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1-15 贈り物

 そうしてやって来たスルンガルドの城下町。なぜか私はキャロラインと腕を組んで歩いていた。


「リズ、一緒に来てくれてありがとう!スルンガルドでお友達ができると思ってなかったからすごく嬉しい!」


 輝く笑顔が眩しい。柔らかい腕の感触と、優しげな香油の香り。あぁ、女の子ってこうなんだな。今まで知らなかったなと、ガサついた手をそっと隠す。


「リズ?どうしたの?」


「あ、ううん。キャロラインがいい匂いだなって」


「ほんと?ありがとう、この香水気に入ってるんだ!軽めのローズの精油を使ってるの。優しい香りでしょう?リズはどんな香水を使ってるの?」


 可愛らしい蜂蜜色の目が私をきゅるんと見上げた。かわいい。目の保養に感謝しながら答える。


「私?持ってないよ。強いて言うなら今朝虫刺され対策に庭のミントを潰して使ったけど」


 そう言うと、キャロラインはガクッと肩を落とした。


「生葉とか玄人過ぎるでしょう!?」


「えへへ」


「褒めてない!何なのよあなた昨日から……」


 キャロラインがはっとして口を紡ぐ。それからまた天使のような笑顔を私に向けた。


「……オーガニックな香りも素敵ね?」


「ありがとう?」


「…………」


 なんかまた絶妙な空気になった。これは……順調なのだろうか?恋人の振りも友達としての付き合いもよくわからないまま街を歩く。


 柔らかな日差しの中。古いレンガ造りの街はとても穏やかだった。


「いい街だねスルンガルド」


「あれ?リズ、まだ来たこと無かったの?」


「えーと、そうだね。ずっとお城にいたから」


「ふーん?」


 キャロラインは輝く金の髪をふわりと揺らして首を傾げた。蜂蜜色の目が、少し不安そうに揺れる。


「……じゃあ、普段ウィルとは何してるの?」


「えっ?おやつ食べたりとか、ボードゲームしたりとか」


「子供なの!?っ、じゃなくて、えぇと……他には?」


「ロンとか他の魔獣と遊んだりとか?」


「だから子供なのあなたたち!?」


「楽しいよ?」


「そりゃあそうでしょうけど……」


 キャロラインは、天使のような顔を困惑させていた。


「おい、もうちょいなんかあるだろ」


 後から黙ってついてきていたウィルの呆れた声が聞こえた。そういえばいたんだったとひょいと振り返る。


「なんかって?」


「俺と何してるかって話。この間、二人で遠乗りしただろ」


「あぁ。あの爆そ……素敵な遠乗りをしたわよね」


 危なかった。「あの爆走した馬ね、酷い目にあったわ」と言おうとして思いとどまった。今は恋人らしい話をしないといけないんだった。誤魔化すようにへへ、と笑う。


 キャロラインはそんな私とウィルを見て、一瞬ぐっと口を閉じた。それからまたいつもの天使のような可愛らしい表情でにこりと笑った。


「もう、ちゃんと恋人っぽいことしてるじゃない!心配しちゃったよ」


「ほ、ほんと?良かったぁ〜」


「ふふ、まさかと思ったのに。ウィルは小さい頃からずっと私のお兄ちゃんだったから、妬いちゃうなぁ〜」


 キャロラインは明るくそう言って笑うと、あ!と立ち止まった。


「ウィル見て!キャンディの露店があるわ。昔一緒に食べたわよね!」


 キャロラインが嬉しそうにウィルの腕を引く。指差した向こう側には、色とりどりの可愛らしいキャンディを並べた露店があった。


「ウィル、昔からオレンジのキャンディ好きだったよね」


「いつの話だよ」


「今も好きでしょ?」


 ふふ、と笑ったキャロラインは、次いでもう一度あっと声を上げた。


「見て!紙芝居屋さんもまだいるのね!懐かしい〜!あのお話好きだったなぁ。何度も一緒に見に来たよね」


 くいくいとキャロラインの滑らかな手がウィルの腕を引く。その二人の会話を聞いて、あぁ、そうかと目を細めた。


 スルンガルドの街。ここは、あの小さなウィルも過ごした街なんだ。


 ちょっと不機嫌そうな子供のウィルが、オレンジキャンディを握りしめながら紙芝居を一生懸命見ている姿を想像して思わず吹き出す。


 キャロラインに腕を取られたままのウィルが、じとりと私を振り返った。


「おいリズ……お前絶対今失礼なこと考えて笑っただろ」


「ふふ、そんなことないよ。可愛いなと思っただけ」


「子供の時の話だからな?」


「分かってるって」


 そう言いながら、また街の方に目を向けた。歴史を感じさせる、赤茶けた屋根と白い壁。暖かさのある古びた煉瓦敷きの道。あちこちに花が植えられ、老人も子供も、時折魔獣でさえもが、平和そうにのんびりと歩いている。


 ただただ、穏やかに時間が流れている。いい街だな。そう思って、のんびりと街を歩いた。


「そんな面白いものでもあった?」


 いつの間にか、ウィルが隣に来ていた。ウィルの顔を見上げると、いつもよりちょっとしっかりした顔をしている。そっか、ちゃんと領主様してるんだなと思いながら、もう一度街並みに目を戻した。


「そうだね。穏やかで明るい、いい街だね。あとなんか辛そうな食べ物多い?」


「あー、確かにスパイス使った料理は多いかもな」


「そういえばゴースさんの料理も色んな種類のスパイスが入ってるよね。あの鶏肉のやつとか」


「あれ旨いよな」


 得意げなゴースさんの顔が目に浮かぶ。ここは、本当にいいところだ。周りにいる人たちも、みんな温かい。


「そうだ、何かゴースさんたちにお土産――」


「もう!二人とも!私も話に入れてよ!」


 ぷぅと怒った顔のキャロラインが私とウィルに後ろから飛びついてきた。思わずわぁ!と声がでる。キャロラインはイタズラっぽくふふふっと笑ってから、ぐいっと私たちの手を引っ張った。


「ほら!アクセサリーショップに着いたよ!楽しみにしてたんだ。リズも行こ!」


 アクセサリーショップのことをすっかり忘れていた。確かにこの店に来るのが目的だった。スルンガルドの街並みやグルメばかり気にしていた。


 キャロラインに手を引かれて店に入る。キラキラとした宝石や貴金属が上品に並ぶ店内。いらっしゃいませ、と微笑む店員さんは、手に白い手袋をはめていた。


 あれ?もしかしてここ、高いところ?


「わぁ、かわいい!ウィル、これどうかな。シルバーとゴールドだとどっちが似合う?前に買ってくれたのはゴールドだよね」


 キャロラインがウィルの袖を引きながら、嬉しそうにショーケースの中を指差している。なるほど、そうやって買い物をするのかここは。場馴れした二人の、お忍びの貴族らしい背中を眺める。


 高級で洗練された空気。街の雑貨屋とは違うその雰囲気に、どうなじめばいいか分からない。それもそうだ、私はこんな綺麗な店に入ったことなんてない。


 ――誰かと街を歩いたことすら、ないのだから。


「外で待ってるね」


「え?リズ、一緒に見ないの?」


「大丈夫、アクセサリーは足りてるから」


 完全な嘘八百を並べて一人で店を出る。宝石店は街道にある小綺麗な広場に面していた。大きな街路樹の下のベンチに腰を下ろす。


 柔らかな木漏れ日。小鳥が二羽、私の足元で逃げもせずに囀っている。


「……やっぱり、恋人のふりなんてちょっと無理があったかなぁ」


 地面を啄む小鳥に向かってボソリと呟く。


「どうしていいかわからないし。そもそも私じゃ役不足だもんな……」


『そんなこと無いと思うけど』


 突然声が聞こえてわっと声が出た。植え込みの中からロズがぴょんと飛び出してきて、けだるそうな金の目で私をちらりと見上げる。


「ロズ……来てたの」


『まぁ、ウィルの使い魔だからね』


 そう言うと、ロズは私の隣にトコトコとやってくると、チリンと首の鈴を鳴らして私の隣に座った。


 チピピピ……という小鳥の鳴き声がのんびりと聞こえる。


「……ウィルは、本当はキャロラインとか、他のご令嬢といい関係を作らないといけないんだよね」


 なんとなく、ぽつりとロズに問いかけた。何故か、自分の声が妙にさみしげに聞こえる。


「なんか、私のせいでまたウィルに無理なことさせてるなって。ほんとうに迷惑な呪いを引き受けてもらってるよね。早く、100日経つといいんだけど……」


 明るく言い飛ばしたはずなのに、なんだかうまく笑えない。


 100日。それが過ぎれば、全て終わるのだ。それを思うと、胸がぎゅっと締め付けられる。


 寂しいな。直視しないようにしていた気持ちに気がついて、慌てて首を振った。私は何を考えてるんだ。


 私は、金貨100枚を貰った後、ここを出ていくのに。


『……リズさ。あんなキラキラな腹黒女がウィルのタイプだと思うの?』


「へ?」


 突然ロズが私に問いかけてきた。思いもしなかった問いに、ぽかんとロズを見下ろす。


 ロズはほんの少しの間毛づくろいをしてから、気だるそうな金の目を私に向けた。その金の目をみながら、うーんと考える。


「……ちょっとわかんない」


『うわ、かわいそウィル』


「かわいそう?」


 何でそうなるんだ。意図が読めず怪訝な顔を向けると、ロズはふわぁ、と欠伸をしてから、呆れた目を私に向けた。


『とりあえず、こんなところで一人でぼんやりするの良くないと思う』


「なんで?」


『変なやつ寄ってくるよ。ほら、あぁいうやつ』


「へ?」


 ピチピチ、と慌てたように小鳥が飛び立った。なんだと思って顔を上げる。


「やぁ、何してるの?俺たちと遊ばない?」


 着崩した騎士服の男が三人、私の周りを取り囲む。なんだコイツら。うんざりとしつつ、警戒しながらその男たちを見上げた。


「……知り合いを待っているので」


「知り合い〜?こんなところでぼんやりしてるのに、それはないんじゃない?ね、ちょっと俺たちと遊びに行こうよ」


「無理です」


「無理とかじゃないんだよねぇ。見てわかんない?俺たちこの街の騎士なんだよ?」


「言うこと聞かないなら、捕まえないとなぁ〜」


 ニヤニヤと笑った男が、私を捕らえようと手を伸ばした。


「言うこと聞かないと痛い目見るっ――へぶぅ!!!」


 面倒だったので、私の腕を掴もうとした男の手を掴んでひっくり返す。スルンガルド、いい街なのにこんなのがうろついてるのね。


「何すんだこの阿婆擦れ!」


「何すんだはこっちの台詞よ。街を守る騎士様が何してんのよ」


「はぁ!?調子乗ってんじゃねぇよこのアマ!」


「……あんまり暴言吐かないほうがいいわよ?」


 チラッと向こう側に目を走らせてから、逆上したもうひとりの男の手を避けたついでに股関を蹴り上げる。男は、ぐはあぁぁぁぁと絶望の咆哮を放ってうずくまった。……やりすぎただろうか。持たざる者としては苦しみが分からない。


「このアマァ!!!」


 残った男がシャンッと剣を抜いた。嘘でしょう!?そこまでする!?流石にちょっと焦る。


 が、男の剣は振り下ろされることは無かった。


「一応冷静さは残ってんだな。あともう少し動いてたら首飛んでたけど」


 ウィルの剣が男の首筋にあてがわれている。真っ青な男の額から、たらりと一筋の汗が流れ落ちた。


「お、お前……何者だ……」


「はぁ?ボスの顔ぐらい覚えとけよ」


「…………悪魔公爵!!???」


 男はギョッとして目をひん剥いた。本人になんてこと言うんだ。が、ウィルは気にした様子はなく、面倒そうに男を睨んだ。


「気付くの遅ぇんだよ、中央貴族のぼんぼんが。謹慎中で辺境送りになってんの忘れてんじゃねぇよ」


 そう言うと、ウィルは悪魔のような顔でニヤリと笑った。


「ゴース。こいつら更生合宿行きで」


「はい、畏まりました」


「は?なっ……うわぁぁぁぁ!!!」


 突然ゴースさんが現れたと思ってすぐ。三人は自分の影の中に真っ逆さまに落ちて消えていった。


「な、何今の」


「ゴースのなんかの能力だな。んなことよりお前……なにやんちゃなことしてんだよ」


 ウィルが恐ろしい顔をして、私の頭をガシッと掴む。怖い。まさに悪魔公爵だ。


「す、すいません……ウィルが血相変えてこっちに走ってくるのが見えたから、まぁいいかなって」


「良くねぇ。二度とすんな」


「ごめんなさい……」


 怒られた。しゅんとして頭を下げる。ウィルは、ふぅ、と疲労なのか安堵なのか分からない息を吐き出してから、私の頭を何かでベシっと叩いた。


「いたっ……何?」


「適当に選んだからな」


「え?」


 きょとんとして頭の上にある何かを掴んだ。


 細長い、小さめの箱。なんだこれと思って蓋を開けると、中には小ぶりのガーネットのネックレスが入っていた。


 少し紫がかった赤が、日差しを浴びて透き通るように輝く。


「文句言うなよ。店の中にいない奴が悪い」


「……くれ、るの?」


「?そりゃそうだ……ろ……」


 私と目が合って、ウィルが目を丸くした。うっかり嬉しすぎて涙ぐんでしまった。だって、アクセサリーなんて初めて貰った。情けないところを見せて、恥ずかしいけれど。それでも、感謝の気持ちで満面の笑みで答える。


「ありがとう、ウィル。大切にするね」


「……っ、おう」


「わぁ!ほんとうに綺麗!」


 箱の中から取り出して日の光に透かす。透明感のある赤い宝石が、若いワインを通り抜けたような色合いを宿す。


 初めての、家族以外からの贈り物。願うことすら諦めていたそれを手にして、なんだか実感が湧かない。


「わー!すごく綺麗ね!リズはそれを貰ったの?」


 横からひょいっとキャロラインが顔を覗かせた。可愛らしいブロンドの髪が目の前でふわりと揺れる。


「うん、今ウィルに貰ったの」


「凄く似合いそう!リズにぴったり。ウィルって、案外アクセサリー選ぶの上手よね」


 そう言って微笑むキャロラインに、そうだよねと完全合意でうんうんと頷いた。本当にそうだ。とても使いやすそうなのに、上品で人を引きつけるような輝きがある。


 そんな私に可愛らしく微笑んだキャロラインは、にこにこと別の箱を私に差し出した。箱の中には、蝶をモチーフにしたネックレスや、小花柄の繊細な髪飾りが入っていた。


「私はウィルにこれを買ってもらったの!似合うかな……ちょっと心配なんだけど」


「わぁ、可愛い!大丈夫よ、すごく似合うと思う」


「ほんと?嬉しい!」


 ぴょんぴょんと喜ぶキャロラインは、本当に可愛いと思う。


 蝶や小花柄の似合う、可愛い女の子。絵に描いたようなそれを見て、これもいいなぁと、微笑ましく髪飾りをつけたキャロラインを眺めた。


「ね?ウィルも似合うと思う?」


 キャロラインは嬉しそうにウィルの顔を覗き込んだ。が、ウィルはなんだかつまらなさそうな顔をしていた。


「まぁ……似合うんじゃない?」


「うふふ、やった!」


 そうして可愛く頬を染めたキャロラインをなんとなく眺めてから、もう一度手元のガーネットのネックレスに目を落とした。


 ――もし、私がこのネックレスをつけたとして。ウィルは、私になんて言うだろうか。


 なぜか急に怖くなってきて、慌てて箱に戻してポケットにしまう。


「リズ?どうした?」


「う、ううん!なんでもない!」


 美しい街並みを背景に、私を待つ見目麗しい二人に駆け寄りながら考える。


 この、胸の中の不安のような変な気持ちはなんだろう。


 私は今まで味わったことのないその気持ちに首を傾げながら、ポケットの中の箱が落ちてしまわないように、上からぎゅっと押さえつけて二人の元へ走った。




読んでいただいてありがとうございました!


リズちゃん、キャロラインのマウンティングにはさっぱり気が付きませんが、ちょっと様子が……(゜∀゜)

「照れちゃったウィルも大事そうにしてるリズもかわいい!」と思って下さった読者様も、

「邪魔だキャロライィィィン!!!」とイチャイチャを中断するキャロちゃんに絶叫したあなたも、

リアクションブクマご評価ご感想なんでもいいので応援して下さると嬉しいです!

ぜひまた遊びに来てください!

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