1-27 十日
「ウィル、結婚して」
「だーめ」
「わかっ……っ」
ぐいっと頭を引き寄せられて口付けられる。しかも長い。んーーっとウィルを叩いて解放してもらうと、ウィルは意地の悪い顔でニヤリと笑っていた。
「ちょっと!」
「何?」
「何って、」
「ほら、さっさと仕事しろよ」
そうしてぽーいと新しくやってきた雛鳥の魔獣の群れに放り込まれる。ピーチクパーチク雛鳥の声がうるさすぎる。さすがに乱暴じゃないか。不満に思いながら、えぇいと細かい餌をばら撒いた。
帝国から帰ってきてからというもの、もうずっとこんな感じだ。
「いやぁ、ほんとリズのアニキとウィル様って仲いいですよね」
「これって仲良いって言うのかしら……」
「言います言います」
カッカッカと上機嫌に笑うトニと一緒に獣舎を掃除する。帰ってきた日常。でも少しむず痒い。……いや、かなりむず痒い。
「……でも、少し気になるんだよねぇ」
「何がですか?」
「ううん、こっちの話」
そう笑って汚れた干し草を抱えて荷車に積む。
――あなたはまだ、公爵から愛の言葉も受け取っていないの?
そう言ったミラの言葉がふと頭をよぎる。
それは、今までだったら、傷口に塩を塗るように私の心を抉っていたけれど。今はそれよりも、その問いかけに妙な違和感を感じ取っていた。
少し前までは、大して魅力のない傷物令嬢の私が愛されるはずがないと思っていた。だけど、さすがの私も、ウィルにここまでされて『愛されていない』などと思うほど卑屈じゃない。むしろ日に日に増す甘い態度に「ウィル大丈夫か?」と心配になるほどだ。
それなのに。ウィルは私に、愛の言葉を囁いたことは一度もない。
「ロズ」
『何?』
気だるげに顔を上げたロズの金の瞳を見つめる。
「何度も聞くけど……私、愛さないって言ったよね」
『……言ったね』
「ウィルは?」
『…………』
ロズは、少し真面目な色を宿した金の目を私の方に向けた。
――あんまりウィルを誘惑しすぎるなよ。
ロズは私にそう言った。そして、叔父様やミラは、ウィルに愛の言葉を要求するよう、私に仕向けていたと思う。
なぜ、ウィルを誘惑したらいけなかったのか。なぜミラや叔父様は、愛の言葉に拘っていたのか。
真実の愛の言葉は呪いを解く。
――もしかして、この呪いは解いたらいけないのだろうか。
「ねぇ、ロズ。もしかして私の呪いって、」
『だめだよリズ!』
ロズが慌てて立ち上がった。その表情には焦りが滲んでいる。
『……絶対にそれ以上この話をしたらだめだ』
「…………」
『……お願い』
ロズの尻尾が下に垂れ下がってしまった。その様子を見て悟る。
これで、はっきりした。私のこの求婚の呪いは、途中で解いたらいけないんだ。その先に、何が起こるのかはわからないけれど。
「……大丈夫だよ、ロズ。もう何も聞かない」
耳まで垂れてしまった元気のないロズを抱きあげる。ロズがここまで言うなら、ロズやウィルを信じて何も考えないほうがいいだろう。
そうしてニコっと笑った私を見上げたロズは、金色の目を不安で揺らめかせた。
『……ほんとに?』
「えぇ。大丈夫。何も心配すること無いわ。もうこの件はおしまい。私からは何も話さない」
ロズがホッとした表情になった。辺りにはただ穏やかな風が吹くばかりだ。
きっとロズは――恐らくウィルもゴースさんも、呪いの秘密をずっと持ち続けてくれているのだろう。どんな秘密かは分からないけれど。
いつもの作業に戻りながら、そっと暦を盗み見る。
呪いが解けるまで、あと十日。その解けた先に、何が待っているのだろうか。
「……ウィル」
「ん?仕事終わった?」
大きく開け放たれた、テラスに続く窓。ウィルは、その窓の前のソファーに、ぼんやりと座っていた。私をちょいちょいと私を手招きしたウィルは、私の腕を引いて膝の上に座らせた。
「さっきお前にキャロラインから手紙が来てた」
「えっ?キャロラインから?」
手渡された手紙を開くと、なんと三枚にもわたる長編だった。が、要約するとこういうことだ。『帝都に来たくせに一声もかけずに帰るとは何事だ』。全部読んで、思わず笑ってしまった。もちろんそんな余裕はなかったのだけど。私は新しい便箋をもらうと、『今度は絶対に会いに行く』とキャロラインに返事を書いた。
ゆっくりと日が暮れていく。ウィルは私を膝に乗せて後ろから抱きしめたまま、それ以上何も言わなかった。
「あ、ウィル、これつけてくれてたんだ」
「ん?あぁこれ?」
ウィルの腕には、私がロズに向かって放り投げた革のブレスレットがはまっていた。
「良かった。ロズちゃんと渡してくれたのね」
「そうだな。今回もリズの『お守り』には助けられた」
「今回も?」
「そう。実はこっちもずっと持ってる」
そう言うと、ウィルは私があげた子供用の古いブローチをポケットから取り出した。
私の髪の色と同じ、何の変哲もない、つまらない色の宝石。そんな物を、ウィルは一体何年持ち続けるつもりなんだろう。
「ふふ、ありがとう。何かの願掛けみたいね」
「……そうかもな」
そう言うと、ウィルはブローチをポケットにしまって、また私を後ろからぎゅっと抱きしめた。
暮れていく空。だんだん暗くなるその色を眺めながら、ウィルの温もりに幸せを感じて。
それと同時に、何か言いしれない不安が、胸の底から湧き上がるのを抑えられないでいた。
*****
『……リズ、気づきかけてたよ』
皆が寝静まった、深夜の自室。音もなくやってきたロズが、ボソリとそう言った。
「まぁ、ここまで相思相愛な雰囲気なのになんで呪いを解かないんだと思いますよねぇ」
静かに控えていたゴースが、ため息混じりにそう答える。
その会話を聞きながら、手に取った暦をゆっくりと動かした。今朝は十だったその暦は、残り九という数字を示していた。
『ウィル……本当に、大丈夫なんだよね?』
ロズが不安そうな顔で俺を見上げた。その揺れる金の瞳を見返してから、滑らかな黒い毛並みを優しく撫でる。
「あぁ。大丈夫だ。叔父上も太鼓判を押してくれただろ」
そう言いながら立ち上がり、次室に繋がる扉をガチャリと開けた。
広い、灯りをつけていないその部屋には、床を埋め尽くすほどびっしりと、解呪のための術式が刻まれていた。
『……本当にこれでリズの下の術は封じ込められるの?』
「多分な。まぁ、これだけやれば死にはしないだろう」
『リズをこの上に連れてくるんだっけ』
「そう。この上で最後の100日の呪いを解いて、その瞬間にその下の術をこれで打ち消す。100日を終えてからが一番反動が少ないし、余計な解呪がないだけリスクも小さいからな」
それを聞いて、ロズはほんのり安心した顔をした。が、少しして、やや腑に落ちない顔で俺を見上げた。
『ねぇ。なんて言ってリズを連れてくるのさ。下手なこと言って下の術をリズに知られたら術が暴発するんでしょ?呪いの下で術が暴れ狂ってリズの体もやばいし、外にも術が漏れ出てくるんだよね。どうすんのさ』
「んー……100日記念のサプライズだとか言って、目隠ししてこの上まで連れてくるか」
『生死をかけた戦いなのに軽すぎない?』
思わずぷはっとロズが笑った。その様子を見て、少し気持ちが和む。
「それぐらい遊びがあってもいいだろ?ここまで頑張ってきたんだ」
ランプに照らされた俺とロズの影が、術式の上にゆらゆらと長く伸びる。
「――絶対に、解いてみせる」
壁の柱時計が、カチカチと時を刻む。
月に照らされた薄い雲が、夜風に吹かれて、音もなく早い速度で暗い空を流れていった。
読んでいただいてありがとうございました!
いよいよ残り10日を切りました!
「あっぶない!ヒヤヒヤしてきた……!」と焦り始めた素敵な読者様も、
「へこんでるロズ撫でたい」とよだれを垂らす動物好きのあなたも、
リアクションブクマご評価ご感想なんでもいいので応援して下さると嬉しいです!
ぜひまた遊びに来てください!




