悪を企んでいたとは言いづらい。
証拠を求められれば天照でも何でも呼び出して事実と言ってもらえばいい、
こいつらの神であり、正義である天照にかかれば一言で済む。
「天照に証言を出してもらってもいい」
『………!!』
一般人も退魔師も、俺のこれで言い争いをやめた。
そして、一般人達は今日のお礼だと姫ちゃんをもてなし、
退魔師達は納得していない顔が多いながらもすごすご帰っていった。
宴会の途中で妖力を抑えて人間に化けた天と呼白が帰ってきた。
厩戸は家に返し、零の知り合いだという紙をおいてきたといった。
言いくるめておいたのでこれは問題ないだろう。
「向こうはどうしてるかなぁ」
諏訪子達を思い浮かべて、俺はそう呟いた。




