第6話 やってきた、校内模試
朝の正門でのいざこざを潜り抜けて一安心したのも束の間、SHRで桜先生の口から毎年恒例のお知らせがあった。
「来週の金曜日と土曜日ですが、校内模試があります。教科は教養8科目、範囲は1年生の内容よ。なお、60点未満の不合格者はその後の連休は補習になります。だからみんな、しっかりと復習して不合格にならないようにね」
あぁー、今年もやってきたか、校内模試。
藤永学園は、中学生からの話にはなるけれど、1学期につき中間と期末の2回、計年6回の定期試験がある。それ以外に校内または校外の模試が2~3ヶ月に1度行われる。そして、今回の4月末に行われるのは校内模試で全クラス共通の内容だ。
この模試は前年の復習問題にあたっていて、新学年の授業が本格的になる前に前年の内容をちゃんと理解しているかの確認のテストでもあるんだ。だから、合格ラインも通常のテストよりも高めだ。
この模試、試験範囲が広い上に満遍なく出されるから本当に理解していないと悲惨な点数を取っちゃうんだよね。毎年必ずクラスから5人くらいは補習者がいるかな。まぁ、この模試の存在は春休み前に告げられているし、春休み中にきちんと勉強していればそこまで慌てる事はないんだけどね。
模試の後、前世でのゴールデン・ウィークみたいな連休があるんだけど、不合格者にとっては理解できていない部分の補完のため、合格者にとってはご褒美みたいな位置づけの連休なんだよね。だからみんな、この連休を確保するためにそれこそ死ぬ気で頑張っているんだ。
あっという間に午前の授業を終え、私たちはいつも通り屋上で昼食のお弁当を食べていた。
「朔夜、玲。2人は今回の模試はどう予想しているの?」
談笑の流れで、私は2人に聞いた。
この2人、好みとか趣味とか色々正反対なところが多い割には物凄く気が合うみたいで、言動がよく似ている事がある。2人で一緒にいる事が多いし、何だかんだ通じ合う事が多いらしい。
そして、朔夜も玲も情報収集や分析がかなり得意で私たちの間では「参謀」みたいな位置づけだ。ただ、その情報収集がどのように行われているのか、どれほど集められているのか、というのは全く不明だ。時々、どうやって知り得たのか不明な情報を持っていたりするから侮れない。というか、末恐ろしくもある。将来、諜報部員とか隠密とかそう言った職業が合うんじゃないかと、みんな密かに思っている。
そして、分析力にも長ける2人には、こういう時によく予想を立ててもらったりしていた。私が聞いた事で、他のみんなも聞き耳を立てている。
「そうだな……。まず優は、数学はいつも通りの成績だ」
「でも、地理は若干落ちるだろうな」
まるで打ち合わせをしたかのように2人は交互にそう話す。そして、やっぱりどうやって導き出したのか不思議な予想を言ってくる。
「相変わらず鋭いね。正直、今回は自信がないんだ」
「ただし、歴史はいつもより上がるだろうな」
朔夜の視線がチラッと匡利に向けられる。春休み中、匡利から歴史を教わっていた事を知っているんだろうな。……どうやって知ったのかは不明だけど。
「その通りなら良いな」
「他のみんなは?」
アオに聞かれて、2人は顔を見合わせて考えた。
「そうだな。慶人と匡利は相変わらずだろうな」
「誠史と雅樹は外国語と数学の成績が上がるはずだ」
名前が出た4人はそうなのかと、納得したような反応をしている。2人は次に期待の眼差しを向けるアオの方に目を向けた。
「葵は数学が若干落ちるだろうけど、外国語は上がると思うぞ」
「それなら良かったぁ」
「咲緒理は国語が上がるだろうな。佳穂もいつも通りだろう」
「そうなんだ」
「いつも通りなら、余計に気を張らなくて良さそうね」
「ちなみに自分たちは?」
聞くと、朔夜と玲は互いの顔を見合った。
「玲は相変わらずじゃないか?」
「そうだな。春休み前からこの模試抜向けて勉強はきちんとしていたからな。それは朔夜もだろう?」
「あぁ。まずは落とさない事が目標だからな」
互いの事もしっかりと分析している辺りが彼ららしいよね。
「総合的に見て、基本的にみんないつも通り、ってところかな?」
「「そうとも言う」」
朔夜は少しもズレていない眼鏡を上げながら、玲は口元に笑みを浮かべながらそう言った。
確かにみんな春休みが始まる頃から少しずつ勉強を進めていたもんね。まぁ、私を含めての話になるけど、みんなの学力と成績ならまず不合格になる事はないだろうね。でも、決して手を抜かずに全力で挑もうとするその姿勢はさすがな、って思うよ。
お弁当を食べ終わってからものんびりと雑談しながら過ごしていると、昼休み終了5分前の予冷が鳴った。私たちは慌てて片付けてから屋上を後にした。
模試までの期間は学校中がいつもと違う空気に包まれる。特に普段は教養科目の勉強に力を入れていない人たちが、この期間は図書室で参考書を借りて空いた時間に勉強する姿が見られる。倶楽部活動もほどほどになり、下校時刻にはみんな速やかに帰宅している。
私たちも普段は夕食当番の人以外は思い思いに過ごしているけれど、ここ最近はみんな勉強時間にあてているね。
私たちが勉強する時、割と傾向がある。自室でする人、1階のリビングルームでやる人、あとは家の図書室でやる人だ。そこはその名の通り、図書室並みの数と種類の本がある部屋だ。
かなり広い部屋で、雰囲気やデザインは海外の図書館みたいだなって最初に思ったなぁ。部屋の一部は1階から2階までの吹き抜けになっていて、1階のその部分には6人掛けの大きなテーブルが2脚ある。さらに大きな窓がいくつか並んでいて、その窓際には座り心地の良いソファが並んでいるんだ。時々、このソファで雅樹がお昼寝しているのを見かけるんだよね。あと、匡利や玲もよくこの部屋で見るね。
私も、勉強する時は割とこの図書室を使っていて、今日もここで勉強しようと思っているんだ。
家に帰って少し休んでから私は勉強道具を手に図書室に向かった。中に入ると、匡利と慶人が向かい合わせに座っていた。テーブルの上にはノートや教科書が広がっていた。
「匡利、慶人」
「ん? 優もここで勉強か?」
私の声に2人は顔を上げて、慶人が声をかけてきた。
「うん。えっと、隣いいかな?」
「あぁ」
一応確認を取ってから2人と同じテーブルに着いた。ちゃっかりと匡利の隣に座ったら、向かい側にいる慶人がニヤニヤと笑いながら私を見た。その表情だけで揶揄っているのが丸分かりだよ。幸い匡利は気付いていないけど……。
「2人は何をやっているの?」
慶人の視線から逃れようとそう声をかけた。
「俺は外国語だ。匡利は化学か?」
「あぁ」
「優は……地理か? それは」
「うん、まぁ……」
前世の頃から私は国語と社会が苦手だった。こちらの世界に転生してもそれは変わらなくて、そもそも社会は前世の頃より難しく感じるほどだ。特に地理は一番苦手で、今日は少し重点的にやるつもりでいる。朔夜たちからも少し落ちるだろうって言われたしね。この図書室には地理関連の本もあるから、自室でやるより良いと思ったんだよね。
「お前、地理の成績が一番悪いよな。一応80点以上は取っているようだが」
「うぅ……。何故か他に比べて覚えられないんだよね……同じような単語が脳内をこう、グルグルと回るし……」
指先をクルクルと回しながらそう言ったら、慶人は「意味が分からん」と言いたげな顔をしている。なんて言うか、単純に「ひたすら暗記」って言うのが合わないんだと思う。覚えるコツさえあれば暗記できるんだけどね……。
とりあえず本棚から「猿でも分かる、地理のあれやこれ」っていう本を取ってきた。参考書は色々あるんだけど、この本が一番解説とかが分かりやすいし丁寧なんだよね。
テーブルに戻ると、また図書室の扉が開いた。入ってきたのはアオと誠史だ。
「あれ、優に匡利くんと慶人くんだ。ここにいたんだね」
「あぁ。お前らもここで?」
「うん。葵が数学を教えて欲しいって言うからね。俺の復習がてら教えようと思って」
慶人に返事をしつつ2人は隣のテーブルに着いた。誠史に教えてもらえるからかな。どことなくアオが嬉しそうにしている気がする。
その後、私も匡利と慶人から地理を教えてもらう事になったんだけど……。隣で優しく褒めながらアオのペースに合わせて教えている誠史と違って、2人の教え方がスパルタで……っ! 思わずアオたちに助けてって叫んだよね……。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
校内模試まで残り5日となった日曜の夜。誠史は予定していた試験勉強を終えた後、1階のリビングルームで映画の雑誌を読んでいた。
「(昼はどこかで食事をして、その後に映画に行くとして……葵はどれだったら好きかな……)」
模試の2日目は土曜日のため午前中いっぱいテストがあり、午後は授業もなければ倶楽部もない。たまの午後のオフを折角なら葵と出掛ける計画を誠史は密かに立てていた。
この世界には、優梨の前世と同じく映画が存在する。ただし、地球と比べてまだ発展途上であり、数はそれほど多くない。現在公開している作品は、直接映画館へ行くかこうして雑誌で調べるのが主流だ。
誠史は明日には学校から一番近い映画館で前売り券を買う予定で、それまでに決めようとしていた。
「誠史」
声がして顔を上げると、いつの間にか玲がコーヒーの入ったマグカップを持って目の前にいた。
「集中しているようだから、コーヒーを淹れた。飲むか?」
「うん。ありがとう、玲」
玲からマグカップを受け取り、一口飲んでみる。好みの味と香りに誠史は思わず笑みが零れた。
玲は誠史の隣に座ると、目の前のローテーブルに広げられた雑誌を覗き込んだ。
「珍しいな。映画の雑誌か?」
「そうだよ」
「……土曜の模試の後に葵と出掛ける計画を立てているのか」
「フフッ。さすがだね」
「だが、どの映画に行くかは未だ迷っている、と言ったところか」
「玲にかかればこれくらいはお見通しだね」
一瞬、相手の心を読む《読心》を使ったのかと思ったが、玲ならば使わずとも察せられる事かと誠史は納得した。
玲は雑誌を手に取り、パラパラとページを捲った。ふと、1つの映画のタイトルが目に入った。
「誠史」
「なんだい?」
「優からの情報なのだが、葵が最近このアニメが好きらしいぞ」
玲がそう言って指さしたのはアニメ映画だ。アニメは実写映画に比べてまだまだ数は少ない。大抵映画化されるのは有名なアニメーターの作品か人気な漫画を基にした映画だ。葵が好きなのは、長年連載されている漫画の映画だ。
「これ、アニメ化されている数少ない漫画だよね? 映画もやっているんだ」
「あぁ。しかも映画は漫画の作者が監修しているオリジナルストーリーらしいぞ」
「へぇ……。この映画だったら、昼食の後に行けばちょうど上映時間だね」
時間も場所も、葵の好みも申し分ない。誠史の心はこれで決まった。
「俺の情報は役に立ったようだな」
「あぁ、助かったよ。ありがとう、玲」
誠史はそう言って、コーヒーの残りを飲み干した。その後、残りの日程を考えようと他の雑誌も読み始める。その様子を、玲は何も言わずにコーヒーを飲みながら眺めていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
模試の前日の放課後、慶人は生徒会室で作業をしていた。模試が終われば1週間の連休があるため、休み明けに困らないようにと今のうちにできる事を進めようと残っていた。
作業も終盤になった頃、生徒会室のドアがノックされた。返事をすると、1人の男が顔を出した。
「おっ、ここにおったんやな」
「沖田か。どうした」
男の名は沖田侑哉。特進クラス所属であり、龍一と治士と同じクラスだ。他には慶人と同じテニス倶楽部に入っている。数年前に西の方の大都市である「浪華」から王都へとやってきた。気さくな性格で、割とすぐに慶人たちとは打ち解けていた。その性格に加えて甘いルックスで、少し大きめの眼鏡が良く似合っている。女子からの人気は絶大で、彼もファンクラブが存在する生徒の1人だ。
「今、ちょっとええか?」
「ちょうど終わったところだ。どうした」
手にしていた資料をまとめて引き出しにしまうと、慶人は侑哉に向き合った。侑哉は少しだけ困ったような笑みで慶人を見た。
「あんな、相談っちゅうかお願いなんやけど。これ、貰てくれへん?」
そう言って侑哉が差し出してきたのは、あるカフェの割引券が2枚だった。
「……なんだ、これは」
「区立図書館の側にな、新しいカフェができてん。そこの割引券や」
「何故、これを俺に?」
訝しげに視線を向けると、侑哉は困り顔でため息を吐いた。
「俺の姉が……浪華から王都に、模試の2日目に来るねん。ほんで、昼食にどっかええ所を見繕ってやって言われたんや。せやから、そこのカフェが中々評判ええから割引券を貰てきたんやけど……」
「そこのカフェは嫌がられたのか?」
「違うねん。そもそもこっちに来る用事が、姉さんの婚約者が王都の人で久しぶりに会うからなんや。ほんで、その婚約者と一緒に日曜日に行くんやて。ホンマは土曜日から会う予定でこっちに来る手配をしとったらしいんやけど、急に婚約者が土曜は会えへんくなってな……。諸々の手配の変更も大変やから、せやったらこっちで1人暮らしの俺の様子を見たろうって事らしいねん」
「なるほどな……。お前の家は、婚約者を取るような家なのか」
「まぁな」
侑哉の事を慶人はよく知っているつもりでいる。しかし、彼の実家の事となると謎な部分が多い。なので、探りを入れてみたが、笑顔のままはぐらかされた。それ以上話す気はないと判断し、慶人は侑哉の手にする割引券に視線を移した。
「それで、これを俺に?」
「せや。そこのカフェ、女の子かカップルが多いんやて。俺一人で行くんは気が引けるさかい」
「誰か誘ったらどうなんだ」
「あぁ~……ホンマはそれでもええんやろうけど、ちょっとな……」
「(……誰か誘うと都合が悪いのか。これも家関係か?)」
はぐらかし方からして、これも言えない事なのだろうと察せた。自らも秘密を多く抱える身として、人の秘密にそれ以上詮索する気は起きなかった。
「天宮が誰か誘ってもええし、確か天宮ん所の姫さんたちはカフェ好きやったろ? 天宮が使わへんのなら、あの子たちにあげてや」
「それは良いが……お前、その“姫”って誰の事を言っているんだ?」
この瑞穂国には王女が数人いる。他にも貴族の娘を「姫」と称する事もある。そのため、慶人は怪訝な顔をした。一方で侑哉はキョトンとした後に何でもない事のように笑みを浮かべた。
「誰って、咲緒理ちゃんの事やけど」
「……お前な、咲緒理は一般的に“姫”と呼ばれる身分じゃねぇのは分かっているのか?」
「そんなん当たり前やろ。あれや、あだ名や。あだ名」
「……お前、誰彼構わずそう呼んでいるのか?」
「何となくやからなぁ……。ちなみに優梨ちゃん葵ちゃんは“お嬢さん”“お嬢ちゃん”って呼んどるけど、嫌やって言われてへんで。むしろ喜んどるし」
「……そうか」
けろっとした言い様に慶人は肩を竦めた。
「あいつらが気にしてねぇなら良いけどな。少なくとも貴族が大勢集まるところではそう呼ぶんじゃねぇぞ。頭の固いうるせぇ奴らがゴチャゴチャ言ってくるからな。最悪『不敬だ』と言って、お前もあいつらも面倒くせぇ事になるぞ」
「分かっとる。俺もそこは弁えとるで」
「ならいい」
侑哉も決して頭は悪くない。むしろ、いざという時は頼りになると慶人は密かに思っていた。なので、この事に関しても本人が分かっているなら問題ないだろうと判断した。
「ほんなら、それ、よろしゅうなぁ」
用事は済んだと言わんばかりに侑哉は機嫌よく生徒会室を出て行った。残された慶人は1つ小さくため息を吐くと、手にしている割引券に目を落とした。
「(確かにあいつらは全員カフェめぐりが好きだが、2枚だからな……)」
少々半端な数にどうしたものかと、慶人は帰り支度を進めながら思案した。
「(模試の2日目か。……確か、葵は誠史が何か計画していたな……優は最近の機嫌からして、匡利に何か誘われているだろう……あとは咲緒理と佳穂だが、あいつら微妙に好みが違うよな)」
慶人は試しに割引券に《鑑定》をかけてみた。すると、簡単にカフェの情報が出てきた。その鑑定内容を読み進める。
「(……この感じは確かに女が好みそうだが、微妙に佳穂の好みからは外れるか。あいつはもっとクラシカルなカフェを好むからな……咲緒理だったら好きそうか)」
慶人は《鑑定》を解くと、割引券を財布にしまい、支度を済ませて生徒会室を出て行った。
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