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1-32 お昼寝

「リズ!!!」


「キャロライン!」


 城に戻ると、泣いて目を腫らしたキャロラインが私に駆け寄ってきた。


「ごめんなさい、本当に、ごめんなさい……」


「ちょっ、何でそんなに!?キャロラインのせいじゃないでしょう!?キャロラインこそ大丈夫!?」


 泣いて謝るキャロラインをぎゅっと抱きしめる。少しやつれた体。聞けば、キャロラインは数日前に「リズに会いに行こう」とレオカディオ殿下に連れ出され、スルンガルドに着く直前に突然拘束されたのだそうだ。


 すべては、事前に仕組まれていたことだった。ウィルが言うには、帝国で私が襲われた際の怪しい結界も、レオカディオ殿下が皇国を手引きした可能性が高いとの事だった。


 あの後、レオカディオ殿下は草原の上で変死体となって発見された。ラッケル伯爵や叔父様と同じ、体内の魔道具によるものだった。


 魔道具の解除もできるレオカディオ殿下が、己の身体に仕込まれた魔道具をなぜ処理しなかったのか。その理由は、今となってはもう、知ることは出来なかった。



「いやー、肝が冷えましたぞ。お二人とも本当によくご無事で」


 ある程度の処理が終わり、簡単に汗を流した後。さわやかな朝の日差しの中、ゴースさんがこやかな笑みを浮かべて私たちを歓迎してくれた。


「ゴースさん、もう魔界から帰ってきたの!?」


「え?えぇ、勿論です。ゴミ掃除も一旦終わりましたし、私の本業はこちらの執事ですので」


「そ、そう……」


『ゴースは執事の仕事を気持ち悪いほどに生き甲斐にしてるからね』


 部屋の隅で寝そべっていたロズが、目を閉じたまま、顔も上げずにそう言った。ゴースさんがそんなつまらなさそうなロズを見て、ほほ、と優しい顔で笑う。


「随分と無理しましたなぁ、ロズ」


『……そう思ってんなら早くなんとかしてよ』


「仕方ないですなぁ」


 ゴースさんは、そう言うと珍しくロズの頭を優しく撫でた。少しして、ロズは徐ろに顔を上げて、綺麗な金色の目をパチパチとした。


『なんか前よりよく見える気がする』


「頑張ったご褒美ですぞ」


『……ご褒美ならマタタビ酒がいいんだけど』


「ほっほっほ、どうですかな、ウィルフレド様」


「マタタビ酒と刺身の盛り合わせと、ささみとマグロのカリカリチーズ乗せ作ってあげて」


『にゃぁぁぁぁぁぁ!!!』


 ロズが興奮して金色の目をカッと光らせた。本当の猫ちゃんみたいで可愛い。ふふ、と笑う私に、ゴースさんはなぜかとても嬉しそうな満面の笑みを浮かべた。


「リズ様もお腹が空かれたでしょう。朝ごはんに致しましょう!」


 ぱちん!とゴースさんが手を叩き、どこからともなくホカホカの美味しそうなベーコンエッグを取り出した。香ばしい香りを放つお皿が、コトリと私の前に置かれる。


「わぁ、おいしそう!」


「これだけじゃないですぞ?」


 101日目の、遅い朝ごはん。目の前のテーブルには、フレンチトーストやケーキやポテト、フルーツに三種のスープと甘いコーヒーが並べられていく。


「すっっごい豪華ね!」


「もちろんですとも!朝からお祝いです!さぁさぁ、ウィルフレド様もどうぞ!」


 そう促されたウィルに目を向ける。ウィルは、ベッドの上で大きなクッションにもたれかかるようにして座っていた。


「……食べたいけど食べれない」


「どうして?」


「なんか手に力が入んなくて」


 ウィルが力無くそう言った。ハッとしてその表情を見る。


 まだ顔が青白い。当然だ、殆ど死にかけていたんだもの。


「ごめんウィル!当然よね」


「……食べさせてもらっていい?」


「もちろんよ!どれが食べたい?」


「んー……とりあえず、ぶどう」


「はい!これね?」


 サクッとフォークに刺したぶどうをウィルの口に持っていく。食べられるか心配したが、ウィルはぱくりと口に含むと、美味しそうにもぐもぐとぶどうを食べた。


「次は?」


「んー、フレンチトーストがいい」


「はいどうぞ」


 もぐもぐと嬉しそうに食べるウィルの顔は、少しずつ血色が良くなってきたような気がする。よかった、食欲はあるみたいだ。ホッとしてせっせと口に運び、次は何にしようかと食卓に顔を向けてから気がついた。ゴースさんがうつむいて肩を震わせている。


「ゴースさん……?」


「いえ、すみません、私としたことが」


「何が?」


「ふ、ふふ……いやぁ、本当にお可愛らしい」


 何なんだ。訝しげに思いつつ、それよりウィルに食べさせなきゃと振り向いた。


 ウィルは自分の手で持った甘いコーヒーを優雅に飲んでいた。そして、私を見てニヤリと笑った。


「ちょっ……手使えるじゃない!!!」


「ん?あぁ、食べたら治った」


「嘘でしょう!?」


「いやいや……死にかけてたし」


「絶対嘘!」


 これじゃあ完全に『あーん』をした事になるじゃないか。ゴースさんの笑っていた意味を完全に理解して真っ赤になる。そんな私を見て、ウィルは腹を抱えて笑ってから、あぁそうだと顔を上げた。


「そういや今日の分忘れてるぞ」


「あ!そうだったわ。ウィル、結婚して」


「いいよ」


「今日もありが……」


 えっ?と動きを止めた。


 今、なんて言った?


「……っ、くく、なんて顔してんだよ」


「えっ…………えっ!?」


「もう呪いはないだろ?……言質取ったからな」


 そう言うと、ウィルはぽかんとする私をしっかりと力の強い手で引き寄せ、膝の上に乗せるように私を座らせた。


「じゃ、宜しくな奥さん」


「えっ……!?ほ、ほんとに!??」


「お前まさか100回も俺に求婚しといて逃げたりしないよな?」


「にっ……逃げない、けどさ!?」


 急な話の展開に目を白黒させる私の腰を、ウィルの腕が逃さないようにガッチリと掴んでいる。これは一体どういう展開だ!?あわあわとしつつも、ずっと思っていた事を言う。


「わ、私はもはや没落した伯爵家の傷物令嬢だよ!?そんなのが帝国の公爵様と、け、けっこん、とか……」


「あぁ。そんなこと」


 ウィルはなんだとため息をついてからちょっと真面目な顔で膝に乗せた私を見上げた。


「傷物じゃないし、没落とかもはや関係ない。大体、お前はもうどこにも逃がしてやれないからな。見ろよアレ」


 ウィルが指差した方を見る。窓の外。そこでは、巨大なフェンリルとその仲間たちが、広い庭園で嬉しそうに肉や野菜を頬張っていた。


「神獣フェンリル。大層ここが気に入ったそうでしばらく帰る気無いって。責任取れよな、神獣の祝福持ちさん?」


「あ、あははははははは」


 そうだった。フェンリルを呼び出したのは私だ。そのお世話をする義務があると言われれば、ぐうの音も出なかった。いや、むしろ助けて欲しい。


「ウィ、ウィルフレドさまぁぁ」


「な、分かったか?俺の嫁になるのが手っ取り早いだろ?スルンガルド家が全面協力するぞ?」


「ほ、ほんとにいいの……?」


「いいも何も、帝国としては何としてもお前をこの国の者にして繋ぎとめる方針だからな」


 そう言うと、ウィルはまた私の腰を抱く手にぎゅっと力を入れた。


「俺はリズを他の男にやる気はない。今ここで俺の嫁になると決めないなら部屋の外にも出したくない」


「へっ!?」


「……他に何の障害がある?」


 ウィルがじっと真面目な顔で私を見つめた。どきりとして、息が止まる。ウィルは真剣な顔のまま、私に言った。


「俺はお前が好きだ。死ぬほど好きだ。めちゃくちゃ愛してる。絶対に大切にする。で、さっきお前も俺のことが好きだって言った。帝国としてもこれは最善の対応だ。他に何か問題が?」


「――っ、な、ないです」


「じゃあいいよな」


 そう言うウィルは、とても真面目な顔をしていて。その榛色の目の奥は、少し不安そうに揺れていた。


 それを見てハッとした。


 まさか、ウィルは、私がスルンガルドを出ていくかもしれないと思って不安なんじゃないだろうか。


「あのね、ウィル」


「……何」


「私と、結婚して下さい」


 ウィルがビックリしたように目を丸くする。あんまりにも驚いた顔をするものだから、思わず笑ってしまった。


 もう、100回は受けた求婚なのに。


「私も、大好きだよ」


「――っ、」


「あはは、真っ赤!」


「っ、くそ、覚えてろよお前」


 恥ずかしがって顔を背けるウィルが可愛くて、思わず抱きつく。ウィルは、あぁー、となにか変な声を出しながら、そのまま私をぎゅっと抱きしめた。


「……すぐ籍入れるからな」


「ふふ、いいよ?気が早いね」


「でもどっかでちゃんと式はやるから」


「ウィルって案外ロマンチストよね」


「……決死の告白聞き逃したやつに言われたくない」


「決死の告白?」


 なにそれ?とキョトンとする私に、ウィルはじとりとした目を向けた。


「……お前、なんで死なずに朝日を拝めたと思ってやがる」


「へっ……はっ!?」


 ゾッとして首を押さえた。いつの間にか首のチョーカーが無くなっている。


 日の出前。私はスルンガルドの切り立った崖から荷馬車ごと落ちたはずだった。


「えっ、いつ!?」


「残念だな、俺の決死の愛の告白が聞けなくて」


「う、嘘!ちょっと待って……再現して!」


「は?絶対に嫌」


 ウィルはケラケラと笑って、そしてもう一度嬉しそうに私を抱きしめた。


「ちょっと!」


「うるさいよお前」


 硬い胸板に顔を押し付けられて。その温かさになぜか酷く安心させられて、涙が滲む。


 荷馬車の上で、全部諦めたのに。生きたウィルが、私を抱きしめている。


 きっと、本当に決死の覚悟で、私を助けに来てくれたんだろう。


「ウィル……」


「ん?」


「……助けてくれて、ありがとう」


 ウィルをぎゅっと抱きしめながら、くぐもった涙声でそう伝える。ウィルは少し黙ってから、私の髪をゆっくりと優しく撫でた。


「……お前もな」


「私も?」


「守ってくれただろ、スルンガルドの街の人達のこと」


 ウィルのちょっと真面目な低い声が、耳元で優しく聞こえる。


「お前が必死で縄抜けしたり、指輪を使ったりして崖の方に行かなかったら、あの術に巻き込まれて誰か死んでた」


 そう言うと、ウィルは温かくて硬い腕で、私を引き寄せるように抱きしめた。


「ありがとな、リズ。スルンガルドを守ってくれて」


「……っ、うん」


 涙声で返事をして、ぎゅっとウィルに抱きついた。ウィルは少しだけふふっと笑うと、はぁ、とため息を吐き出した。


「安心したら眠くなってきた……」


「そうだよね……ウィルは徹夜だもんね。なんか……私も眠いかも」


 それを聞いて、ウィルは私を抱きしめたまま、ころんと寝転がった。ずいぶんと高く登った日が、ゆらゆらと揺れる白いカーテンから穏やかな光を落とす。


「……これって、二度寝?お昼寝?」


「どっちでもいいだろ」


「ふふ……」


 微睡みながら、どうでもいい会話をする。意味なんて大してなくて。でも、それがどうしようもなく幸せで。


 私たちはそうして抱き合ったまま、柔らかなシーツに吸い込まれるように、眠りについた。






読んでいただいてありがとうございました!

やっと平和が戻ってきました(*´∀`*)

「良かった……癒された……」と胸を撫で下ろしてくれた優しい読者様も、

「ウィルが心置きなく好き好き言ってる……ふふ……」とほっとしつつニヤついたあなたも、

なんでもいいので応援して下さると嬉しいです!


☆リアクションブクマご評価ご感想などなどで応援下さった方、そしてここまで読んで下さった方、

みなさま本当にありがとうございます!

どれもとても嬉しいです……!!

最終話まであと少し、ぜひ最後までお付き合いください!

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