1-7 辺境の地
スルンガルド城。辺境の地に立つその城は、セントサフィーナ皇国とアルガリア帝国の国境を見渡せる丘の上にあった。その城下には帝都とまではいかないが、辺境の地にしては栄えた街が広がっている。
この土地は『魔界との境界』と言われていた。魔獣がどこからともなく現れ、そのへんをウロウロとしている。ただし、歴代のスルンガルド公爵が魔獣とうまく共存する術を持っているようで、なんとここでは魔獣と人が共にのんびりと暮らしていた。セントサフィーナ皇国が長年帝国に攻め込んでも全く攻め落とせないのは、アルガリア帝国が魔獣と共存し、時に助けを得ているからだとも言われている。
そんな事は、わたしだって常識として知っていた。だから、ウィルに連れられてスルンガルド城に足を踏み入れた時には、魔獣に出くわす可能性をしっかりと念頭に置いていた。
それでも、私は目の前の人物を見て、ポカンとした顔から復活できないでいた。
「初めまして、リズ・ノイアー様。私はこのスルンガルド城で執事長を勤めておりますゴースと申します」
白髪に白髭、燕尾服。見るからに執事な印象のその方の頭には――くるんとした立派な角が生えていた。
細い輪郭に、すっと通った鼻筋。そして人より長い耳は、どう見ても人間じゃない。
「あ、あの……」
「ん?あぁ、これですか。見ての通り角でございます。私は羊の魔族ですからね」
「羊の魔族!?」
「そうです。羊の魔族の執事です」
にこにこのゴースさんを前に、現実を受け入れられないままウィルの方に顔を向ける。ウィルは、面倒くさそうにぽりぽりと頭を掻いた。
「ふざけてるっぽいけど本当だ。ゴースは古くからスルンガルド家に仕えてる」
「宜しくお願いします、リズ様」
「よ、宜しくお願いします……」
呆気にとられながらゴースさんと握手を交わす。まさか、魔獣どころか魔族がいるなんて。そりゃあセントサフィーナ皇国が攻め込んだって落とせないわけだよ。
が、二人はそんな事など気にする様子もなく、別のことを話し始めた。
「で、ウィルフレド様。先触れでおおよその事は聞いてはいましたが……本当にリズ様を連れ帰ってきたんですね」
「まぁ、うん」
「これまた思い切ったことをしましたねぇ。仮面も取っちゃったと聞きましたよ?」
「いいだろ別に。あんなの半分遊びだったし」
「でも次から影武者使えなくなりますよ」
「そう、それがちょっと痛いんだよな」
二人のその会話に、そう言えばと気がついた。
ウィルフレド・スルンガルド。悪魔公爵と名高い先代スルンガルド公爵から若くして爵位を継いだ男。『ウィル』なんて安易な呼び名なら気が付きそうなものだけど。残念ながら、私は全く気付かなかった。
「ウィルがスルンガルド公爵なんて反則よ……」
「何でだよ。別にいいだろ」
「びっくりするじゃない!それに、野菜まで洗わせちゃったわ!」
「だからそういう扱いが面倒なんだって俺は」
「はっ!敬語使ったほうがいいわよね!?えぇと、スルンガルド公爵閣下!!!」
「おい、絶対に止めろ。鳥肌立つ。呼び名も含めて今までどおりだ。じゃないと追い出すからな」
ウィルはものすごく嫌そうに顔を歪めた。多分本当に嫌なんだろう。
「仮面で顔を隠してたのも、まさか色々面倒だから?」
「そう。十日もあの窮屈なセントサフィーナ皇国の宮殿に閉じ込められてたら気狂うだろ」
「えぇ……」
この人ほんとに公爵なんだろうか。若干引き気味の私に、ゴースさんがほほっと穏やかに笑いながら言った。
「まぁまぁ、スルンガルド一族は昔からこんなもんです。前公爵様も同じように影武者を使ってサボりまくってましたからなぁ」
「そうなんだ……」
「ちゃんとやることはやってるし、別にいいだろ」
ウィルは悪びれもせずドサッとソファーに座った。公爵家というのでかなり構えていたのに、なんだか気が抜けてしまう。
「じゃあウィルが森にいた時、宮殿には影武者がいたのね?すごいわね、そんなにそっくりさんなんて」
『当たり前じゃん、僕が化けてんだから』
足元から可愛らしい声が聞こえた。驚いて下を向くと、そこにいたのは皇国の森でも会った黒猫のロズだった。
「えっ!?」
『やぁ、僕はロズ。一応、ウィルの使い魔ってことになってる』
「使い魔!?」
『そう。猫の振りしててごめんね。で、身代わりだよね。ほら、こんな感じ』
ロズはぽんっと公爵閣下の姿に化けた。宮殿にいたのと同じ、衣装や仮面の装飾まで丁寧に再現されている。
『この格好で黙って宮殿の部屋にいたんだよ。そしたら好きにお菓子食べてもご飯食べてもいいっていうから。食っちゃ寝で最高だった』
パカッと仮面を取ると、ウィルにそっくりの顔には可愛らしい猫のヒゲが生えていた。
「本当に大丈夫だったのかしら」
「まぁ、細かいことは気にすんな」
「うぅん……」
腑に落ちない私の横で、ゴースさんがほっほっほと上機嫌に笑った。
「まぁ、とにかく無事にお帰りになって何よりです。で、リズ様は呪いのため、100日間ウィルフレド様に欠かさず求婚されるということですな。そしてウィルフレド様は毎日それを断る、と」
ゴースさんの丁寧な状況確認に、ウィルはそうだと深く頷いた。
「そう、何があっても必ずだ。求婚を忘れても、嘘の契りを交わしてもリズは死ぬ。そうでなくても首のそれは得体が知れない古い呪いだ。中途半端に気を遣った返事をしておかしくなったりしたら一大事だからな。問答無用ではっきり断るけど、傷つくなよ」
「もちろんよ!遠慮なくズバッと断って!」
胸を張って爽やかに返事をする。そんな私を見て、なぜかウィルは顔を曇らせた。
「……そんなに気持ちよく承諾されると俺も複雑な気分なんだけど」
「そう?私が変な期待持つと困るでしょ?爽やかにいったほうが楽じゃない」
そもそも私は金で買われた呪われた身だ。しっかりと身をわきまえねば。
そうして私は満面の笑みで宣言した。
「大丈夫よ!うっかり勘違いしてウィルのこと愛したりしないから!」
よし、これでウィルも安心だろう。そう思ったのに。
何故かウィルはショックを受けたように、私のことを目を丸くして見つめたまま、固まってしまった。
「えぇと……ウィル?どうしたの?」
「ふふ、ふふふ、ふはははははは!!!」
突然ゴースさんが笑い始めた。ギョッとして振り返ると、ゴースさんは悪魔のような凄みのある顔で笑っていた。
「ゴ、ゴースさん……?」
「ふふふ、いや、私としたことが、すみません。この場に居合わせたという幸運に、柄にもなく神に祈ってしまいました。これだから人間界は面白い」
「面白い……?」
「えぇ。まさか我が公爵家の色男ウィルフレド様が、かの有名な愛さない宣言をされるとは。リズ様。私あなたのこととても気に入りましたよ」
「はぁ……」
腑に落ちない顔で返事をすると、ゴースさんはちょっと変な顔をした。
「おや、リズ様。ウィルフレド様は未婚かつこんなに若い色男の公爵様ですよ?帝国の中央でモテないわけ無いじゃないですか」
「ウィルってモテるの!???」
「そりゃあもう。求婚の季節などご令嬢方が押しかけてきて大変ですよ」
「えぇ!?」
「驚きすぎだろ……」
ウィルがちょっと不本意かつ悲しそうな顔で私をじとりと睨んだ。その顔をまじまじと眺めて思う。
「……確かにかなりイケメンかも?」
「っ、そう」
「そうかぁ……ウィルはモテるのね。これは私も気を付けないといけないわね」
「おい、ニヤニヤした顔で見んな」
「ふふふ、大丈夫よ。私たち男友達みたいなもんでしょ?」
「…………」
ふいっと顔を背けるウィルをからかいながら覗き込む。そんな私達を見て、ゴースさんはなぜかとても嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。
「あぁ、長らくスルンガルドに仕えていて本当に良かったです。神に感謝を。さて、リズ様。そろそろ限界なウィルフレド様は放っておいて、早速ロンの獣舎に案内しても?」
「もちろんよ!宜しくお願いするわ」
そうして私は何かが限界らしいウィルを残し、ゴースさんと一緒に、意気揚々と新しい仕事場へ向かっていった。
読んでいただいてありがとうございました!
ウィルさんは愛さない宣言をされてしょんぼりです(´・ω・`)
「ウィルも豪快なリズも二人とも可愛いw」と笑って下さった読者様も、
「ゴースさんは我々の仲間?」と同胞を見つけて下さったあなたも、
リアクションブクマご評価ご感想なんでもいいので応援して下さると嬉しいです!
ぜひまた遊びに来てください!