第5話:異世界?
しっとりとした感触でふわふわの布団の中で目が覚めた私は、ベッドの脇に置いてある時計を確認しようとしてハッとする。
・・・夢じゃなかったんだ。私はホントに地球とは異なる世界に来たんだ。
窓の外を見ると、外はまだ薄っすらとした光があるだけ。
昨日は確か。この部屋に案内された後、お風呂があるって言われて。
そうだ。お風呂に入ったらなんだか眠くなっちゃって。部屋に戻ってそのまま寝ちゃったんだ。
それにしても。これ、ナイトドレスって言うんだっけ。なんか、落ち着かないな。
ベッドから起き上がって、部屋の中をそっと観察してみる。・・・ホントに、凄い内装。
その時、目に留まったクローゼットに近づき、静かに開けてみた。けど。その中には何もない。
まあ、そうだよね。・・でも困ったな。この姿のままお屋敷の中を歩くのも恥ずかしいし。
こんな時間に、誰かを呼ぶのも失礼になるだろうし。
かと言って、この時間に何もしてないと落ち着かないんだよね。
いつもは、学校の準備とか、身支度とか、掃除に洗濯・・・。
時間がなくて、慌てながらやってたよね。学校に遅刻したら、お父さんに口も聞いてもらえなくなるし。
お母さん、大丈夫かな。学校とかどうしよう。そもそも、元の世界に帰れるのかな?
どうしよう。単位とか、出席が足りなくて留年とかになったら、お父さんに家を追い出されちゃう。
そうだ。ハーゲンドルフさんに、元の世界に帰る方法はないのか、訊いてみよう。
でも、こんな朝早くに行ったら迷惑だよね?もう少し、待ってから行こう。
そう思った時、部屋の中にある本棚が目に入る。近づいて、一冊手に取ってみると。
日本語じゃない文字で書かれていた。まあ、当然と言えば当然だよね。
「Magietheorie(魔法理論)」
いや。違う。これ、ドイツ語だ!私は慌てて、本のページを捲っていく。
所々、よく分からない単語が含まれているけど。大半はドイツ語だ。
でも、何でドイツ語なんだろう。
確か全世界では英語とか、中国語とか、スペイン語の方が話してる人が多かった気がする。
そもそも、ここって異世界なんだよね?何で私、この世界の言葉が分かるんだろう。
やっぱり、ここって地球なのかな?でも、こんな場所、日本にはないよね。
私の頭の中は、色んな疑問で埋め尽くされたけど。
最終的には、今考えても仕方ないことだしと目の前の本を読むことにする。
魔法理論と王国史、この二つを読み終えた頃に、部屋の扉がノックされた。
私はハッとして、「あ、開いてます!」と言うと一人のメイドさんが入って来る。
「失礼いたします、シノノメ様。お召し物をお持ちしました」
メイドさんの手には、私の着ていた制服はなく。
けど、とても制服に似た服が代わりにある。不思議に思って見つめていると。
彼女は、満面の笑みを浮かべた。
「旦那様が、昨日の内に仕立て屋に依頼していたのですわ。
シノノメ様の着ていたお召し物に似た服を、何着か作るようにと。
全く同じモノではございませんが、異国の服を着るよりかは楽かと」
た、確かに。・・・そう言えば、私。どんな服を着ていたっけ。
学校の制服、バイトの制服、家では制服にエプロン、パジャマ、そして制服。
ああ。私、中学生になってから、私服を着たことがないや。
まあ、服を買うお金があったら、お母さんが持って行っちゃってたし。
お洒落とか気にする暇があったら、勉強しないと。ってお父さんに怒られるし。
そう考えたら、今までの人生で一番長く着ていたのが、学校の制服なんだ。
・・・あっ!代金。わざわざ私のためだけに作ってもらったのに。
お金を払わずに受け取ることなんてできない。けど。今の私は無一文。
「あの。わざわざ気を遣っていただいてすみません。実は私、お金を持っていなくて。
せっかく作っていただいたものですから、是非に着させていただきたいとは思うのですがお金を支払わずには・・・」
メイドさんは申し訳なさそうにする私を見て、一瞬戸惑っていたけど。
次の瞬間、満面の笑みで私の目を見つめて手を取った。
「私めのような者が失礼なことを申し上げますが、シノノメ様はとても謙虚で誠実でいらっしゃいます。
私共のような者にも真摯に接して下さる上、気を遣っていただいている。
ですが、少し、ご自身に自信がないようにも見受けられます。
・・・シノノメ様がどのような環境で育ったのかは、私めには分かりませんが。
少なくとも、ここでは気を遣わず、お好きなように過ごされてもよいのですよ?
何せ、シノノメ様はプッセン王国の公爵様であり魔導師長である、旦那様のお弟子様なのですから」
・・・こんなこと言われたの、初めて。少し不思議な気分だけど。
何だか嬉しいような。・・・涙が出そう。でも今は、一番最後の言葉が気になる。
プッセン王国の公爵で魔導師長?・・・公爵。
私が知っている限りだと、爵位には『大公爵・公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵・準貴族』があるんだっけ?
あっ!辺境伯もあるか。それに、そうだ・・子爵は日本特有の爵位だって、どこかで聞いた覚えがある。
それで、大公は王族に次ぐ権力者だけど。
大公位を貰う人の大半は、王の息子や兄弟、分家だった、はず。
それに、国や時代によって貴族の制度は大きく変化している。
もし、大公位のない貴族制度なら。国で二番目に偉い人ってことになるのかな?!
うわ。ハーゲンドルフさんって凄い人なんだとは思ってたけど。想像以上に凄い人だった。
・・・そう言えばお父さん。歴史の話をしている時だけは、優しかったなぁ。
だから、お父さんが家に帰ってきている時は、ずっと歴史の話を聞いてた。
そのお陰で、歴史のテストは中学から高校まで、一度も90点以下を取ったことはない。
いやいや。今はそんなことより。私、失礼なこととかしてないよね?
大丈夫かな。貴族の礼儀作法とか全く分からないけど。勉強した方がいいのかな。
そう思った私は、メイドさんの手を強く握り返していた。
「あの!急なお願いで驚かれるかもしれませんが、
この国の礼儀作法を教えていただけないでしょうか!」