第51話 本番直前 後編
優梨視点に戻ります。
夕飯の後、私たちはまたサオの部屋に集まっている。今日は紗奈ちゃんと佳穂も一緒だ。私とサオは作業を勧めつつ、アオと紗奈ちゃんと佳穂は慶人たちの女装に使う装飾品を選ぶ予定だ。
作業場にしているサオの部屋のリビングにいつもみたいにローテーブルを出している。テーブルの上には演劇倶楽部から借りた装飾品のリストや私たちが持っているアクセサリーの一部、それに色々なお菓子とサオが淹れた紅茶が並んでいる。
「――うーん、やっぱり匡利くんとか雅樹くんが使う装飾品は借りた方が良さそうだね」
紗奈ちゃんがデザイン画とリストを見ながらそう言う。やっぱり手持ちのじゃ難しいよね……。そもそも匡利が使う予定の簪は、私たちは持っていないしねぇ。
「朔夜のネックレスは私たちの内の誰かので良さそうね。あとは、玲の簪かしら?」
「誠史くんのも私たちが持っているので良さそうだよね」
アオと佳穂も同じようにデザイン画と私たちが持っていたアクセサリーを見ながらそう話している。この様子なら、このまま3人に任せても大丈夫そうだね。
「ところで、紗奈ちゃんと佳穂の係の方はどんな様子なの?」
あらかた話がまとまったタイミングで聞いてみた。
「内装係はどの班も予定通り終えられそうね。小物班はテーブルクロスとかの予備が明日届くからそのチェックと、いよいよ座席の配置があるわね。大道具班はバッグヤードとホール側を分ける衝立ができたから、あとはバッグヤードの中に作業スペースと休憩スペースを整えるだけって言っていたかしら? 音響班はまぁ、あらかた終えたけれどもう少し作業が残っているわね」
なるほど……。音響班って確か佳穂が担当している班だったような……何が残っているんだろう?
「調理係はどう?」
私が考えている間にアオが紗奈ちゃんにそう聞いた。
「仕込みは終えているし、ほとんど仕上がっているからもうすぐ終わりだけど……」
紗奈ちゃんはそう言いつつ小さくため息を吐く。
「やっぱり量が凄いね。本番の2日間合わせて各100食を基準に、よく出そうなメニューは少し多めにして、あまり出なさそうなメニューは減らしているんだけど、それでも結構大変」
「メニューの数もいっぱいあったもんね」
「うん。……でも、私たちはまだ良い方なのかも。朔夜くんが仕込みの段取りと材料管理をしてくれていたから、量が多くて作るのが大変なだけで混乱は起こっていないし。……他のクラスは連日混乱が起こって、生徒同士で喧嘩する所もあったからね」
「た、大変そうだね……」
私たちが調理実習室にお邪魔した時はまだ和気藹々とみんな楽しそうに作業をしていたけど、さすがに本番が近づくとどこも殺伐としているんだね。……前見た時、騎士クラスの人とか魔法クラスの人がいたけど、手が出ていないだけマシなのかな……。
「そういえば、アオちゃん。その分厚い封筒はどうしたの?」
アオの後ろに置かれている封筒の事が気になったのか、紗奈ちゃんがそう聞く。実は私も気になっていたんだよね。
「楽譜……倶楽部発表で使う予定なの」
アオは大きくため息を吐くと、渋そうな顔で目の前のお菓子の1つに手を伸ばした。なんか訳ありなのかな?
「コーラス倶楽部の倶楽部発表って、何をやるの?」
訳を聞こうと聞いてみたら、この話題はそれほどでもないのかアオの表情に少しだけ明るさが戻った。
「昼間は歌の指導なの。いくつかある楽譜から好きな曲を選ぶか楽譜の持ち込みをしてもらって、30分間のマンツーマンレッスンをするの。指導する部員は指名する事もできるよ。ちなみに、私は2日目のお昼の後が担当だよ」
「(アオに殺到しそうだな……)」
なんとなく2日目のコーラス倶楽部の様子が目に浮かぶよ。指名されすぎてアオが困り果ててそうだなぁ……。
そんな事を考えていると、またアオの表情が曇りだした。
「その選べる楽譜なんだけど、部長が曲数をもう少し増やしたいみたいで……本当は今日の打ち合わせはその曲選びだったんだけど、みんな忙しいから私にやって欲しいってエリカに頼まれちゃって……」
「エリカに?」
「うん。なんか打ち合わせに向かう間、誠史くんと一緒にいるのを見られたみたいで……仕返しなのか本当に忙しいのか分からないんだけど……」
「……仕返しかもしれないけれど、忙しいのは本当よ」
アオが頬を膨らませていると、横の佳穂が苦笑いを浮かべながらそう言ってきた。
「実はBGM用のディスクをもう1枚増やす事が今日決まってね。クラシックが良いって話になって、それをエリカは担当する事になっているのよ」
「そうなの?」
「えぇ。私はポップ曲を選んで編集までやったんだけれど、エリカはクラシックの選曲、もう1人の子がその編集をしているのよ」
確か音響班ってエリカと佳穂を入れて3人だけだっけ……。
「それで明日学校で編集をするから、エリカは今日中にその選曲をしなきゃいけないのよね」
「なるほど……」
明日は本番前日でどの係も大詰めでみんな大忙しなんだよね。まぁ、もちろんアオもその1人なんだけれど、学校が終わった後に家で衣装合わせをすればいい事を考えれば、ちょっとは余裕がある方……なのかな?
「うぅ~。でも、これを全部チェックしてその中から選んでって……難しくないけど、なかなか大変だよぉ……」
「……結構な量が入っていると思うけど、全部見なきゃいけないの?」
「ううん。部長がすでに候補を挙げた中から選ぶだけだから、まだ楽だと思う。でも、今まで選んだ曲との兼ね合いとか、難易度のバランスとか色々考慮しながら選ぶから、どれでも良いっていう訳にもいかなくて……。あと、チラッと見たら結構候補の数が多いの」
なるほど。……とはいえ、結構お膳立てしているね?
「……エリカが仕返しのつもりだったとしても、わりと親切な仕返しだね」
「うん。私もそう思う……」
いつも宮岸さんのシンパにされている嫌がらせとつい比べてしまってそう言うと、アオも同じように思っていたらしい。なんか力強く頷かれた後に、ちょっと同情交じりの視線を向けられた……。多分、アオ自身も愚痴は零しているけれど、この作業をする事に対してそれほど意義は無いんだろうなぁ……。
と言うか、多分エリカは別に仕返しのつもりは無くてたまたまそう言う風になっただけで、本当にアオに頼もうと思っていたんだろうなぁ……。実際、佳穂の話を聞くと結構彼女も忙しいみたいだしね。
これが本気の仕返しなら、何の候補もない状態でやらされるだろうし、衣裳係の作業にも支障が出ただろうし……。今のところアオがちょっとだけ困る程度だし、きっと私たちの作業の進み具合とかも把握した上で頼んだんだろうなぁ……。うん、結構巧妙だね。
「――ところで、さっき“昼間は”って言っていたけれど、他にも何かするの?」
サオがさっきの会話を思い出したように聞くと、アオは笑顔で頷いた。
「2日目の後夜祭で、軽音倶楽部と一緒に合同ライブみたいなのをするの。コーラス倶楽部の部員が、軽音倶楽部のボーカルと一緒にデュオをするの」
「へぇ、楽しそう! 後夜祭、楽しみにしているね、アオちゃん」
「うん! ……ところで、みんなの倶楽部は何をするの?」
サオの言葉に満面の笑みで頷くと、アオは私たちにそう聞いてきた。
「陸上倶楽部は賞金レースをやるの」
最初に切り出したのは紗奈ちゃんだ。
「部員と挑戦者それぞれ3人ずつでトラックを走って、上位2位までに入った挑戦者は景品がもらえるの。あとタイムも計るから、2日間それぞれで1番早かった挑戦者には別で豪華賞品を用意する予定なの。一緒に走る部員は指名する事もできるよ」
「へぇ~……。ちなみに、挑戦者に負けた部員ってどうなるの?」
「……学園祭後の最初の活動から1週間、特別メニューで特訓の予定だよ」
私の質問に紗奈ちゃんの目がどこか遠くを見つめ出す。……これは、なかなかのメニュー内容みたいだね。
「が、頑張ってね」
「うん。……弓使い倶楽部は?」
話の流れで紗奈ちゃんが聞いてきた。
「弓使い倶楽部と言うか、戦闘系倶楽部は合同発表なんだよ。初心者と中級者には武器と体術の体験レッスンで、上級者には模擬戦をやる事になっているの。体験レッスンも模擬戦も相手の部員は指名できるよ」
「優はどっちなの?」
「私は2日目のお昼の後に体験レッスンの弓を担当だよ」
そう言うと、何故かアオたちはお互いの顔を見合っている。何だろう? まぁ、良いか……。
「女子バスケは何するの?」
今度は佳穂に聞いてみる。
「バスケ倶楽部は男女混合で、優梨や葵に似ているけれどマンツーマンレッスンよ。教える内容も部員も希望を聞く事になっているわね」
「内容もっていう事は、シュートのコツとかを聞けるって事?」
「そうね。色々な角度からのコツを教える事になるかしら……あとは、試合中の動きのポイントとかかしらね」
「教わりに行く人多そうだね」
「そうだと良いわ」
バスケ倶楽部は佳穂と雅樹と龍一とナオか……。4人とも希望が殺到しそうだなぁ。大変そう~……。
「咲緒理の魔法と化学倶楽部は?」
私が本番のバスケ倶楽部の様子を想像していると、佳穂がサオに聞いた。サオの倶楽部は魔法系倶楽部の「魔法と化学」なんだよね。確か、入学したての頃に熱心な勧誘に合って断れなかったって言っていたっけ……。でも、結構楽しそうなんだよね。
「実験発表なんだけど、内容は秘密なんだ。簡単に言うと、子ども向けの物が中心になるかな? 私の担当は2日目の午後ね」
「タイミングがあったら、見に行くね!」
アオがそう言うと、サオは嬉しそうに頷いていた。
それから休憩がてらの話が一段落して、私たちはまた作業に戻る。アオと佳穂と紗奈ちゃんは装飾品の内容が決まると、アオの倶楽部発表の選曲を手伝ってあげていた。それも終わると、アオは他に用事があるからと先に部屋に戻っていく。その後、残った私たち4人はもうしばらく作業を続けて、日付が変わる前にはそれぞれの部屋へと帰って行った。
そして翌日の学園祭前日。学園中が最後の準備に追われている。各クラスの準備は順に終わり、実行委員会と3年生が協力して野外ステージや校門の看板の設置をしている。
私たちのクラスは第3会議室のセッティングがすべて完了して、提供する料理やスイーツ、ドリンク類も全てできあがっている。すでにマジックバックに全部収まっていて、会議室の提供スペースに設置されていた。
教室では半日くらいかけて順番にウエイター・ウエイトレスの衣装合わせも行われた。その場での手直しがいくつかあったけれど、それほど多くなかったから混乱は特にない。
ちなみに、匡利たちの女装の衣装合わせは予定通り今日の夜に家でやるつもり。それと、昨日5人で集まった時に佳穂と紗奈ちゃんに衣装合わせと当日の手伝いをお願いする事になったんだよね。結構大掛かりな衣装だし、ヘアメイクも大変になりそうだしね……。着付けは私とアオと佳穂の3人でやって、ヘアメイクを紗奈ちゃんがやってくれる予定だ。紗奈ちゃん、そう言うのが結構得意らしいからお願いしちゃった。サオは実行委員でクラスをまとめなきゃいけないから、当日の着付けはできないんだよね。
それから最終準備が完了すると、クラスメイト全員で教室に集まった。桜先生の提案で、学園祭後の打ち上げみたいなのができないから、今のうちに「準備お疲れ様」の会と「本番頑張ろう」の会をしようって事になったの。教室の中央に机をくっつけて並べて、その上には何種類もお菓子が用意された。クラスメイト全員の手にはジュースの入った紙コップが握られている。
「――では、明日からの学園祭の成功を願って……乾杯」
「「「「「かんぱーい」」」」」
朔夜の乾杯の言葉を皮切りに一斉に声が上がって、その後はみんな自由に飲んだり食べたりと盛り上がっている。私は好きなお菓子を手に中央から抜けて壁際にいる。少しして紗奈ちゃんも私の隣にやって来た。
「優、お疲れ様」
「紗奈ちゃんもお疲れ様」
お互いに軽く紙コップをぶつけあいながらそう言って笑う。手に取ったお菓子はマドレーヌだけど、誰かの手作りかな? 結構美味しい。
「ところで、女装の衣装は終わったの?」
マドレーヌを堪能していると紗奈ちゃんがそう聞いてきた。
「無事終わったよ。あとは予定通り、帰ってから衣装合わせをして、細かい調整かな?」
「いよいよ大詰めだね」
「うん……。とりあえず、一通り終わってちょっとホッとしているよ。ここまで結構大変だったから……」
この約1か月の間のことを思い出して、私はつい苦笑いを浮かべた。なんだか最初から最後までずーっとバタバタとしていたような気がするよ。そんな私の気持ちが分かるのか、紗奈ちゃんも同じように苦笑して頷いている。
その時、すぐ側にあった教室の扉が開いた。私と紗奈ちゃんが吃驚してそちらを見ると、あまり見た事のない先生だった。教室の中をキョロキョロと見渡して誰かを探しているみたい。教室の中は桜先生を中心に盛り上がっていて賑やかだから、この先生が来た事に気付いている人は少ない。
「失礼するが、久乃木はいるか?」
眉をひそめた先生がこちらを向きながらそう聞いてきた。呼び出しの上に相手は佳穂なの?
驚きつつ教室の方に目を向けると、意外と佳穂も近くにいたみたいでコップを置いてこちらに向かって来ていた。
「ちょっと来なさい」
佳穂が目の前まで来ると、先生はそう言って教室を出て行く。
「は、はい」
佳穂は珍しく不安げな表情で返事をして先生の後をついて行った。一瞬だけ、私と紗奈ちゃんの方に視線を向けて首を傾げていたから、佳穂にも呼び出される心当たりがないんだろう。私と紗奈ちゃんはそんな佳穂に声をかけることができず、呆然と閉まる教室の扉を見つめていた。
「……まさか佳穂が呼び出されるなんて」
「何かあったのかな?」
そう聞く紗奈ちゃんの声も不安げだ。その問いに私は首を横に振る事しかできなかった。
「まぁ、佳穂に限ってそんな悪い事は無いと思うけれど……」
「……戻ってきたら、きっと分かるよね」
紗奈ちゃんがそう言うけれど、私はそれにも頷く事しかできない……。
「(……ん?)」
不意に視線を感じてその方向を振り向く。その視線の先にいたのは匡利だった。匡利も佳穂が呼び出された事に気付いたのかな? そう思っていると、私と目が合ってそのまま視線を逸らしてしまった。
「(匡利……何で……)」
夏のあの日以来、久しぶりに胸が小さく痛む。その痛みが何を意味するのか、私は未だに向き合えないでいる。
そして、佳穂は放課後の時間になっても教室に戻ってくる事は無かった……。
佳穂が家に帰ってきたのは、衣装合わせを終えて夕飯になる直前だった。私は夕飯当番で厨房にいたんだけれど、アオと一緒にダイニングルームに佳穂はやって来た。ただ、その表情はどこか浮かない感じだ。
「おかえりー。夕飯、ラーメンだけど食べられる?」
「え、えぇ……いただくわ」
そういって席に着いた佳穂の前にできたばかりのラーメンを置く。ちなみに醤油ラーメンね。ネギが乗っただけのシンプルなラーメンで、好きなようにチャーシューとか味玉をトッピングできるように具材は別で用意しているんだ。ラーメン以外には青菜炒めと春雨の中華サラダも用意している。
結構みんなから好評のメニューで佳穂も好きなはずなんだけれど、なんだかやっぱり様子がおかしい。みんな話しながらどんどん食べてくれているんだけれど、佳穂だけは話に加わらないでいるし、箸の進みも遅い。
その様子に首を傾げながら烏龍茶を配っていると、アオとサオと紗奈ちゃんが目配せをしている事に気付いた。あの感じは《念話》で何か話しているね。
「どうしたの、3人とも」
気持ち抑えめの声量で声をかけると、3人は気まずそうに私を見てから佳穂の方に目を向けた。
「……あれ」
「……あぁ、あれね」
やっぱり気になるよね、みんなも。でもねぇ……佳穂の方から言ってくれない事にはどうしようもないしなぁ……。さっきよりはちゃんと食べているみたいだけれど、やっぱり様子がおかしい事には変わりないよね。
「……まぁ、単に疲れているとかじゃないかな? 何かあったのなら、佳穂だったらちゃんと相談してくれるだろうし」
「う~ん……」
「そうなのかな……」
「そうだと良いけれど……」
3人ともどこか釈然としないって言いたげに首を傾げている。分かるよ、私も同じ気持ちだし……。それに、さ……。
「(……やっぱり)」
チラッと匡利の方に目を向けてみると、匡利は慶人たちと話しつつも何となく佳穂の方に意識を向けているような気がする。その事実に私の胸はまた痛む。
仲間だから、家族だから、匡利が様子のおかしい佳穂を気にするのは当然の事だ。それは分かっているんだけれど、こんな風にどこか遠慮しながらも気にしているのは佳穂が初めてだ。その感じが、どうしても私をヤモヤとした気持ちにさせている。その一方で、佳穂に対しても匡利に対してもこんな気持ちになっている事に、僅かな後ろめたさを感じて余計に落ち着かない。
「(……色々と、早く元に戻って欲しいな……)」
明日から学園祭本番なんだから早くこんな気持ちを忘れてしまいたい。そんな思いから、私はそう願わずにはいられなかった。
でも、この佳穂の小さな異変がこの先で、あんな風に関わる事になってしまうとは、この時の私は思いもしていなかった……。
ここまで読んで下さり、ありがとうございました!
次回からいよいよ学園祭本番です!
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