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1-24 罠

「ん……」


 眩しい朝日を浴びて目を開ける。なんだかちょっと頭が痛い。ついでに視界がちょっとぐらついている。あぁそうだ、昨日は飲み過ぎたんだ。やっちゃったなぁと、うぅんと寝返りを打とうとして、気がついた。


 私の体に、誰かの腕らしきものが乗っている。


「…………え?」


 顔だけ動かしてその腕の主に目を向ける。


 爽やかな朝日の中。私の目の前には、少しあどけない顔でスヤスヤと眠る、ウィルの綺麗な顔があった。


「な、なん……なんで」


「んん……」


 ウィルがぎゅっと私を抱き寄せ、私の髪に顔をうずめる。驚きとくすぐったさに肩を揺らすと、また耳元でうーんと寝ぼけた声が聞こえた。


「っ、ウィル、ウィル!お、起きて」


「んー…………っ、!?」


 ぼーっとしていたウィルは、少し離れて私の顔をぼんやりと見つめた後、目を丸くした。


 しばし、呆けたようにお互いを見つめ合う。


「お、おはよ……」


「おは、よう……」


 そして、一緒に自分たちの体に目を向けた。


 裸ではなかったけれど。何故か、私たちはお揃いのパジャマを着ていた。


「なにこれ!?」


「……ゴースだな」


「えぇ……」


 ツッコミどころがあり過ぎる。これでは何がどうなったのか分からないじゃないか。


 仕方がないので頭の中で必死に記憶を辿った。そう、昨日皇帝陛下の私室に通されて、お茶を飲んでいろいろ話してるうちにいろんな臣下の方がやってきて、ズルズルと引き止められたまま、結局ディナーと言う名の酒盛りをしたのだ。


「それで……確かお城から上機嫌で帰ってきて……ウィルは案外お酒に弱いのかしらって話になって……」


「絶対俺のほうが強いって言ったらそんなことないってお前が食い下がって、ここで更に飲んだな」


「そ、それから……?」


「……ただ普通に寝落ちした……と思いたい……」


 そうしてウィルは気遣うように私に目を向けた。


「その……体、おかしいとこない?」


「あ、ある……」


「!?」


「頭が痛くて気持ち悪い」


「それは二日酔いだバカ」


 渋い顔をしたウィルが可笑しくてケラケラと笑うと、ウィルも力が抜けたように笑った。そうして、朝のベッドの中で、ボサボサの頭のまま二人で笑う。


 なんか、幸せだな。そう思って、少しして。ウィルはおもむろに私の頭を引き寄せた。


 ちょっと硬い、私とは違う腕。慣れないその腕に包まれるように、ウィルの胸の中に収まる。


「っ、ウィル……?あの、」


「……ちょっとだけ」


 ウィルはそう小さな声で囁くと、私の乱れた髪の毛を優しく撫でた。


 一体なにがどうちょっとだけなのか。よくわからないままに、なんだか私を撫でる手が、とても気持ちよくて。力が抜けて、なされるがまま、とろりと目を閉じる。


 トクトクというウィルの胸の音が聞こえる。


 なんで、こんなに安心するんだろう。あぁ、そうか。私ほんとにウィルが好きなんだな。ぼんやりとそう思いながら、なんとなく、ウィルの寝間着をきゅっとつかんだ。ウィルの腕が、それに応じるように、もう少しだけ私の身体を引き寄せる。


「……リズ」


「ん……?」


 呼びかけられて顔を上げると、ウィルの少し骨ばった手が、私の頬を撫でた。ウィルの、とろりとした少し甘い顔。少し遠慮がちに、唇が触れて。それから、柔らかい口付けが、二度三度と落とされる。


 どうしよう。すごく、幸せだ。ふわふわとしたあたたかい気持ちのまま、ウィルの背中に手を回し、ゆるく抱きしめる。


「ウィル……」


「…………」


「……?」


 なぜか無言のウィルに不思議に思って目を開けた。


 間近で合ったウィルの榛色の目には、見たことのないほどの熱がこもっていた。


「……っ!?」


「……リズ」


 ぐっと抱き寄せられて、もう一度唇が重なる。


 いつの間にか、ウィルは覆いかぶさるように私を見下ろしていて。追い立てられるように熱くなったウィルの目が、私を見つめている。


「ウィ、ル……」


「おはようございます!!!朝ですぞー!」


 バーンとゴースさんが扉を開けて入ってきた。相変わらずの満面の笑み。今日も朝日を浴びた白い髭が眩しい。


 その髭が眩しかったのだろうか。ウィルは力が抜けたように、ふかふかの枕にぼすんと顔を埋めた。


「ゴース……毎度狙ったようなタイミングで来るのやめろ」


「狙って来ているので仕方ありませんな。むしろ感謝して欲しいぐらいです。あぁ、昨日はこれ以上はちょっとと思ったので、勝手にお二人とも寝間着にしてベッドに放り込みましたよ?どちらもすぐに熟睡されていましたのでご安心を。ということで、二日酔いにピッタリの特製スープの朝食です」


「……ありがとう」


 そうしてむくりと起き上がった寝間着姿のウィルは、何だかとても可愛かった。


「笑うなよ」


「ふふ、だって。その髪の毛のはね方は何?」


「うるさいな……お前も頭もじゃもじゃだからな?」


 そう言ってウィルは私の頭をさらにもじゃもじゃに撫でた。


 朝日の中、いつものベーコンエッグとトーストの朝食を二人並んでもぐもぐと食べる。オレンジジュースを飲んで、ウィルの甘いコーヒーを味見して笑い合って。着替えたウィルは、行ってくると言ってまた私の頭を撫でて、王宮に出かけていった。むず痒い頭に自分の手をのせて、きちんとした格好のウィルの背中を見送る。


 ウィルが好んで着る深いネイビーのフロックコートが、随分と似合って見えた。


「……やっぱり公爵様なんだよなぁ」


 残されたタウンハウスの中で、私の声がポツリと響いた。


 何を弱気な、と己を叱咤する。覚悟は決めたじゃないか。


 ウィルの隣にいられるように、全力を尽くす。そして、100日後に告白して、振られたら大人しく出ていく。それだけだ。


「……よし!ここでダラダラしてても仕方ないよね。街に買い物にでも出かけようかな」


 そうして、少ししてから、午後の帝都の街に出た。帝都は美しい街としてとても有名だった。観光名所としても名高い大通りを歩く。


 海の見える、舗装された煉瓦敷の広い道。花壇や街灯が並び、大きな馬車が行き交う。沢山の店が連なり、華やかなワンピースや鞄、美しい食器や家具の店が軒を並べていた。


 本当に、すごく栄えた街だ。何が何だか分からない。そうだ、キャロラインのところに行って、一緒に街歩きをお願いするのはどうだろう。会いに行くって約束したし。そう考えながら、足取り軽く街を歩く。


「お嬢ちゃん!どうだい、一つ買っていかないかい?帝都名物の革製品だ」


「わぁ、素敵ね!」


 露店には質の良い革でできた鞄やベルトが並んでいた。その中にあったシンプルな革のブレスレットを手に取る。


 高級なものではないけれど。ウィルにあげたら、喜ぶだろうか。


「ロズ、どう思う?」


『さぁ。知らないけど、ウィルの事だし喜ぶんじゃない?』


「適当ねぇ」


 満面の笑みのおじさんにお金を払い、ぶらぶらと明るい街を歩く。そうしてのんびりと進んだ先には港があった。帆船も停泊する美しい観光名所の港。帝都に来たら誰もが一度は立ち寄るという美しい港の広場には、似たような色の露店のテントが沢山並んでいる。


「――おめでたいことね」


 狭いテントの間から、聞き慣れた声がした。日陰に隠れるようにして立つ、フードを深く被った女。見間違うはずもない。そこにいたのは、セントサフィーナ皇国で、何度も私を殴った侍女のミラだった。


「ミラ……なんで、ここに」


「そんなことはどうでもいいわ。それより、あなたよ。何を浮かれているの?まだ呪いも解けていないのに」


「……何の話?」


「忘れた?その呪いは『真実の愛』を受け取れば、解けるのよ」


 はっとして息を呑んだ。ミラが暗い笑みを浮かべる。


「熱愛だとか言われているけれど。あなたはまだ、公爵から愛の言葉も受け取っていないの?」


 突然、背後から体を思いっきり引かれ、テントの中に引きずり込まれた。剥き出しのレンガの上に、乱暴に投げ捨てられる。


「どうせ利用されてるんだろ。獣の刻印を持つ、政略の道具として」


 テントの中にいたのはロスナルだった。身なりはボロボロで、艶のない髪が乱れ、肌も荒れていてひどい隈ができている。


「なぁ。その綺麗な体でさっさと迫ったらどうだ?抱いてくれ、愛してると言ってくれってな」


「……なんであなたにそんな事を言われないといけないの?」


「なんでだろうなぁ!?」


 バシン!とロスナルの手が頬を強く叩いた。そのまま覆いかぶさられ、両手を地面に押し付けられる。


 薄暗い粗末なテントの中。ロスナルは歪んだ顔を私に近づけた。


「叫べよ。ウィルフレド様、早く助けてってな」


 ロスナルの手が、私の腰からぬるりと服の中に差し込まれた。


「……こんな事をして何になるっていうの」


「はっ、強がりか?俺に辱められれば、お前はもう誰にも愛されることはない」


「――無様ね」


 私を辱めようとした手が、ピクリと止まる。ロスナルの口が、わなわなと震え始めた。


「き、さま……!」


「聞こえなかった?あなたは無様だと言ったのよ。本当に、何がしたいの?私に仕返ししたって、あなたの地位は回復しない。格好悪いにもほどがあるわ」


「っっ、このアマァァァァ!!!」


 ロスナルが拳を振り上げた。今だ。すかさず、思いっきり足を蹴り上げる。


「ッッッッオオォォォォゥゥゥ!!!」


 幸いにも殿方の急所にクリーンヒットしたようだ。悶絶するロスナルを跳ね除け、慌てて駆け寄ってきたミラと対峙する。


「あなた、なんてことを!ロスナル様がお子を授かれなくなったらどうするつもり!?」


「あっちこっちにばら撒いてるんだから、もう一人ぐらいはいるでしょう!」


「ロスナル様はそんな方じゃないわ!」


「本気で言ってるの!?」


 ミラが短剣を振り上げた。それを手刀で叩き落とし、回し蹴りでミラを蹴っ飛ばした。


「ぐぁぁ!」


「……ミラに反撃したのは初めてだけど。案外手応えないわね」


 砂だらけの身体を払う。薄暗いテントの中では、悶絶してうずくまるロスナルとミラのうめき声が聞こえている。その2人を見下ろして、眉をひそめた。


 ――二人は、私が帝都にいると知っていた。それは、ラッケル伯爵が急死し、私とウィルが皇帝に呼び出されると予想できたからだ。


 情報が、漏れている。


 早く行って、ウィルに知らせないと。テントの外に向かって、踵を返した時だった。


「そんなに簡単に逃がすわけがないだろう」

 

 大きな手が私を乱暴に掴んだ。覆面を被った、数人の屈強な兵士。その影から、恰幅のいい男が姿を現した。


「叔父様……」


「女狐が。良い気になりおって」


 丸い握り拳で、鈍く腹を殴られる。カハッと自分のものではないような声が出た。叔父様は、いつかのように私の髪を乱暴に掴み、顔を上げさせた。顔を歪めた叔父様が、私を苦々しく睨みつける。


「聞けば貴様の獣の刻印はかなり強力なものだそうじゃないか。それが皇王様の耳に入り、帝国にさらなる力を持たせた罪で、我が家は窮地に立たされた。全て貴様のせいだ。嬲り殺すだけでは飽きたらん」


「……知ってるでしょう?ウィルから引き剥がせば、どのみち私は次の夜明けとともに死ぬわ」


「なら今ここで耳を削ぎ落とし、腸を引きずり出して痛めつけてやる」


「……手伝いますわ、旦那様」


 復活したミラが、短剣を持ってゆらりと立ち上がった。


「やっと、好きなだけこの女を痛めつけられます」


「そうだな。まずはその短剣で――っ!?」


 突然、パリン!という音が空から聞こえた。次いで、テントが吹き飛ばされそうな程の強い風。布を切り裂く音と同時に、真っ青な空が見えた。


「なっ――!?」


 ドサッと私を拘束していた男が崩れ落ちる。他の兵士もあっという間に地に膝をついた。


「貴様っ……ぐぁっ!?」


 叔父様があっという間に地べたに転がった。恐ろしい程の冷たい表情のウィルが、ざり、と砂だらけのレンガを踏みしめる。そして、丸い叔父様の腹を、まるで破裂させるかのように、乱暴に踏みつけた。


「――リズを殴ったのはお前か?」


「待て、話せばっ……ヒィッ!?」


 叔父様の顔の横にグサリと剣が刺さった。ふくよかな叔父様の顔が青くなり、ブルブルと震えてる。


「その手、切り落としてやる」


「ぐあぁぁぁぁ!!!」


 叔父様が腹の痛みで泡を吹き始めた。それと同時に、金髪の綺麗な男が崩壊したテントに転がり込んできた。


「ウィル!ちょっと待て!殺すより尋問が先だ!」


「……手足ぐらい丸めてもいいだろ」


「待てって!」


 金髪の男が言い終わらないうちに、叔父様の顔の横にグサッ!ともう一本の短剣が突き刺さった。つつ、と叔父様の頬から血が流れ落ちる。短剣に手をかけたままのウィルは、叔父様をまるで虫けらのように見下ろした。


「今すぐ八つ裂きにしてやりたいが、先にお前に聞きたいことがある。――ここに結界を張ったのは誰だ」


「なっ……何の、話だ!?」


「使い魔の魔気を吸い取り、人間の侵入を完全に防ぐ、強力な結界だ。お前ごときにできるわけがない」


「わ、私は何も知らない!」


「なら、お前を手引きした奴は誰だ」


 叔父様は青い顔をしてわなわなと震えていたが、少しして、突然何かに気がついたように笑い出した。


「……何がおかしい」


「何がだと?いいか、よく考えろ。お前はなぜ愛してもいない女のためにここまでするんだ?」


「――は?」


「そうだろう!この女の呪いはまだ解けていない。つまり、お前はこの女への真実の愛を持っていない……この女を愛していないということだっグファ!!?」


 ウィルの足が叔父様の腹を激しく踏みつけた。柔らかな腹から、ギリギリという痛々しい音が聞こえる。


「……目的はそれか?」


「な、何を言って……っぐ……」


「いいか?もう一度聞く。お前をこの国に入国させ、リズに近づき、強力な結界を張ってリズを痛めつけようとしたその指示者は誰だ」


「そ……れは…………」


 パン!と何かが弾けた。叔父様がグフッと赤い血を吐く。


 そうして、叔父様の手からは力が抜け、パタリと地に落ちた。


「……ごめんウィル、こいつの腹の中の魔道具の解除は間に合わなかった。腹の肉がぶ厚すぎて」


 肩を落とした金髪の男が申し訳なさそうにウィルに言った。ウィルは、無言で足を叔父様の腹から退かしてから、力が抜けたようにため息を吐きだし、金髪の男を振り返った。


「そうですか。……そっちの奴らは?」


「ギリギリセーフ」


 見れば、王宮の騎士たちが来ていて、青い顔をしたロスナルとミラをぐるぐる巻にしていた。そうして、二人は引きずられるようにしてテントから運び出されていく。


「……リズ」


 はっとして、私に呼びかけたウィルの方に顔を向ける。ウィルは地面に座る私の前に跪くと、その手を頬に伸ばした。


「怪我は……ここと、あとどこ?」


「えっ?あぁ……叔父様にお腹も殴られたけど、多分そっちは平気」


「…………」


 ウィルは俯いてぐっと手を握った。それから、壊れ物に触るように私の背に手を回して抱き寄せると、乱れた黒髪を私の肩に乗せた。


「……ごめん」


「ウィルのせいじゃないでしょ」


「ごめん」


 はっとした。ウィルの身体が、細かく震えている。


「ウィル……ね、大丈夫だから」


「…………」


 ぎゅぅぅ、とウィルが私の身体を強く抱きしめ始めた。その向こうで、金髪の男が、困ったような笑いを浮かべている。


「まぁ、暫くそうしてやって。俺もこんな血相変えてロンに飛び乗ったウィルとか初めて見たから」


「そう……ですか」


「うん。知らせにきたロズもそのまま気を失うし、ビックリしたよ。あぁ、心配しないで。使い魔は主が生きている限り死んだりしないから」


 ニコニコと笑うその金髪の男をぼんやりと見上げる。


 ウィルと同じ榛色の目。見覚えのある面影。もしかして、この人は……


「あぁ、僕?この国の第二王子のレオね。宜しく」


「っ!?レオカディオ殿下!?」


「あー、そういう丁重なのいらないから。君怪我してるし」


 レオカディオ殿下はそう言うと、人好きのする顔でヘラッと笑った。その背後から、さらに追加で到着したらしい騎士たちがなだれ込み、慌ただしく動き始める。


 明るい港町。その裏で何かがひたひたと迫るのを感じて、私はウィルを抱きしめたまま、ごくりと唾を飲み込んだ。




読んでいただいてありがとうございました!


ウィルブチギレ回でした。

「ちょっと不穏さが増してきてない……?」と不安になった優しい読者様も、

「ダイエットしようかな……」と腹の肉の厚みが気になり始めた同胞のあなたも、

リアクションブクマご評価ご感想なんでもいいので応援して下さると嬉しいです!

ぜひまた遊びに来てください!

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