ヴィクトリアは、敗者の行く末に拍手を送る
「そろそろ、お金を食べ尽くす害虫を退治しようと思うの」
「は?なんだよいきなり」
「それに、我が家を乗っ取る他の虫まで入り込んじゃって」
「なっ!!」
「適当な事を言わないでください!」
ちらり、と机の上の書類に視線を落とす。
それを察して、侍従がその書類を読み上げた。
「――横領3回。賭博で負け、他の家に借金もあるようです。こちらは幅広いので全部は把握出来ておりません」
ヴィクトリアは机の上でゆっくりと指を組み替える。
それを見て、エリオは肩を大きく揺らした。
「そ、それは……!たまたま負けが続いて」
「賭博で負けて、伯爵家のお金を、ねぇ?」
彼女は首を傾げて、扉を見やる。
「ちゃんと返せる!取り返せる額なんだよ!」
「じゃあ、自分の身を削って返すべきね」
その隣に立っていたミレイが声を上げた。
少し上擦った声だった。視線が泳いでいる。
「わ、わたしは知りませんでした……!エリオ様が賭博なんて……!なんて酷い。裏切りですわ!婚約の事も考える余地が……」
話の途中。
ヴィクトリアは彼女のお腹に視線を向ける。
「あら。あなたの事もちゃんとお話しないと。ねぇ?続きは?」
手で侍従を促すと、パラリと紙をめくった。
「はい。ミレイ様は現在、妊娠3か月。そろそろ4か月になりますか……。彼女の主治医からのカルテがこちらに」
彼は、手に持った一枚の紙を掲げた。
「……!そ、それは」
「ミレイ!?」
二人が同時に固まる中。
ヴィクトリアは椅子から立ち上がり、隣の部屋に続く扉を開けた。
◇◇◇
――時は少し遡る
あまり日が差さない廊下、そこに飾られていた絵画がない。
ふと足を止めて、変色した壁を触って確かめる。
やはり――。
「ああ、また辛気臭い義姉上の顔だ。女だてらに父上の手伝いですか?どうせ伯爵家は俺が継ぐのに。だから嫁の貰い手も見つからないんですよ」
エリオがヴィクトリアに絡んでくるのはいつものことだ。
元は、ただの親戚だ。
彼は、自分が引き取られた理由を未だに盲信している。
「あら、エリオ。あなたはまた新しい服を仕立てたの?そんなに予算が組まれていたかしら。――それに、ここにあった絵画は?」
「う、うるさい!今は紳士の中でこれが流行しているんだ。女のくせに予算だとか生意気な!はん!あんな地味な絵なんて大した額にもならなかったよ」
随分と堂々と言いきるものだ。
ヴィクトリアは首を振った。
「エリオ。義姉様はそれくらいしか取り柄がないのよ?それをそんな風に言っては可哀想だわ」
「ああ、そうだな。生き遅れで辛気臭い。いい笑いものだ」
「まぁ酷い。でも……」
エリオの婚約者、ミレイはヴィクトリアを上から下まで眺めた。
そしてクスクスと笑う。
通り過ぎる2人の後を静かに追っている侍従。
ヴィクトリアが口元に指をやり口角を上げると、彼は、さっと目を逸らす。
「オズワルド。後で話があるわ」
ヴィクトリアが小声で静かに告げる。
それは抑揚もなく。
オズワルドの反論を許さない命令に聞こえた。
◇◇◇
オズワルドのランタンがゆらゆらと書斎の壁を映した。
「ヴィクトリア様。こんな時間になんのご用でしょうか」
机に置かれた、小さな明かりに照らされた重厚な本。
「あなたの家系の話よ」
「それは一体?」
ヴィクトリアはその本を丁寧に撫でた。
ここには歴代の当主の名前、その他全てが詰まっている。
「こうやって、伯爵家の歴史書を見るとね……。必ずあなたの家の名前が載っているわ。素晴らしいわね」
「……代々仕えておりますので」
そっと視線をそらした男を、彼女は見逃さなかった。
さらに質問を重ねる。
「その歴史を軽んじてもいいのかしら」
「どういう意味でしょうか」
「ただの言いなりになる犬ならば。この歴史書に名前は残らなかったでしょうね」
「……!」
「あなたが選びなさい。この歴史を否定してただの使用人になるか――」
ヴィクトリアは彼の顎を人差し指で上向かせた。
「その名に恥じない行動を取るか」
「それは……」
「担保は、この伯爵家よ。あなたはエリオに賭けるの?」
しばらくの間、グッと押し黙り目をつむる。
ようやく目を開けた彼に――。
迷いの色は無かった。
「我が名を持って忠誠を誓います。――小伯爵様」
オズワルドは、そのまま片膝をつく。
そしてヴィクトリアに頭を垂れた。
◇◇◇
「お父様。お話があります」
伯爵が、夜に一人で酒を嗜んでいることは誰もが知っている。
邪魔をするものはいない。
「ヴィクトリア。明日にしてくれ」
「いいえ。全部、把握しているのでしょう?」
「何の話だ」
「エリオの普段の素行です」
「……ああ」
伯爵は一冊の帳簿を引き出しから取り出した。
「ご決断を」
「この重責を、お前は知っているのか」
「では伯爵は、私の覚悟を知っていますか?」
ランプの光が、ヴィクトリアを照らしている。
彼女の瞳に映る、燃える明かり。
そして、伯爵には。
俯いた彼の顔には、影が色濃く掛かっていた。
◇◇◇
ヴィクトリアは目的の人物を見つけた。
エリオがミレイを連れて二人きりになる時がある。
デートの邪魔だと置いていかれる従僕。
その彼に、後ろから声をかける。
「あら、失礼。風で飛ばされたみたいなの。拾ってくださる?」
「はい。……!」
ミレイがいつも連れている従僕だ。
エリオと同じ色の髪、同じ瞳をしていた。
そして、やはり顔が整っている。
「……この、紙は……」
そこには、『妊娠』『不貞』。その単語だけが書いてあった。
「ミレイは最近、好きだったお酒もやめているわね……。さらには毎週決まった時間に――」
「違います!」
「あら、そう?私はどちらでもいいのよ?ただ、この事実を両家に確認するだけだもの」
従僕は紙を握りしめ、首を何度も振る。
「……違います」
「彼女もそう言うでしょうね。そして平民のあなたは――」
そこでヴィクトリアは言葉を切った。
一拍おいて、耳元で、ゆっくりと告げた。
「姦通の罪で死罪ね」
「……しょ、正直に言います。ですから、命だけは……」
「あらあら。別に私は何もしないわ?ただ、誠意を見せて謝罪する相手を見殺しにもしない。どうする?……手を差し伸べて欲しいかしら?」
その従僕は震えながら、ゴクリと喉を鳴らした。
◇◇◇
――現在。
ヴィクトリアは椅子から立ち上がり、隣の部屋に続く扉を開けた。
「如何でしょうか、お父様。――私が、この伯爵家を導きますわ」
「……ああ。お前なら十分に果たせるだろう」
扉の前に立っていたのは、現伯爵だった。
「父上!俺が次期伯爵でしょう!?」
エリオが悲鳴のような高い声で伯爵に縋った。
「あらあら。どうやら勘違いをしていたみたいね。お父様は、ずっと後継者を選んでいたのよ」
ヴィクトリアが静かな声でありのままを伝えると、彼は頭を抱えた。壊れたように言葉を繰り返している。
「ここまで愚かだと話にもならん。エリオはこの家から除籍だ。これからは好きにしなさい」
「ミレイ嬢も。ご実家の伯爵家には全て伝えさせてもらう」
ガクリと崩れ落ち、伯爵を止める言葉も見つからない二人。
ヴィクトリアは振り返りもしないで、部屋を後にする。
「さようなら。これから地獄へ向かうあなたたちを応援しているわ」
◇◇◇
ヴィクトリアの執務室。
そこには、買い戻された一枚の絵画が飾ってある。
母が愛した故郷の絵。
それを見ながら、紅茶を飲んだ。




