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番外編

糖度高め注意

「どうしよう……」


 爽やかな朝。私は真剣な顔で頭を抱えていた。


 手には分厚い便箋。十数枚にもわたるその上質な便箋には、かわいい文字で……かわいくない量の文章が、びっしりと書き込まれていた。


『なにそれ。呪いの手紙?もう呪いは十分なんだけど』


 横にいたロズが金色の瞳を呆れたように細める。


「違うわよ!キャロラインからの手紙よ」


『うげ。むしろ怖い。そんなにギッシリと何が書いてあるの』


 そのロズの言葉に、再び便箋に目を落とした。上質な便箋に勢いよく書かれた長い手紙。そこに書いてあるのは、要はこういう事だった。


『あれだけウィルとイチャイチャしといて、リズが受け身ばっかじゃだめよ!もうすぐ求婚の季節なんだから、他のご令嬢が邪魔しにくるわよ!?さっさとウィルに愛してるぐらいはっきりと言いなさい!横からウィルを掻っ攫われないように、立場を盤石にするのよ!』


 なんということだ。途方に暮れて、がくりと床に膝をつく。


「む、無理だわ……!恥ずかしい!どうしたらいいの!?」


『……ばかじゃないの』


「ばかなんかじゃないわ!キャロラインの言う通りだもの……」


 ここ最近のことを振り返る。呪いが解けてからというもの、ウィルはストレートに感情を表現するようになった。例えば、「そういうとこ好き」「作業着姿もなんか可愛いよな」「そのうまそうに食ってるお前ほんと好き」のような日常会話から……口付けた後に、耳元で、あ、愛してる、まで…………


「ぎゃぁぁぁぁぁ想像するだけで無理ぃぃぃぃ」


『その思い返して真っ赤になって叫ぶの、いつまでやるつもり?そろそろ慣れなよ』


「無理よ!慣れるわけないじゃない!何よあれ、甘すぎるでしょう!ドキドキして仕方ないわ!!!」


 真っ赤になったまま頭を抱える。ウィルは私を口説き殺そうとしているのだろうか。


「どうしよう、ロズ……。私はウィルにメロメロにされるばかりで、ウィルをそんな気持ちにできていないわ。全然ダメよ。だって私からは殆ど好きとか言えてないもの」


『えぇ……』


「……っ、だめね。フェアじゃないわ。恥ずかしいからって気持ちを伝えないなんて。ウィルがちゃんと気持ちを言葉にしてくれている分、私だってちゃんと気持ちを言葉にして返したい」


 そうだ。こんなやられっぱなしなど、私の仁義に反する。ぐっと決意を固めて立ち上がった私に、ロズが呆れた顔を向けた。


『リズ……あんまりウィルを誘惑するなよ』


「だから誘惑できてないんだってば!もう呪いも無いんだしいいでしょう!?」


『いや……どっちかっていうとまだ嫁入り前だし……』


「そうよ。まだ正式にウィルの妻になれていないんだもの。愛の言葉が足りなくて、他のご令嬢に横から掻っ攫われるわけにはいかないわ!!!」


 そう、晴れてウィルの婚約者となった私だが、正式な夫婦になるのはまだ先だった。公爵様が隣国の令嬢と数日で籍を入れるのはさすがに無理らしく、皇帝陛下に「何考えてる。ダメに決まってんだろ」と突き返されてしまった。結局半年ほど婚約期間を経ることになっている。


 キャロラインの手紙に再び目を落とす。もうすぐやってくる、求婚の季節。婚約者という『約束』だけの段階なら、まだチャンスがあるかもしれない。そんな淡い希望を持ったご令嬢がウィルのところになだれ込んできても不思議ではなかった。


「…………私だって、やればできるわ」


『……リズってバカだよね』


「しょうがないでしょう!?慣れてないのよ!」


『慣れとかじゃなくて』


「ほっほっほ、良いではないですか」


 どこからともなくゴースさんが現れた。ゴースさんはあきれたロズになにか美味しそうなおつまみを与えると、そのにこやかな顔を少し真剣な面持ちで私に向けた。


「私めは長生きですからねぇ。……気持ちを伝えず話し合わない夫婦が離縁するのは何百回も見てまいりました」


「なっ……り、離縁!??」


「えぇ。離縁とまではいかなくとも、冷え切った夫婦仲になることも多いですねぇ。本当に勿体ない。若くても、ずっと老いていても、伝えたい気持ちを心の内に秘めたままではなりません。……後悔しますよ」


「……そう、ね。うん……そうよね」


 私はもうお父さんとお母さんに何かを伝えることはできない。そして、私もウィルもこの間死にかけたではないか。


 ちゃんと、伝えないと。


 私は、覚悟を決めて立ち上がった。



 ……のだけれど。


「その……」


「なんだよ」


 気合を入れて訪れたウィルの部屋。私とウィルの間には、重厚な机が鎮座していた。


 まるで上司と部下のような立ち位置。そんな甘さの欠片もない雰囲気で、私は変な汗をかきながら立ち尽くしていた。


「おい、リズ?」


「えぇと……ですね……」


 困った。突然「愛してます」というわけにもいかず、途方に暮れる。


 一体どういう感じで伝えたらいいのだろう。気合十分でやって来たが、そういえば作戦が何も無かった。やはり私はバカなのかもしれない。


「……やっぱ、いいです」


「はぁ?」


 くる、と踵を返す。出直そう。キャロラインに連絡して、どういう雰囲気に持っていって、愛の言葉を言ったらいいのかレクチャーしてもらおう。私には無理だ。


 そうして半泣きで部屋を出ていこうとしたのだけど。無情にも、ウィルはパシッと私の腕を掴んで、逃げようとする私を捕まえた。


「おい、何企んでる」


「た、企んでなんかないから!」


「……怪しすぎるだろ」


「っ、な、何もないって!」


「ふーん……?」


 ぐいっと引っ張られてソファーに連れて行かれ、あっという間にウィルの膝の上に拘束される。よく見るとめちゃくちゃかっこいいウィルの顔には、いっぱいの疑念と圧力が滲んでいた。


「ほら、言えよ」


「っ、いや、あの……また、別の日に……」


「……怪しすぎる」


 そう訝しげに言ったウィルは、次いでニヤリと悪い笑みを浮かべた。ウィルの少し硬い指が、妖艶に私の頬を撫でる。


「自白させてやろうか」


「へ?」


 ちゅ、と頬キスが落ちた。


「っ!?」


「で?どうしたって?」


 ちゅ、ちゅ、と額や髪、耳元にまでキスが落ちてくる。ウィルの息づかいが聞こえてわぁ!と飛び上がるが、当然のようにがっしりと捕まえられ、膝の上から一切逃げることができない。


「ほら、言っちまえ」


「っ、あ、あの、っっ」


「なんだよ」


「ま、待って!」


「ダメ。言わないとやめない」


 首筋にちゅっと唇が触れて、驚いて思わずひゃあ!と飛び上がった。


「変態!!」


「はぁ?普通だろ。男はみんな変態だ。んなことより早く言えって」


「言う!言うから!ほんとにまって!落ち着かせて!」


「……ほんとに言えよ」


 ウィルはぴたりと動きを止めて、私をじーっと見つめた。あまりにも近い距離に少し離れて落ち着きたかったのに、腰にはガッチリと動けないようにウィルの腕が回っている。


「リズ?」


「っ、その、」


「……三つ数えるからその後すぐ言えよ。言わないとまたするからな」


「えっ」


「一、二、三、はい」


「〜〜〜っ、す……」


「…………す?」


 変な所で固まった私に、ウィルは怪訝な顔をした。綺麗な榛色の目が、不思議そうに私を覗き込んでいる。


 ええい、女は度胸だ。もうここまで来たら、覚悟を決めろ、リズ。


 私はきゅっとウィルの腕を掴み、真っ赤になりながらも、意を決して口を開いた。


「す…………すき…………すき、だよ……ウィル」


 想像以上に弱々しい声が出てしまった。なんと女々しい。妙な部屋の静けさも相まって、無言に堪えきれずに叫ぶ。


「だ、だから!ウィルが好きなの!今更だけど、あんまり言えてなかったなと思って!」


 しーん、という部屋の空気が辺りに満ちる。まだ、だめか。そうだ。こんなものでは足りないだろう。恥ずかしさでウィルの顔を見られないまま、俯いて必死で口を開く。


「ほ、ほんとに!ほんとに好きだよ!その……乱暴なようでいてなんだかんだ優しいとことか、時々見かけるなんかちょっと大人っぽい仕草とか、ボードゲームしてる時に子供みたいに嬉しそうに笑ってるとことか、朝弱いところもなんか可愛いし、とにかく朝から晩まですごく、す、好きだなぁって思うし……あの……本気で頑張ってる時の真面目なウィルとかも……その、凄く……かっこいいし……」


 段々と声が尻すぼみになっていく。恥ずかしくて声が震えてる。しかも上手く伝えられている気がしない。


 が、まだだ。一番大事だと思われる言葉を言えていない。頑張れリズ。言え。言うんだ。


 私はぎゅっと手を握り、震える声を何とか絞り出した。


「う、上手く、伝えられないけど……私、ちゃんと、ウィルのこと……あ、あい……愛して、るから……」


 言った。言ってやった。言い切って、脱力して肩の力を抜く。とにかく全力を出した。


 が、なぜか、部屋は物音一つしなかった。私を膝に乗せたまま何も言わないウィルを前に、ただただ沈黙が部屋を満たす。


 …………やはり、失敗だろうか。


 最悪だ。涙目で、やっぱり言わなければよかったと後悔しながら目を開く。もしかして、全然ダメだと怒っているのだろうか。なんと言って謝ればいいのか。そうして、恐る恐るウィルに目を向けた。


 が、私の予想に反して。ウィルは、ぽかんと呆けたように私を見ていた。


「ウィル……?」


「…………やばい」


「は?」


「気狂いそう」


「は!?」


「なんなのお前」


 ギラ、とウィルの目に獣じみた何かが宿った気がした。ハッとして距離を置こうとするが、案の定腰に回った腕がガッチリとそれを阻止した。


「何で逃げんの?」


「っ、いや、その、ちょっと落ち着いて、」


「は?落ち着けるわけないだろ」


 グググ、と腕を突っ張って距離を取ろうとして、バランスを崩してソファーに倒れ込む。身体の両脇にはウィルの腕。見上げると、ギラギラとした表情のウィルと目が合った。


「ウィ、ウィル、」


「もう一回言えよ」


「へっ!?な、何を、」


「さっきのやつ」


「なっ」


「リズ」


 ウィルはまるで飢えたように私の名を呼んだ。どくんどくんと胸が音を立てる。でも、ウィルの目から視線を外せなくて。


 私はそのまま、弱々しい声で、もう一度口を開いた。


「す……すき……っ、」


 全部言い終わらないうちに、ウィルの口付けが降ってきた。何度も繰り返されるそれに、やばい、死んでしまうとバタバタと抵抗すると、ウィルはぷはっと唇を離してから、どさりと私の上に倒れ込んできた。


「――――死にそう」


「な、それは私の方で、」


「俺も好き」


 突然耳元で囁かれた甘い言葉に、ひゅっと息を呑みこむ。


「リズ」


「はい!?」


「聞いてんのお前」


「き、聞い、てる……」


「…………ダメだな」


 何がダメなのか。大混乱の私の耳元に、ウィルが唇を寄せる。


「ほんとに分かってんのか?俺がどれだけお前のことが好きか」


「っ、え、っと……」


「分かってねぇだろ。こんな誘うような事しやがって。まさか俺の耐性試してんのか?」


「試して!?」


「まじでムカつく。メロメロになるべきなのはお前であって俺じゃねぇんだよ」


「は、はぁ!?」


「くそ……これじゃダメだ」


 ウィルはなぜか妙に悔しそうな顔をしていた。ウィルはそのまま怒ったように私にまくし立てた。


「いいか?よく聞けよ。俺はな。藁だらけになってるお前見て羽交い締めにしたくなるし、フレンチトースト頬張るお前見てむちゃくちゃに口付けたくなるし、得意げにボードゲームしてるお前見て組み敷きたくなるし、無防備に酔っ払って俺の隣で寝てるお前見て頭から爪先まで食い尽くしたくなって仕方ないんだよ。何度も言うがな、もうちょいちゃんと俺に愛されてるって自覚しやがれ」


「へ、へぇっ!?」


「……それとも態度で示したほうが分かってくれるか?」


 ウィルの表情が、なんだかどろりと甘く、妖艶になっていく。


 待て待て。これはまずい気がする。……まずい気がする!!!


「ちょっ……ちょっとストップ!落ち着いてウィル!」


「はぁ?これで?落ち着けって?悪魔かお前」


 ウィルは怒ったようにそう言いながら、ちゅ、と優しく私に口付けた。その言葉とは裏腹な優しいしぐさに、うっかりぽわんとなりかけて。いやいや違うと己を正気に戻すように必死で頭を横に振る。


「っ、だから!違う!そうじゃなくて!」


「……何が違うんだよ」


「えっ……」


 ウィルが少し切なげに私を見下ろした。その切なさと甘さのある表情に、思わずドキリとして息を呑む。


「……俺のこと、好きだとか言ったのは、嘘なのかよ」


「ち、違う!それは、ほんと……」


「……何がほんと?」


「だ、だから……」


 ウィルが、少し不安そうな顔で私を見た。どうしよう、ちゃんと伝えないと。私はふるふると震える手でウィルのシャツをきゅっと掴むと、どうか分かってくれと祈りながら、声を絞り出した。


「ウィルの、こと……大好き、だよ」


「……ほんとに?」


「うん。ほんとに……だいすき」


「……俺も好き」


 ちゅ、とウィルの唇が頬に触れる。それから、ウィルは私に黒髪を寄せて小さく頬ずりをした。なんだかかわいい。


「ふふ、くすぐったい」


「いいだろ別に」


「ふふふ」


 ウィルは嬉しそうに私を抱きしめた。それから、耳元で、ウィルの息づかいが聞こえて。ウィルはもう一度私の首筋に口付けると、耳元で甘く言った。


「……ほんと好き」


「ふふ……うん」


「ほんとに分かってんの?」


「分かったってば」


「怪しいな」


 優しい口付けが、また何度か頬に触れる。ふわふわとしてきて、幸せで。そのまま、誘われるようにウィルの背中に手を回す。ウィルも、私をぎゅっと抱きしめて。そしてまた、耳元で甘く囁いた。


「愛してるよ、リズ。……ほんとに、おかしくなるぐらい」


 そうして、ウィルはもう一度顔を上げた。


 黒髪の間から覗く、甘い、榛色の瞳。それはなんだかいつもより必死で。そして、焦れたような、とろりとした熱を宿していた。


「…………好き過ぎて、狂いそう」


 ウィルの、いつもと違う、甘く飢えた顔。それが、ゆっくりと、降りてくる。



「はーい!おやつの時間ですぞーー!!!」


 バーーンと扉が開いて、ゴースさんが銀色のカートをガラガラと押して部屋に入ってきた。


「はい、ウィルフレド様。そこまでですよ。お気を確かに」


「……無理」


「残念ながら、あなた様は公爵様ですからね。ちゃんとしていただかないと」


「…………無理」


「そこをなんとか耐えて頂かないと。いいんですか、ウィルフレド様。純真無垢で美しいリズ様のウェディングドレス姿を見なくて」


 ぴた、とウィルが止まった。それをのんびりと眺めながら、ゴースさんが飄々と続ける。


「いいですか?ウィルフレド様。もうすぐ仕立て屋が参ります。リズ様を美しく品よく着飾らせて、誰にも文句を言わせない程にウィルフレド様のご婚約者であると知らしめねばなりません。リズ様の立ち位置をどなたにも明確にご理解頂くために、入念なご準備が必要かと」


 その言葉を聞いて、ウィルは突然ガバッと起き上がった。


「――そうだな」


「はい。そうですとも。何人たりともリズ様に手を出せないようにご準備ください。それと……このようなお可愛らしい顔を商人達に見せるわけにはいかないでしょう?落ち着いて下さいませ」


 お可愛らしい顔?怪訝に思っていると、急にウィルが真面目な顔で私を見た。


「リズ、今すぐ頭冷やせ」


「へっ」


「ゴース、氷」


「かしこまりました」


「ちょっ……冷たぁぁぁぁぁい!!!」


「おい、なんだその顔。まだ可愛すぎる。そんな顔で商人に会う気がよ」


「何言ってるのウィル!?」


「だめだ何してても可愛く見える。俺の目がおかしいのか?」


「はぁ!?」


「というわけで商人が来ましたぞ」


「もう!?早くない!??」


 慌てて身支度を整えに向かう。そんな走り回る私を、ロズが棚の上から呆れたように見下ろして。なんだか面白そうな顔でふふんと笑ってから、欠伸をした。そして、満足そうに黒い体を丸めた。


 金の目の黒猫は、白いカーテンから漏れる陽だまりの中で、気持ち良さそうにお昼寝をする。


 いつものようにドタバタと騒がしくなるスルンガルド城。歴史のあるその古城では、人間と悪魔と魔獣が、今日ものびのびと楽しそうに暮らしていた。





番外編、いかがでしたか?

二人のイチャイチャをもう少し描きたくてうっかり筆を取ってしまいました……笑

二人の幸せな日々に思いを馳せてくださると嬉しいです。


読んでいただいてありがとうございました!

また次作でお会いしましょう!

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― 新着の感想 ―
途中から、心の友ゴースさんっ、今ですよ、今が見どころですよ、お見逃しなくっ、とか思って読んでました。いさめる言葉も、いさめてるかな???な言葉で、面白かったです。 キャロラインさんの、呪いではないけれ…
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