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1-14 恋人

「はい!私の勝ち〜」


「くっそ、もう一回」


「ふふん、いいわよ?何回でもかかってきなさい」


 夜も更けた頃。私達は外国のボードゲームを囲んでワイワイと遊んでいた。


 ボードゲームと言っても色んなものがある。白と黒のコインでお互いの数を競うものや、人生の運を試すサイコロゲーム。人形に玉を蹴らせるアクティブなものや、積み上げた木を崩すバランスゲーム。


 あの時約束したよなとウィルが買ってくれたボードゲームに、私たちはがっつりはまっていた。


 そんな活気溢れるサロンに食後のお茶を持ってきてくれたゴースさんが、そうでしたとぽんと手を叩いて何かの手紙を取り出した。


「何だ?先触れかその手紙」


「はい。キャロライン様がいらっしゃいます」


「うげ」


 途端にウィルが嫌そうな顔になった。


「キャロライン様?」


「俺のいとこだ」


「へぇ……?」


 何がそんなに嫌なんだろうと首を傾げていると、ゴースさんが真面目な顔で私の方を見た。


「リズ様は危機的状況かもしれませんねぇ」


「何で?」


 自分に何の関係があるんだ。不思議に思っている私に、ゴースさんは当然の事のように淡々と告げた。


「おや?お忘れですか?先日、リズ様の元婚約者様がいらっしゃった時に、新聞記者と旅団と画家とおばさま達を呼んだでしょう」


「え?あぁ、うん。そうだったね」


「その結果、皇国と帝国では『スルンガルド公爵閣下、隣国の令嬢を溺愛か!?』というゴシップ記事が出回っています」


「ゴシップ記事!?」


「本当は情けないロスナル様の記事を書いてもらうつもりだったんですけどねぇ。皆さん熱愛報道のほうが面白かったようで」


 ほほっと穏やかに笑うゴースさんの横で、ウィルが呆れたように目を細めた。


「にしてもそっち方向に振りすぎだろ。あんなに頑張って仕込んだ魔獣鬼ごっこが、ほんと小さくしか載って無かったし」


「いやぁ、熱愛報道に勝るものはありませんからなぁ」


 渋い顔をしているウィルと楽しそうなゴースさんを眺めながら思う。言われてみれば当たり前だ。のほほんとしていた自分が恐ろしい。


 大変なことになったと頭を抱える私に、ゴースさんは嬉しそうな笑みを浮かべた。


「それでですね。恐らくウィルフレド様を愛してやまないキャロライン様は、その記事をご覧になってこちらに突撃してきたのではと……」


「ウィルフレド様を愛してやまないキャロライン様!???なにそれ!??」


 愕然として絶叫する。まさか、ウィルにそんな相手がいたなんて。より最悪ではないか。じわじわと湧き出る申し訳なさに、私はガバリとウィルに頭を下げた。


「本当にごめんなさい!まさかウィルにお相手がいたとは知らず……」


「いやお相手じゃないから。ただのいとこでそれ以上でもそれ以下でもない」


 バサッとウィルが全否定する。が、隣のゴースさんは、いやいやと首を振った。


「ウィルフレド様がそうでも、キャロライン様は深ぁぁぁい愛をお持ちかもしれませんからなぁ」


「深い愛!?」


 青ざめた私に、ゴースさんは更に恐ろしい真面目な顔をして私の方を見た。


「リズ様。キャロライン様は、まず間違いなくリズ様の存在を確かめにこちらにいらっしゃいます。最悪、リズ様はめった刺しにされるかも」


「めった刺し!??」


「はい。キャロライン様の執着は舐めないほうがいいですぞ?」


 ぞっとして腕をさする。呪いも嫌だが痴情のもつれで死ぬのも嫌だ。これは逃げるが勝ちだろう。


「今すぐどこかに身を隠すわ!」 


「リズ様、毎日呪いの求婚をしないと死ぬのでは」


「そ、そうでした……」


 途方に暮れて宙を仰ぐ。そんな私に、ゴースさんはさも当然と言う感じで飄々と言った。


「とにかく、記事通りに熱愛中の恋人として振る舞うしかないと思いますよ?」


「えっ!?なんで!?」


「そうじゃないと、わざわざスルンガルド城まで来て記事を書いてくださった方々の顔に泥を塗る事になります」


 その通りだった。私をロスナルから遠ざけるために記事を書いてもらったのに、それを否定するなんてできるわけがない。


「ど、どうしようウィル……」


 八方塞がりになって、ウィルに助けを求める。ウィルは嫌だふざけんなと言うと思ったのに。


「仕方ないだろ。いいよそれで」


 ウィルはあっさりと承諾した。


「いいの!??」


「まぁ……新聞記者まで呼んだの俺だし」


「えっでも困るでしょう!嘘の契りになったら私死ぬよ!?」


「うまくやるって」


「でも、ウィルは意中の女性とかいないの!?」


 驚いてそう言うと、ウィルは暫し黙った後、榛色の目をじっと私の方に向けた。


「……お前、俺が他に女がいるのに、こんな提案すると思ってんの?」


「なるほど……確かにそれもそうね」


 流石にそんなことしないか。申し訳なかったと、その通りだと深く頷いた。


「……この鈍感ポンコツ女が」


「はぁ!?なんで突然貶されなきゃいけないよのよ!?」


「……まぁいいや」


 なぜかウィルは深い溜息を吐いた。


「とりあえず、俺はお前のボロが出そうで心配だ。ゴシップ記事通りになんて振る舞えんのかよお前」


「っ、それは……」


 自信ない。そう言おうと思った時だった。


「ということで、キャロライン様が到着されました」


 ゴースさんがさらりと宣言した。


「早くない!?」


 ぎょっとしたのと、ほぼ同時。ガヤガヤと声が聞こえたかと思った瞬間、サロンの扉が開いた。


「ウィルー!!!」


 揺れる華やかな金髪が目の前を通り過ぎる。センスの良い仄かな花の香り。それは、まごうことなきウィルフレド様のいとこ、キャロライン様だった。


「ウィル!久しぶり!会いたかったわ!」


「うん。はい、離れて」


「嫌よ!久々にウィルを補充しないと!」


 そうしてキャロラインはウィルの腕に抱きついた。……が、部屋に私がいるのを目にとめると、ピタ、と動きを止めた。


 ほんの少し、時が止まる。そして、少しして、キャロラインはにこりと天使のような笑顔で私に手を差し出した。


「あなたが皇国から来たリズね!私はキャロライン。ウィルのいとこよ!歳も近いし仲良くしてね」


「あ、ありがとう、よろしく」


「やだ、お友達になるのに堅苦しいわ!気軽にキャロラインって呼んでね、リズ」


 そう言うと、キャロラインはキャッキャと私の手を握って飛び跳ねた。


「ふふ、新しいお友達ができて嬉しい!ねぇ、リズは暫くこのお城にいるの?」


「えーと……」


 咄嗟に正解の答えが出てこなかった。恋人という設定であることは理解してるけど。


 ……具体的にどうしたらいいんだ?


 固まった私に、ウィルが呆れた顔を向ける。


「ずっとこの城にいるだろ。即答しろよお前」


「えっ?あ、そ、そうだね?」


 タジタジで答えてしまった。何か変な汗が出てきた。よく考えたら、私には恋人の経験なんて無いんだった。いきなりピンチだ。


 そうして焦る私をじっと見ていたキャロラインは、またにこりと天使の微笑みを見せた。


「そっか、リズはこのお城で働いてるんだよね?」


「ええと、うん」


 その通りだと首を縦に振った。でも、なんかまた間違った気がする。キャロラインは、天使の微笑みのまま、嬉しそうに私に言った。


「やっぱりそうだったのね!おかしいと思ったのよ、新聞に変な記事が出ていたから。やっぱりあれは嘘だったのね」


「嘘じゃないけど」


 私たちの様子を見ていたウィルが、はっきりとそう言った。私もキャロラインも、目を丸くしてウィルの方を見る。


「えっ……ウィル、嘘じゃないって……」


『リズは普通にウィルの恋人だよ?』


 ロズがぴょんっと飛び出してきて、キャロラインに金色の目を向けた。キャロラインの綺麗な蜂蜜色の目が驚きで丸くなる。


「ウィル……ほんとに?」


「ほんと」


 ウィルはシンプルにそう言うと、私の手を取った。


「じゃあそういうことで」


「えっ!?ちょっとウィル!」


 待って!というキャロラインの声を背に、背後でぱたんと扉が閉まる。呆然としている間に、私は手を引かれたまま、ウィルの部屋に足を踏み入れていた。


「はっ……えぇと?上手くいった?」


「あほか。下手くそめ」


 げしっと頭にウィルのチョップが飛んできた。


「想像以上のポンコツだな。欠片もそういう雰囲気出てなかったけど」


「しょうがないでしょう!?誰かの恋人になんてなったことないんだから!」


 そう言って半泣きで頭をさする。わかってたことだけど。さすがに、無理があったのかもしれない。


 ウィルにもっと怒られそうだなと暗い気持ちでウィルを見上げる。が、ウィルは……何故かちょっとニヤついていた。


「な、なによ……」


「いや?まぁ、経験不足ってんなら仕方ない

な」


「なんかむかつく……」


 完全に馬鹿にされている。むくれてウィルを睨みつけると、ウィルは更に機嫌よく、意地の悪い笑みを見せた。


「なに?まさかやめんの?」


「やめないわよ!!!」


 そして私はこの負けず嫌いを後悔することになる。




「ウィルー!おはようー!」


 翌日。「結婚して」「却下」と迅速に朝の求婚を済ませた私とウィルのところに、今日も華やかなキャロラインがやって来た。


 昨日の今日なので、どんな反応をされるのかとビクビクしていたけれど。キャロラインはびっくりするほどご機嫌だった。


「あ、リズ。昨日はごめんね?私もビックリしちゃって」


「う、ううん、大丈夫。こちらこそごめんね」


「もーほんとだよ!二人であっという間にどこかに行っちゃうんだもん。特にウィル、いくらなんでも酷いんじゃない!?」


 そう言うと、キャロラインはむぅ、と口を尖らせてウィルを睨みつけた。なんとと可愛い仕草だ。感心していると、ウィルは絶妙な顔で私に目配せをしたあと、はぁ、とため息を吐いた。


「突然来るからだろ。俺らにも色々都合あるから」


「先触れ出したじゃない」


「先触れから到着までの間が短すぎるんだよお前は」


「へへ、ごめん。早く顔見たくなっちゃって」


 そう言って可愛らしく微笑んだキャロラインは、ウィルの腕にぎゅっとくっついた。そして、ちらっと私に目を向けた。宝石のように可愛い目が私を見ている。


「かわいい……!」


「え」


 思わず出た本音に、キャロラインがぽかんとした顔をした。しまった、突然失礼だったかな。


「ごめん、本当にかわいいなぁって思ってさ。キャロライン、なんだかお人形さんみたいだよね」


「あ、ありがとう?」


「このゆるウェーブの金の髪の毛はどうなってるの?元から?」


「も、元からだよ〜」


 キャロラインは何故か絶妙な顔をしていた。隣のウィルも同じ顔だ。何だろう。何か間違ったかな。まぁいいや。


「話題がずれちゃってごめんね、キャロライン。ウィルに用事があるんじゃないの?」


「っ、そ、そうよ!」


 ハッとしたキャロラインは、また可愛い顔になってから、ぱちんと可愛らしい両手を合わせた。


「あのね!スルンガルドに来たらどうしても行きたいお店があったの。ウィル、良かったらこれから一緒に街に行かない?」


「自分で行けよ」


「私だけだと迷っちゃうし不安だもの!それぐらいついてきてよ。ね?いいでしょリズ。リズも一緒にお買い物しようよ」


 キャロラインはそう言って今度は私に腕を絡ませてきた。うわ、なんかめっちゃいい匂い。……じゃなくて。


「えっ、私も!?」


「当たり前じゃない!ウィルだって、さすがに恋人以外の女の子と二人だけで街になんて行かないでしょ」


「あ、そ、そうだよね」


「ふふ、決まりね?」


 きゅっと両手を握られる。ね?と微笑まれて、あまりの可愛らしさに目が潰れそうになった。


 ふわふの、可愛い子。ウィルはこの子の何が駄目なんだろうか。


 そうして私は不慣れな恋人のふりに頭を悩ませながら、天使のような可愛い子とのお出かけに、少し期待を膨らませていた。




読んでいただいてありがとうございました!


さぁ!二人の仲も盛り上がって……きたかも?

「鈍感ポンコツ女wウィルかわいそww」と笑って下さった読者様も、

「ゴースさん影で絶対ガン見してるよね」と同胞の執事の様子が気になるあなたも、

リアクションブクマご評価ご感想なんでもいいので応援して下さると嬉しいです!

ぜひまた遊びに来てください!

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