②32.ポトフのレシピ
「ジャガイモとんとんとん、ニンジンとんとんとん、玉ねぎだってとんとんとん、水洗い、皮むき忘れないで。中火で熱して煮立ったら、蓋して弱火でしばらく待つの。~~~♪」
キッチンには陽気な声が響いている。少女は不釣り合いなほど大きな鍋の前で歌い続ける。
「時計の針が回って三分の一、塩と胡椒はお好みで。~~♪」
突然、がちゃり、と音を立てて扉が開く。
少女は歌うのをやめて振り返ると、そこにはいぶかしげにこちらを見つめる少年が立っていた。
「おはようございますっ.....!」
少年に向けてにっこり笑って朝の挨拶をする。
しかし、少年はこちらに向かって鋭い視線を向けるだけで何も言わない。気まずい静寂がキッチンに広がった。
少女は困ったように目を泳がせたあと、
「とりあえずご飯でもどうですか……?」
と苦し紛れにつぶやいた。
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湯気が立ってふんわりと美味しそうな香りが広がる食卓に、二人の男女が座っている。金色の装飾の施されたお皿には野菜がごろごろ入ったスープが盛り付けられていた。
最初に口を開いたのは少年だった。
「どういうつもりですか。」
少女は思いがけない質問に戸惑いを見せる。
「ど、どう言うつもりとは……?」
質問の意図が伝わらなかったのに気付いたのだろう。少年はそっと溜め息をつくと少女を見据えた。
「僕をこの家に連れてきて、料理を振るまっている意図とその経緯を聞いています。なぜこんなことを?」
質問の意味を理解した少女は言った。
「だって、マニュアルにそう、書いてありましたので……。」
「マニュアル?」
「森で貴方を見つけて、拾ってみたのはいいのですが人間を拾ったのは初めてで。マニュアルの通りにしているだけなのでなぜそうするべきなのかと言われてしまうと何とも………。」
少女は俯いたまま絞り出すような声で言った。
少年は呆れた顔をしていたが、俯いたままの少女はそれには気づかない。再び気まずい沈黙が落ちる。
(うわぁぁぁぁぁぁぁ、むりむり、気まずすぎる!)
マニュアルによると人間には衣服、食事、住みかが必要らしいからと、少年を引き摺ってきた後、まず衣服を探し始めた。けれども一人で住んでいる上に誰にも会わない生活をしている魔女の家に余分な、しかも少年に合うような服などあるはずがない。町に買いに行くにも時間がかかりすぎるなと、早々に衣類は後回しにして、食事の用意に切り替えたのであった。
マニュアルの≪32.ポトフのレシピ≫を見ながらなんとか完成させたスープは、目の前の皿の中で良い香りを漂わせていて、なかなかによくできていると自分でも思う。けれどもお互い黙ったこの状況では、どうしようもない。とりあえずご飯に誘えばいいと思った先程までの自分の浅はかさが恨まれる。
目の前に座る少年は初対面なうえ、一対一のこの状況。
他者との接触を避けてきた少女にとってはパニックになるのに十分なシチュエーションである。私、なんで拾ってきちゃったんだろう…。と今更後悔の念が沸いてきた。なんとかこの状況を打開しようと思考を巡らせる。
(どうしよう、この状態の対処法なんてあったかな。5章4節の7だっけ?
ちがう、あれはしつこいセールスの撃退法だったはず。なら3節の2?……。)
脳内でマニュアルを検索し始めたころ、声がかかった。
「分かりました。とりあえず食事にしませんか、助けてくれた、優しいお姉さん?」
思わず顔を上げると、
そこにはさっきと打って変わって美しい微笑みを浮かべた少年がいた。
「は、はい……!」
けなげに良い香りを漂わせ続けていた野菜たっぷりのポトフは少しぬるくなっていたけれど優しい味がした。
***
窓から差し込こんだ陽光の暖かな春の日のことだった。
あれよあれよと丸め込まれて少年に住み着かれるまであとすこし。
こうして二人の生活は始まったのである。




