盾と剣と未来の歌姫
万の蔵書。
億の言葉。
それがわたしの世界。
ここがわたしの世界。
所詮わたしは紛い物の『魔女』であって、いつか惨めに死ぬのだろうけど。
あぁ、でもその前に一言だけ。
愛していると、わたしの『剣』に伝えられたら。
王都の一角にある、数百年の歴史を持つ名家の屋敷。その大広間。
幼い姉妹の前で繰り広げられる口論。揃いのぬいぐるみを抱きしめて、豪奢な椅子に座ったままうつむいている。かわいそうに思う使用人達だが、どうにもできないのが歯がゆい。
口論しているのはこの屋敷の持ち主だった夫婦の親類だ。
そしてうつむいた幼い姉妹は、事故で他界した夫妻の間に生まれた子供達である。
ようやく年齢が二桁となったばかりの子供の前で飛び交っているのは、誰が二人を引き取って一族を背負うのか、だ。自分の方がより素晴らしい教育を受けさせられる、幸せにしてみせると彼らは互いに言い合っているのだが、その目当ては彼女らが付属する財産でしかない。
両親をなくしたばかりの姉妹。
その前で口論する親類は、ある種の悪魔と見えるかもしれない。
いつ終わるともわからない争いに割り込んだのは、閉ざされ施錠されていたはずの玄関の重い扉が開く鈍い音。それから、こつ、こつ、と近づきながら響いてくる複数の足音。
主だった親類はすでに集まっている。
死んだ当主の弟とその妻。
そして他所に嫁ぎ子を成しながらも、別れて戻ってきた妹とその息子。
この話題に口を出せる者は、ここにいる全員だけだ。
今更誰が。
そんな表情を浮かべて、大広間に在る唯一の扉の方を見つめた。
重なる足音の一つが、小走りになって一気に近寄る。それが扉の前で止まった直後、大広間の扉がゆっくりと開かれた。そこにいたのは『メイド』らしき娘と、彼女の主人なのだろう小柄な少女の二人だった。こつ、と少女は部屋に入ると、メイドは静かに扉を閉める。
「御機嫌よう」
それは、膝丈の黒いドレスを纏う、見た事もない少女だった。すそと袖からこぼれる白いフリルやレースは花弁のように広がって、触れれば折れてしまいそうなほど華奢な肢体を包む。
唖然とする親類ににこやかな笑みを向けて、少女は微笑んだ。
「当家と契約する『魔女』として、いろいろ口を出しに来ましたわ」
さぁ、とどこからか微かに風が吹く。
透いた金色の髪が、まるで稲穂のように広がった。