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キャリントン・イブ  作者: 伊阪証


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射殺

呼吸が喉に引っ掛かった。空気が冷たく、土と湿った草の匂いが混じって、吸うたびに肺の奥がひりつく。脚は勝手に前へ出るのに、腹の中は空っぽで、内側から潰されるみたいに痛い。視界の端で木の枝が揺れ、石畳が途切れ、ぬかるみが増えた。踏み込むたび泥が靴の裏に張りついて重くなる。舌が乾いて上顎に貼りつき、唾が出ない。唾が出ないのに、喉だけが鳴る。息を吸う音が自分の耳を叩いて、足音が自分の背中を追い立てる。

背後で金属が鳴った。鎧が擦れる硬い音と、盾がぶつかる鈍い音が混じっている。怒鳴り声が一つ、次に二つ。言葉の内容は分からない。分からなくていい。追ってくるという事実だけが分かれば十分だった。視界の奥で市場の屋根が途切れ、低い石壁の影が伸びている。そこへ身体をねじ込むように駆け込む。壁に肩が当たり、皮が剥けた感覚が遅れて熱くなった。痛みが来ると、妙に意識が鮮明になる。鮮明になった瞬間、頭の奥で別の音が鳴った。

乾いた、短い音。

それは今ここで鳴った音ではない。木の板でも、石でも、鉄でもない。もっと薄い、もっと冷たい音だった。耳で聞いたというより、骨の内側に残っている感触が勝手に再生される。身体が一拍遅れて縮み、背中が勝手に丸まった。後頭部の皮膚が熱くなる。痛みじゃない。そこに指を置かれた記憶が浮かんで、首筋が硬くなる。

車のドアの取っ手は冷たかった。夜の湿気で、金属がわずかに濡れていた。荷室の中に黒い箱が二つ、箱の角が立っていて、持ち上げた時に掌が擦れた。黄色い注意の印が貼ってある。危険だと分かる印。危険だと分かるからこそ、金になると分かる。危険だからこそ、近寄らない連中が多い。だったら持って行ける。そう考えた時、頭の中に「売る相手」の顔はなかった。顔がなくてもいい。金になればいい。その程度の計算で手を伸ばした。

背後に気配が落ちた。振り返るより早く、硬いものが後頭部に触れた。金属か、木か、そんな区別をする前に、乾いた音が鳴った。音は一つだけだった。衝撃が来て、視界が白くなった。白は熱でも光でもない。見ているものが消えただけの白だった。口の中で歯が噛み合わず、舌が跳ね、喉の奥で息が折れた。床に落ちた感覚すらない。落ちるより先に、世界が切れた。

切れたはずの世界が、走りの中に刺さる。刺さるたびに脚がもたつく。今ここで転べば終わる。転んだら鎧の連中に追いつかれて、殴られて、引きずられて、それで終わる。終わるというのは死のことではない。死はもう一度経験した。あの白より先に来るものがあるなら、それはもっと手前の終わりだ。息が詰まり、視界が揺れる。胃が縮んで、吐き気が喉元まで上がる。空っぽの胃が空っぽのまま痙攣して、何も出ないのに咳き込む。

三日。

頭のどこかで数字だけが浮いた。起きた場所も、起きた理由も分からない。起きた時には空が灰色で、木が多く、空気が重かった。服は自分のものじゃない。靴も自分のものじゃない。身体は自分のはずなのに、どこかの関節が微妙に噛み合わない。喉が渇き、腹が鳴った。最初は歩いた。歩いて、歩いて、歩いて、誰にも見つからない場所を探した。見つからない場所なんてない。どこに行っても人はいて、目はあって、腹だけが鳴った。腹が鳴れば終わる。終わるから、盗んだ。盗むしかなかった。盗んで逃げて、隠れて、また盗んだ。三日の間に身体は軽くなった。軽くなったのに脚は重い。軽いのに重い。その矛盾が、今、走りの一歩一歩に乗っている。

石畳の隙間で足が滑った。膝が折れそうになる。手を壁につけて立て直す。掌にざらついた石粉が付き、皮が擦れて熱い。背後の金属音が近い。音は近いのに、距離は詰まっていない。詰まっていないのに、追われている気配だけが濃くなる。追う側が重いからだと分かる。鎧は走るためのものじゃない。盾も槍も走るためのものじゃない。だが、それでも追ってくる。追ってくるという意思だけで脚が動く。意思だけで動く脚は、腹の空っぽさを誤魔化せない。

路地に飛び込んだ。壁と壁の間が狭い。肩が擦れる。そこを抜ければ市場の裏の階段に出る。階段は崩れている。崩れているから重装は嫌う。嫌うから遅れる。遅れるから逃げられる。そう思って階段へ踏み込んだ瞬間、背後の音が変わった。

金属音が薄くなる。代わりに、軽い靴音が一つだけ残る。

息を吸う音が自分の耳の中で大きくなる。誰かの息は聞こえない。聞こえないのに近い。近いのに音がない。音がないのに圧がある。背中に冷たいものが張り付く感覚が走り、肩甲骨の間が硬くなる。振り返るな。振り返ったら終わる。分かっているのに、視界の端で影が動いた。影は角を先回りして、次の曲がり角に先に立っていた。

そこにいたのは、鎧ではなかった。紋章も盾も槍もない。布と革と、泥の跳ねた靴だけが見える。だが姿勢だけが、追ってくる連中より正確だった。足が止まりそうになる。止まるな。止まったら終わる。身体に命令して前へ出る。前へ出た瞬間、横から腕が伸びてきた。

掴まれたのは肩ではない。肘の内側だった。角度がずれた。腕が外へ開き、身体の重心が勝手に崩れる。転ぶというより、転ばされる。足が宙に浮き、次の瞬間には頬が地面に当たった。石と砂利が皮膚に刺さり、口の中に土が入る。吐き出そうとしたところへ、背中に重さが乗った。

重さは鎧の重さじゃない。人間の重さだ。膝が腰を押さえ、手首が背中側へ折られる。痛い。だが骨が折れる痛みじゃない。折る手前で止める痛みだ。止められた痛みが、逃げ道を一つずつ塞いでいく。呼吸が詰まり、胸が地面に押されて息が吸えない。喉が鳴る。声が出ない。視界の端で髪が揺れ、布が擦れる音がする。

「動くな」

短い声だった。説明も、罵りもない。命令だけが落ちた。命令が短いから、従うしかないと身体が理解する。抵抗しようとしても脚が動かない。三日歩き回って空っぽになった身体は、今ここで力を出す余裕がない。余裕がないことを相手は知っているように、圧が変わらない。圧が変わらないのに、呼吸だけが楽になる。殺すつもりならもっと簡単にできる。簡単にできるのに、しない。しない理由は分からない。分からないから怖い。

歯を食いしばって顔だけ動かす。土で舌がざらつき、唇が切れて血の味がする。目の前に見えるのは手だ。指は細い。細いのに硬い。爪の縁が欠け、関節の皮が厚い。鎧を着ていないのに、武器を持っていないのに、その手だけで身体が固定されている。視線を上げると、相手の顔が見えた。汗はない。息も乱れていない。こちらだけが息をして、こちらだけが震えている。

背後で遅れて金属音が戻ってきた。重装の連中がようやく階段を降りてくる音だ。降りてくるたびに鎧が鳴り、盾が壁に当たり、苛立った声が混ざる。追いついたというより、追いつけないまま到着した音だった。

「ヴィクトリア、そいつだ」

誰かが名を呼んだ。呼び方が命令ではない。頼みでもない。確認に近い。名を呼ばれた女は、背中の重さを少しだけ移した。移しただけで、こちらの肺がまた潰れそうになる。逃げるなと言われているのではない。逃げられないと分からされている。

「盗みだ。市場の端で、袋を」

別の声が続く。袋。そうだ、袋だ。手元の袋はもうない。投げた。走りながら投げた。投げたのに、追われた。追われたのは袋のせいだけではない。盗みのせいだけではない。自分の顔のせいだ。目のせいだ。誰かに見られた瞬間、自分の中の何かが「逃げろ」と叫んだ。叫んだ理由は説明できない。説明できないが、説明しなくていい。説明したら終わる。

重装の一人が近づいてくる気配がした。靴底が石を叩き、鎧が鳴る。槍の先が影を落とした。影がこちらの首元に落ちた時、ヴィクトリアの膝の圧が変わった。圧は抜けない。だが向きが変わった。槍の影がわずかに逸れた。逸れただけで、首が守られたのが分かった。

「手を出すな」

言葉は同じく短かった。命令だけだった。命令の短さが、相手の立場を決める。重装の男が一瞬止まり、息を吐いた。吐いた息の音が荒い。追いつけないまま追ってきた息だ。息が荒い者は、冷静ではいられない。冷静ではいられない者は、斬りたくなる。斬りたくなる者を、ヴィクトリアは言葉一つで止めた。

ヴィクトリアがこちらの手首を離した。離した瞬間、逃げられると思った。だが思っただけで終わった。次の瞬間には腕がねじられ、肩が引かれて立たされていた。立たされた時、膝が笑って崩れそうになった。崩れそうになった膝を、ヴィクトリアの足が内側から押さえた。押さえ方が優しいわけではない。倒れたら面倒だから支えているだけだ。支えているだけなのに、倒れる自由がない。

喉が鳴った。腹が鳴った。恥ずかしい音だった。恥ずかしさで顔が熱くなるより先に、目の前が暗くなりかけた。視界の端が狭まり、耳の奥が遠くなる。三日分の空腹が、ここで足を引っ張る。倒れたら終わる。終わるのに、身体が勝手に落ちる。

ヴィクトリアの指が顎を掴み、顔を上げさせた。視線が合う。目は冷たい。だが刃物みたいな冷たさではない。壊れた道具を見るような冷たさでもない。今ここで起きていることを、そのまま数えている目だった。数えているのは金ではない。呼吸の回数、唇の乾き、皮膚の色、震えの有無。そういうものだと分かった瞬間、背中がまた冷えた。

逃げたい。逃げたいのに、逃げられない。逃げられないのに、頭の奥であの乾いた音がまた鳴る。後頭部の白が戻り、視界が一瞬だけ遠くなる。遠くなった視界の中で、黒い箱の角が見えた。箱の角が掌を擦った感触が戻った。危険だと分かる印が貼ってあった。危険だからこそ金になると考えた自分の思考が、腹の痛みと一緒に浮いては消えた。

ヴィクトリアが背中を押した。押された方向に歩くしかない。歩き出した瞬間、足首が痙攣して痛みが走る。痛みで意識が戻る。戻った意識が、今いる場所の現実を突きつける。鎧の連中が周囲を固め、通りの人間が距離を取っている。誰も近づかない。近づかないのは盗人だからか。盗人だからではない。盗人程度なら石を投げる。投げないということは、別の何かが見えている。

ヴィクトリアの声がまた落ちた。

「逃げるな」

それだけだった。理由は言わない。言わないから、こちらは推測するしかない。推測は外れる。外れれば終わる。終わらないために、足を動かすしかない。足を動かしながら、腹の中で空気だけが鳴った。空腹の音は、さっきより大きかった。恥ずかしさではなく、怖さが大きくなった。怖さが大きくなると、身体は正直になる。正直になった身体は、もう一度だけ「盗め」と命令してくる。盗まなければ生きられない。生きるために盗む。生きるために盗んで追われる。追われて捕まる。その輪が、三日で出来上がっていた。

ヴィクトリアは振り返らなかった。鎧の連中にも、周囲の目にも、何も説明しない。説明をしないまま歩き続ける。歩き続ける足取りだけが正確で、こちらの足取りだけが崩れる。崩れる足取りを、彼女は無言で前へ引っ張る。引っ張られながら、自分の口の中に残った土を噛み潰した。土のざらつきが歯に残り、血の味が舌に残る。

あの白が、まだ頭の奥にいる。

撃ち抜いた人間の顔は分からない。分からないまま死んだ。死んだのに、走っている。走っていたのに、今は歩かされている。歩かされる先がどこかも分からない。

分からないまま、腹だけが鳴った。

ヴィクトリアの手が、こちらの袖を少し強く掴み直した。掴み直す指の硬さだけが、今の世界の確かさだった。



縄の食い込みが、手首の皮を薄く削っていた。歩かされるたびに擦れて熱が増し、熱の芯が痛みに変わる。パヴェルは痛みを噛み殺す癖だけは身についていたが、腹だけは誤魔化せなかった。空っぽの胃が勝手に収縮して、内側をひねり潰す。息を吸うと、さっき転んだ土の匂いがまだ鼻の奥に残っていて、唇の切れたところが塩辛い。

先を歩く女は、振り返らない。鎧がない。布と革だけで、動きが軽い。軽いのに周囲の重装の連中より、足の置き方が静かで確かだった。背中に視線を向けるだけで、指の一本で首の角度まで決められてしまいそうな気がして、パヴェルは前だけを見た。

門をくぐると、空気が変わった。煙の匂いが強くなる。脂が焦げる匂いと、煮えた豆の匂いが混じって、胃が痛みと一緒にうごめいた。視界が一瞬ぼやけ、足が勝手に遅くなる。縄が引かれ、肩が少し持ち上がる。無言のまま歩かされる。引っ張る力が雑ではない。雑ではないから余計に怖い。

小さな部屋に通され、扉が閉まった。壁は粗い石で、床は踏み固めた土に藁が混じっている。机が一つと、椅子が二つ。窓は高く、外の声は遠い。パヴェルが状況を数えようとした時、女は背を向けたまま鍋を火から外し、木の器に中身を注いだ。湯気が立ち上る。湯気の向こうで、肉の欠片が見えた気がした。

器が机に置かれた音は、軽かった。軽いのに、それだけで部屋の主が決まる音だった。

「食べろ」

短い声だった。だが命令の硬さはない。投げてよこしたのは、乾いたパンの塊と、匙だ。匙は金属じゃない。木で削った粗いものだ。パヴェルは反射で手を伸ばし、縄が突っ張って届かず、指が空を掴んだ。腹が情けないほど鳴った。女は笑わなかった。器を手前へ寄せ、縄の結び目を一つほどいて、手首の可動域だけを広げた。

手が自由になった瞬間、逃げるという選択が喉元まで上がってきた。逃げれば生きられる。生きるために逃げる。それがいつもの癖だ。だが椅子の脚を蹴る前に、女の指がパヴェルのこめかみに触れた。触れただけで、全身が固まった。触れ方が殴る前の触れ方だった。

女は指を離し、椅子に腰を下ろした。背筋は伸びているのに、肩だけが妙に落ちている。戦場の姿勢ではない。戦場から降りた姿勢だ。降りたはずなのに、空気の扱いが変わっていない。

「どんな悪人でも、飯を食わなきゃ話にならない」

匙を取った手が震え、鍋の匂いがさらに近くなる。パヴェルは器に顔を近づけ、熱さを無視して口に流し込んだ。舌を火傷し、喉が痛み、涙が勝手に滲む。咳き込む。咳き込んでも止められない。止めれば腹がまた痛みで捻れる。パンを噛むと、乾いた粉が口の中の水分を奪い、さらに咳き込む。咳の合間に、熱い汁だけを飲み込む。飲み込めた瞬間だけ、世界が少しまともになる。

女はその様子を黙って見ていた。見ている目が、哀れみではない。監視でもない。点検に近い。骨の太さ、肩の張り、喉の動き、指の痙攣。そういうものを数えている。

「逃げたいなら、今でもいい」

言い方が軽い。軽いまま、女は椀を自分の方へ少し引いた。引いただけで、パヴェルの身体が勝手に前へ倒れた。前へ倒れた首筋を、女の掌が押さえる。押さえた掌は温かくも冷たくもない。ただ硬い。息が詰まる手前で止まり、止まったまま、掌が耳元へ寄った。

「私から逃げられる悪人がいるなら、教えてほしいくらいだ」

掌が離れた。離れた瞬間に息が戻り、戻った息が荒くなる。荒い息が恥ずかしい。恥ずかしさで腹がさらに鳴る。女は椀を戻し、匙を机に置いた。置き方が丁寧で、丁寧さが逆に余裕を示していた。

パヴェルは食べた。食べることだけに集中しようとした。だが食べながら、女の指先ばかり見てしまう。戦う手だ。戦う手が、匙を持たずにこちらを縛っている。矛盾が怖い。怖いから、食べる速度が上がる。上がった速度に身体が追いつかず、また咳き込む。咳き込むたび、後頭部にあの乾いた音がよぎる。白がちらつき、喉の奥が冷える。

器が空になりかけたところで、女が立った。立ち上がるのが静かすぎて、影だけが先に動いたように見える。女は机の端に置かれた布を指で弾き、パヴェルの手首の結び目を直す。直し方が手際良すぎて、盗みの結び目と別世界だった。

「名前」

女が言った。パヴェルは一瞬、舌が固まった。名前は言える。言えるが、言えば終わる気がする。終わるのが何かは分からない。分からないまま、口の中が乾く。

女は待った。待つ間も、目が逸れない。

「……パヴェル」

声が掠れた。自分の声が自分の耳に届くのが遅い。腹の奥がまだ温かく、温かさが逆に現実感を増やす。現実感が増えると、喉の渇きが戻る。

「字は」

女の問いは短い。短いから答え方を誤れば刺さる。パヴェルは頷けず、首を横に振った。振っただけで、首筋が脈打つ。

「数は」

パヴェルは唇を舐め、指を折った。指が震える。三まではすぐ出た。四と五が遅れた。遅れた瞬間、女の目がわずかに細くなる。怒りではない。確認だ。確認されると、身体が勝手に背筋を伸ばす。

「指を使うな。頭で言え」

パヴェルは目を伏せ、口の中で数を転がした。六で詰まり、喉が鳴った。詰まると、過去の癖が顔を出す。笑って誤魔化す。怒らせないように、相手の機嫌を取る。そうすれば殴られない。そうすれば逃げられる。だが笑いが口元に浮かぶ前に、女の指が机を叩いた。強くない。音だけだ。音だけで笑いが消える。

「やめろ」

言葉が冷たい。冷たいのに刃ではない。刃ではなく、場を締める声だった。

パヴェルは息を吸い、六、七、八と続けた。九で声が裏返り、十でようやく落ち着いた。言えた瞬間、胸の奥が少し緩む。緩むとまた腹が鳴る。鳴った腹に、女の視線が一度落ちた。

「盗みは上手い」

予想外の言葉だった。褒められる場所がそこなのか、頭が追いつかない。褒められていいはずがない。褒められていいはずがないのに、胸の奥が熱くなる。その熱さが気持ち悪い。気持ち悪いから、否定が喉まで出る。だが否定したところで何が変わるか分からない。

「上手い。見張りの目を避ける癖がある。足音も消せる。走り方は雑だが、角を使うのは悪くない」

女は淡々と言い、同時にパヴェルの靴の泥を指で払った。払った指に泥が付く。泥を嫌がる気配がない。嫌がらないから、余計に距離が分からない。

「それを、生きるためにしか使っていない」

その言葉は責めではなかった。責めにするには感情が薄い。薄いからこそ、身体が痛む。パヴェルは黙った。黙るしかない。言えば言葉の綻びから何かが漏れる気がした。

女は鍋の残りを小さな器に分け、机の端に置いた。置いてから、縄を一段だけ締め直す。締め直しは苦しくない。逃げられない範囲に収める締め方だった。

「食え」

パヴェルは手を伸ばし、二口目で速度を落とした。落とすと、舌の火傷が痛む。痛みが戻ると、焦りが引いていく。焦りが引くと、女の視線の意味が少し分かる。飯を与えるのは情けではない。今ここで死なせないためだ。死なせないために飯を与え、息を整えさせ、言葉が出るようにする。言葉が出たら、何かを引き出す。引き出したものが使えるなら使い、使えないなら切る。そういう目だ。

パヴェルの指先が、無意識に手首の縄を探った。結び目の位置が完璧で、爪が入らない。入らないと分かった瞬間、身体の奥が冷えた。逃げ道がない冷えではない。逃げ道を探す癖を、目の前の女が先に折ってくる冷えだ。

女が椅子に座り直し、肘を机に置いた。指が頬に触れる。少しだけ、疲れた人間の仕草になる。だが目だけが変わらない。

「盗みの理由は聞かない」

言い切った。言い切った瞬間、パヴェルの喉が詰まった。理由を聞かれないことが怖い。理由を言って許される余地が最初からない。そういう怖さではない。理由を言えば自分が自分を守れると思っている、その最後の癖が通用しない怖さだ。

女は器に残った汁を見て、指先で机をもう一度叩いた。

「腹が満ちたら、頭が動く。頭が動けば、嘘が混ざる。嘘が混ざる前に、いくつか答えろ」

パヴェルは匙を握り、手のひらに汗が滲むのを感じた。嘘を混ぜると言われた瞬間、自分が嘘つきだと見抜かれている。見抜かれているのに、女の声は軽い。軽さが余裕だ。余裕が怖い。

「火は、何で起きる」

女の問いが落ちる。パヴェルは口を開きかけ、すぐ閉じた。火は火だ。火は木が燃える。油が燃える。だがその答えを言えば終わる気がした。終わるというのは、馬鹿だと確定される終わりだ。馬鹿だと確定されたら、飯は次から減る。減れば盗む。盗めばまた殴られる。輪が戻る。

「……擦れると、火が出る」

パヴェルはそう言った。喉が乾いて声が掠れた。言った瞬間、女の目がわずかに動く。肯定でも否定でもない。動きだけだ。動きが読めない。

「水は、何をする」

パヴェルは息を吸う。水は冷たい。水は洗う。水は沈める。沈める、という言葉が浮かんだ時、なぜか背中が寒くなった。寒さは部屋のせいじゃない。自分の頭が勝手に何かを避けた寒さだ。

「……冷やす。重くする」

女は首を傾げず、ただ一度だけ瞬きをした。その瞬きが、肯定に近い。近いだけで、心臓が跳ねる。跳ねた心臓が腹の奥を叩き、さっきの飯が胃の中で揺れる。

「悪くない」

その一言は軽かった。軽いのに、パヴェルの胸の奥で何かが解けた。解けたものが怖い。怖いから、器を掴む手が強くなる。強くなった手を、女の指が机の上で止める。止め方が、叩かない。折らない。触れて止める。

「ここでは盗まなくていい」

言葉が落ちる。説教じゃない。約束でもない。線引きだ。線引きをされた瞬間、パヴェルの頭の中で「生きるため」の言い訳が一つ崩れる。崩れると、次の言い訳が見つからない。見つからない空白が怖い。空白が怖いから、口が動く。

「……じゃあ、何をすれば」

女はそこで初めて笑った。声に出さない笑いだ。口元だけが少し上がる。上がった口元が、余裕のままだ。

「食え。飲め。倒れるな」

それだけだった。命令がそれだけなのに、逃げ道が一つもない。

パヴェルは器を口へ運び、ゆっくり飲んだ。ゆっくり飲むと、舌の火傷が痛い。痛いのに、喉を通る温かさが確かで、確かさが身体を落ち着かせる。落ち着いた身体が、ようやく女の顔を見た。疲れの影が頬に薄く残っている。だが目だけが、擦り切れていない。擦り切れていない目に見られていると、自分の汚れが浮き上がる気がして、視線を逸らした。

女は立ち上がり、扉へ向かった。扉に手をかける前に振り返り、パヴェルの顔を一度だけ見た。視線が短く、短いのに重い。

「ヴィクトリアだ」

名を置いただけの声だった。名を置いたあと、女は扉を開けた。外の光が差し込み、部屋の埃が舞う。光の中で、鎧の音が遠くから戻ってくる。外にはまだ追手がいる。外はまだ自由ではない。自由ではないのに、腹の温かさだけが不釣り合いに残った。

扉が閉まり、部屋がまた静かになる。

静かになった瞬間、パヴェルは気づいた。縄はほどけていない。ほどけていないのに、さっきより逃げる気が薄い。薄いことが怖い。怖いのに、胃の奥が温かい。温かさが残るうちに、頭の奥で乾いた音がまた鳴った。白がちらつく。撃ち抜かれた白ではない。今度は、飯の湯気の白だ。

白が消えると、器の底が見えた。底に残った汁を、パヴェルは舌で最後まで舐め取った。舐め取る自分が惨めで、惨めさの奥で、別の感覚が蠢いた。惨めさではない。生きるために盗む理由が削られた後に残る、空白の感覚だった。

空白は、腹より重かった。



縄は解かれなかった。けれど、手首が動く幅だけは与えられていた。机の上の木匙を握れる程度。逃げるためには足りない程度。足りないからこそ、パヴェルの頭は飯より先に言い訳を探し始める。

ヴィクトリアは器の底を見せるように、自分の椀を机へ置いた。食べていない。見張っているだけだ。

「字は」

パヴェルは反射で頷きかけて止まった。頷けば次が来る。次で詰まれば終わる。目だけを泳がせた。

「読めるか」

言い方を変えた。逃げ道を塞ぐ変え方だった。

パヴェルは喉を鳴らし、曖昧に笑いそうになって、笑いを引っ込めた。さっき「やめろ」と言われた音が耳に残っている。

「……少し」

ヴィクトリアの視線が、笑うでも責めるでもなく、机の上のパン屑へ落ちた。

「数は」

今度は嘘が出やすい。指を折れば終わる。頭で言えと言われた。パヴェルは唇を湿らせてから、息を吸った。

「……十くらいは」

ヴィクトリアは頷かない。代わりに、机の端へ指先を置き、軽く叩いた。音が一つ。

「盗むのに字が要る。数も要る。袋の札が読めないと、守衛の癖も読めない。報酬が分からないと、次の一日が組めない」

パヴェルは器を掴んだまま固まった。図星を言われると、腹の温かさが急に重くなる。

「隠してる」

断定だった。断定のくせに声が穏やかで、その穏やかさが逆に逃げ場を削る。

ヴィクトリアは少しだけ姿勢を崩し、椅子の背に体重を預けた。戦場の姿勢ではない。だが視線の鋭さだけが戦場のままだ。

「でも会話が通じる。ここまで走ってこれる。道の選び方も悪くない。見張りの目を外す癖もある」

それは褒め言葉の形をしていた。褒められた瞬間、パヴェルの胸の奥が勝手に熱くなり、その熱さが気持ち悪くて目を逸らした。

ヴィクトリアは逸らした視線の先に、答えを置いた。

「反革命から逃げてるか」

パヴェルは息を止めた。言葉の意味は分かる。けれど、ここで頷けば別の鎖が首に掛かる。首に掛かる鎖の重さを、パヴェルは知っている。知らないふりをするしかない。

「国境を跨いだばかりなら、字も数も捨てる。捨てた方が生き残る」

ヴィクトリアの声は淡々としていた。まるで、誰かの逃亡を何度も見てきたみたいに。

パヴェルの口は乾いていた。飯を食ったのに乾く。乾くのは喉だけじゃない。頭の中が、逃げるために必要な言葉を探して、全部粉々にしている。

その時、外の声が近づいた。足音が二人、三人。扉が叩かれ、叩く音が震えている。

「ヴィクトリア様、倒れた! まただ、息が」

扉の向こうの声は若い。焦りで裏返っている。

ヴィクトリアは椅子から立ち上がり、扉へ向かいながら短く言った。

「どこ」

「井戸の近く、荷車のところ! さっきまで普通に」

ヴィクトリアは扉を開け、外へ出た。出る前に振り返り、パヴェルを見る。

「待ってろ」

命令は短い。短いのに、逆らえばどうなるか想像できる短さだった。

ヴィクトリアは縄を一段だけ締め直した。締め直しは優しい。優しいのに確実だ。逃げる気を削る締め方。

扉が閉まる。外の声が遠ざかり、代わりに村のざわめきが薄く聞こえる。誰かが泣いている。誰かが怒鳴っている。火の匂いではない。湿った土と汗と、焦げた布みたいな匂いが混じっている。

パヴェルは椅子に座ったまま、手首の縄を見た。結び目は見慣れない。ほどける気がしない。ほどけないなら、待てばいい。待てば飯は出る。待てば殴られない。そうやって生きてきた。

なのに、待つという言葉が喉に引っかかった。

ヴィクトリアは「反革命」と言った。もしそれが当たっているなら、パヴェルは逃亡者として扱われる。扱われたら、次は尋問だ。尋問は飯より先に殴る。殴られたら、口が勝手に売る。売ったら終わる。

パヴェルは椅子の脚を少しずらした。縄の引き具合を確かめる。机の上に、さっき見た木の器がある。空だが蓋がある。台所用の素朴な入れ物だ。盗むなら、今しかない。

手を伸ばし、器を引き寄せる。音が出ないように布で包み、腰の裏に差し込む。縄が擦れて皮が裂ける。痛みより、外のざわめきが怖い。

窓は高い。だが小さい棚があり、棚の上に乗れば指が届く。パヴェルは椅子を引き、椅子の背に片足を掛けた。縄が引っ張られ、肩が痛む。痛みを無視して身体を持ち上げ、窓枠へ指を掛ける。古い木が軋み、釘が浮いた隙間ができる。

パヴェルは息を殺し、身体を滑らせた。外へ出た瞬間、冷たい風が顔を叩いた。村の空気が重い。誰かが吐いた酸っぱい匂いが混じっている。

井戸の方角に人が集まっている。ヴィクトリアもそこにいる。鎧の連中が遅れて寄っていく。ここなら、逆側が空く。

パヴェルは影を縫って走った。走り方は雑だと指摘された。だから今度は膝を低く、足を置く位置を短くする。息が詰まる。腹の温かさが揺れて気持ち悪い。だが止まれない。

裏手の細い路地へ入ると、足元に何かが倒れていた。最初は木の束に見えた。近づいて、違うと分かった。人だ。肩が不自然にねじれ、手が地面を掴んだまま固まっている。指の間に、砂みたいなものがこぼれていた。

砂が、薄暗い路地で青白く光っていた。

パヴェルの背筋が冷えた。光る粉。光る砂。美しいはずの色が、喉の奥を痛くする。息を吸った瞬間、口の中が金属みたいな味になった気がした。

倒れている男の目は開いていた。目はパヴェルを見ていない。見ていないのに、口元が震えていた。言葉にならない息が漏れている。

パヴェルは一歩下がった。触りたくない。触れば終わる。だけど、このままなら誰かが拾う。拾えば、さっきの井戸の近くの騒ぎが増える。増えれば村が壊れる。壊れれば、逃げても意味がなくなる。

パヴェルは腰の裏から器を取り出し、震える手で蓋を開けた。器の内側は乾いている。乾いているのが恐ろしくありがたい。

砂は風で舞う。舞えば吸う。吸えば終わる。パヴェルは呼吸を止め、唇を固く閉じた。息を止めたまま、器を地面へ伏せるように置き、砂の上から器を滑らせて掬い取った。掬い取るというより、閉じ込める動きだった。

器の中に光が落ちる。落ちた光が、器の木目を青く染める。染まった瞬間、吐き気がこみ上げた。吐けば吸う。吸えば終わる。パヴェルは喉の奥で吐き気を押し潰し、蓋を閉めた。

閉めただけでは足りない気がした。触った器が怖い。手が怖い。手首の縄が怖い。全部が怖い。

パヴェルは上着を脱いだ。布が肌を離れる音がやけに大きい。上着で器を包み、さらにシャツを脱いでその上から巻いた。風が肌に当たり、寒さで鳥肌が立つ。寒さが逆に頭を冷やす。冷えるほど、急がなきゃいけないことだけが残る。

包んだ塊を胸に押し付ける。押し付けたくない。だが手で持てば、手が汚れる気がした。汚れた手で顔を触るのが一番怖い。

パヴェルは走った。人のいる道を避け、家の裏、柵の影、草の生えていない固い土の上だけを選んで走る。息はまだ止めていられない。短く、浅く吸う。吸うたびに喉が痛い。喉の痛みが、見えない敵が近い合図みたいで脚が勝手に速くなる。

背後で誰かが叫んだ。井戸の方の叫びだ。ヴィクトリアの声ではない。ヴィクトリアならもっと低い。もっと短い。だからまだ気づかれていない。

パヴェルは包みを抱えたまま、村の端へ向かった。早く捨てる。早く遠ざける。早く、誰の手にも触れさせない。

そのために走っているのに、胸の奥では別の感覚が蠢いていた。盗みは、まだ手の中にある。だけど、今抱えているものは売れない。売れないどころか、触っただけで人が倒れる。

それでもパヴェルは走るのを止めなかった。止めれば、また誰かが拾う。拾った誰かが、青い光を綺麗だと言う。その光が、村の中へばら撒かれる。

見えない死神は、刃物みたいに速くはない。だからこそ、追いつかれる前に距離を稼げる。距離を稼げるうちに、手放さなきゃいけない。

パヴェルは息を荒くしながら、包みを抱え直し、さらに走った。



パヴェルは村の端を越えた瞬間、風の匂いが変わったのを感じた。湿った土と家畜の臭いが薄れ、石と枯れ草の乾いた匂いが強くなる。足元の道は硬く、轍が浅い。ここから先は人が通らない。

胸に抱えた布の塊が、息をするたびにわずかに上下した。布の奥で、青白い光がまだ生きている。外に漏れないはずなのに、暗い影の中でだけ、布が淡く染まる気がした。気がした、で済ませたくても、喉の奥の金属みたいな味が消えない。舌の上に薄い膜が張ったまま、唾を飲むたびに痛い。

走るほど息が要る。息を吸えば吸うほど、何かが入りそうで怖い。口を開けるのが嫌で、パヴェルは布の端を引き上げて鼻と口を覆った。自分の吐く息で布が湿り、湿るほど布が顔に張り付く。張り付く感触が、逆に安心にもなる。だが安心はすぐに崩れた。

背後で枝が折れる音がした。

パヴェルは振り向かなかった。振り向く動きは遅い。遅いのは命取りだ。代わりに耳だけを後ろに向けた。足音は続かない。枝が折れただけで、次がない。なのに皮膚の表面がざらついた。腕の産毛が立つ。寒さのせいではない。寒さは外側から来る。今のは内側から来た。

布の塊が重く感じた。重さが、物の重さではない。胸の奥を押す重さだ。そこに何かが貼り付いて、離れない。

パヴェルは走り方を変えた。一直線に逃げるのをやめ、地形に沿って曲がった。藪の濃い場所へ入る。木の根が地面を持ち上げ、足首が取られそうになる。けれど藪は人の目を遮る。見つからないなら、追いつかれない。

また、音がした。今度は、石が転がる音。小さく、乾いた音が二つ。

パヴェルは息を止めかけ、耐えられずに浅く吸った。布の繊維越しの空気は温くて臭い。自分の汗の臭いが混じり、吐き気が喉元を叩いた。吐いたら終わる。吐けば息が乱れ、乱れた息が布の隙間を作る。隙間ができたら、見えないものが入り込む。

足が勝手に速くなる。速くなるほど、胸の塊が揺れて、布の隙間から青が滲む気がした。青は綺麗じゃない。目の奥の神経を擦る色だ。見たくないのに、見えたと思うだけで目が痛む。

藪を抜けると、地面が急に落ちた。小さな崖。下は岩が露出した沢の跡で、水は枯れている。石が積み重なり、ところどころ裂け目が黒く口を開けていた。風が裂け目から吹き上げ、冷たいはずなのに、妙に湿っている。

パヴェルは足を止めそうになった。止まれば、追われる感覚が背中に貼り付く。貼り付いたまま、息だけが荒くなる。荒くなった息が、見えないものを呼ぶ。

背後に、気配が増えた。

音はない。視線もない。なのに、背中の中心だけが熱くなる。焚き火の前で感じる熱ではない。皮膚の内側が、じわじわと焦げるような熱だ。焦げる熱に似ているのに、臭いがしない。臭いがしないから、余計に怖い。

パヴェルは崖を下りた。滑って膝を打ち、痛みで息が漏れた。漏れた息が布の隙間から出ていく。息が出ていくのが、何かを渡したみたいで嫌だった。布を強く押し付ける。胸の塊が、心臓の鼓動に合わせて微かに脈打っている気がした。自分の鼓動なのに、他人の脈みたいに感じる。

沢の跡を走り、裂け目の多い岩場へ入る。裂け目は狭く、深い。覗くと底が見えない。黒いだけだ。黒いだけなのに、黒が湿っている。湿っているのに、虫がいない。小さな羽音もない。生き物の気配が薄い場所は、いつも不自然に静かだ。

パヴェルの頭の中で、ひとつの考えが鋭く浮かんだ。

手放せ。

今すぐ。

村から遠ざけるだけでは足りない。誰かが拾う可能性を潰さないといけない。拾われるなら、拾われない場所に落とすしかない。落としたあと、自分もここから離れないといけない。離れないと、背中の熱が追いつく。

裂け目の一つが、他より細く、真っ直ぐだった。そこだけ風が吸い込まれている。吸い込まれる風が布の端を引く。引かれる感触で、パヴェルは足がすくんだ。裂け目が手を伸ばしているみたいに見えた。

背後の熱が、もう一段増した。

パヴェルは歯を食いしばり、布の塊を抱え上げた。腕が震える。震える腕で、裂け目に近づく。近づくほど、喉の奥が焼けるように痛む。胃がひっくり返りそうになる。吐き気が腹を蹴る。だが止められない。止めた瞬間、青が自分の中へ入る気がした。

裂け目の縁に膝をつき、布の結び目をほどこうとした。指がうまく動かない。爪の間が汗で滑る。ほどけない。ほどけないまま、背中の熱が針みたいに刺さる。刺さる痛みで、視界の端が白く滲んだ。

パヴェルは、ほどくのをやめた。布ごと落とす。器ごと落とす。自分の手が触れたもの全部ごと落とす。

布の塊を裂け目へ押し込む。裂け目が一瞬だけ抵抗した。布が引っかかり、青が布越しに強く滲んだ。滲んだ瞬間、パヴェルの視界が揺れた。耳の奥で、薄い高音が鳴った。音は外ではなく、頭蓋の中で鳴っている。

「早く」

自分の声が、自分の喉から出たのか分からない。声に驚いて息を吸いそうになり、吸うのを止めた。息を止めたまま、腕に力を込め、布の塊を押し込んだ。

布が裂け目の縁を越えた。越えた瞬間、重さが消えた。消えたのに、背中の熱は消えない。熱は、布の塊の方へ移った気がした。裂け目の底で、青が一度だけ脈打つみたいに光り、そのまま黒に呑まれた。

パヴェルは反射で後ずさった。膝が岩に当たり、皮が裂けた。痛みが遅れて来る。遅れて来た痛みが、逆に現実を戻す。戻した現実の中で、息が限界だった。布越しに浅く吸い、浅く吐く。吐く息が震えて、歯が鳴った。

背後の熱が、ようやく薄れ始めた。

薄れるのが怖かった。薄れたら終わりじゃない。薄れたら、次は別の場所へ移るだけだ。見えないものは、追う相手を変える。追われる感覚が消えた瞬間、村の誰かがそれを代わりに背負う光景が、頭の中に勝手に浮かんだ。

パヴェルは立ち上がり、裂け目から離れた。離れながら、足元の土を見た。布を抱えて走ったせいで、汗と泥が点々と落ちている。点々は道になる。道は追跡になる。

パヴェルは沢の跡を横へ逸れ、岩の多い場所へ移った。足跡が残りにくい硬い地面を選ぶ。呼吸が苦しくて、布を外したくなる。外したら、今までの恐怖が全部無駄になる気がして、外せない。

また、背後で枝が折れる音がした。

今度は二つ、間を置かずに続いた。

パヴェルの背中が硬直した。振り向きたい衝動が、喉を締める。けれど振り向いたら、目が何かを見てしまう。見えないはずのものを見たと感じた瞬間、足が止まる。止まった足は、戻れない。

パヴェルは振り向かなかった。代わりに、走る方向だけを変えた。裂け目から遠ざかる。村からも遠ざかる。誰の道にも重ならない場所へ、ただ走る。

喉の奥の金属の味は消えない。胃の底の冷えも消えない。けれど胸の重さだけが、確かに消えた。

それだけが、今のところの勝ちだった。



沢の跡を外れてから、地面はずっと乾いていた。乾いているのに、足の裏だけがぬるく感じる。自分の汗が靴の中で回っているだけだと分かっているのに、そう思うたびに、胸の奥が一段冷えた。

パヴェルは走り続けた。走る理由が足りないと脚が止まる。止まれば、背中の中心に貼り付いた熱が、また刺に変わる。刺は痛みではなく、合図みたいに増えていく。追われている。誰かにではない。誰かという形を持たないものに。

岩場は細かい段差が多く、足首が取られた。石を踏み外した瞬間、体が横に流れ、肩が岩にぶつかる。痛みが走り、息が漏れた。漏れた息の熱が布の内側に溜まり、蒸れた匂いが鼻に刺さる。布で口元を覆っているのに、匂いだけは逃げない。

息を吸い直したい。深く吸いたい。そう思った瞬間、喉が勝手に締まった。深く吸ったら終わる、という感覚だけが先に来る。

背中の熱が、また増えた。

今度は、熱の中心が一つではない。肩甲骨の内側、腰の奥、首の付け根。点が増え、点が線になり、線が網になる。皮膚の上ではなく、皮膚の下で何かが広がる。見えないものが近い。見えないのに、近い。

パヴェルは道を捨てた。獣道にもならない斜面へ足を突っ込む。枯れ草が脛を切り、棘が肌に引っかかる。血がにじむ感覚があるのに、赤を見る余裕がない。余裕がないほど、布の塊だけを抱え直す。

胸の塊は重かった。落としたくない重さではない。落とさなければならない重さだ。

裂け目に落とせば終わるはずだった。そう思ったのに、終わらなかった。熱が消えなかった。消えないなら、落とし方が足りない。深さが足りない。封じ方が足りない。拾われる可能性が残るなら、意味がない。

斜面の先に、黒い口が見えた。岩肌の割れ目が広がって、洞の入口になっている。入口の周りだけ、草が薄い。鳥も寄らない。風がそこへ吸い込まれている。吸い込まれる風が、湿った冷気を運んでくる。

パヴェルは足を止めそうになり、止めずに入口へ向かった。入口の前で、背中の熱がまた一段強くなる。近づくほど、熱が減るのではなく増える。増えるのに、脚は止まらない。止めたら、ここまで抱えてきたものが、村へ戻る。

入口の縁で膝をつき、耳を澄ませた。洞窟の奥は無音だった。水滴の音もない。虫の羽音もない。風だけが、細く鳴っている。鳴り方が、喉の奥の金属の味と似ていた。

背後で、石が転がる音がした。

振り向かない。振り向けば、形のない何かに形を与える。形を与えた瞬間、逃げ道が一つに固定される。固定されたら終わる。

パヴェルは洞窟の中へ滑り込んだ。入口の影が背中を覆う。外の光が切れる。切れた瞬間、布の奥の青白さが、妙に強く感じられた。暗闇でだけ増える光。光が増えるほど、胸の奥が痛い。

洞窟の床は砂利だった。足を置くと、乾いた音が鳴る。音を鳴らしたくないのに、鳴る。鳴った音が洞の壁に跳ね返り、二回、三回と遅れて戻る。自分の足音が、誰かの追跡に聞こえてくる。

奥へ進むにつれ、冷気が濃くなった。冷たいのに、背中の熱は冷えない。熱が冷えないのが怖い。怖さが喉を締め、呼吸が浅くなる。浅い呼吸は頭をぼんやりさせる。ぼんやりした瞬間、足が揺れ、壁に手をついた。

手をついた岩が、濡れていた。

濡れた岩の感触で、パヴェルの頭の中に一つの像が浮かんだ。井戸の近くで倒れた人間。指の間からこぼれた青白い砂。青白い砂は濡れれば、貼りつく。貼りつけば、剥がれない。剥がれないものは、運ばれていく。

パヴェルは反射で手を引っ込めた。引っ込めた指先が震える。震える指先で布の塊を抱え直す。抱え直した布の結び目がほどけかけているのに気づき、胸がひやりとした。ほどけたら終わる。ほどけたら、ここに残る。ここに残れば、いつか誰かが踏む。

洞窟は途中で二つに割れていた。右は狭く、風が強い。左は広く、風が弱い。風が弱い方が、沈む。沈むなら、深い。

パヴェルは左へ進んだ。足元の砂利が細かくなり、靴底が沈む。沈むほど音は小さくなる。音が小さくなるのに、背中の熱は大きくなる。熱が大きくなるのは、見えないものが近いのか、それとも自分が近づいているのか分からない。分からないまま進むしかない。

やがて、足元が途切れた。

闇が口を開けている。縁の岩は丸く削れていて、下は見えない。風が下へ吸い込まれ、低い音を立てている。穴の奥から冷気が上がり、布の端を揺らした。揺れた布の隙間から、青が一瞬だけ滲んだ。

パヴェルは息を止めた。息を止めたまま、穴の縁に膝をつく。膝の骨が岩に当たって痛い。痛みがあるのに、痛みよりも、背中の網の熱が怖い。熱が今にも肩から胸へ回り込みそうで、心臓が速くなる。速くなる心臓が布を揺らし、布がまた滲む。

もう待てない。

パヴェルは布の塊を持ち上げた。腕が震え、震えが布に伝わる。布の中で器が硬く当たる。硬さが現実を思い出させる。器は木だ。木は燃える。燃えるなら、ここで火は使えない。火を使わず、投げ捨てるしかない。

穴へ向けて、両手を伸ばした。

その瞬間、背中の熱が刺に戻った。一本ではない。何十本もの針が、背中の中心から外へ向かって広がる。針が刺さる感覚と同時に、頭の奥で薄い高音が鳴った。外の音ではなく、骨の内側で鳴る音だ。

パヴェルの視界の端が白く滲んだ。滲みの中で、穴の縁が揺れて見える。揺れた穴の縁が、手を伸ばしてくるみたいに見えた。

怖い。だが、抱えていればもっと怖い。

パヴェルは歯を食いしばり、布の塊を穴へ押し出した。押し出した瞬間、布が縁に引っかかり、青が布越しに強く滲んだ。滲んだ青が目の奥を刺し、吐き気が腹を蹴る。喉が開きそうになり、息が漏れそうになる。

漏らしたら終わる。

パヴェルは体重を前にかけ、引っかかった布を、肘で押し込んだ。布が縁を越えた。塊が闇へ落ちる。落ちる途中で、青が一度だけ跳ねた。跳ねた青は、すぐに黒に呑まれた。音は遅れて来た。遠くで、木が岩に当たる乾いた音がした。それで終わりだった。

終わりなのに、背中の針はすぐには消えなかった。

パヴェルは穴の縁から這いずり下がり、壁にもたれた。息を吸った。浅く、短く。吸った空気は冷たく、喉の金属の味を少しだけ薄めた。吐いた息は震え、胸が痛んだ。

それでも、胸の重さはない。

重さが消えた瞬間、逆に恐怖が形を変えた。今度は自分の手だ。腕だ。服だ。触れたもの全部が怖い。怖いのに、洞窟の中で脱げない。脱いだら、布の代わりに自分が曝け出される。曝け出されれば、見えないものがどこにいるか分からないまま、呼吸だけが乱れる。

背後で、また石が転がる音がした。

今度は洞窟の入口側ではなく、洞の奥の方からだった。洞の中で起きた音。誰かがいるのか、落石なのか分からない。分からないのに、背中の針がまた一本だけ戻った。一本だけ戻った針が、肩の付け根に刺さる。

パヴェルは壁から体を離し、ふらつく足で立ち上がった。穴の縁から離れる。離れながら、足元の砂利を蹴って岩を寄せた。穴の入口に石を落とし込み、少しでも目印を消す。石は小さく、穴は深く、埋まる気配はない。それでも、何もしないよりはましだと思うしかなかった。

息が切れているのに、歩みは止められない。止めた瞬間、針が増える気がした。増えた針が、今度は胸の内側へ刺さる気がした。

パヴェルは洞窟の闇の中を、出口へ向かって歩き出した。外の光が見えるまで、背中の針が一本で済むことを祈るように、足を止めずに進んだ。



目を開けた瞬間、天井の木目が近すぎて、息が詰まった。光が弱い。窓の外はまだ薄暗く、布の隙間から差す線が、部屋の埃を細く照らしている。身体を起こそうとして、腹の奥が空洞みたいに鳴った。喉は乾き、舌の上にはまだ金属の味が残っている。

腕を動かすと、筋が引きつる。指先が自分のものじゃないみたいに重い。手のひらを見た。汚れが落ちきっていない。爪の隙間に、灰色の砂が噛んでいる。擦っても取れない硬い感触が、洞の冷たさを思い出させた。

息を吸うたびに、胸が痛い。肺の奥がひりつく。痛みは鋭くないのに、ずっと続いている。寝ていたはずなのに、身体が休まっていない。頬の内側が痩せたせいで、歯が当たる。頬骨のあたりが、やけに尖って感じた。腹も、腕も、薄い。昨日までの自分より、一段削れている。

足元から床の軋む音がして、誰かが近づいてきた。

戸が開き、乾いた空気が一瞬だけ動いた。入ってきたのは、鎧も剣も身に着けていない女だった。髪はまとめられていて、顔には疲れが残っているのに、目だけが刃物みたいに鋭い。近づく足取りが軽い。軽いのに、逃げ道を塞ぐ速さがある。

ヴィクトリアはベッドの横まで来て、何も言わずにパヴェルの手首を掴んだ。指が強い。脈を測る指の位置が迷いなく決まる。握られているのに、拘束というより、確かめられている感触だった。

「起きたか」

声は低い。怒っているのに、怒鳴りはしない。怒鳴らない方が怖い時があると、パヴェルは知っている。

ヴィクトリアの視線が、部屋の隅に置かれた器へ移った。銀色の光が弱い朝の光を吸って、鈍く光っている。あの器だ。盗んだ器だ。床に置かれているのに、なぜかそこだけ冷えて見えた。

「器は返ってきた。だが、盗んだことは許してない」

パヴェルは口を開こうとして、喉が鳴った。声が出ない。出そうとしても、舌が重い。目を逸らした瞬間、ヴィクトリアの指が手首を離れず、少しだけ強く締まった。

「銀の器を選んだのは、毒を調べるためだろう」

言い方が断定に近い。けれど、責めるための断定ではない。理由があれば、筋が通る。筋が通れば、扱いが決まる。そういう目だった。

パヴェルは首を振った。小さく、でもはっきりと。違う、と伝えるために。

ヴィクトリアの眉が動いた。口の端が少しだけ歪む。

「……そうか」

一拍置いて、視線が冷たくなる。

「期待して損した」

そのまま、彼女は踵を返した。背を向けた動きが露骨に不機嫌で、扉の近くの椅子に腰を落とす。腕を組み、しばらく床を睨む。黙ったまま。空気だけが重くなる。重いのに、彼女はそこで仕事をやめない。

椅子の脚が小さく鳴り、ヴィクトリアは立ち上がった。棚から布と水差しを取ってくる。水差しの口を指で拭い、コップに注ぐ。手元が丁寧だ。丁寧なのに、目はずっとパヴェルを見ている。

「飲め」

コップが差し出される。パヴェルは両手で受け取った。手が震えて水面が揺れる。揺れたのを見て、ヴィクトリアの眉がもう一度動いた。

「吐いたか」

パヴェルは首を振りかけ、止めた。吐き気はあった。吐いてはいない。けれど、言葉にするほどの余裕がない。喉が乾きすぎて、答えが喉の奥で引っかかる。

ヴィクトリアは勝手に判断した。パヴェルの顎を軽く持ち上げ、目元を覗き込み、瞼を指で上げて白目の色を確かめる。頬に触れ、熱を見て、首筋を撫でる。指が冷たい。冷たいのに、触れられると楽になる。

「熱はない。だが、削れてる」

削れてる、という言葉が、妙に痛かった。言われなくても分かっている。身体の内側が薄くなっている。肉が落ちたというより、何かが抜けたみたいに。

ヴィクトリアは棚の上に置かれた自分の短刀を一度だけ見た。鞘に入ったままの刃だ。抜かない。抜かない代わりに、布を取ってくる。湿らせて、パヴェルの指先を拭く。爪の隙間の灰色を、爪楊枝で少しずつ掻き出す。痛い。痛いのに、放っておかれるよりはましだった。

「何を持ってきた」

問いは短い。責める調子じゃない。だが、逃げ道もない。

パヴェルは答えなかった。答えられない。言葉にした瞬間、あの青がここへ戻る気がした。戻ったら、この家も、この村も同じになる。息を吸うだけで誰かが死ぬ、という感覚が、まだ背中の皮膚の下に残っている。

ヴィクトリアはため息をつかなかった。問いを重ねなかった。ただ、作業の手を止めずに言った。

「無理に言えとは言わん」

一瞬、部屋の空気が少しだけ軽くなる。軽くなるのに、ヴィクトリアの目は鋭いままだ。

「だが、やばいものだな」

その言い方は、確信ではなく受け止めだった。パヴェルが何も言わないことも、言えないことも、黙っている間に見て取った顔だ。

彼女は拭いていた布を丸め、炉の脇に置いた。次に、台所からパンと煮た豆を持ってくる。湯気が立っている。湯気の匂いが、胃の奥を殴った。空腹が痛みに変わる。痛みで身体が縮む。

ヴィクトリアは椅子を引き寄せ、パヴェルの隣に座った。皿を置き、スプーンを押し付けるみたいに渡す。

「食え。食わないと、話にならん」

言い方は乱暴なのに、視線は真面目だ。真面目なまま、彼女はパヴェルの手元を見ていた。スプーンが落ちないか。噛めるか。飲み込めるか。全部を見ている。

パヴェルが一口だけ口に入れた瞬間、胃が拒否し、喉が詰まった。咳き込みそうになり、こらえる。こらえたせいで目の奥が痛む。涙が滲む。

ヴィクトリアはスプーンを取ろうとしなかった。背中を叩くこともしなかった。代わりに、静かに水を差し出し、口元の布を一度だけ直した。息が漏れないように、という手つきだった。

パヴェルが二口目を飲み込めた時、ヴィクトリアの肩がほんの少しだけ落ちた。怒りが消えたわけじゃない。けれど、何かを越えた顔になった。

「器を盗んだことは、許してない」

同じ言葉を繰り返した。繰り返したのに、今度は責めではなかった。線を引き直しただけだ。

「だが……よくやった」

パヴェルは顔を上げた。何を、という問いが目の中に浮かぶ。浮かんだだけで、口には出ない。

ヴィクトリアは椅子を押し退け、立ち上がった。パヴェルの前に回り込み、躊躇なく腕を伸ばした。抱き締められた。強い。強いのに、締め付けて壊す強さじゃない。逃げ道を奪う強さでもない。逃げる必要を一瞬だけ忘れさせる強さだった。

頬が彼女の肩に当たり、布の匂いと、鉄の匂いがした。剣の匂いではなく、汗と乾いた血の匂いだ。生き延びてきた匂いだった。

「黙って持ち帰れるものじゃない。分からなくても分かる」

彼女の声が耳元で低く響く。言葉が少ないのに、胸の奥が痛む。痛みが、怖さとは違う形に変わっていく。

ヴィクトリアは抱き締めたまま、少しだけ息を吐いた。

「ここで倒れた時、お前はまだ走ろうとしてた。脚が動かないのに、動かそうとしてた」

抱き締める腕が少しだけ緩む。緩んだ瞬間、パヴェルの身体が落ちそうになり、ヴィクトリアがもう一度支え直した。

「だから、よくやった」

それだけ言って、彼女はようやく腕を離した。

パヴェルの胸は軽い。軽いのに、背中の皮膚の下に残る針の感覚は消えていない。消えていないから、ここに長くいればいけない気がする。いけないのに、いまだけは、手足の震えが少しだけ収まっていた

半年が過ぎた。

季節が変わっても、ヴィクトリアの家の空気はあまり変わらない。薪の匂いと、干した布の匂いと、土の湿り気。変わったのは、パヴェルの体の使い方と、言葉の出し方だけだった。

片脚はまだ壊れやすい。走れる時間は伸びたが、伸びたぶんだけ戻りが遅くなる。夜、布団に潜ってから膝の奥が熱を持つ日がある。片手は握力が安定しない。指先の感覚が薄いままの日があり、針に触れると一瞬遅れて痛みが追いかけてくる。

ヴィクトリアは、その「遅れ」を見逃さない。

「今日は包丁、置け」

「……切れる」

「切れるかどうかじゃない。落とすかどうかだ」

言われたら言い返すだけの言葉は出るようになった。以前なら黙るか、逃げるか、どちらかだった。逃げる癖は残っているが、逃げる前に一言だけ返せる。たったそれだけで、家の中の時間が少しだけ伸びる。

食事も同じだった。半年経っても、食卓は豊かではない。だが、空腹で頭が白くなる日は減った。減ったからこそ、思い出す。あの時の空腹。盗むしかないと思った瞬間の軽さ。軽さのあとに来た、重さ。

夜、火が小さく鳴っていた。外の風が戸口を叩く音が、一定の間隔で続く。ヴィクトリアは布を縫っている。針の行き来だけが規則正しい。

パヴェルは喉の奥を鳴らした。言い出す前に、口の中が乾く。乾き方が、あの洞窟の前と似ている。

ヴィクトリアが針を止めた。顔を上げないまま言う。

「腹か」

「違う」

「脚か」

「違う」

ようやく、顔が上がった。視線が刺さる。刺さるが、刺して終わりじゃない。待つ目だ。

パヴェルは息を吸った。

「……あの、砂」

言った瞬間、火の音が大きく聞こえた。心臓が一度だけ強く打つ。自分の体の内側が、勝手に後ずさる。

ヴィクトリアは何も言わない。針も布も机に置いた。置き方が慎重だった。音を立てないように置く台詞のない動作が、逆に怖い。

「どこで」

「逃げてる時。倒れてた奴が……持ってた」

「倒れてた、何人」

「……二人。たぶん、もっと」

「たぶん?」

「見てない。見たくなかった」

ヴィクトリアの眉が動いた。怒りではない。嫌悪でもない。判断が一段だけ深くなる動きだ。

「光ってたのか」

「暗いと……見えた。手に付いた」

「舐めたか」

「してない」

「擦ったか」

「服で覆った」

「賢い」

褒める言い方が短い。短いほど、重い。

パヴェルは言葉を続けようとして詰まった。説明ができない。説明しようとすると、頭が散る。散ると、体が冷える。

ヴィクトリアが先に言った。

「捨てたな」

「……洞窟」

「場所」

パヴェルは場所を言った。沢の曲がり方、石の裂け目、草が折れているところ。言いながら、そこまでの道を覚えていることに気づいて背筋が硬くなる。

ヴィクトリアが頷く。

「二度と行くな」

「行かない」

「行くなら、私が折る」

「……折るって、脚?」

「脚」

言い切る。脅しじゃない。止めるための約束だ。パヴェルは黙って頷いた。頷く以外の答えが浮かばない。

ヴィクトリアは火を見た。火の揺れを見ているふりをしながら、頭の中で別の数を数えている顔だ。食料の数じゃない。距離の数でもない。増減の数だ。

「この村、最近、土が新しい場所が増えた」

パヴェルが顔を上げた。

「……畑?」

「畑じゃない。埋め場だ」

言葉が喉の奥に落ちる。埋め場。パヴェルの背中に、冷たい汗が浮く。

ヴィクトリアは続けた。淡々としている。淡々としているほど、刺さる。

「棺の板が足りない日があった。葬いの布が足りない日があった。祈りの言葉が追いつかない日があった」

「……誰が死んだ」

「名前は出ない。出したがらない。年が合わないからだ」

「年?」

「老人が減るなら分かる。子どもが減るなら騒ぐ。働き手だけが抜けるのは、口を閉じる」

パヴェルは言葉を探し、短く吐いた。

「戦争?」

「戦争なら腕が残る。血が残る。家が燃える。これは残り方が違う」

残り方。見えない死神の残り方。パヴェルは、あの砂を布で覆ったときの手触りを思い出す。触れたのは「砂」なのに、触った後の皮膚は「灰」みたいだった。

ヴィクトリアが机の端を指で叩いた。叩く音が二回。

「数を見るやつがいる」

パヴェルが反射的に聞き返した。

「数?」

「埋め場の数。葬いの数。泣き声の数。顔色の数」

測る数じゃない。生きてる数が、減った数だ。

パヴェルの喉が鳴る。

「その人……誰」

ヴィクトリアは少しだけ間を置いた。言うかどうか迷っている間ではない。言った瞬間から危険になると分かっている間だ。

「異国の王族だ」

「王族?」

「王冠は似合わない。靴が汚れてるほうだ」

「名前」

「トルステン」

パヴェルがその音を口の中で転がした。噛んで覚える。覚えた瞬間に、背中が少し軽くなる。方向が一つ増えるからだ。

ヴィクトリアは釘を刺すように言った。

「会うかどうかは、まだ決めない」

「……決めない」

「お前が勝手に動いたら、死ぬ。お前だけじゃない。巻き込まれる」

「分かる」

「分からない顔だ」

「分かる。……黙る」

ヴィクトリアが、ようやく針を持ち直した。縫いかけの布に針先が入る。細い音がして、布が小さく引きつる。

「お前が今日したのは、喋ったことだ」

パヴェルは身構えた。怒られると思った。

「喋ったのは、良い」

意外な言葉が来て、息が漏れた。

ヴィクトリアは縫いながら続けた。

「だが、喋れるからといって、全部喋るな。喋ると死ぬ話がある」

「……砂のこと?」

「砂のこと。埋め場のこと。減り方のこと」

「死神のこと」

ヴィクトリアの針が止まった。

「その言い方はするな」

「……なんで」

「呼ぶと、近くに来る。そういう噂が立つ」

パヴェルは唇を噛んだ。噂。噂は強い。噂が強いと、村が勝手に動く。勝手に動いたら、触る。触ったら、増える。

ヴィクトリアは火のそばの鍋を見て、短く言う。

「飯を食え」

「……今?」

「今。空腹で判断するな」

パヴェルは皿を取った。指が震えたが、落とさなかった。落とさないだけで、今日は勝ちだと思った。

食べながら、口が勝手に動いた。

「トルステンは……土葬屋を知ってる?」

ヴィクトリアが目を細めた。

「知ってる。だが、土葬屋が喋るとは限らない」

「喋らせるの?」

「喋らせない。聞くだけだ」

「聞くだけで……分かる?」

「分かることだけ分かる。分からないことは分からないまま置く」

それが、この世界のやり方だ。分かったふりをしない。分からないままでも、死ぬなら止める。

ヴィクトリアが布を机に置き、パヴェルのほうに手を伸ばした。伸ばした手が、頭ではなく肩に触れる。軽い力だが、逃げる余地が消える触れ方だった。

「お前の体、また痩せた」

パヴェルは反射的に否定しようとして言葉が詰まった。否定できない。鏡はないが、腹の皮が薄いのは分かる。

ヴィクトリアは声を落とした。

「拾った時、何かを持ち帰ったんじゃないか」

「持ち帰ってない」

「なら、近づいただけで削られた」

削られた。目に見えない刃物の言い方だ。死神の言い方だ。

パヴェルは箸を置いた。

「……これ、増えてる?」

ヴィクトリアは頷いた。

「増えてる」

「どれくらい」

「数えられない」

「……でも、分かる?」

「分かる。土が新しい。葬いが追いつかない。顔が青い」

測れないが、確かにある。確かに増えている。

ヴィクトリアは最後に、短く言った。

「今夜は寝ろ。明日も動く。逃げ足だけ鍛えても意味がない」

パヴェルは笑いそうになって、やめた。笑うと喉が乾く。乾いたまま眠ると、夢で走る。

「分かった」

「分かった顔じゃない」

「……分かった顔、練習する」

ヴィクトリアの口角が一瞬だけ動いた。すぐ戻る。戻ったまま、針がまた動き出す。

火が鳴る。外の風が戸口を叩く。

見えない死神は、まだ見えない。見えないまま、数だけが狂っていく。

戸を開ける前に、ヴィクトリアは剣を外した。鞘が柱に触れないよう、手首だけで支えている。音が出ない。音が出ないのに、部屋の空気だけが固くなる。

パヴェルは寝台の端に座ったまま、それを見ていた。

「……それ、飾りか」

ヴィクトリアは振り向かずに言った。

「飾りにしては重い」

「じゃあ、使う気だ」

「使わない」

「矛盾してる」

「矛盾じゃない。道に出る」

「道が怖い?」

「道は怖くない。道の人が怖い」

パヴェルが笑いそうになって、喉で止めた。

「人のほうが怖い騎士って、職業ミスだろ」

ヴィクトリアはようやくこちらを見た。目が笑っていない。だが怒ってもいない。

「職業は辞めた」

「じゃあ今は何だ」

「面倒を見る係」

「誰の」

「お前の」

言葉が真っ直ぐすぎて、パヴェルは一瞬だけ息を詰まらせた。受け取るしかない言い方をされると、逃げ場がない。

「……面倒を見るって、殴ることか」

「殴らないと止まらないから殴った」

「止まるって、何が」

ヴィクトリアは剣の柄を指で叩いた。癖のように、二回。

「走る癖」

パヴェルが舌打ちした。

「癖で済むなら楽だったな」

「済んでる。まだ」

「“まだ”って言い方やめろ」

「やめない。まだ、はまだだ」

会話が噛み合っているのに、噛み合っているほど腹が立つ。パヴェルは布を手に取った。ヴィクトリアが投げた、顔を隠すための布だ。

「それも、必要か?」

「必要」

「俺が顔を隠したら、逆に怪しいだろ」

「怪しいほうがいい」

「意味わかんねぇ」

「分からないなら黙れ。黙って怪しくしろ」

「最悪の助言だな」

「最悪が生き残る」

パヴェルは布を被った。視界が狭まる。狭くなって落ち着く自分が、少し気持ち悪い。

「鎧は?」

パヴェルが訊くと、ヴィクトリアは鎧のほうを見もしない。

「着ない」

「戦う気はあるのに?」

「戦わない」

「また矛盾」

「矛盾じゃない。守る」

「守るなら鎧いるだろ」

ヴィクトリアは靴紐を締め直しながら言った。

「鎧を着ると人が寄る」

「騎士が歩けば人は寄るだろ」

「鎧だと“寄り方”が違う。寄って、頼る。頼って、集まる。集まって、騒ぐ」

「騒いだら?」

「見ないでいいものまで見に行く」

パヴェルは言葉を飲み込んだ。洞窟の夜が頭をよぎる。見ないでいいもの。触らないほうがいいもの。触ったら増えるもの。

ヴィクトリアが玄関を指で叩いた。

「行く」

「待て」

「待たない」

「俺、歩き方まだ――」

「遅い歩き方でいい。速い歩き方が駄目だ」

「どっちだよ」

「速いと癖が出る。癖が出ると、勝手に走る」

「……監視されてんのか俺は」

「監督してる」

「言い方が腹立つ」

「腹は立てていい。走るな」

外へ出る。風が冷たく、土の匂いが強い。道はぬかるみ、足音が重い。村人の視線はある。声はない。声がないのが、逆に刺さる。

パヴェルが低く言う。

「……見られてる」

ヴィクトリアが歩幅を落とす。

「見られるのはいい。近づかれるのが駄目」

「近づかれたら?」

「私が止める」

「剣で?」

「言葉で」

「言葉で止まらなかったら?」

「その時は、剣で“言葉を止める”」

言い方が冷たい。冷たいのに、頼もしい。頼もしいのが腹立つ。パヴェルは布の下で歯を食いしばった。

「……分かってないんだよな。俺が何を捨てたか」

ヴィクトリアは即答した。

「分かってない」

「じゃあ何で信用できる」

「信用してない」

パヴェルが足を止めかける。

「……は?」

ヴィクトリアは振り向かずに続ける。

「信用してるのは“お前の顔”じゃない。“お前の反応”だ」

「反応?」

「触れたくない。近づきたくない。捨てたい。そういう反応をする人間は、嘘をつきにくい」

「……ひでぇ理由」

「良い理由のほうが嘘になる」

パヴェルは思わず笑った。笑った瞬間に、胸の奥が痛い。笑える言葉を言われてしまったことが、悔しい。

「それで剣を持つのか」

「持つ」

「俺のため?」

「私のため」

「正直すぎるだろ」

「お前に合わせてる」

「合わせなくていい」

「合わせる。合わせないとお前は走る」

話が元に戻る。戻される。戻されるたび、勝てない。

村の外れに、土の色が違う場所が見えた。畑じゃない。草が短く、踏み固められ、石が並んでいる。盛り土が新しい。

パヴェルの喉が鳴った。

「……あそこ、増えたな」

ヴィクトリアが言った。

「増えた」

「数えたのか」

「数えない。見た」

「見ただけで分かるのかよ」

「土は嘘をつかない」

「人は嘘をつくけどな」

「だから、土のそばにいる人に聞く」

小屋がある。扉の前に男が出てくる。手が土で黒い。爪の間まで黒い。顔が疲れているのに、目だけが鋭い。

ヴィクトリアが扉を叩く。叩き方が変だ。礼儀も威圧もない。呼び出しだけ。

男が吐き捨てる。

「何だ」

ヴィクトリアが名乗らない。名乗れば関係が生まれるからだ。

「布が足りない日があった」

男の眉がぴくりと動く。

「誰だ、お前」

「通りの者」

「通りの者が、そんなこと聞くか」

「聞く」

「数でも数えに来たか」

ヴィクトリアは首を振る。

「数じゃない。偏りだ」

男が笑った。笑いが乾いている。

「偏り?」

「働き手が落ちてる」

「落ちてねぇ。出ていったんだろ」

「出ていったなら荷車が減る。靴が減る。家が空く。ここは土が増えた」

男の目が、ヴィクトリアの腰へ落ちる。鞘の位置だ。隠しても分かる。

「剣持ちが言葉で脅すな」

ヴィクトリアは声を少しだけ低くする。

「脅してない。頼んでない。確認してる」

男は舌打ちした。舌打ちの後に、ため息が混じった。ため息が混じるのは、隠しても無駄だと分かっている人の音だ。

「若いのが多い。男も女も。年寄りはまだだ。子は今のところ」

パヴェルは布の下で息を止めた。“偏り”が言葉になった瞬間、背中の皮膚がひりつく。

ヴィクトリアは追い詰めない。追い詰めると嘘が出るからだ。

「土はどこから」

男が目を逸らす。

「山」

「山のどこ」

「聞くな」

「聞く」

「聞いたら、お前も来る」

ヴィクトリアはそこだけ、一瞬だけ笑った。笑いというより、刃が薄く光る感じだ。

「来ない。来させない」

男が顔をしかめる。

「来させないって、何だ」

ヴィクトリアは淡々と言った。

「近づく人間を止める。触る人間を止める。掘る人間を止める」

男が吐く。

「止められねぇよ。腹が減ったら掘る。金が欲しけりゃ掘る。怖くても掘る」

パヴェルの口が勝手に動いた。止める前に言葉が落ちた。

「怖くない奴が掘るんだよ」

男がパヴェルを見た。布の下の目を見ようとする。パヴェルは反射で視線を落とした。落とすのが遅れた。遅れたぶんだけ、男の目が突き刺さる。

ヴィクトリアが、即座にパヴェルの前へ半歩出た。鎧はない。盾もない。ただ体で線を引く。

「喋るな」

「……今のは」

「喋るな」

言い方が、怒りではない。制止だ。制止が遅れたら死ぬ種類の制止だ。

男が鼻で笑う。

「連れの躾がなってないな」

ヴィクトリアが返す。

「躾じゃない。壊れかけだ」

男の眉が上がった。

「壊れかけ?」

ヴィクトリアは答えない。答えないのが答えだ。男のほうが気まずくなる。気まずくなると、口が滑る。

「……倒れてた。運んだ。埋めた。見なかったことにした」

ヴィクトリアは頷いた。短く。

「それでいい。見なかったことにするのは、“広げない”って意味でもある」

男の目が揺れる。“肯定された”のが気味悪いという顔だ。

「お前、何なんだよ」

ヴィクトリアは剣の柄に触れた。抜かない。触れて、呼吸を整える。

「怖いほう」

男が黙る。黙ったまま、視線だけで追い払う。

ヴィクトリアは引いた。引き際が鮮やかすぎて、逆に怖い。パヴェルは小屋から離れながら、布の下で小さく言った。

「……今の、俺が喋ったせいでまずい?」

ヴィクトリアは歩きながら答えた。

「まずい」

「どれくらい」

「口が増える」

「増えると?」

「噂が立つ」

「噂で死ぬのかよ」

「噂で掘る。掘って触る。触って運ぶ。運んでばら撒く」

パヴェルは言葉を飲み込んだ。噂が手になる。手が街になる。街が死体になる。全部が繋がっている。

「……じゃあ、俺は何もするなってことか」

ヴィクトリアが即答する。

「するな」

「でも、俺が見たのは俺だ」

「見たのはお前だが、動くのは私だ」

「それ、腹立つ」

「腹を立てろ。腹を立てて動くな」

言われるたびに、自分が彼女に縛られていく感じがする。縛られてるのに、その縛りが命綱だと分かってしまうのが、いちばん嫌だ。

道が開ける。村の角が見える。そこで、叫び声が上がった。ひとつじゃない。重なって、方向が分からない。次に、何か硬いものが地面に落ちる音。金属の乾いた音。続いて、走る足音が増える。

ヴィクトリアの手が柄にかかった。今度は癖じゃない。反射だ。

「来るな。後ろ」

パヴェルは返事をしなかった。返事をする前に、背中の皮膚が先に反応した。昨夜と同じだ。目の前に何もいないのに、追われる感覚だけが張り付く。

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