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1-18 言葉

ウィル視点です。

 夜も更けた頃。リズと夕食もしっかり一緒に食べて、ついでに部屋に送り届けてきた。そして、自分の部屋に入って、扉を閉めてから……ゴン!と柱に頭を打ち付けた。


 ――やばい。にやける。


 そんな俺の様子を見て、ロズがうんざりした顔で言った。


『……気持ち悪いんだけど。なに壁に向かって笑ってんの』


「ほっとけ」


『午前中の仏頂面と大違いだね』


 その言葉に、確かに、とロズの方に目を向ける。


 そう。今朝の俺は、極めて不機嫌だった。




「あの、私、もう行くね!」


 朝食の席。そう言ってリズは食堂を出ていった。その背中を唖然として見送る。テーブルの上には、一口だけ食べられたフレンチトースト。リズの好物のはずのそれが、ほとんど手がつけられていないまま、残されている。


 まさか、リズが食事を残すなんて。あの、旨いものを食べるために街でがむしゃらに働く、食い気で生きているようなリズが。


 そんな呆然としている俺の腕を、キャロラインがクイクイと引いた。


「ウィル?聞いてる?」


「……悪い、何?」


「だから、リズのことよ。何かあったの?」


「……さぁ」


 ものすごく雰囲気の悪い声が出た。それを誤魔化すようにコーヒーを一口飲む。


 それでも、どうしても気になって。少ししてガタリと席を立った。


「ウィル?」


「探してくる」


「えっ?ちょっと、」


 引き止めようとするキャロラインを振り切って、外に出た。そうして、ロンの獣舎の中にいるリズをすぐに見つけたけれど。


「ごめん!大掃除中だから!」


 リズは、俺を避けるように、獣舎の扉をバタンと閉めた。


 閉まった扉の前で、呆然と立ち尽くして状況を振り返る。


 ――リズ、涙目じゃなかったか?

 

 それでもリズの様子を確認することもできず、距離を置かれたまま午前中を過ごす。悶々としながら迎えた昼。リズは、昼食の席にも現れなかった。


「……リズは?」


「はて、どうしたのでしょうねぇ」


 のんびりと受け答えするゴースの横で、キャロラインがにこにこと俺を見上げた。


「ほら、ウィル。たぶんもうすぐ来るよ。冷めちゃうし、先に食べてよう?」


「……探してくる」


「えっ!?また!?ちょっと待ってよ!」


 キャロラインが焦ったように俺の腕をしっかりと掴む。引き剥がそうと手を伸ばした時、キャロラインは俺に強く言った。


「ねぇウィル、リズと恋人だなんて嘘なんでしょう?」


 その言葉に、思わず手が止まる。


 キャロラインは、困ったように微笑んだ。


「やっぱりそうなのね。……さっきリズもそう言ってたわよ?嘘だって」


 は、と声にならない声が出た。


 嘘。


 確かに、そうだけど。


 固まる俺を宥めるように、キャロラインの手が肩に触れる。


「大丈夫、責めてるんじゃないの。リズは皇国で虐げられてきたんだもの、ウィルが心配して手をかけてあげたい気持ちも分かるわ。でも、この先どうするの?いつまでもこんな風にベッタリ面倒見るなんておかしいわ」


「……そんなんじゃない」


「じゃあ祝福持ちだから?それこそ中央から世話人を派遣してもらって、」


「違う」


「じゃあ何なのよ。同情心かなにか?」


 キャロラインの目が、怪訝な色を宿して俺を見上げる。その表情を眺めながら思う。


 決して祝福が欲しいとか、リズに同情しているからじゃない。命を握り、金で釣ってスルンガルドに連れてきたくせに、何を言っているんだと言われればそうだけど。


 俺は、そんな生半可な気持ちで、リズを連れてきたんじゃない。


「――俺が、リズを好きだからだ」


 一言、そう言った。


 キャロラインが目を丸くした。力の抜けたその手から抜け出し、部屋を出る。


 ゴースが飄々とした顔で俺の横に寄ってきた。


「リズ様はロンの獣舎の外にいますよ」


「そう。なんか外で食える旨そうなもの出せる?」


「はい、ここに。リズ様が好きな甘辛お肉とレタスのサンドです。因みにものすごく藁だらけになってましたよ」


「着替え準備して」


「畏まりました」


 そうして向かったロンの獣舎の外。リズはロンの長い首に寄り添うようにして、藁の上で丸まって眠っていた。


「ウィル様……リズのアニキ、なんか元気無かったですよ。空元気っていうか……」


 側にいた獣騎士のトニが、静かに俺に言う。その言葉を反芻しながら、リズの寝顔を見下ろした。


 何がいけなかったのか。朝から、ずっと考えていた。俺を嫌いになったのではという酷い仮説から、俺が昨日のおやつを一つ横取りしたからではというくだらない予想まで。でも、どれもしっくりこなかった。


 最も心当たりがあるのが、ゴースの酷い提案だ。いくらなんでもいきなり口付けろだなんて酷いだろう。怒って当然だ。


 ゴースの主人は俺だ。ちゃんと謝ろう。そう己に言い聞かせて、リズを起こす。


「おい」


「わぁ!??」

 

 俺に起こされてリズは飛び上がった。パチパチと若草色の目が驚きに染まる。が、やっぱり顔色が悪い気がする。まさか、本当に具合が悪いのか?


 それなのに、リズはまだ働こうと慌てて立ち上がろうとした。


「あほ。いいから。とりあえずこれ口に突っ込め」


 すぐに静止して、軽食の入った籠を押し付ける。リズが好きそうな肉と野菜のサンド。食べてほしくて思わず押しつけたけど、食欲がないと突き返されるだろうか。


 でも、リズは俺の心配をよそに、むしゃむしゃと肉を挟んだパンを食べ始めた。みるみる顔色が良くなっていく。


 なんだよ、腹が減ってただけかよ。ホッとして力が抜けた。


「……具合悪いわけじゃないっぽいな」


「うっ、その、がっついてごめん」


「別に責めてない。……元気そうで良かった」


「え?私の体調気にしてたの?」


「当たり前だろ」


 一体どこが意外だったのか、リズはきょとんとした顔で俺を見上げた。が、口は元気なようで、最後の一口をあっという間に飲み込んで、赤い舌がぺろりと口を舐めている。もちろん頭も体も藁だらけだ。


 ふは、と思わず笑いが溢れる。妙に心が満たされて、さっきまでの沈み込んだ気持ちが嘘だったように明るくなった。


「やっといつものあほ面になった」


「は!?」


「お前が真面目な顔してると調子出ないんだよ」


「なにそれ!?」


 しかめっ面をするリズの頭を、これでもかとめちゃくちゃに撫でる。ちょっと!と怒るリズもかわいい。


 分かった、認めよう。


 俺は、どうしようもなく、リズが好きだ。


「とりあえず食い終わったな?行くぞ」


「どこに?」


 寝起きで混乱するリズをそのまま連れ去るように引っ張っていく。今度は、逃げられないようにしっかりと手を握った。


 呪いがあるから、好きだと伝える事はできないけれど。言葉じゃなくても、こうして少しずつ伝える努力はできるはずだ。


 そうして、リズをスルンガルドの古城のなかで、一番美しい景色が見られる塔の上に連れて行った。家族以外の誰かとここに来るのは初めてだ。


 喜ぶリズを眺めながら思う。ここなら、朝みたいに突然逃げられたりしない。だから、覚悟を決めてちゃんと話そう。それで、朝の事をしっかり謝ろう。


 そう誓いながら、顔を輝かせるリズを見て、なんだか幸せな気持ちになって。


 そして次の瞬間、俺の心は地獄につき落とされた。


「――金貨100枚貰ったら、どこに住もうかなって考えてたのよ」


 呆けたように、その言葉を頭の中で繰り返す。どこに、住もうか?ここに居るんじゃなくて?


 頭が働かない俺に、リズはあっけらかんと言った。


「呪いが解けたら、いつまでもここにいるわけにいかないでしょう?」


 確かに、そうだった。リズがここにいるのは、100日の求婚の呪いで、俺に縛り付けられているからだ。


 俺が支払う金貨100枚で、リズはどこか遠くの街へ行き、人知れず、穏やかに暮らす。それが、リズの夢。


 そんなの知ってたはずなのに。


「……スルンガルドを出て、どこに行くつもりだよ」


 辛うじて、そう問いかけた。それに対して、リズは明るい調子で答えた。


「決めてないけど……スルンガルドは皇国に近いでしょう?だから、もう少し離れようかなって。……いつまでもウィルに迷惑かけられないし」


「――――…………」


 その言葉に、頭が一気に冷えていくのを感じた。


 俺は、何をのんびりしていたんだろう。リズは、別に俺のことが好きな訳じゃない。呪いのために、生きるために、俺に求婚しているだけだった。


 だから、最初から、『愛したりしない』とまで宣言していたのだ。


 呪いが解けたら、俺から離れようと思うのなんて、当たり前じゃないか。


 どくんと胸が動く。リズが、ここから出ていく?そんなの、だめだ。


 絶対に、離したくない。


 今まで味わったことのない、独占欲のような、衝動的な感情が胸の底から湧き上がってくる。


 リズに、ここに留まることを選んでもらうなら。隣国の伯爵令嬢のリズを、帝国の公爵である俺の元にずっと留めるのなら。


 リズに、俺に気持ちを向けてもらって。愛したりしないという宣言をぶち破って。リズを、俺の妻にするしかない。


「――なぁリズ」


「なに?」


「キスしてみるか」


「………………え?」


 それは殆ど衝動的だった。


「この間ゴースとそういう話になっただろ」


 慌てるリズに、さも当然のように言い放つ。卑怯かもしれない。だけど、この呪いがある限り、俺はリズの求婚を受けることはできない。好きだと言葉にすることもできない。なら、もう行動で積み上げていくしかない。


 そんな焦りと独占欲で狂った俺の提案に、リズはかなり驚いたようだった。


「だって……だって、ウィルは、『するわけねぇだろバカ』って……」


 リズはそう言って悲しそうに俯いた。一瞬何の話か分からずにリズを見下ろす。


 そうか、ゴースの口付けたらどうだという無茶振りな提案に、俺がリズにデコピンして言った事か。そういえば、確かにそう言ったけど。


「当たり前だろ。ゴースの前でする奴がいるか」


 絶対にそんなの嫌だ。ゴースのことだ。絶対にニヤニヤと俺たちのことを凝視するに決まっている。まさかリズは気にならないのかと不思議に思っていると、リズはきょとんとした顔をしていた。


「えっ……そういうこと!?」


「はぁ?なんだと思ってたんだよお前」


「完全に私なんかとできるかよっていう拒否なのではと」


 そんなわけねぇだろ。そう思うのと同時に、やたらと驚くリズの様子を見て、はっとした。


「……まさかそれでフレンチトースト残したのか?」


「は……はぁ!?違うし!」


 リズは、真っ赤な顔で否定した。そんなリズを見て、じわじわと胸が熱くなる。


 ――図星、か?まさか、あれで?それって、俺に拒否されて拗ねてたってことだ。


 あまりにも嬉しくて、笑いが止まらない。しかもリズはもっと真っ赤になって言い訳を始めた。


「違うからね!別にそれで拗ねてたわけじゃないし!っていうか、ゴースさんの前でも別に気にせず一思いに終わらせちゃえばよかったのよ!」


「あほか。絶対に嫌だ」


 なんでゴースにそこまでサービスしなきゃいけないんだよ。見られたくもないし、リズのそういう姿は絶対に見せたくない。


 それに、リズの初めての口付けを、乱暴に消費していいわけが無かった。


 ぽろぽろと涙を流すリズを見て思う。ほら、こんな可愛い姿を俺以外の奴に見せていいわけがない。その柔らかな小麦色の髪を、照れつつも少し乱暴にわしゃわしゃと撫でる。


 誤解が解けて、そして泣いているリズを見ているうちに、冷静さが戻ってきた。スルンガルドからリズを出したくないのは変わらないけれど、今無理に距離を縮める必要も無いだろう。何より、リズの気持ちを無視してまでしていいことじゃない。やっぱり、少しずつ距離を縮めて――


 そう、思った時だった。


「――い、嫌じゃ……ないけど……」


 リズを撫でていた手が、ぴたりと止まる。


 嫌じゃ、ない?


「そ、その……」


 リズに目を向けると、リズの頬が薔薇色に染まっていく。泣いて、潤んだ目。そして、俺よりもずっと柔らかそうな手で、リズは自分の胸元の服を、ぎゅっと握りしめた。


「ウィ、ルが……ウィルが、嫌、なんじゃ……」


 リズの、絞り出すような甘い声に、心臓がどくんと、大きく音を立てた。


「……嫌じゃない」


 若草色の目が、驚いたように丸くなる。その顔があまりにも綺麗で、可愛くて。俺は、思わずその頬に手を伸ばした。


 自分のとは全く違う、柔らかな感触。すぐに、ふざけないでと跳ね除けられると思ったのに。リズは、痺れたように俺の目を見たまま、動かなかった。


 触れて、いいんだろうか。わずかに残った理性で、少しずつ距離を縮める。そんなつもりがないのなら、いつも通り、やめてって、ふざけた感じで身を離せばいいのに。


 リズは、少し震えながら、きゅっと目を閉じた。


 もうだめだった。吸い寄せられるように唇を重ねる。それから、本当に大丈夫だったかと、すぐに離れて。そうして、リズはもう一度目を開いた。


 頬を赤く染めて、ぽわんと俺を見上げて。あぁ、本当に初めてだったんだなと、そう思った。


 どうしようもなく可愛くて、幸せで。満たされた俺は、思わずだらしなく笑みを浮かべた。

 

「真っ赤」


 そうしてもう一度抱き寄せて、今度はちゃんと唇を重ねる。


 リズの手がゆるゆると背中に回って、俺をぎこちなく、きゅっと抱きしめた。なんだこれ。耐えられない。


「あー、かわい……」


「え?」


 ボソリと小さく呟いた声に、リズが首を傾げる。ほんとこいつは。いちいち可愛いのがムカつく。


「リズ、お前さ――、っ……」


 そうしていつもの軽口を叩こうとして、はっと言葉を止めた。


 その、柔らかな唇よりも、少し下。


 リズの滑らかな首筋で、呪いのチョーカーの金の刺繍が、微かに光っていた。


「ウィル?」


「ん?」


 誤魔化すようにもう一度リズを抱き寄せた。それから、気付かれないように、静かに呪いのチョーカーを見る。


 チョーカーの金の刺繍は、暫くの間、仄かに光っていて。そして、少ししてから、元通りの刺繍の色に戻った。




「――ロズ。あの呪いは、どこまで言葉を拾うんだ?」


 夜の執務室。俺に背を向けていたロズに問いかける。ロズは眠りかけていたのか、気だるそうに伸びをすると、その美しい金の目を俺に向けた。


『どこまでって?』


「……愛の言葉じゃないのに、呪いの刺繍が光った」


『へーえ?なんて言ったの?』


「…………大したことは言ってない」


『ふぅん?』


 ニヤニヤと笑うロズを苦々しく睨みつける。


 ロズは艷やかな黒い体の毛繕いをしながら、その金の目を俺の方に向けた。


『あの呪いは、言葉の意味と、それに乗った感情の両方を拾うんだ。だから、嘘は通じない』


 そうして、また意地が悪い顔でニタリと笑った。


『呪いが反応して光ったんなら、そりゃウィルが嘘偽りなくリズのこと好きっぽいことを言ったからだよ。心当たりあるんでしょ?』


「……まぁ」


『へぇ?どんな?』


「聞くなよ」


 ふいっと顔を背けると、ロズはさらに嬉しそうにけけけっと笑った。


『まぁ、なんでもいいけど。気をつけてよ。光るぐらいなら呪いは解けないけど……それって、ウィルなら呪いを解けるって明確に示してるってことだから。――そろそろウィルにもぼんやりと見えてるんでしょ?呪いの下にある術の大きさ』


「――あぁ。随分とでかいな。しかもリズが術の存在を知れば術が暴発するオマケ付きだ。上の呪いがあれば外に出る術の規模が小さくなるけど……代わりにリズが死ぬ」


『何が何でもウィルの近くで下の術を発動させたいんだね、これ』


「……だな」


 月日が経ち、薄くなってきた求婚の呪いの下。まだはっきりとは見えないが、そこには確かに何か大きな術があった。


 それが、どんな術なのかはわからない。ただ、あの皇太子の策であれば、ろくなものではないだろう。


 ロズが、毛繕いをやめてゆっくりと立ち上がった。滑らかな体が、真っ直ぐに俺を向く。人とは違うものを見る金の目が、仄かに輝いた。


『リズの求婚の呪いが解けたら、間違いなくばかでかい術が発動するよ。――だから、ウィル。愛の言葉も、婚約の契りを交わすような言葉も禁句だよ。絶対に、呪いを解いたらだめだ』


 暗がりの窓の外で、ざわりと木が揺れる。


 机の上の暦が、呪いが解けるまでの残された時を、あと五十日だと示していた。





読んでいただいてありがとうございました!


せっかくいい感じだったのに不穏な空気が!?

「ねぇ!もう直接好きって言わせてあげて!」とリズ大好きなウィルを応援して下さった読者様も、

「ゴースさん……彼は脇役のプロなのか?」と有能な執事が気になってきたあなたも、

リアクションブクマご評価ご感想なんでもいいので応援して下さると嬉しいです!

ぜひまた遊びに来てください!

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