1-33 粗雑と乱暴
「さて、どうします?」
2日後。すっかり体力が回復した俺に、ゴースが作ったような綺麗な笑みで言った。
「決まってんだろ」
悪い顔でニヤリと笑う。
条件は揃った。何も遠慮することなど無い。
翌朝、俺は全ての準備を整え、帝国の皇帝陛下と第一王子と謁見した。そして正式な皇使として身なりを整え、すぐさまロンに飛び乗った。
「こ、れは……スルンガルド公爵、急な訪問で」
セントサフィーナ皇国の白を基調とした美しい宮殿。そこに突然俺が蛇龍に乗って舞い降りたものだから、上品な貴族たちは大騒ぎだった。その喧騒の中、槍を突きつけられても剣で斬りつけられても跳ね除けて、ズカズカと謁見室に乗り込む。そんな俺を、セントサフィーナ皇国の皇王は冷や汗を流しながら迎え入れた。歓迎とも敵対とも取れる混乱した皇王の態度に対し、俺は礼の一つもせずにぞんざいに用件を言い放った。
「急な訪問で悪いな。一応お前の息子だろうし一目会わせてやろうと思って」
さっと現れたゴースが、どこからともなくフェリクス皇子を取り出し、美しい大理石の床にゴロリと転がした。
「ひ、ひぃぃぃぃ!助けてくれぇぇ!!!」
皇子が汗と涙でぐちゃぐちゃの顔のまま、四つん這いのような姿で逃げていく。皇王と周囲の兵士たちは、随分と様変わりした皇子を見て、呆気に取られて固まった。その様子を冷ややかに見守ってから、淡々と皇王に告げる。
「お前たちがスルンガルドに放った一万の兵は全て鎮圧した」
謁見室に、しん、とした空気が満ちる。皇王の顔が青くなり、次いで怒りで赤くなっていく。
「だからどうした!我々皇国は――」
「これはわが帝国の皇帝陛下から預かった勅命降伏状だ」
仰々しい体裁の書面をぞんざいに広げて見せる。長ったらしく硬い文面。要はこういう事だ。
「皇国は和平条項を破り、下劣な奇襲をかけた。更に和平の印として皇国から贈られた令嬢には大量虐殺の術がかけられていた。俺たちは特に皇国の領土が欲しい訳でもないし、今までは大目に見て国境を守るだけにしてきたが。もう面倒だから、この国は潰すことにした」
皇王や周囲の貴族たちが、目を丸くする。何を驚いているのかと鼻で笑いながら、俺は剣を抜いた。
「最後の情けだ。降伏し我々帝国の属領となるのなら貴様らの命までは奪わない。従わないのなら帝国は即時全勢力を挙げて皇国に攻め入る。――王政を明け渡すのか、無残に塵となり消えるのか。今すぐに選べ」
「ふ……ふざけるな!王政を明け渡すなど――っ、」
皇王がいい終わらないうちに、その場から飛び出した。防ごうとした近衛兵が次々と大理石の床に膝をつく。それを情けないと冷ややかに眺めつつ、拘束した皇王の背後から首筋に鋭利な刃をあてた。
「……その回答でいいんだな?」
皇王の首に一筋の血が流れる。皇王はごくりと息を呑み、震えながらガチャンと杖を落とした。
「ま、待て……」
「待たねぇっつってんだろ」
「へ、陛下!!帝国軍が大量に城下にっ……!!???」
転がり込んできた騎士が皇王の惨状を見て固まる。それと同時に、ロズがチリンと鈴音を立てて謁見の間に現れた。スルンガルドの兵と帝国軍が城下まで辿り着いたというのは本当のようだ。あまりに迅速に進みすぎて拍子抜けしながら、皇王の耳元で凄みのある低い声を出す。
「なぁ。いくら馬鹿でも俺がどれだけお前を殺したいと思ってるかぐらいは分かるだろ?俺の大事な兵士達を汚ねぇ奇襲なんぞで殺しやがって」
「そ、それは、」
「リズの呪いもその下の術も、下劣すぎて反吐が出る。人の心を弄ぶんじゃねぇよ。皇国が清廉を大事にしてんなら、穢れたお前の息の根を今すぐに止めてやる」
「っ、」
拘束する腕にぎりりと力を入れる。ギラリと首筋の刃が光り、その刃をつたう皇王の赤い血が、目の前で鮮やかに滴り落ちた。
「――じゃあな。地獄でスルンガルドの悪魔に詫びろ」
「ひっ、わ、分かった!降伏する!!!私の命だけは……!」
「はい了解。ゴース」
「かしこまりました。回収します」
ぽいっと放り投げた皇王に、さっとゴースが近寄った。次いで、皇王の足元にぽっかりと黒い穴が現れる。
「な、なん……あ゛ぁぁぁぁぁ!!!」
皇王はあっという間に黒い穴に吸い込まれていった。
「……親子揃って羊嫌いになりそうだな」
「ほっほっほ、何を言いますか。私は丁重にもてなしましたぞ?ちょっと白い犬が皇子様を驚かせすぎただけで」
「そういえば、あいつまた回収しといて。親子一緒のほうがいいだろ」
「おぉ、そうでした」
謁見の間の分厚いカーテンの裏から皇子の悲鳴が聞こえる。そんな所にいたのか。無事にゴースが皇子を回収したのを確認して、ほっと一息ついた。降伏の言葉を引き出すのは若干面倒だったが、これで目的は達成だ。
そうして肩の力を抜いた俺は、残った他の貴族たちに目を向けた。皆呆気に取られ、青い顔でこちらを見ている。腑抜けどもがと心の中で悪態を吐きながら、その者達に言った。
「で、お前らはどうするんだ?帝国に忠誠を誓うのか、皇王と同じ道を辿るのか」
ざわ、と貴族や騎士たちが揺れる。あっという間にひれ伏す者や、逃げ出す者、どうしていいか分からずオロオロする者。そんな謁見室に、スルンガルドと帝国軍の先発部隊が凄い勢いで踏み入ってきた。
「ウィル様!制圧完了です!!!」
「トニ、早すぎるだろ」
「だってウィル様が一人で突っ込むっていうからみんな心配で」
眉尻を下げるトニの背後から、牛や鳥の形の魔獣達がギャアギャアと神聖な謁見室に飛び込んできた。ちょうど逃げ出そうとして出口に向かっていた貴族達が真っ青になって飛び上がる。
「け、獣だ!穢れる!!!」
「はぁ!?失礼な!!ちゃんとブラッシングしてから来たわ!」
トニや他の獣騎士達がぷんすか怒りながら逃げる貴族たちを拘束していく。それをやれやれと横目で見守りながら、ロズに目を向けた。
「……で、あった?」
『うん。あったよ。あの皇子の息がかかった呪具の場所は、事前情報通り城の地下だった。帝国の術師隊がもう鎮圧に向かってるよ』
「よし、じゃあもうここはトニ達に任せて俺たちもそっちに合流するか」
『あー……それなんだけど……』
なぜかロズが気まずそうな顔をして口籠った。何か問題でも起こったのかとロズを両手で掴んで持ち上げる。
「どうしたんだよ」
『……えーと、その』
金の目が、ものすごく言いづらそうに俺を横目でチラッと見た。
『……リズも来ちゃった』
「は……?」
『城の地下にいるよ』
数分後。俺は物凄い勢いで城の地下に駆け込んでいた。
「リズ!!!」
「あ、ウィル」
薄暗い城の地下。隠れるようにあったその場所は、随分とヒンヤリとしていて――既にフェンリルと白狼達に占拠されていた。苦笑いをしている術師隊の横には、無残にも残骸となった呪具が積み上げられている。
『はははは!見ろ、美しく陳列されていた呪具もゴミのようだ』
「ほんとに大丈夫?みんな呪われてない?」
『我らがこのような人間どもの術にやられるわけがないだろう』
「よかった。ありがとう、手伝ってくれて」
まさかの女騎士姿のリズが、フェンリルや白狼たちをよしよしと撫でている。みんな腹を出したり舌を出したりして嬉しそうだ。……じゃなくて。
「なにしてんだよリズ……」
「なにって、それはこっちの台詞よ!」
怒ろうと思ったのに逆に凄い剣幕でリズが怒ってきた。思わず仰け反って一歩下がる。が、リズは更に距離を詰めてきた。
「なんで何も言わずに私を置いてくのよ!」
「そりゃあ、危ないし」
「あのね。私はフェンリルの祝福持ちよ?こういう時こそ活躍しないでどうするのよ」
ガシッと肩を掴まれる。リズは眉間にシワを寄せたまま、怖い顔で俺に詰め寄った。
「ウィルは私を妻にしたいのよね?」
「も、ちろん」
「じゃあ誰にも文句を言わせないぐらい、私を『神獣フェンリルの祝福持ち』として担ぎ上げてよ」
リズは真剣な顔でそう言った。その表情に、まさかと目を瞬く。
「……ちゃんと俺の妻になるために、文句言われないような活躍しようとしてるってこと?」
「当たり前じゃない!公爵様の隣が単なる没落した伯爵家の令嬢じゃ格好つかないもの!」
「そんなの、」
「うるさいわね!黙って待ってるなんて気持ちが悪いのよ!そういうキャラじゃないのよ私は!」
「キャラは……確かに?」
「ね?そうでしょ?」
満足するだけ怒り切ったのか、次いでリズは悪い顔でニヤリと笑った。
「私が呪われた時に、ウィル言ってたわよね?『粗雑で下賤な獣のような女』なら、『乱暴者の俺』にぴったりだって」
「……言った」
「ならいいじゃない。乱暴者の悪魔公爵の嫁はフェンリルに乗って駆け回る荒ぶった獣令嬢よ!」
リズは、そう言ってふふんと胸を張った。
「それに、これだけ呪いに苦しめられたんだもの。私の手で握り潰して落とし前を付けさせないと」
くくくく、と笑うリズは、なんだかコテコテの悪魔のような、わるーい笑みを浮かべていた。なんだそれ。思わずふはっと笑う。
「ちょっ……なんで笑うの!?」
「いや、リズらしいなと思って」
「っ、こ、これでも本気でやってるんだからね!?」
「分かってるよ。そういう黙って大人しくできないとこも好き」
「へっ!?」
リズは今度は真っ赤になった。忙しい奴だなとまた吹き出す。
「笑わないでよ!」
「いいだろ別に。ちなみにその女騎士姿もめっちゃ可愛い」
「っ、あ、りがと」
さっきの威勢はどこに行ったのか。リズはしおしおと赤くなって小さくなった。可愛い。思わず手を出しそうになって、慌ててスマートに平静を装いにこりと笑う。
「で、怪我はない?」
「無いけど……」
「そう、良かった」
それならいいかとリズを自分の近くに引き寄せた。リズがどんどん動きたいなら、今後はその前提でリズの周りを固めればいいだけだ。そう頭の中で計算しながら、呪具の山に目を向ける。
「で、これで全部なの?」
「たぶん?」
『もちろん全部だ。我々の嗅覚を舐めるなよ?』
フェンリルがふふんと鼻を鳴らした。その顔をじっと見上げると、フェンリルはしばし黙って俺を見下ろしてから、つまらなさそうに言った。
『……頭の切れる小僧だな。今後の対策を立てるのだろう?まだ壊していない呪具はそっちだ。一応全種類あるだろう』
「ありがとう、助かるよ」
『ふん、昨日の肉はまだあるんだろうな』
「準備させるよ。でももっと旨いのもあるけど?」
『あれより旨いものもあるのか!?』
フェンリルがカッと目を見開いた。尻尾がブンブン回っている。……何故だろう。でかいのに妙にかわいい。
そうして仲良さそうにしている俺たちを見て、リズが悔しそうな顔をした。
「ちょっとウィル、私よりフェンリルと仲良くしてない!?」
「リズだってロンと仲良いだろ」
「そうだけど!」
「ならおあいこだな」
そう言って騎士姿のリズを有無を言わせずよいしょっと抱き上げた。リズはわぁっと驚いてから、ジタバタと無駄な足掻きをした。
「なんで!?」
「ん?置いてくなって言っただろ?」
「えっ?どこ行くの?」
「帝都。皇国を属領にした報告やら処理やらが色々あるし、この生きてる呪具は今後の対策のために、即帝国中央の管理下に置くから」
さっとゴースが現れて、まだ壊れていない呪具を集めて消える。リズは嫌な予感がしたのか、身を固くして俺を見上げた。
「ウィル……私、フェンリルに乗って帝都まで行こうかな?」
「ん?フェンリルはスルンガルドで肉を食べるらしいぞ?」
「え」
既にフェンリル達はスルンガルドに帰した。まんまと作戦通りにいって、ニヤリと笑う。
「リズは乱暴者の俺にぴったりな女だもんな?」
「え、ええと、」
「大丈夫、帝都中央まではロンでひとっ飛びだ」
「〜〜〜っ、帰る!!!」
「置いてくなって言ったのリズだろ?」
かわいいリズの額にキスを落として、抱き上げたまま、地上へ向かう階段を上がる。
最後までジタバタするリズも可愛くて。俺はリズをずっと抱き上げたまま、ロンに乗り青い空に飛び上がった。
読んでいただいてありがとうございました!
あっという間に皇王をやっつけました。
「ゴミ掃除も済んでスッキリしましたわね」と悪い顔でほくそ笑んだ読者様も、
「呪いが解けてウィルが好き放題だわ……」と心置きなくリズを口説くウィルに砂糖漬けにされたあなたも、
リアクションブクマご評価ご感想なんでもいいので応援して下さると嬉しいです!
ぜひまた遊びに来てください!
 




