第53話 不穏 前編
学園祭は午前9時半から夕方の4時まで行われる。休憩や当番なんかは各クラスで決めているはずだ。私たちのクラスも朔夜が全員の倶楽部発表とかを考慮して当番表を作ってくれている。私、アオ、サオ、佳穂、紗奈ちゃんと匡利たち6人の当番はスタートから午後1時までになっている。ちなみに匡利たちの女装は午前中だけで、12時からはウエイター姿の予定なんだよね。ちょっとそれも楽しみ。
学園祭開始から1時間ほど経過した。
今日は校内発表だけど、それでも結構たくさんの人が来場している。だから、どのクラスも呼び込みや接客の声で賑わっているし、お客さんも出たり入ったりを繰り返している。
もちろんそれは私たち2年A組のカフェ「妖精の尻尾」も同じだ。
「いらっしゃいませー」
「オーダーお願いしまーす」
「おまたせしました。サンドイッチセットとホットドッグセットです」
「すみませーん」
あちこちから色々な声が飛び交って、給仕するA組の子たちが忙しなく室内を行き来している。
やって来るお客さんの層は高等部の生徒が殆どだ。半数がカップルで、残りは男同士・女同士が半々かな? でもさ、面白い事に大半の人の視線は主に6か所に集まっているんだよね。私はそのうちの1か所である入り口の方にチラッと目を向けた。
「何名様ですか」
「えっと……ふ、2人です……」
「席にご案内します」
新たに入ってきた男子2人組は、案内してくれている匡利の後ろを歩いているけど、その顔は真っ赤だ。席に着いて匡利からメニューを受け取り、匡利が離れると2人は額と額が付きそうなくらい顔を寄せて小さな声で話し始めた。
「お、おい……あれって、生徒副会長の佐塚だよな……?」
「た、多分……?」
「佐塚じゃないにしても、明らかに男だよな?」
「そりゃあ、あの声は男だろうよ。……男だって分かっているんだけど……」
そのまま2人は無言になってしまって、顔を赤くしたままメニュー表に目を向けている。
「(これで何組目かな……)」
私は聞こえてきた会話に苦笑しながら、目の前のカップルのオーダーを受けていた。
匡利たち6人の女装は、ファンである女の子たちだけじゃなくて意外と男子からもかなりの評判だった。声とか隠していないし、顔もメイクをしているけどそこまで濃くないから、その正体が匡利たちだって言うのは意外と早く気付かれるんだ。でも、気付いた後も見惚れずにいられない人ばかりなんだよね。分かるよ、その気持ち。
まぁ、その匡利たちの女装が話題に話題を呼んで、A組のカフェは大盛況なんだ。
「お客さん、いっぱい入ってくるね」
「そうだねぇ」
ひっきりなしに入ってくるお客さんを目にしながら、私はアオに声をかけた。いったん満席になったから、少しだけ一息がつける。アオも頷きながら肩の力を抜いていた。
「それにしても……」
何かを言いかけるアオの視線は匡利たちに向けられている。ちょうど、誠史が近くの人にお願いされてオーダーを聞いている所だ。
「……すごいよね。匡利たちのモテっぷり」
そう言うと、アオは何度も頷く。
「ねぇ。みんな、誰なのか分かっているはずなのに……。さっき、慶人くんをナンパしようとして睨まれてる人がいたよ」
「……恐れ知らずだね。その人」
匡利たちが担当しているのは主に席への案内とオーダーを取る事だ。料理は他の生徒が運ぶ事になっているの。最初は会計も匡利たちはやっていたんだけれど、そこでナンパやら勧誘やらをする人が現れちゃって、速攻で別の人にやってもらう事になったんだよね。
まぁ、今も他に手が空いている人がいるのに匡利たちを指名してオーダーを頼む人が続出していて、6人だけがやけに忙しそうなんだけれどね。その分、ナンパをされる頻度は減ったみたいだけど。
「それにしても慶人くんたち、ずっと渋っていたのに何だかんだ結構しっかりやってくれているね」
小首を傾げながらアオがそう言う。それを聞いて、私の脳裏にある事が浮かんでいた。
「……昨日、家で衣装合わせをしたじゃない?」
「うん?」
「あの後、たまたま見かけたんだけど……。慶人が『こうなったら目指すは売り上げナンバー1だ。全力でやるぞ』って号令をかけてたよ」
苦笑しながら教えると、アオはあんぐりと口を開けていた。
「……だからあんなに嫌がっていたのに妙に力が入っているんだねぇ」
「うーん、まぁ、そうなんだろうけど……あれは自棄になっているだけの気もする……」
私とアオはどちらからともなく匡利たちの方に目を向けた。今この瞬間も忙しそうにしながら接客をする6人の姿が目に映る。さらに、廊下ではキラキラとした視線を匡利たちに向けるお客さんたちが今か今かと順番を待っている。
これはますます忙しくなりそうだ。そう思って私とアオは目を合わせ苦笑する。とりあえず今は、私たちのクラスの売上に最も貢献してくれそうな匡利たちを精一杯サポートしようと、私とアオは匡利たちの元へと向かって行った。
さらに1時間ほど経過して、もうすぐお昼の時間帯に突入しようとしていた。私たちのクラスは相変わらず忙しくて、手が空いた人たちから順に軽い休憩を取りつつ、お昼ご飯を食べるようにしている。ちなみに、この時間帯に当番になっている人たちには、調理係がいわゆる「賄い」を用意してくれていて、それを食べる事になっているの。もちろん私たちも食べる予定で、ちょっと楽しみにしているんだよね。
ただ、ここまで休む間もなく接客をしていたから、そろそろみんなの顔に疲れが見え始めている。そして、こういう時に限ってミスは起こるものだ……。
やっと来客が減ってきて一息つこうかと声を掛け合っている時のこと。バックヤードの方から大きな音が響いてきた。ホールにいた人みんなが驚いたように音がした方を振り向いている。
「し、失礼しました!」
誰からともなく声を上げ、近くにいたお客さんに声をかける。私もすぐ側のテーブルの人に声をかけた。それから何があったのかを確認する為にバックヤードに向かう。サオも同じようにバックヤードを見に来ていた。
そこには裏方担当の何人かと佳穂がいた。ただ、何故か佳穂はその場に座り込んでいる。さらに目の前には落としたらしい割れた食器の破片が散らばっていた。その場にいた全員が呆然とその破片を見つめている。
これは……佳穂が転んだのかな? そう考えながら佳穂に近付いた。
「佳穂、大丈夫?」
私が声をかけると、その場で固まっていた全員が我に返って動き出した。佳穂もその1人だ。
「えっ、あっ……だ、大丈夫……っ、ごめんなさい。私……」
「あっ、待って!」
慌てて割れた破片を拾おうとする佳穂の手を私は咄嗟に止める。佳穂が触ろうとしていたのは尖っている細かい破片だ。さすがにこれは怪我をするよ。
「そのまま拾うのは危ないよ」
「え、えぇ……」
「私、箒とか取って来るね」
サオがそう言うと一度その場を離れる。見たところ、大きな破片なら拾っても大丈夫そうだから、私と佳穂はサオを待つ間に大きな破片だけ拾う事にした。
拾いながら私はチラッと佳穂を見る。……あまり顔色が良くないけど、疲れちゃったのかな。
「……佳穂、大丈夫? 疲れている?」
破片を拾い終わって立ち上がり、袋にまとめながらそう聞く。すると、佳穂は軽く首を振った。
「大丈夫よ。ただ片付けようとして、手が滑っただけよ……」
「……何か考え事でもしていたの?」
「……ちょっと、ね」
歯切れの悪い返事だけれど、これは私の質問に肯定しているって事だよね……。それにしても佳穂にしては珍しいミスだよね。
「営業中だし、考え事も程々にね」
軽い感じでそう言ったんだけれど、一瞬だけ佳穂の眉根が寄るのが分かった。……何だろう? 何か変な事言ったかな?
「……でも、怪我がなくて良かったよ。佳穂にしては珍しいよね」
気付かないふりして明るくそう言うけど、佳穂は今度こそハッキリと顔をしかめた。
「――良いわよね。何も考える事が無い人は」
「……えっ?」
あまりにも小さく呟かれた言葉はほとんど聞こえなかった。でも、その内容があまり良いものではない事が直感で分かった。
「佳穂……?」
呼びかけると、佳穂はハッとしたような顔をして軽く首を振る。
「……何でもないわ」
「えっ、ちょっ……」
呼び止めるけど、佳穂はそのまま背を向けて箒とちりとりを持ってきたサオの所へ行ってしまった。残された私は困惑し、ただ佳穂の背中を見つめながら首を傾げるだけだった。
あれからさらに時間が経って、午後の部が始まった。午後になっても私たちのクラスは盛況で、実行委員のサオは嬉しそうにその様子を眺めている。そんなサオが微笑ましくて、私は少し離れた所からサオを眺めていた。
「日向さーん」
そこへ私たちのクラスの学級委員長である二之宮くんがサオを呼びながら近づいていった。
「部長、どうしたの?」
部長って、サオと二之宮くんって倶楽部が一緒なんだっけ?
そう思いつつ、私はなんとなく2人の会話に耳を傾けた。
「午前の部だけなんだけれど、凄い売り上げだよ! このまま行けば、売り上げナンバー1になれるかも」
「本当?」
「あぁ。見なよ、これ」
サオは二之宮くんが手にしていた紙を覗き込む。あれって売上表かな? それを見たサオの表情が驚きから喜びへと変わっていく。
「わっ、本当に凄い!」
「だろう?」
2人は小さいながらも興奮したような喜びの声を上げている。これだけ頑張っているし、それがちゃんと結果として見えるのはやっぱり嬉しいものだよね。
そう思っていると、2人とは別の方向からの会話も聞こえてきた。
「あーあ。羨ましいなぁ」
「(ん?)」
チラッと聞こえてきた方を見ると、同じクラスの女の子たちが話している。その視線はサオと二之宮くんに向けられていて、どこか浮かない表情をしていた。
「二之宮くん、日向さんの事が好きなんだよねぇ……私、狙っていたんだけどなぁ……」
「でも、勝ち目がないよねぇ。日向さん、凄く可愛いし性格も良いもんね……」
「ねー」
肩を落としつつ話していた2人は近くのテーブルにそれぞれ呼ばれて、会話を止めてそちらの方に向かって行く。私は聞こえてきた会話に目を丸くしながら二之宮くんの方に目を向けた。
「(へぇ、サオをねぇ……)」
「ほぅ……」
小さな呟きと同時に朔夜と玲が私の両脇に立つ。いつの間にか側にいるからびっくりしたよ……。2人を交互に見つめて、私は小さくため息を吐く。そんな私をよそに2人はいつものように会話を始めた。
「二之宮は咲緒理狙いだったのか」
「同じ倶楽部だからカモフラージュされていたのか。……とはいえ、元々その可能性は高かった」
「……その可能性はどこから導き出したの。いつもの事だけれど」
思わず口を挟むけれど、2人はニコリと笑うだけで何も教えてくれない。相変わらずだなぁ……。
「ちなみに二之宮裕秋、2年A組学級委員長および『魔法と化学倶楽部』の部長だ」
「親は王都でもよく知られている薬を専門に扱う商会の商会長をしている」
「将来は商会を継ぐため、今から色々と研究を重ねているそうだ」
「……本当にどこから集めたの、その情報」
情報通の人なら確かに知ってそうな内容だけど、何でそれを2人が知っているの……。
「まぁ大方、魔法と化学倶楽部でなかなかの結果を出す咲緒理の実力に惚れたんだろうな」
「ただその思いは打ち明けず、今は部長と部員としての関係を大事にしているようだな」
「…………」
本当にどうやって導き出しているのかも分からない話と情報に私は思わず閉口する。
「(綺麗な格好をしているのに……見た目は超絶美女なのに……話している内容が乙女度マイナスにも程がある!)」
そう思った私は嬉々として未だに話し続ける2人をよそに肩を落とすばかりだった。
ここまで読んで下さり、ありがとうございました!
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