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1-3 野宿

「お前、ほんとよく働くよな」


「そう?」


 馬用のニンジンを洗いながら顔を上げる。隣には山積みの半端ものレタス。ちょうどぴょこんとイモムシさんが顔を出したので、つまんでぺいっと草むらに投げ入れた。


「……ついでに強い」


「何が?」


「なんでもない」


 ウィルは呆れたようにそう言うと、荷車に洗い終わったニンジンを積み込み始めた。


「えっやるわよ!?」


「何言ってんだよ。お前一人で全部やる気か?」


「そうだけど?」


「逞しすぎるだろ……これ結構重労働だぞ」


 そう言うとウィルは腕まくりをして、レタスを冷たい水の張った桶にざぶんと突っ込んだ。


「ちょっと!流石にそこまでさせられないわ!」


「それはこっちの台詞だ。お前一応伯爵令嬢だろ」 


「そうだけど、そういう扱いされてないんだってば」


「いいから黙って手伝わせろ」


 ウィルはもはや呆れて笑い始めていた。ザブザブと揺れる水とレタスが、陽の光をキラキラと跳ね返している。


「こんな下女みたいなことまでして、お前ほんとにちゃんと飯食えてんのかよ」


「当たり前じゃない。毎日お腹いっぱい食べてるわよ?」


「どうせ家だと残版とかカビたパンとか押し付けられてんだろ」


「そうだけど、それは堆肥にしてるわ。普段は賄い食べたり、街の定食屋さんで食べたり、飲み屋に行ったりとか……結構楽しくやってるわよ?やっぱり麦酒にはソーセージよね」


「おっさんか」


 ウィルはまるで男友達同士のような雰囲気でふはっと吹き出した。


「逞しすぎる」


「普通よ。街のみんなは毎日そうやって暮らしてるじゃない」


「……確かにな」


「ね?やってできない事なんてないもの」


 ニンジンを洗い終わり、ゴロゴロと大きなさつまいもを荷車から降ろす。大きいから切ったほうが良さそうだと分別しながら、洗い桶に突っ込んだ。


「でも、こんな風に家の雑用やらされてると、忙しいんじゃないか?いつ稼ぎに出てるんだよ」


「ふふ、それはね。家の仕事をする時は、こっそり私の労働を人件費に入れてて、お給料をもらってるのよ。だから家の仕事してても食いっぱぐれたりしないわ」


「なるほど、さすがだな」


「でしょう?ちなみにちゃんと適正価格で貰ってるからね!ズルはしてないわよ?」


 話しながらやっていれば野菜を洗うなんてあっという間だ。洗い終わった中で、大きなさつまいもだけを鼻歌交じりに適当な大きさに切っていく。


「でもさ。食べるだけならそんな風に仕事掛け持ちする必要ないだろ。なんでそこまで頑張ってんの?」


 さつまいもの桶を荷車に乗せながらウィルがそう聞いてきた。そんなに頑張ってるかなぁと思いつつ、のんびりと答える。


「私ね。お金貯めてるの」


「お金?」


「そう。金貨100枚貯まったら、田舎に土地を買ってのんびり暮らすのが夢なの。誰にも邪魔されないド田舎にね」


「……伯爵家を出ていくのか」


「そう。もうそれしかないもの。でも、素敵でしょう?田舎暮らし。楽しいと思うんだ」


 そういえば今までこの夢のことを誰かに話したことが無かった。口に出してみるといい響きだ。のんびりとした田舎暮らし。誰にも邪魔されずに自由に過ごせたらどんなにいいだろう。


 そんな夢を語った私に、ウィルは少し首を傾げた。

 

「貴族に未練はないんだな?」


「貴族?別に無いわね。未練というか、もはや貴族扱いされてないし」


 頭を過るのは、お父さんとお母さんがまだ生きていた頃。あの頃は、私は確かに名実ともに可愛らしい伯爵令嬢だった。でも、それは過去のことで、良い思い出というものだ。


「こうしておなかいっぱい食べられて、元気で真っ青な空を見上げられたらそれで満足よ」


 洗い上げた芋を手に、気持ちの良い風の吹く空を見上げた。青空を背に木々の枝がくっきりと映え、小鳥が2羽、高いところをのびのびと飛んでいく。


「……確かに、そうかもな」


 隣で同じように空を見上げたウィルが、眩しそうにそう言った。その姿に、何となく昔のことを思い出して、嬉しくなる。


「あのね。上を向いてたら、元気になれるのよ」


「え?」


「昔教えてもらったの。元気になる方法よ。効くんだから」


 そう言ってニカッと笑うと、ウィルはなぜかぽかんとした顔をしていた。


「ウィル……?どうしたの?」


「………いや。記憶力、いいんだな」


「え?あぁ、そう?」


「……逆に悪いのか?」


「はぁ?」


 何言ってんだと首を傾げると、ウィルはふはっと妙に嬉しそうに笑った。


「悪い悪い。リズは前向きでいいな」


 何でそんなに嬉しそうなのか知らないけど。前向きと言われた私は、胸を張ってニヤリと笑った。


「でしょ?それだけが取り柄だもの」


「なんだそれ、他にも良いとこあるだろ」


「まぁお上手。『確かになー』とか言って墓穴掘ると思ったのに」


「あぶな」


「ちょっと」


 はは、という笑い声と共に洗い終えた野菜を荷車に積む。これだけあれば、馬も蛇龍様も足りるだろうか。


「っていうかウィルって、変なやつね」


「は?なんでだよ」


「なんていうかこう、壁がないというか、妙に私のテンポを分かってくれてるっていうか」


「あーそれ」


 そう言うと、ウィルはにやりと笑った。


「なんでだろうな?」


「えぇ……?」


 どういうこと?と聞き直そうとして、ハッとして手を止めた。森にはそぐわない芳しい香水の香りに振り返る。


 マリーとミラが土の上にヒールというおぼつかない足取りでこちらにやって来るところだった。


「まぁお姉様。今日は獣令嬢らしく獣の世話係なのね」


 黄色いドレスに日傘を差したマリーがツンと言い放つ。やたら気合が入っているが、もしかして帝国の獣騎士団に圧力でもかけに来たのだろうか。


 マリーは周囲をぐるっと眺めてから、フンと顔を歪めて笑った。


「掘っ立て小屋に半端な野菜だなんて。この程度しか準備できないなんて、公爵様からお叱りを受けたらお姉様のせいよ?」


 マリーは尊大な様子で私を見下した。ウィルが不愉快そうに眉をひそめる。


「……失礼だが、」


「ウィル、いいの。大丈夫よ」


 そう言って恐らく庇おうとしてくれたウィルと二人の間に立つ。帝国との間に何か揉め事があったら大変だ。一呼吸置いてから、にこりと貼り付けた笑顔でマリーに面と向かった。


「ところでマリー、大丈夫?」


「何が?」


「だって……あなたかなり上質なドレスと履物を身に着けているじゃない。こんな場所に足を踏み入れても良かったの?」


「な、何が言いたいの……?」


「はっきり言いなさい、獣令嬢め!お嬢様が怖がっているじゃない!」


 警戒して身を引くマリーとミラに、ニタリと暗い笑みを向ける。そして、ちょうど足元に転がっていた黒っぽくて細長いものを拾い上げ、黒く汚れてしまった手で怯える二人に差し出した。


「この場所は、馬やいろいろな生き物がいるからねぇ。あちこちにウンk……お馬さんたちの立派な落とし物があるのよねぇぇぇ」


「ヒィィィ!」


「け、穢らわしい!」


「おや、これはお嫌い?」


「好きなわけがないでしょう!」


「け、穢れる!!!」


「っ、お父様に言いつけてやるわ!」


 そう言って二人はつま先立ちの変な歩き方で慌てて帰っていった。それをフンッと腰に手を当てながら見送る。


「叔父様に言いつけたいなら言いつければいいわ。森の中に糞が落ちてるなんて当然じゃない。あの謎な歩き方で貴族街まで逃げ帰るがいいわ」


「っ、お、お前……」


 あれ、と思って振り返ると、ウィルは口を押さえてふるふると震えていた。


「ウィル?」


「っ、わ、笑い堪えるこっちの身にもなれ」


「あら、笑ってもよかったのに」


「その手に持ってるの何」


「あぁこれ。洗い逃したほっそいサツマイモ」


「ふはっ」


 ウィルは堪らずといった様子で吹き出した。


「一瞬、本当に何かのうんこかと思った」


「ばかね。流石の私も直に触るわけ無いじゃない」


「演技派だな」


「ふふ、でしょう?まぁ、皇国の人間が獣を穢れだと恐れているのと、二人がほとんど切られてない野菜を見たこと無いから騙せたんだけどね」


 そうして笑いながら小さなサツマイモを洗って荷車の野菜の山に追加する。


「変な使い方しちゃったけど、蛇龍やお馬さんたちに気に入ってもらえるかしら」


「むしろあいつら喜んで食べるだろ」


 そう言って、ウィルは笑いながら、荷車を押して他の数人に声をかけて獣舎の中へと入っていった。


 ――蛇龍には近寄らない。それが、事前に帝国からに言われていた約束事だった。


「ちょっと見てみたかったけどね」


 うーんと背伸びをして、踵を返す。


 次はお腹をすかせた人間たちへのご飯を準備しないと。そろそろ街で手配してくるかと考えていた時だった。


「リズ」


「えっ……ロスナル?」


 木の陰からロスナルが顔を覗かせていた。なんだろうとロスナルの方へ向かう。


「どうしたの?」


「……リズ」


 ロスナルはガバッと頭を下げた。


「すまなかった。君が嫉妬なんて醜い真似をするわけが無いのに」


「あぁ、いいのよ。気にしないで。マリーの前で私の肩を持つわけにもいかないでしょ」


「ごめん……」


 罪悪感に苛まれるロスナルをなんだかやるせない気持ちで眺める。


 仮にあの場でロスナルが否定してくれたところで、伯爵家での私の扱いが良くなる事はない。むしろ悪くなる方だろう。


「私もごめんね、酷いこと言って。あの時忙しくて疲れてたのよ」


「いや……いいんだ。それで、本当にここで帝国の獣騎士団と一緒に野営しているのか?」


「そうよ?どうして?」

 

 何でそんな事を聞くんだろうと首を傾げる。ロスナルは、ほんの少し黙って私を見つめてから、心配が滲んだ表情で私の手を取った。

 

「……酷いことをされていないか?」


「え?あぁ、大丈夫よ、みんないい人だし、万が一があってもちゃんと逃げれるから」


 あっけらかんとそう返すと、ロスナルは少し困り顔で私に微笑んだ。


「十分に気をつけて。……君に何かあったらと思うと気が気じゃない」


 そうして、手が持ち上げられて、ロスナルの唇が手の甲に近づく。


 不意に、チリン、と音がした。足元に黒猫がぴょんと飛び出す。金の目がじっとロスナルを見上げた。


「な、なんだこいつは!」


 ロスナルがギョッとして飛び退いた。それから、あっちへ行けと地面の枝を蹴り飛ばす。


「ちょっ、やめて!帝国の飼い猫よ!?」


「飼い猫だと!?奴らそんな獣まで皇国に持ち込みやがって」


「皇国の下町にだって猫はいるでしょう……」


 呆れて心の中で苦笑いをする。皇国の貴族の獣嫌いは度が過ぎている。下町では実は犬も猫も親しまれているが、貴族街には一切獣はいないし、貴族は絶対に手を触れない。高級な肉は食べるのに変なのとため息をついた。


「ほら、ロスナル。私はもう大丈夫だから。マリーが探してるんじゃない?さっき私が驚かして逃げ帰らせちゃったから」


「そうか……うん、ありがとう。じゃあ、気をつけて」


 そう言うと、ロスナルは逃げるように足早に去っていった。


「ごめんね、黒猫くん。確か名前はロズだったよね。枝当たらなかった?」


 ミャア〜とロズが鳴き、私の足にスリスリと寄る。それを優しく撫でながら、はぁ、とため息をついた。


 ロスナルは優しい。でも不思議と居心地の良さを感じられないでいた。元婚約者という複雑な関係のせいもあるかもしれないけれど。それは、もしかしたら私が獣令嬢だからかもしれない。


「――伯爵家からも、この国からも早く出ていこう。多分、そのほうがいいよね」


 獣に好かれ、そして獣を嫌っていない私が生きるには、皇国は難しいだろう。


「お父さんお母さん、許してくれるかな」


 空を見上げて呟いた声は、森に吹く風に攫われて、サラサラと木の枝を揺らした。




読んでいただいてありがとうございました!

ほっそいさつまいも作戦は大成功のようです。

「リズwwなにしてんのwww」と演技派(?)なリズに笑ってくれた読者様も、

「猫様になんてことしやがる」と怒りを顕にした猫好きのあなたも、

リアクションブクマご評価ご感想なんでもいいので応援して下さると嬉しいです!

ぜひまた遊びに来てください!


*****

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