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東方兄妹記  作者: 面無し
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眷属化




 駆け寄って彼を抱き寄せた時、うっすら開いた瞳に光はなかった。その時点で私はもう無理だとどこかで分かっていた。

 それでも、それを信じられない私は何かできることはないのかと力を使って未来に賭けた。

 でも、見なかったほうが良かった。少し未来の私が見たのは彼の死体だけだった。

 それもそうだ。魔術の契約、そこには『私は人を殺さない』と書かれている。吸血による彼の眷属化は、結果は延命でも、その過程には殺害が入っているためにすることも出来ない。

 たった一文、ただそれだけなのに、私の未来はそれによって縛られた。

 でも、まだ可能性はある。私以外の可能性、他の人物による対処なら可能だ。

 私は周囲を見渡していつものあの不敵な顔を探す。でも、見つけて安心したのは一瞬だった。

 零のそばには光りに包まれる束錬と名乗った東国の人間が一人、その対処に当たっている零の顔にいつもの余裕はない。

 私は崖から落ちるような気分だった。でも、それでも諦められない心がどこかにあって、それが私に彼の名を叫ばせた。


「ウィル! ウィリアム・モルド! 起きなさい!」


 彼の顔は動かない。私の手に伝わる彼の鼓動はあまりにも弱々しかった。


「起きなさい! 起きなさいと言ってるでしょう!? ねぇウィル!」


 鼓動が消えていく。私はもう涙が出てくるのを止められなかった。


「お願い。ねぇ生きて、生きてよ」


 叫ぶ私に構わず、あっけなく腕の中の鼓動は止まった。


「あっ」


 そんな、かすれた声が出た。

 目の前には、数秒前に見たものと寸分たがわぬ終わりがある。

 私の中から何かが抜け落ちた気がした。

 抜け落ちるのと同時に、今までの感覚も何処かへ行ったようで、異様な静寂が私の周りを包んでいた。

 静寂の中で、私はもう動かない彼の体を引き寄せた。

 想いを告げたことはない。種族が違うことによる結末を知っていたから。

 私の一生の中で、彼と居られる時間はあまりにも短い。でも、それでも私は良かったのだ。彼が安らかに死んでいくのを見届けられればそれでよかったのに。

 でも、もうどうでもいい。全ては終わってしまったのだ。

 もう、私に彼は助けられない。




 短い時間の気絶から覚めた私が見たのは、その手に従者を抱いて涙を流す赤の城主だった。

 俯く彼女の顔には固まったように動かなくて、その絶望は否が応でも感じ取れた。

 彼女の過去は過去の彼女自身に聞いた。吸血鬼の眷属化は生きている間には行えない。

 でも、それは生きている間の話だ。魔術の契約は眷属化を規制していない以上、抜け道は存在する。

 そして、その鍵は私、今いるメンバーでは東洋の魔術を使える私だけだ。

 私はエルンに駆け寄り、俯く彼女を揺さぶった。


「まだ、可能性はあるわ。顔を上げて」


 こちらを向いた彼女の瞳は暗い、でも、私はそれにひるまずその可能性を告げた。


「死体を反魂してから眷属化すれば問題ないわ!」


「……でも、わたしに死霊術は」


「私が使えるわ。東洋は式神のような霊魂を操る術が多いし。

 なにより、私の術は東洋のものを応用したものだから、一通り憶えたの」


 私は沈むエルンに自信をもたせるためにも得意気に話した。

 私を見るエルンの紅い目が一瞬だけ青く光ったかと思うと、彼女の顔はいつもの勢いを取り戻していた。


「ありがとう。あなたがいてくれて、未来が出来た」


 そういえば、未来を見通せるんだったかと私はここで思い出した。

 彼女が見通せなかった未来が、私が提案したことで見れたのだろう。


「早く始めましょう。一通り学んだと言っても私は何度も使ってるわけじゃないから」


 私の言葉にエルンは頷いた。

 さて、死霊術の基本を思い出しながら私は術を組んでいく。

 魂には思念があるから、それが食いつきやすい想像を乗せると戻りやすいんだったかしら。それなら、エルンの泣いてる姿でも写すことにしちゃいましょう。

 あとはその魂と体を霊力か何かしらの紐で結びつける。

 最後はそれを引っ張りこんでしまえば反魂の完成……だったわよね?

 随分昔に教わったものだしうろ覚えだけど……信じてるわよ、尾都。

 私は組んだ術を発動させて、エルンの抱くウィルの体に打ち込んだ。

 

 打ち込んだ先の風景が私に流れこんでくる。

 川とその向こうにいるあの従者、それから船に乗った赤髪の女の人。

 従者がこちらの流したエルンの姿に気づいた。川に戸惑いなく入って向かってくる彼に向けて魔力による接続を試みた。

 が、失敗した。現世の肉体につなぐ魔力の糸が作りにくい。空間を遠く隔てているからか、それとも現世ではないからか、それは分からないが普段よりもあまりにも魔力が霧散しやすい。

 私は焦った。今、彼に伸ばす糸を保持しながら彼に届けるには、私の魔力では少なすぎる。

 他の誰か、もっと強力な力で押さえつけをしてもらわないとこのままでは術の維持もできない。


「魔力が……きれるぅ……っ」


「じゃあ、そこは俺が補おうか」


 私の手に大きな手が重ねられた。同時に、流れ込んだ大きな力が霧散した魔力も巻き込んで糸をつなげていく。

 見れば、東の国の武神が一人。普段とは外見がガラリと変わって、その体はところどころに植物や苔のようなものが取りついている。どこか大樹のような雰囲気を纏ったその姿は、包むような生命力を感じさせた。

 流れこむ力が大きい。これなら難なく糸を作ることができる。

 私は手を伸ばす用に糸を紡いでいく。引く力を高めるためにもその先程よりも大きく太く強化しながら。

 そして、その糸を伸ばしきって従者の男につなげたその瞬間、従者の青年が足を滑らせた。

 糸が強く逆向きに引かれる。それによって、本来彼を引き込むはずの私の魂が引かれ始めた。


「あっ……ぐっ」


 意識がブレる。

 引きこまれそうになるのを気力で持ちこたえている。

 でも、川の流れに押されて従者はどうにも上がって来られない。

 もう一人、もう一人引っ張ってくれる人が必要だ。

 私は船に乗ってさっきから私達を眺めていた赤髪の女の人に目を向けた。

 女の人がこちらを向く。私は思わず届かないと思いながらも話しかけていた。


「ちょっと、あなたも手伝ってよ!」


 ただ、私の予想に外れて私の声は彼女に届いていた。

 女の人は私の声を聞いて頭をかくと、しぶしぶながらも頷いた。


「あんたはまだだいぶ先だよ!」


 女の人がそう言いながら青年を引き上げる。

 そのまま、私達の方へと放り投げた。


「ま、今度は死なないようにしてやりなよ」


 女の人はそう言って手を降った。

 その言葉にうなづきながら、私は青年の魂を想像と一緒にそのまま体へと放り込んだ。

 反魂の術はここまでで一応は完了。あとは、叩き起こすと同時に眷属にすればいい。


「エルン、三つで行くわよ!」


「わかったわ」


 二人で目を合わせながら数えた。


「「いち、にの……」」


「さん!!」


 私は魂を体への定着を開始し、エルンは眷属化のために青年の首に噛み付いた。

 心臓が動くと同時に、エルンの口へ青年の血が流れこんだ。

 ゴクリとエルンが喉を鳴らす。瞬間、眷属の契約により青年の体が変質し始めた。

 体は精神により存在を保つ妖怪の細胞へ、流れていた魔力は妖力へ、そして、吸血鬼の眷属としての牙と翼が生えていく。

 エルンが口を放した時、そこには先程まで人間だった妖怪がいた。


 三人で顔を覗き込む。一応は成功しているはずだが、どうしても心配だった。

 

「うぃ、ウィル?」


 エルンが控えめに青年を呼ぶ。

 青年の目が開いた。


「ああ、ずいぶんと良い目覚めですよ」


「それはよかった。もう起きないかと思ったわ」


「くたばるにはまだ若いですから。せめて後継者も欲しいですし」


 赤の城の二人は目覚めからゆっくりと、のんきに話しをし始めた。

 緊張が解けて、私と須佐之男さんは息をついた。


「死ぬかと思ったわ」


「そうだなぁ。あんたは一回引っ張れて出かけてたものなぁ」


「ああ、やっぱり出てたのねぇ」


 ゆるーくなっていく空気の中に、もう一人の人間を抱えた零が入ってきた。


「やあ、皆さんお揃いで。対処は無事に済んだかな?」


「ええ、一応ね。そっちは?」


「当然、大丈夫だ。まぁこっちはしばらく起きんだろうが」


 そう言いながら、零は周囲を見渡した。


「あの銀髪女は?」


「ああ、彼女なら部屋の外よ。戦うのに邪魔でしょ?」


「確かに」


 零は私の答えに納得しながら部屋の反対側へと進んでいく。

 奥まで進んだ零から、しまったなという声が聞こえた。


「銀髪ちゃんのお仲間には逃げられたか。探すことは……しないでいいな」


 何かに納得したように頷いて、零が戻ってきた。


「なにか探していたの?」


「いや、ちょっと知り合いのコピー人間がいるかもと思ってね。

 逃げられたみたいだけど、大丈夫だろ。調べたけど敵意もないし、能力も強力だから一人でだって生きていけるさ」


 それより、と彼は続ける。


「銀髪女と、呼白と倒れてる銀波幼女の対応。そいで、城崩壊の騒ぎと、国の再編。これから大忙しで探してる暇なんかなくなるぜ」


「ああ、そういえば」


 それなら大丈夫よ。と、今までいちゃついていた赤の城主が答える。


「倒れてる子は家が貰うわ。国の再編はちょうど良く魔女側の最高権力者がこっち側だし、東の国の人たちがここにいるなんて誰も知らないから暗躍してくれる人員もいるし、すぐすむわよ」


 その声に零は嫌そうに顔をしかめた。


「まさか俺、便利屋扱いされるわけ?」


「それ以外ないでしょう? あなた達夫婦にしか頼めないもの」


 渋い顔をしつつも、零はそれに頷いた。


「しょうがないな。終わった後は好待遇よこせよ?」


「承知したわ」


 そんなこんなな話もあって、国騒乱は一応収束したのだった。




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