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1-13 お守り

 それから、数日そこでその子と過ごした。魔界どころか野営なんてしたことのない私に、男の子はぶっきらぼうに食べ物をくれたり、火の起こし方を教えてくれたりした。


 魔界の暗い夜は恐ろしかった。聞いたことのない獣の声があちこちの闇の中から聞こえる。


 震える私に、男の子は古びた毛皮をかけてくれて。そして、私の手を握って、一緒に眠ってくれた。


 人の世界には、前触れもなく、ある日突然戻るという。時間の過ぎ方も違うらしい。不思議だなぁと思いながら、ある日、私は辺りをキョロキョロと見渡していた。


『何してんの?』


 小鬼たちが藪の中からひょこりと顔を出した。


「あの子に、何かお礼がしたくて」


『お礼?』


「うん。ものすごく助けてくれたから」


 そうして、はぁ、とため息をつく。当然のように男の子へのプレゼントなど見当たらなかった。そもそも魔界で何が価値のあるものなのかなんて分からない。唯一あるとしたら、私が身につけていたブローチの宝石ぐらいだ。


「今持ってるもの、これぐらいしかないんだよね……あの子の好みじゃないだろうし、あげても仕方ないかな」


『お守りつくれば?』


「お守り?」


『そう!絶対役に立つぞ』


「へぇ、どうやって作るの?」


 それはいいかもしれないと、わらわらと足元に集まる小鬼たちに問いかける。小鬼たちは、嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねながら私に言った。


『魔界じゃないと作れないんだ』


『おまえの身体の一部を使うんだ』


『命が宿ってる身体の一部をね』


『指とか?』


『痛いんじゃない?』


『髪の毛は?』


『髪の毛だと命が足りなくない?』


『ばっさり沢山切れば大丈夫だよ!』


『いいね!』


『手伝ってあげるよ!』


 小鬼がシャキンと鋭い爪を伸ばした。それを見て慌てて止める。首まで取れそうだ。


「大丈夫、自分でできるわよ」


 そうしてナイフで潔くバッサリと髪を切る。これで素敵なお守りにできるなら安いもんだ。小鬼たちは、『おぉ〜』『男前』と言いながら、私の髪の毛を受け取ると、ブローチの宝石にその髪の毛を入れていった。


 どういう仕組みなのかよく分からないけど。ブローチの安物の宝石は、私の髪の色と同じ、小麦色に輝いた。


「お前、その髪どうした!?」


 帰ってきた男の子がギョッとして抱えていた食べ物を全部落っことした。驚く男の子に、へへへと笑いかける。


「えへへ、切っちゃった。はいこれ、あげる。沢山助けてくれたお礼」


 そうして、小麦色の宝石のはまったブローチを差し出す。男の子は、その石を見つめながら、呆然とそれを受け取った。


「お守りだよ。小鬼くんたちと作ったの。なんか、ピンチなときに助けてくれるんだって」


「髪の毛……使ったの?」


「うん。大丈夫だよ?髪の毛はまた伸びるし」


 そうあっけらかんと言うと、男の子は小麦色の宝石をじっと見つめてから、ブローチをきゅっと握った。


「……ありがとう」


「へへ。ごめんね、こんなのしかなくて」


「……こんなのじゃない」


 男の子は、ブローチを握りしめたまま、そうボソリと答えた。


「……お前は、何欲しいの」


「え?おなかいっぱいのおいしいご飯」


「もうちょいなんかあるだろ。ブローチと釣り合わないし。ネックレスとかそういうの欲しくないの」


「ここにないじゃん」


「人間界に帰ったらある」


 男の子はそう言って顔を上げた。榛色の綺麗な目とパチリと目が合う。


「えっ、帰ってもまた会えるの?」


「……一応同じ世界だし、探せば会えるんじゃないか」


「確かに!!だったらご馳走と、めちゃくちゃ速い馬と、外国のボードゲームが欲しい」


「わんぱくかよ」


 男の子は何故か嬉しそうにふはっと笑った。多分、この子もそういうのが好きなんだろう。私も嬉しくなって同じように笑う。


「いいじゃない。ネックレスとか食べれないし」


「俺にブローチ渡しといてなんだそれ」


「確かに。でも、君に貰うならなんでも嬉し――――」


 その瞬間。グラリと世界が揺れた。


「あ」


 最後に見えたのは、少し焦ったような男の子の顔だった。



 次に瞬きをした時には、暗い森の中だった。


 目の前には、大破した馬車。


 そして、目を逸らしたくなるようなお父さんとお母さんの亡骸が横たわっていた。


「いたぞ!」


 ピィィ!と崖上の方から笛の音が聞こえ、周囲に人が集まってきた。


 一人の兵士が、呆然と立ちすくむ私を見て目を丸くする。


「なぜ、この状況で生きているんだ……」


「おい、お前……っ!?」


 そうして私に手を伸ばした兵士が、はっとして後ずさった。


 あ、と胸元を見る。


 ボロボロになったワンピースの胸元からは、複雑な模様の印が見えていた。


「ヒイッ!こ、こいつ……!獣の刻印があるぞ!!!」


 私に沢山の槍の先が向けられたのは、その数秒後のことだった。




「――――っていう感じで、それからは散々な扱いだったわよ」


「……悲惨だな」


「まぁ、でも楽しくやってこれたけど」


 穏やかな木漏れ日の下、ウィルの上着にくるまったまま、簡単にウィルと離れ離れになった後のことを話す。


 獣の刻印があると知られて、乱暴に連れて行かれて。叔父様が私を迎えにやってきたけれど、ノイアー伯爵家は、そのまま叔父様のものになった。それからはもう、知っての通りだ。


「……恨まなかったのか」


「恨む?」


「その刻印がなければ、真っ当な伯爵令嬢だったかもしれないだろ」


 ウィルが原っぱの方に目を向けたまま、私に問いかけた。まぁ、確かにそうかもしれないけれど。


「この獣の刻印が無かったらきっと死んでただろうし、恨んだことなんて無いよ?それに、クレアさんやゲドさんは、そんなの関係ないって雇ってくれたし。下町だとそんなに差別も受けなかったし、働くのもすごく楽しかったよ」


 ごちゃっとした下町の古びた定食屋も、無精髭のおじさんばかりの飲み屋さんも、私にとっては居心地が良かった。余り物の賄いも、屋台の安い肉も、中古のドレスだって自分で気に入って買えば嬉しい気持ちになった。


 一歩下町を出れば、獣令嬢と蔑まれたけれど。決して、不幸ではなかったと思う。


「それに、この刻印が無かったら、ロンや他の魔獣たちともすぐに仲良くなれなかっただろうし。それどころか、ウィルとこうして話すことすら無かったかもしれないでしょう?私は良かったと思ってるよ、この印をもらって。色んな出会いがあったもの」


「……そう」


「変かな?」


「いや。なんか……お前らしくていいなって」


 そよそよと風が吹く。能天気だと馬鹿にされると思ったのに、ちょっと調子が狂ってしまった。なんだかむず痒くなりながら、何気なくウィルの横顔を盗み見る。


 ウィルは、原っぱの方に目を向けたまま、思ったよりもずっと穏やかで、優しげな表情をしていた。


 何故か急に直視できなくなって、慌てて顔をそらす。


「そ、そろそろ行こうか!!!」


 よくよく考えたら、もうかなり時間が経っていた。日帰りするのなら本当に急がないといけないだろう。


 がばりと立ち上がり、慌てて馬車に向かう。が、あっという間にウィルにがしりと腕をつかまれ止められた。


「おい、どこ行く気だ」


「どこって、馬車。もう行かないと」


「あほか。無理すんな。というか馬車だともう間に合わん」


「えっでも……っ!?」


 ウィルは突然ぐいっと私を抱き上げた。


「なに!?なんで!??」


「あぁ。せっかくだし、一つ目の約束果たそうと思って」


「一つ目の約束?」


「めちゃくちゃ速い馬。乗りたいんだろ?」


「え」


 優しく馬の背に乗せられて、その後ろにウィルが跨る。左右から伸びてきたウィルの腕に挟まれて、胸が高鳴って――いや、胸が危険を感じ取り、嫌な予感に早鐘を打った。


「待ってウィル、ちょっ……」


「飛ばすぞ」


「えっ待っ…………いやぁぁぁぁ!!!」


 その日。私は、ウィルと移動する時には、ロン以外でも気をつけねばならないということを、身にしみて学んだ。




読んでいただいてありがとうございました!

回想回、いかがでしたか?

「ちっちゃいウィル、生意気で可愛い」と思って下さった優しい読者様も、

「あら?リズちょっと意識してきたかしらムフフフフ」と高まる期待を抑えられない素敵なあなたも、

リアクションブクマご評価ご感想なんでもいいので応援して下さると嬉しいです!

ぜひまた遊びに来てください!

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― 新着の感想 ―
やったね、夢がかなったね! 馬ですよ、馬……初心者に、全力疾走の馬って怖いですよね、はは(汗) ちびっこ時代の、良い子な二人。かわいらしかったです。
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