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1-10 馬車

「ウィル、結婚して「やだ」


 こちらの顔も見ずに即答するウィルをじとりと睨む。なぜかロスナルが来てからというもの、微妙にウィルの機嫌が悪い。なんかわからないけど、あまり目を合わせてくれず、合ってもふいっも逸らされてしまうのだ。


 確かに求婚は気兼ねなく断ってくれていいとは言ったけれど、これはちょっと嫌だ。


「ねぇ、なんか私のこと避けてない?」


 そう問いかけると、ウィルはちらっと私に目を向けてから、もう一度顔をそらした。


「別に避けてない」


「じゃあ何よその態度」


「……なんかお前ムカつくから」


「なんで!?」


 一体私が何をしたというのか。口を尖らせていると、ゴースさんがほっほっほと上機嫌でカートを引いてきた。


「まぁまぁまぁ。さぁ、今朝はフレンチトーストですぞ」


「わぁ、美味しそう!!!」


「食い気が先かよ」


「なによ、イチイチ突っかかるわね」


 なんか変だなと思いつつ、ゴースさんが天気がいいのでと庭に準備してくれた席に一緒につく。目の前にはお砂糖のかかった、ふんわり焼けたフレンチトースト。なんていい香りだ……よだれがじゅるりとお口の中に溢れ出るのを感じながら、パクリと頬張る。


「ん〜〜〜おいしい〜〜〜!」


 長生きなだけあって、ゴースさんの作る料理はいつも絶品だ。こんなに毎日幸せでいいんだろうか。ちゃんと働かないと。そう日々の暮らしに感謝しながら、もう一口頬張る。うまい。うますぎる。


「っ、ふ、お前、どこの子供だよ」


「え!?」


「うまそうに食いすぎだろ」


 ウィルが思わずと言った風に笑っている。しまった、完全にフレンチトーストに夢中だったと顔を赤くする。


「いいじゃない!好きなのよフレンチトースト!」


「ふは、子供」


「うるさいわね!」


 ウィルはまだクックと可笑しそうに笑っている。そんなに子供っぽかっただろうか。もっと恥ずかしくなってきて、より真っ赤になりながらもう一口を頬張る。


 そんな私をからかうウィルに、ゴースさんは優雅に朝のコーヒーを差し出した。


「ちなみにウィルフレド様のコーヒーは砂糖二つ入りです」


 そう言ってゴースさんはにこやかな笑みを浮かべた。ウィルがぐふっと咳き込む。


「言うなよゴース」


「ふふ、可愛いところもあるでしょう?」


「おい」


 今度は逆にウィルがほんのり赤くなってしまった。意外な姿に、ニヤリと笑みが浮かぶ。


「かーわいい」


「ふざけんなよお前」


「良いじゃない、可愛い男の人っていうのも」


「お前……まじで覚えてろよ」


 凄んだ顔をするけれど別に怖くない。にひひ、と笑っていると、ゴースさんが私のカフェオレを差し出しながら、そうでした、とぽんと手を叩いた。


「そういえばあちらの町で新しい魔獣の目撃情報がありましたぞ?」


「……タイミング悪いな」


 ウィルが顔を曇らせた。なんせ今日はロンが魔界に里帰りしている日。久々に魔界に帰って、数日は家族水入らずで楽しんでいるはずだ。


 そんな困り顔の私たちに、ゴースさんはピンっと指を立てて提案した。


「今から向かえば、ロンがいなくても日帰りで帰ってこれるんじゃないですかね」


「……確かにそうだな。よし、リズ。五分後に集合」


「えっ!??」


 五分後!?最後のフレンチトーストを口に突っ込んで慌てて支度をする。バタバタとエントランスに向かうと、ウィルが欠伸をして待っていた。


「遅くね」


「女は時間がかかるのよ!」


「化粧してないのに?」


「それでもよ!」


 キーキー怒る私にウィルは面白そうに笑った。それから、なぜかひょいと手を差し出した。


「……何?」


「何って。ロンが里帰り中だから今日は馬車だ」


 その言葉に、あ、と気の抜けた声が漏れる。


 そうか、ロンがいないから……


 ぼんやりする私を不思議そうに眺めたウィルは、勝手に私の手を取った。


「ほら、行くぞ」


「あ、うん……」


 エスコートされるがままに、馬車に向かう。


 本当なら、ウィルがちゃんとエスコートしてくれるなんて!と茶化すところだったけれど。その時の私には、そんな余裕は無かった。


 公爵家の、なんだかんだ大きくて立派なエントランスに、上品な馬車が停まっている。


「リズ?大丈夫か?……なんか変だぞお前」


「っ、だ、大丈夫よ!早く行きましょ!」


 そうして、ウィルの手を借りながら勢いよく馬車に乗り込んだ。ふかふかの座席。思ったよりも乗り心地の良いそれに驚きながらも、腰を落ち着かせる。


「騒がしいやつだな」


「いいでしょ別に」


 そうして、ふいっと窓の外を眺めた。



 ――馬車に乗るのは、あれ以来だ。



 ぼんやりと窓の外の景色が流れるのを眺める。そうしているうちに、脳裏に次々と昔の記憶が蘇った。


 あの日は、少し遠出をしていた。お父さんとお母さんの、優しくて楽しそうな顔。二人とも、すごくご機嫌で。私は、お気に入りの明るい黄色のワンピースを着ていた。


 たくさん遊んだ帰り道。私はお父さんとお母さんと、馬車に乗って家に向かっていた。


 弾けるような、突然の衝撃。馬の嘶く声。強く座席が動いたのは、何かに当たったからなのか、馬に引っ張られたからなのか。


 気がついた時には、大きく傾いた馬車の扉が開いていて。お父さんが、崖の下に真っ逆さまに落ちていくのが見えた。


 ――リズ!


 必死で馬車にしがみつく私に、お母さんが叫んだ。


 お母さんは、千切れそうなドアにしがみついていた。


 ――お母さん!!


 ――リズ


 必死で手を伸ばす。でも、私の小さい手は届かなくて。


 お母さんは、最後にこう言った。


 ――生きて、リズ……



「……ズ、リズ!!」


 はっとその声の主に目を向ける。目の前には、焦ったようなウィルの顔。その両手が私の肩に乗っていた。


 じわりと移るウィルの体温に、自分の身体が酷く冷たい事に気がついた。それなのに、じっとりと嫌な汗が滲んでいる。


「大丈夫か?お前、顔真っ青だぞ」


「あ……」


 馬車のトコトコと穏やかに走る音が聞こえた。クッションには、スルンガルドの紋章が刺繍されている。じわじわと思考が現実に戻ってきて、慌てて謝った。


「ごめん、私、」


「……一回馬車を降りよう」


「だ、大丈夫だから!遅くなっちゃうし、」


「そんな青い顔して大丈夫なわけないだろ」


 そう話している間に、あっという間に馬車が止まった。申し訳なさと吐き気と寒気で縮こまる私を、ウィルがさっと抱き上げる。


「っ、大丈夫、歩ける、」


「うるさい、黙って大人しくしとけ」


 そうして降ろされたのは、見晴らしのいい原っぱの木陰だった。一緒に来ていた獣騎士さんたちが用意してくれた敷物にそっと下ろされる。


 地面に降りて初めて気がついた。手が、びっくりするほど冷たく、小刻みに震えている。


「飲めるか」


「う、うん……」


 温かいお茶を手渡される。震える手で、そっと口に含んだ。ごくりと飲み干すと、温かさがじわりと胃に広がる。その感覚をゆっくりと味わってから、はぁ、と息を吐いた。


 何をしてるんだ私は。しっかりしないと。そうしてぎゅっとカップを握りしめる。あれはもう昔のことだ。こんな情けない姿をウィルに見せるわけにはいかない。早く行かないと……


 そう思ったのと同時ぐらい。ぱさ、と肩に何かがかかった。見ると、それはウィルの上着だった。私より少し大きいそれに包まれながら、隣にドサッと座ったウィルに呆然と告げる。


「これ……」


「お前冷え過ぎ。それしかないから、つべこべ言わずくるまっとけ」


「でも、ウィルが、寒いんじゃ……」


「大丈夫だから。いいからちゃんと休め」


「うん……ありがとう」


 そうお礼を言って、キュッと上着を引き寄せた。


 皇国でもウィルの上着を貸してもらったけど。やっぱり、自分のとは違う香りがして、なんだか少し落ち着かない。


 ううん、そんなことよりと、冷静に動き始めた頭で考える。近くの町と言えど、日帰りするなら早く移動しないといけないのではなかったか。


「ウィル、ごめん……到着、遅れちゃう」


「いいから」


「でも、帰りが遅くなったら」


「大丈夫。仮に遅くなってもなんとかなるから。気にしすぎ。具合悪いなら黙って優しくされとけ」


「うん……ごめん……」


 そう謝ると、ウィルは私の頭をわしゃっとやや乱暴に撫でた。そのちょっとぶっきらぼうな優しさに、妙に刺激されて。うっかり涙がこぼれそうになって、腕の中に顔をうずめる。


「……私、小さい頃、馬車の事故に、遭って」


 絞り出したはずなのに、出てきたのは弱々しい声だった。格好悪い。それでも、ちゃんと説明しないといけないと、無理矢理声を紡ぐ。


「それ以来、馬車が、苦手、で……」


「……無理に思い出さなくていい。大丈夫だから」


 ウィルの低い声が、静かにそう言った。


 その声が、想像以上に優しくて。お父さんとお母さんがいなくなってから、ずっと貰えなかった優しさが身に沁みて。


 ずっと、気を張って生きてきた気持ちが、不意に緩んで。


 結局、私はウィルが見ている目の前で、格好悪くぽろぽろと涙をこぼした。


「っ、ごめ、」


「なんで謝んの。……泣いていいっていったろ」


 ウィルはそう言って、私の頭をもう一度わしゃっと撫でた。それから、黄色い花の揺れる原っぱの方に目をやり、私に思い出すように言った。


「――涙は元気になろうとしてる証、だろ」


 その言葉に、はっと顔を上げる。その、言葉は……


「お母さんの、口ぐせ……」


 呆然とウィルを見上げる。ウィルは、私の方に、静かな榛色の目を向けた。


「なんで……」


 ウィルは、少しの間、私のことをじっと見ていた。それから、ポケットに手を突っ込んで何かを取り出した。


 差し出された手のひらの上。そこには、とても懐かしい、私のお気に入りだった古い子供用のブローチが握られていた。


「っ、こ、これって……私が、あの子にあげたやつ……」


「そう。……覚えてんじゃん」


「覚えてるも何も……!」


 そう言ってウィルの顔をまじまじと見る。まさか。


「っ、あの時の男の子って!」


「……やっと思い出したか」


 そう言うと、ウィルは懐かしそうに目を細めた。


「おせーんだよ、気がつくのが」


「だ、だって!名前も聞いてないし!い、いつから、気づいてたの……?」


「え?お前に会ったとき」


 お前に会った時?その言葉を頭の中で繰り返す。お前に会ったときって……!?


「えっ!?皇国の森で最初に会ったとき!?」


「そう」


「嘘でしょう!?なんで言ってくれなかったの!?」


「なんでって。むしろお前こそ気付けよな」


「ごめん……私より小さかったし、てっきりもっとずっと年下かと」


「は……?ふ、ふざけんなよお前……」


 ウィルが相当ショックを受けたように固まった。それを笑いながら、まさかの再会に思いを馳せる。


 そう、あの日。馬車の事故に会った日。


 私の身体は、崖から落下した馬車と共に、魔界にとばされたのだった。





読んでいただいてありがとうございました!

ウィルは小さい頃チビちゃんだったようです。

「チビで分かってもらえなかったウィルかわいそう笑」と笑って下さった読者様も、

「さぁ!やっと二人の過去が!!?」と続きの展開に期待して下さったあなたも、

リアクションブクマご評価ご感想なんでもいいので応援して下さると嬉しいです!

ぜひまた遊びに来てください!

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