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終わりかけの世界に魔法使いがログインしました  作者: 芋もち
ゾンビ蔓延る世界と魔法使い
8/9

囀りは響かず

 狂っている。目の前の少女にしか見えないナニカは、狂っているのだ。



「君たちの体もそのうち用意するからね。楽しみにしててよ」



 昔見たSF映画に出てくるような何かの液体に満たされた透明なカプセルの中には、人の形をした物が眠っている。

 それは少女が―― リュシャーナ・ベル・フィルタルと名乗った人の皮を被ったナニカが、そこら辺から拾ってきたゾンビを元に生み出したというクローン。



 そのクローンにリュシャーナは、元となったゾンビの脳を綺麗にしてから移し替えると言った。

 そうしたら、それは自分の意思で動いて喋る人間に成るのだと。



(気持ち悪い)



「脳と魂って密接な関係があるんだけど、すんごい繊細で扱い難くてねー。肉体()ができあがっても中身()との接続が上手くいかなくて、何回も失敗したんだけど、ようやく失敗せずにできるようになったんだよ!」



 嬉々とした様子で彼女は話す。

 それを人間と呼ぶのは神への冒涜以外の何者でもないというのに、これは確かに人であると。



 確かに最近街の中に増え始めたそれ等は、自分の意思で話して、人らしい生活を送っている。

 人間同士共にいれば生まれるはずのモノのほとんどを生み出すことなく、どこまでも穏やかな心を保ったまま、どんな人種であろうともそこに差別の意識は一欠片とて無く。

 家族に、友人に、隣人に。優しく接して、労わって、尊重しあって。愛し、愛されて。



 にこにこ、人形みたいに張り付いた笑顔。何があっても、変わらぬその表情。

 大怪我をしても、伐採しようとして倒れた大木に下半身が潰されてしまっても、野生動物に腕を食いちぎられても、親しかった筈の誰かが死んでも。

 少しだけ悲しんで、嘆いた後にはにこにこ、にこにこ。笑っている。笑っているのだ。



 まるで大切な物が抜け落ちてしまったように。

 数日も経てば痛みも悲しみもしょうがないと見切りをつけて、切り捨てて、笑うのだ。



 それはあまりにも不気味な光景だった。

 それはあまりにも気持ち悪い姿だった。



 あんな物をどうして人と呼べるのか。

 あまりにも酷い、非人道的な行いだ。だって彼等彼女等にはもう……。



「逃げよう」



 同じになりたくなかった。同じにされたくなかった。

 最早己や妹の身はただの人と呼べるものではなくなってしまったけれど、心までそうなりたくはない。

 それは妹も同じ意見で、苦楽を共にした仲間たちも同じ。

 逃げるという選択肢に、誰も否を唱えなかった。誰もがあの化け物から逃げたいと、そう心から思っていた。



 そのために静かに準備を進めた。

 あの化け物は常日頃からこちらを見下している。何の力も無い存在だと、こちらを下に見ている。

 それを利用しようと考えた。そうして、それを決行した。



 化け物が手元に置くゾンビの一匹の両手両足を切り落とし攫って、血の通わない冷たい首筋に刀の切先を突きつけて。

 脅す。目の前の化け物を。逃げるために、人として生きるために、尊厳のある死を得るために。



「んー、なんかあれだね。あまりにも被害妄想が酷いな君たち」



 つまらなさそうに、呆れたように、化け物は呟いた。

 深く、深く、溜息を吐いて。伏せた瞳を持ち上げる。



「しょーがない。できれば君たちにはあんまり酷いことしたくないけど、悪いことしたのに罰を与えないのは示しがつかないもの」



 凪いだ湖面のような瞳がひたりとこちらを見据える。

 すると視界がゆっくりと横に、ズレて、



 ――暗転。



 *



 視界が明るくなった。

 すぐ耳元でかつて嫌になる程聞いた奴等の呻き声が、



「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!?」



 腕、足、指、腹、顔。

 食い千切られる。噛み砕かれる。周囲を取り囲むゾンビたちに、体を貪られる。

 絶叫を上げ、少しでも自分を喰らい尽くそうとするゾンビたちから逃れようと身を捩ろうと力を入れたが、指先すらぴくりとも動かせない。



「やめて゛くれ゛え゛ぇ゛ぇ゛ぇぇぇぇぇ!!」

「いたいいたいいたいいたいぃぃぃぃぃぃぃっ!!」

「離せ、はなせよ、たのむやめっ」

「に゛いさ゛ん゛たすけ゛」



 絶叫が響く。すぐ耳元で、大切な仲間たちが食われる音を聞く。

 音だけじゃない、その姿を見た。食われていく姿を。必死に助けを乞う仲間たちを。兄さんとロベールに呼びかけ続ける妹を。



 顔は、一ミリたりとも動かせないのに。

 ありありとその惨劇が、地獄が、頭の中を駆け巡る。

 悲痛極まる絶叫が、耳の奥で木霊する。



(どうして、こんなことに……)



 苛まれる激痛の中、そんなことを思う。

 どうして、どうして――自分たちがこんな目に。



「もしかしてだけど、君たちって思っていた以上に馬鹿?」



 止まる。

 ご馳走を前にした飢えるゾンビたちが、ただの一声で怯え震え恐怖にその動きを止めた。



 空高く。あの化け物が悠然と立っている。

 遠い空にその姿はあるはずなのに、まるで目の前で話しているかのように、罪人を前にした裁判官のように冷徹な声が脳へと届く。



「君たちの国にだってあったでしょ。無闇に他者を傷つけたらダメ、みたいな法律。ライラの手足切り落としたんだからそれ相応の報いは与えないと。あ、相手はゾンビだったとかそんな言い訳は聞かないからね。ただのゾンビと彼女たちは、全然違うモノだって君たちも分かってるだろうし」



 声しか届いてこないのに、ロベールの頭の中で化け物が呆れ切った顔をしている姿が浮かんで消える。

 その顔のまま、ロベールたちをさらなる絶望に叩き落とす言葉を口にする。



「これより二十年、お前たちは罰を受けることになる。精々自らの行いを悔いるといい。ああ、死刑ではないから二十年きっちり罰を受け終えたらちゃんと綺麗な体用意してあげるから。記憶もしっかり整備してあげる。だから、安心して食われ犯され懺悔の言葉を叫び続けろ」



 その言葉を最後に化け物は姿を消した。

 少しの間ゾンビたちは震え固まっていたが、完全に自分たちを滅ぼす厄災が去ったと理解すると、また目の前のご馳走に食らいつく。



 上がる悲鳴に関心は向けず、ただ飢えを癒すために食べても食べても元通りになる肉を、全て味わい尽くさんと食べて食べて食べて食べて食べて食べて。



 ふと。腹を満たした数体がにちゃりと醜悪に笑ったのが見えた。見たくないのに、見せられた。

 そいつ等が妹と大切な仲間の一人であるヨハンナに迫る。

 食欲とは違う欲を目に宿して。そして徐々に他のゾンビたちも同じような欲を目に宿す。



 肉を、骨を、噛みちぎり砕く音が止む。

 代わりに別の音が何も無い荒野に響く。



 悲鳴が上がる。

 貪り食われるのとはまた別種の悲鳴が。



「ゆ゛るし゛て゛くれ゛え゛え゛ぇ゛ぇ゛ぇぇぇぇぇぇぇ」



 許しを乞い願う哀れな人間たちの悲鳴はただ虚しく響いて。



 ――死ぬことも、狂うことも、目を逸らすことも許されない、地獄の二十年が始まった。

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