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1-23 謁見

「苦しい」


『しょうがないよ。謁見するんだから』


 呆れ顔のロンを見下ろしてから、仏頂面で部屋を出た。皇帝陛下への事情説明という謁見の日。窮屈な正装の息苦しさに、うんざりとため息を吐く。


 どうせ形式的な挨拶を済ませた後は別室でざっくばらんに話すのに。中央に来ると、こういう体裁を取らないといけないのが面倒だ。


 そんな気だるい気持ちの中、起ききっていない頭のままエントランスに向かう。


「おはよ」


「おは……」


 声の方に目を向けて、思わず、言葉を失った。


 爽やかな、明るいエントランス。そこには、朝日を浴びて佇むリズがいた。


 シンプルな、ワンショルダーのドレス。落ち着いた色のフリルが、片側にだけ花のように咲いている。そして、もう片側には、不思議な色の祝福の刻印が、隠されることなく、刺繍のように胸元を彩っていた。


 立ち止まって、呆けたようにその姿を眺める。


「あの……だめだった?」


「……え?」


「刻印。この際、さらけ出しちゃおうって思ったんだけど……変かな」


「……変なわけあるか」


 辛うじて、そう答える。


 柔らかく結い上げられた小麦色の髮。男のものとは違う滑らかな肌と、すっとした立ち姿。


 思わず触れたくなるほど、美しくて。うっかり言葉にしそうになって、寸前で飲み込んだ。


 だめだ、このまま口を開いたら、間違いなく呪いを解いてしまう。


 そうしてぎゅっと口を結んだ俺の様子に、リズは慌てたようだった。


「やっぱりなんか変!?」


「っ、変じゃねぇって」


「じゃあ何!?なんでそんな静かなの!?」


「ちょっと、待って」


 近づいてきたリズを直視できずに、思わず片手で目を覆う。だめだ、いい言葉が出てこない。幻滅されるか呪いを激しく光らせるか、どちらかにしかならない気がする。


 そんな俺に、リズはうぅ、と埋めきながらさらに一歩近づいた。


「っ、と、とにかく……いつものアレいい!?」


「は……!?」


 だめだ待てと言おうと思ったのに。近くに見えたリズの白い肩に、思考が止まる。


 目の前のリズは、頬を赤く染めていて。そして、恥ずかしそうに、俺に言った。


「ウィル、結婚、して」


「…………………だめ」


「っ、今日も、ありがとうございます」


「…………うん」


 ギリギリだ。なんとかギリギリ答えた。なんていう呪いだ。もはや拷問だ。クソ皇太子絶対許さないと呪いながら、なんとか心を整える。


 リズに目を向けると、赤くなりながらも、なんだか少し不安そうな顔をしていた。それを見て少しずつ冷静さが戻ってきた。不安に思って当然だ。これから、リズは敵国の皇帝に謁見するのだ。


「そんなに不安に思わなくていい」


「え?」


「謁見。大したことないから」


 そうして、リズの手をそっと取る。触れるなと言われなければ、そのまま手を引いてリズを馬車まで連れて行ってしまおうと思ったのだけど。


 リズは、嫌がるどころか、きゅっと俺の手を握り返した。


「……ウィル?」


「っ、何?」


「行かないの……?」


「…………行こう。ほんとに馬車で平気?」


「大丈夫。少しの距離だし。公爵様が歩いていく訳にはいかないでしょう?」


 そうして微笑んだリズの手を引き、若干現実味のないまま馬車に乗せる。


 リズは、何故か俺の隣に座った。


 呆けている俺に、リズはまた赤い顔のまま言った。


「こ……これで、いいのかな?」


「何、が?」


「っ、ゴシップ記事通りに、見えるかなって……」


 は?と言う言葉が、落胆とともに頭の中に浮かんだ。


 そうか。そうだった。


 あのゴシップ記事通りに、リズは熱愛している風を装っているだけだ。


 期待に膨らんだ感情が一気に萎んで、それと同時になんだか腹が立ってきた。


「足りないんじゃね?」


「えっ」


 頭にきた勢いにまかせて、この際もっとやってやろうと、またリズの手を取る。当然のように指を絡めて握ると、リズは驚いたように肩を揺らした。


「熱愛ってんならこれぐらい必要だろ」


「……っ、わ、かった」


「ほんとに分かってんの?いちいち驚いてたら逆に怪しいけど」


「しょうがないじゃない!慣れてないんだから!」


 リズはヤケクソ気味になってきたのか、絡めた指にぎゅっと強く力を入れた。何を必死にと、思わず噴き出す。


「力入れすぎだ。俺の手握りつぶす気かよ」


「力加減なんて分からないもの!」


「普通でいいんだよ普通で」


「普通が分からないの!」


 赤くなって俺を睨みつけるリズが可愛い。振りだろうがなんだろうがどうでも良くなってきて、怒るリズの赤い頬に触れた。


「ほんとしょうがない奴だな」


 そのまま頭を引き寄せて、額に口付ける。リズは、拒否することなく、俺になされるがままだった。


 自分のものとは違う、優しい香り。


 間近で見下ろしたリズは、ぽわんとした顔で俺を見上げていた。


 普段の活発な様子とは違う、リズの柔らかい表情。


 塔の上で見た時にも思った。


 もっと、こんな顔をさせたい。


「ウィ、ル……?」


 蚊の鳴くような声で、リズが俺の名を呼んだ。それには応えず、無言のまま、リズを間近で見つめる。


 少し、近づいて。ゆっくりと距離を詰めて、吐息が混ざる距離まで近づく。リズの、綺麗な若草色の瞳。それをもう一度、乞うように見つめた。


 リズの瞳が少し揺れて。それから、リズは覚悟を決めたようにきゅっと目を閉じた。その可愛すぎる顔を少しだけ見つめてから、覆いかぶさるようにリズに口付ける。


 リズが、またとろりとした顔になった。


 可愛い。駄目になるぐらい可愛い。もっと――


「はい!着きましたよウィルフレド様!」


 バーンと馬車の扉が開いた。眩しい日差しを背景に、ゴースが満面の笑みで馬車に顔を突っ込んできた。日差しに白い髭がそよそよと揺れて、ムカつくほどに眩しい。


「……空気読めよ」


「ほほ、読んだ結果でございます。ほら、いろんな人の目がありますので、そのぐらいにしてお出になって下さい」


「…………」


 もうちょっとぐらいいいじゃないか。ムスッとしていると、リズが俺の腕をそっと引いた。


「だ、大丈夫だから。行こ」


 その声に振り返ってから、はっとした。


 頬を赤らめて、少し目を潤ませた、美しくドレスアップしたリズ。この姿を他の奴らに見せるのか?


「帰ろう」


「何言ってるの!?」


 リズに押し出されるように馬車を降りる。なんか色んな奴らがこっちを見ている気がする。リズを見せるのが嫌で、近づかれるのも嫌で。リズの腰に手を回して、人目から遠ざけるように城内へ入った。


 そうしてたどり着いた皇帝陛下との謁見の間。案の定、皇帝陛下は上品に切りそろえた白ひげを太い指でなぞりながら、俺にニヤついた笑みを見せた。


「まさかここまで噂通りだとは思わなかったぞ」


「……恐れ入ります」


「まぁそう警戒するな。さて、報告は?」


「ラッケル伯爵が突然スルンガルドを訪問し、私が盗聴器をつけていることを指摘した直後に突然死しました」


「そうか。殺したのか?」


「いいえ」


 簡潔にそう答えると、皇帝陛下は退屈そうに頷いた。


「こちらの調査結果と同じだ。不問としよう。災難だったなウィルフレド」


「恐れ入ります」


 その返答を聞いた皇帝陛下は、近くで記録していた者にちらっと目を向けた。記録係りが頷くと、同じように頷いて、はぁ、とため息を吐いてからまた俺の方へ顔を戻した。


「久々の対面だ。どうだ、少し話をしていかないか」


「恐れ入ります」


「お前はさっきから『恐れ入ります』しか言わないな。オウムなのか?まぁいい、こっちだ。リズ嬢も」


 そうして通された皇帝の私室。


 案の定、そこには色んな種類の酒とツマミが並んでいた。


「やっぱり」


「やっぱりとは何だ!お前はどれだけ久方ぶりだと思ってる!」


「叔父上に付き合ってたら朝まで飲ませるじゃないですか。そもそもまだ昼前です」


「細かいことは気にするな!お前がもっと頻繁に来ればいいんだ、頻繁に」


 座れ座れと促され、ため息を吐きつつ柔らかなソファーに腰を下ろす。もちろん緊張しまくっているリズは俺の隣だ。


「……お前のこんな姿を見ることになるとは思わなかった」


「何がですか」


「大人になったなウィルフレド」


「紅茶で」


「何でだよぉ!」


「だからまだ昼前だって」


 面倒くさくなって、窮屈な正装の襟元を緩めてソファーの背もたれに背をつける。それからまだピシッと座っているリズに目を向けた。


「リズ?もう普通にしていいよ」


「ふ、ふつうって……」


「目の前にいるのは街の酒好きのおっさんだと思えばいいよ」


「酷いぞウィルフレド」


 いい歳のくせに拗ねた顔をした叔父上は、リズにニッと笑いかけた。


「やぁ、改めまして。ウィルフレドのおじさんのルードルフだ。ウィルは私の末の弟の息子なんだが、子供の頃帝都に住んでたからね。ちっちゃくて可愛くて生意気でそりゃあもう可愛くて」


「帰ろうリズ」


「待て待て待て」


 ガバっと立ち上がって俺を制止した叔父上は、ニヤ、と意味深に笑った。


「積もる話もあるだろう?」


「…………」


 その人好きのする顔にほんの少しだけ俺を探るような視線を感じた。


 王家とスルンガルド一族は密接な関係にある。魔獣と繋がり国境を守るスルンガルド。国の中央で政を行うアルガリア王家。末の王子だった俺の父親は、スルンガルド一族の母に婿入りし公爵となった。そして、もう少し昔に遡れば、スルンガルドから皇后となった者もいる。


 つまり、叔父上――皇帝ルードルフもスルンガルドの”悪魔の目”を持っている。


 多分、リズの呪いも、その下の術も、わずかに見えているのだろう。


「……積もる話は、また明日来ますから」


「おぉ!二日連続で来てくれるのか!言ってみるものだな!」


「その代わりリズにはお手柔らかに頼みますよ」


「はっはっは、それは約束できん」


 そう言って笑う叔父上は、嬉しそうだったけど。


 薄くなってきた100日の求婚の呪いの下を、もう一度探って。これは、危ない。じわりと滲む危機感に、ぐっと手を握りしめた。




読んでいただいてありがとうございました!


ヤバい、ウィルがギリギリです。

「ゴースさんお願い!もうちょっと!!!好きとかいわないから!」と更にギリギリを攻めて欲しい読者様も、

「頼むからイチャイチャ続いてくれ……」と不穏な空気を消し去りたいあなたも、

リアクションブクマご評価ご感想なんでもいいので応援して下さると嬉しいです!

ぜひまた遊びに来てください!

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リズさんがキレイ! 美しく着飾った美人さんは、やっぱり華やかですねっ、リアクションボタンをぽちぃっ、と力強く押しました! ところで王様、こんな風に嫌がらせしてくる皇太子がいる国なんて、どう考えても敵対…
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