第50話 本番直前 前編
葵視点のお話になります。
~ side 葵 ~
優と匡利くんが保健室に向かってしばらくの間、私は1人で作業を進めている。
「アオちゃん」
呼ばれて振り返ればサオちゃんが立っていた。
「遅くなってごめんね。……って、優は?」
「それが優ね、指を怪我しちゃって。結構深い傷だったんだけど、治癒魔法が使えないから匡利くんに保健室に連れて行ってもらっているの」
「……匡利君が連れて行く事になった経緯は後で聞くとして、それならしばらくは戻らないかな?」
「そうだね。サオちゃんはもうこっちの作業できる?」
「うん。もう平気」
サオちゃんは実行委員として日に何回かそれぞれの場所を見回っている。私が知らない所でも色々と仕事があるみたいだし、やっぱり実行委員って大変だね。
「……あっ。そういえば、匡利くんに優を連れて行ってもらう代わりに頼まれ事をされていたんだった」
サオちゃんの後ろに置いてある箱が目に入ってその事を思い出す。私の視線を辿ってサオちゃんもそっちに目を向けた。今なら行けるかな?
「その箱?」
「うん。誠史くんに届けて欲しいって頼まれているの。急ぎじゃないって言われたんだけど、今行っても大丈夫かな?」
「うん。大丈夫だよ。行ってらっしゃい」
「ありがとう。なるべく急いで戻るね」
サオちゃんに見送られて、私は匡利くんに頼まれた箱を抱えて教室を出て行った。
箱は結構大きいけれど、結構軽くて運ぶのはそれほど大変じゃなかった。教室を出てしばらくしてから誠史くんたちがいる第3会議室に着く。そこでは主に内装係の人たちが作業をしている。中に入ると、一番奥の所で慶人くんが色々と指示を出していた。誠史くんがいたのはその反対側の所で、側には玲くんもいる。
「誠史くん、玲くん」
声をかけると誠史くんと玲くんが振り返る。誠史くんは一瞬だけ目を丸くすると、フワッと微笑んだ。
「葵、どうしたんだい? ここに来るなんて珍しいね」
「これを届けに来たの。匡利くんが頼まれた物だって」
箱を差し出すと、玲くんがそれを受け取ってくれた。
「ありがとう。……でも、どうして葵が?」
「あのね……」
私は優が衣装作りの最中に怪我をした事、たまたま通りかかった匡利くんに優を保健室に連れて行くようにお願いした事、そして匡利くんの代わりに届けて欲しいって頼まれた事を2人に説明した。2人とも、それで納得してくれたみたい。
「――なるほどね」
「匡利くんは急ぎじゃないって言ってくれたんだけど、早く届けた方が良いのかなって思って持ってきたの」
「ありがとう。助かったよ、葵」
誠史くんはそう言って頭を撫でてくれた。ちょっと照れるけれど、私は嬉しい気持ちでいっぱいになる。やっぱり持ってきて良かったな。
「ところで、箱の中身は何だったの? 結構軽かったけれど」
「これだ」
私の質問に玲くんが箱を開けて中身を見せてくれる。中に入っていたのは、色んな種類のお花だった。
「お花?」
「本物じゃないけれどね」
「えっ? ……本当だ。これ、造花なんだね」
本物みたいに見えるけれど、触ると花びらとか葉っぱが布製なのが分かる。茎は針金か何かに布を巻いているみたい。
「テーブルや壁なんかに飾ろうと思ってね。本当は生花が理想なんだけれど長くは持たないし、魔法で枯れないようにした花は学園祭で使うにはさすがに高すぎるからね……。それで、代わりに良い造花を飾ろうかって玲から提案があったんだ」
「さらに演劇倶楽部と華道倶楽部がそういうのに詳しくてな。匡利を通して紹介してもらったんだ」
「それで、今日はその注文品が届く日だったんだ。届け先は演劇倶楽部だったから、匡利が受け取ってくれたんだろうね」
「だから匡利くんがこれを運んでいたんだね」
「そういうこと」
箱の中にはバラバラの造花の他に、見本なのか小さなアレンジメントも入っている。その1つを玲くんが手に取った。
「ふむ……テーブルなどはこのアレンジメントを参考にするのが良さそうだな。誠史はどう思う?」
「俺も同意見だよ。最近はこう言うのが人気らしいし……これなら、見た目もそれほどうるさくないしね」
2人が手にしているアレンジメントは、色合いは落ち着いているけれど使われているお花の感じが華やかな物だ。私も最初に目に入ったのがそれで、凄く綺麗だなって思ったんだよね。
「本番で飾るのは誠史くんが作るの?」
「その予定だよ」
「わぁ、楽しみにしているね」
家のあちこちに飾られているお花も誠史くんが飾っているんだけれど、いつも素敵なのばかりなの。だから、きっと誠史くんが作るアレンジメントも凄く素敵なんだろうな。今から本番の飾り付けがとても楽しみ!
それから少しして、私はサオちゃんが待つ教室に戻った。私がいない間にサオちゃんは結構進めていて、やっぱりサオちゃんの裁縫の技術とスピードは凄いなって思ったよ。
さらにだいぶ経ってから優と匡利くんが教室に戻ってきた。誠史くんに箱を届けた事を伝えたら匡利くんから「ありがとう」ってお礼を言われたよ。その後、匡利くんはすぐに教室を出て行ったんだけれど、その直前に無言で優の頭を軽く撫でたから、私とサオちゃんは目が丸くなったんだ。でも、優はそれに頬を赤くしていたんだけれど、なんとなく表情が沈んでいるような気がする。
……何かあったのかな?
サオちゃんを見ると、同じような顔をしている。帰ったら聞いてみようかと思って、私たちは軽く頷き合っていた。
その日の夜、私たちはいつもみたいにサオちゃんの部屋で衣装作りをしている。今日はそこに紗奈ちゃんもお手伝いで来ている。ちなみに佳穂は本番で使う曲の編集か何かが大変みたいでここにはいない。
作業を進めながら、私たちは優から匡利君と教室を出て行ってからの事を聞いていた。
「――それで、手当てしてもらえたんだ」
「うん」
優は紗奈ちゃんの言葉に頬を赤くしながら頷いている。思った通り保健室に先生がいなかったって言うから、やっぱり匡利くんに行ってもらって正解だったな。
優の怪我は家に帰ってから《治癒属性魔法》で治しているから今は包帯をしていないんだけど、学校で見た時は綺麗に手当てされていたなぁ。匡利くんって結構器用なんだね。
「……それにしても宮岸さんって、相変わらずなんだね」
優と匡利君の話を聞く流れで、保健室に行くまでの間で会った宮岸さんの話も優から聞いた。相変わらず優に意地悪みたいで嫌な人だよね!
「エリカと同じ貴族のお嬢様で、周りからの人気は結構あるのに……何でこんなに違うんだろうね?」
私がそう聞くと優は苦笑いを浮かべて肩を竦めていた。
「宮岸さんって、生徒会以外にも匡利くんが入っているサッカー倶楽部でマネージャーもやっているんでしょう?」
「そうなの。だから意外と接点が多くて……」
紗奈ちゃんの言葉に優はため息交じりで頷いている。それだけ接点が多いと、きっと私たちの知らない所でアプローチもしているよね。……そのわりには匡利くんって宮岸さんの気持ちには気付いていないと思うけど。
「何が嫌ってね、宮岸さんって匡利と話している時に私が出くわすと、ちょっと顎を上げた感じで“フフンッ”って笑うんだよ。……あれ嫌い」
せ、性格悪……!
「うわぁ……」
「い、嫌な感じ……」
「感じ悪いね……」
顔をしかめる優につられて、私たちも顔をしかめて口々にそう言う。私はエリカにされた事ないけど、もしされたら絶対頭にきて喧嘩になっちゃう……。優がそれでも喧嘩にならないのって、きっと宮岸さんと必要以上に関わりたくないからだよね……。でも、宮岸さんは多分そんな優に対して「勝った」って思っているだろうし……難しいね。
悶々と考えていると、不意にサオちゃんが壁の時計に目を向けた。
「結構時間が経っちゃったね。今日はここまでにする?」
私も見ると、もうすぐ夜中の1時になる。作業のキリも丁度良かったから、私たちは片付けをしてそれぞれ自分の部屋へと戻って行った。
翌日の午後。この時間、手が空いている人は倶楽部の打ち合わせに向かう事になった。
衣裳係は私たち3人以外の子たちはかなり順調に進んでいて、本番までに余裕で間に合いそうだと言っている。私たち3人はほぼ予定通りかな? 衣装合わせを家でやる予定だから、それを含めたらもうちょっと余裕はありそう。
だから、今は誠史くんと一緒に倶楽部の打ち合わせに向かっている。
「――じゃあ、アレンジメントはほとんどできているんだ」
「うん。少し余分に作るつもりでいるけど、テーブルに飾る分はほぼできているよ。あとは、壁とか棚に飾る分がもう少し欲しいかな」
チラッとだけ見せてもらったけど、赤とか黄色とか明るい色のお花を中心に組まれたアレンジメントが凄く素敵だったなぁ。
「衣裳係の方はどう?」
「ウエイター・ウエイトレスの衣装は完成しているし、もう1つの方は全員もう基本的な形はできているの。あとは装飾とか小物かな? あと、明日演劇倶楽部に装飾品を借りに行ったりもしないと……」
「装飾品?」
「髪飾りとかネックレスとかそう言うの。私たちが持っているのでも良いんだけど、無いのがいくつかあって……何を借りるかはリストをもらったから、今日の夜に決めるんだ」
匡利くんの髪飾りとか雅樹くんのアクセサリーは私たちの手持ちじゃさすがに無かったんだよね。ちなみに、そのお礼は当日にみんなが揃っている時間帯の席を用意してあげる事で決まった。
「……俺の衣装がどんなのかはまだ教えてもらえないのかな?」
「衣装合わせまで秘密! ウエイターの衣装もちゃんとあるから、安心してね」
女装をする事にまだ思う所があるのか、誠史くんは苦笑いで頷いてくれた。うーん、慶人くんとか雅樹くんみたいに凄く気にしているわけじゃないみたいだけど、やっぱり誠史くんも女装の事を気にしているんだねぇ。でも、これ以上聞いてこないのはやっぱり誠史くんは優しいよね。
「……あっ、俺はこっちだから」
そう言って、誠史くんは会議室が並ぶ廊下を指さした。
運動系倶楽部のいくつかは男子と女子が分かれているんだけれど、倶楽部発表は混合でやる所が殆どだ。そうすると普段使っている部室だと打合せができないんだって。だから、打合せは会議室でやるみたい。
「うん、分かった。誠史くん、打合せ頑張ってね」
「フフッ、ありがとう。葵も頑張ってね」
誠史くんとお互いに手を振り合ってそれぞれ別方向に向かって行く。私が向かうのはコーラス倶楽部が使っている第3音楽室だ。
音楽室に着いてノックをしてからドアを開けると、中には2人しかいなかった。
「大野さん、お疲れ~」
「ご機嫌よう、葵さん」
「部長、エリカ……えっ、他のみんなは?」
打合せのはずが他に誰もいなくてちょっとビックリする。聞いて見ると、みんな準備の大詰めで来られないんだって。何なら、部長ももう戻らないといけないらしくて、ほぼ私と入れ替わりで行ってしまった。エリカと残された私は呆然とする。
「では、早速ですが葵さん、これをよろしくお願いしますね」
そう言うのと同時にエリカは私にやけに厚くなった大きな封筒を2つ渡してきた。結構重いね、これ!
「えっ、何これ……」
「学園祭の時の倶楽部発表の参考資料です」
「参考資料って……つまりは全部楽譜ってこと?」
「そうです」
えぇ~、いったい何曲分の楽譜が入っているんだろう……。あっ、これよく見るとバラバラのじゃなくて本になっているのだ。よく見えないけど、付箋も貼ってあるかな……?
「部長が仰るには、倶楽部発表で使う曲をもう少し増やしたいそうです。……葵さん、あなたが決めてくださらない?」
「えっ!?」
驚いてエリカを見ると、その表情は本気だ。でも何で私!?
「何で!?」
「他に決められる方がいないからです。部長はもちろんですが、他の部員の方々も今は余裕がありません。他でもない私もその1人です」
「いやいや、私も衣装係で結構忙しいんだけれど……」
「あら、おかしいですわね。加村くんと仲良くお話をなさりながら、ゆっくりとこちらに向かう余裕はあるようでしたけど……」
「えっ……」
な、何でエリカが誠史くんと一緒に来たこと知っているの!?
「私、しばらくはお2人の後ろにいたのです。途中から違う道順で向かいましたが、私の方が早くこちらへ着きましたね」
ニッコリと笑顔を浮かべながら言われた事に、私は言葉が見つからない。……全然気付かなかった。
「ご安心を。それはすでに部長が候補に挙げている物です。どの曲かは付箋が貼られているそうですよ。部長からはどれを選んでも問題ないと言われています。あとは、その中から5曲ほど決めるだけです」
「な、なるほど……」
「では、よろしくお願いしますわね」
エリカはそれだけを言って良い笑顔で音楽室を出て行った。私はその背を見送り、手の中の楽譜を一瞬だけ見て大きなため息を吐く。
「(昨日の優と宮岸さんの話に比べたら全然良いけど……良いんだけど……なんか、エリカって巧妙……!)」
今日と明日の日程と任されてしまった楽譜の事を考えて、私はしばらく呆然と天井を仰ぐ。なんだか廊下の向こうから微かにエリカが高らかに笑う声が響いているような気がしていた。
ここまで読んで下さり、ありがとうございました!
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