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終わりかけの世界に魔法使いがログインしました  作者: 芋もち
ゾンビ蔓延る世界と魔法使い
5/9

希望の地にて

 今から七年前、世界は大きく変わり果ててしまった。



 全ての始まりはとある製薬会社が生み出したウイルス兵器。

 ちょっとした間違いでそのウイルスは街一つを動く死体――ゾンビが支配する場所へと変えた。

 その街は閉鎖され、軍によって滅却処分されたがウイルスの感染拡大を止めるには至らなかった。



 あちこちで人が恐ろしい怪物となり、目に映る生き物全てを喰らう。

 そして喰われた者もまた化け物となる。その繰り返し。



 そうしてウイルスは世界各地に広まり、国も政府も必死にウイルスを食い止めようとし、ウイルスを無効化するワクチンを作ろうとしたができず。

 チープなホラー映画のように、ゾンビが跋扈し大地を支配する世界へと変貌した。



 しかしそんな世界でも生き残った人間たちがいた。ロベールもそんな生き残りの一人。

 元軍人で、生存者たちが集まり作ったコロニーでしばらく暮らしていたが、一人が感染してしまった結果コロニーは壊滅。

 ロベールは妹と共に必死に逃げて、逃げて、泥水を啜りながら生き延びて、今一緒にこの地獄の世界を旅する仲間たちと出会った。



 それから三年。仲間が増えたり減ったりしながら、安全な場所を目指して旅してきた。

 しかしもう全員限界だった。どこに行ってもゾンビがうようよとおり、安全な場所などどこにも無い。



 夜眠るのが恐ろしかった。いつ奴等がやって来て妹たちを食い殺すか分からなかった。

 物資も残り少なく、車を動かすためのガソリンも底をつきかけており、仲間たちの顔もゆっくりと忍び寄ってくる死の気配に暗く沈んでいた。



 全ての物資が尽きてしまう前に、いっそ自分たちの手で終わらせてしまおうかと。

 そんなことを考えてしまう程、緩やかに終わりへと向かい続ける日々に絶望していた。



「うめえ! うめえ!」

「ちょっと、アタシのお肉取らないでよ!!」

「これはオレのお肉ですぅ!」

「おいしぃ……おいしいよぉ……」

「新鮮な野菜が食えるっていいな」

「甘い物なんていつぶりかしらっ」

「果物サイコー!!」



 しかし今は皆、笑顔で久方ぶりのまともな食事を楽しんでいる。



「兄さんコーヒー飲む?」

「ああ、頼む」



 妹のリーナも柔らかい微笑みを浮かべ、コーヒーを淹れて差し出してくれた。



 八日前、ロベールたちは不思議な力を使う少女に助けられた。

 ゾンビたちに追われ、車は燃料も尽きてしまい最早これまでかと諦めかけた時、彼女が現れたのだ。



 ゾンビたちを一瞬で灰にし、自分たちを空高く飛ばして、この街まで連れて来てくれて、そして仲間たち全員で暮らせる大きな家と清潔な寝床と食事を用意してくれた。

 少しずつ迫って来ていた死の気配は今やもう遠く、ようやく安寧を得ることができたのだ。



 各々食事を終えてコーヒーや紅茶で食後の一服を楽しんでいると、食堂のドアが開いた。

 和やかな空気が一瞬で凍りつき、全員がドアから入って来たモノたちを緊張した面持ちで見つめる。



 青白い顔をした気の強そうな目をした美女だ。その後に続いて二人の姉妹が入ってくる。

 美女が持っていたボードに字を書く。『食事は終わった? 終わったならさっさと出て行ってくれないかしら。片付けの邪魔だわ』



 彼女がこちらに向けてくる視線は恐ろしく冷ややかだ。

 後ろの少女たちも優しげな顔立ちに反して、その目に宿るのは背筋が冷たくなるような敵意。



「すまない。もう出るよ。ご馳走様、美味しかったよ」



 仲間内で一番の年長者であり、纏め役であるボルドが両手を上げてにへらと笑う。そして、他の仲間たちに目配せして席から立つように促した。

 皆いつでも懐の拳銃を出せるようにしながら、ゆっくりと立ち上がった。



 美女たちがドアから離れる。

 肌を指すようなピリピリとした空気の中、静かに食堂から出た。

 全員がドアを潜ると、バタンと音を立てて閉められた。

 張り詰めていた糸が緩む。ようやく息ができるようになって、ほうっと誰からともなく息を吐く。



「相変わらず綺麗だけどおっかねえなあ」

「まあ相手はゾンビだから」



 そう、ゾンビ。

 肉が腐った最悪な臭いはせず、人を見るや襲いかかってくるようなことはないが、彼女たち三人はゾンビだ。

 そんな彼女たちとは、少女に助けてもらった次の日に引き合わされた。



 ロベールとリーナはゾンビとなっていないが、感染者だ。

 だからこそ同じ感染者であるゾンビの気配が分かる。そのためあの三人が見た目は普通の人間でも、ゾンビであると気がいた。

 気がついて、自然と体が動いてしまったのだ。目の前の敵を殺さねばと。



 そして、彼女たちではなく止めに入った少女の腕を切り飛ばしてしまった。

 少女は特に痛がる様子も無く、すぐに不思議な力で切られた腕をくっ付けていたけれど。傷つけてしまったことは事実。

 それ以来、自分たちは三人のゾンビから敵視されるようになってしまったのだ。



 腕を切られた当の本人は全く気にした様子は無く、何事も無かったかのように自分たちに三人を紹介し、さらには隣の家で平然と暮らしているけれど。

 ついでにゾンビたちにこちらの食事の用意もさせているけれど。



「そういやロベールは今日どうすんだ? オレとボルドのおっさんは畑の手入れに行ってくるけどよ」

「グスタフってば本当に畑が大好きねぇ」

「ヨハンナもだろ」

「アタシが好きなのは野菜よ、野菜。畑じゃないわよ」



 昔は肉だ肉だと言っていたグスタフも、野菜は嫌いだと言っていたボルドも、ここに来てからずっと少女が作った畑で育った野菜の虜になっていた。

 そしてやることがないからと、言葉が分からないらしい少女に身振り手振りで手伝いをしたいと伝え、見事畑の手入れの仕事を手に入れてきたのだ。



「ねえリーナ、モールに行きましょうよ」

「いいけど、服はもういらなくない?」

「服じゃなくて、ほらあそこジムがあったでしょ? どのマシンもちゃんと使えるみたいだから一緒に汗を流しましょ」

「……この家もそうだけど、どうして電気が通ってるんだろうね? 水もちゃんと出るし、コンロだって問題無く使えるし」



 リーナの疑問はこの場にある全員が抱いているものだった。

 もう人の文明は滅びてしまったのに、ここは電気も水もガスも通っている。

 夜は電気をつけて部屋を明るく照らせるし、トイレは水洗でシャワーは水もお湯も出る。コンロでは肉も魚も焼けるしお湯も沸かすことができる。



 何もかもが不思議で、不可思議で。

 この場所を作り上げただろうあの少女が、何か空恐ろしいものに思えてくる。

 そもそもどうしてゾンビでもないのに切られた腕が、何事も無かったかのようにくっ付くのか。

 まるで魔法使いか、超能力者みたいだ。いや、みたいではなく事実そうなのだろう。



 でなければゾンビが全く入ってこれない場所を用意できるわけがないし、彼女と出会ったあの日のように人が生身で空を飛ぶことだってない。



 そんな不思議で凄い存在がいるのに、どうして世界はこんなことになってしまったのだろう?

 どうして自分たちは大切な人を亡くして、時には殺して、死の恐怖に怯え続けなければいけなかったのだろう?



 恩人に対して抱くべきでは無い感情が、ずっと胸中で渦巻いている。



「そんなに暗い顔をするなロベール。美味い飯と美味い酒が飲めて、しかも美味い野菜を手伝いの駄賃でその場で食えるんだ。こんなにいい場所はもうこの世界のどこを探したって無いぞ?」

「……あ、ああ。そう……だな」



 陽気な笑みを浮かべて肩を叩くボルドに笑い返す。



 ふと溢れかけたドス黒い感情は、無理矢理胸の奥底に押し込んだ。

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