第49話 犬猿の仲
あけましておめでとうございます。
今年も更新を頑張っていきますので、どうぞよろしくお願い致します。
「(あぁ……眠い……)」
学園祭の準備は順調に進んで、本番まで残り数日になった。私たちのクラスのカフェも着々と形になってきていて、段々と完成が見えてきている。
でも、私たち衣裳係はまだまだやる事がいっぱいだ。ウエイター・ウエイトレスの衣装は土日の間に家に持ち帰ったんだけど、サオの手持ちのミシンが大活躍で日曜日の昼過ぎには完成した。その日の夕方には女装衣装にも着手し始めたんだけど、これがなかなか大変だった。確実に作業は進んでいるんだけれど、何しろウエイター・ウエイトレスの衣装に比べて作業量が多いせいで全く進んでいる気がしない。
それに連日徹夜まではしなくても結構夜遅くまで作業をしているから、正直ちょっと寝不足気味……。
「(意識があるうちはスキル補正もあってちゃんと手は動いているんだけど……その意識も段々怪しいような……)」
よく怪我をしないなぁ、なんて思っていたんだけれど、そういう時に限って失敗ってするんだよね……。
ほんの一瞬だけ集中力が切れ、意識が遠のいてしまった。その途端、しっかりと動いていたはずの手元が完全に狂い、右手に持っていた針先に引っ掛かったのは自分の左手だ。気付いた時には人差し指の横を思い切り引っ掻いていた。
「っ!? いったぁああああい!」
思わずそう叫ぶ。持っていた物を全部放り投げたくなった。なんとか手にしていた針をピンクッションに置いて、縫っていた衣装も机に置く。その後はズキズキと痛む指を抑えるしかできなかった。眠気なんて完全に吹っ飛んだよね!
「優、大丈夫!?」
すぐ側で一緒に作業をしていたアオが慌てたように近付いてくる。
「うぅ~。ごめん、アオ。ポケットからハンカチを出してくれる?」
「うん。……えっ、結構酷いね」
傷口からじわじわと血が滲んでくるからハンカチを巻いたけれど、使っていた針がちょっと太めだったからか、チラッと見えた傷は思っていたよりも深かった。おまけに針先で引っ掻いたせいで、包丁で切った時みたいなスパッとした傷口じゃない。そのせいで余計に痛い。
あぁ、もう本当にやっちゃったなぁ。家だったらサッと《治癒属性魔法》で治しちゃうけど、ここ学校だからそれができない。保健室に行くしかないんだけど、その間の作業が止まっちゃうなぁ……。
「――どうした。優、葵」
悶々と考えていると、後ろから声をかけられた。振り返ると、段ボール箱を抱えた匡利が立っていた。
「匡利」
「匡利くん」
「何やら叫ぶ声が聞こえたが……その様子だと怪我でもしたのか?」
匡利は持っていた箱を側の机に置くと、近づいてきた。……心なしか、アオが一歩後ろに下がった気がする。
側に立った匡利は私の手元を覗き込んだ。
「一体、どうしたんだ」
「……うっかり針先で思いっきり引っ掻いたの」
「大丈夫なのか?」
「ん~、わりと深めの傷みたいだし、結構大きめだからその分痛い。……あと、ちょっと血が止まりにくいみたい」
もう一度チラッと見ると、拭った後からまた血が滲んでくる。匡利にもそれが見えたみたいで、僅かに眉を顰めた。
「……治癒魔法は使えないから、その傷は保健室に行くしかないんじゃないか?」
「やっぱりそうだよね……」
諦めてサッサと行ってしまおう……。アオには悪いけど、このままサオが戻るまで1人で作業を進めてもらうか……。
ため息を吐いて保健室に向かおう思っていたら、アオが匡利の側に寄った。
「ねぇ、匡利くん。ちょっとお願いがあるんだけれど」
「……なんだ」
突然のアオの申し出に私と匡利は首を傾げた。一方のアオは何やらニコニコと笑顔を浮かべている。……何だろう?
「あのね。悪いんだけれど、優の事を保健室に連れて行ってあげて欲しいの」
「……えっ?」
ちょっ、えっ? アオは急に何を言い出すの!?
アタフタとする私とは裏腹に、匡利は表情を変えないまま腕を組んでアオを見た。
「理由は何だ」
そう聞かれ、アオは少しわざとらしく大きなため息を吐く。
「優の怪我、結構大きいじゃない? しかも指の怪我だし、自分で手当てするのは無理だと思うの」
「それはそうだな」
「でしょう? それに保健室の先生って、この時間帯にいない事が多かったと思うんだよね」
アオの言う通り、この時間帯は授業を受け持っていない先生は会議があったりする。おまけに今の準備期間は授業が無いから、先生たちは見回りをしたり自分の仕事をしたりしている。でも、だからって匡利と一緒に、っていうのはちょっと申し訳なくて気が引ける……。
少し悩んだけれど、私は思い切って2人に声をかけることにした。
「あ、あの……」
「どうしたの? 優」
匡利は何か考えているのか反応がない。代わりにアオが私の方を見た。
「別に私、1人で保健室に行けるけど……」
「何言っているの、優。もし先生がいなかった時、どうやって手当てするの? 消毒はもちろんだけど、その傷だと多分絆創膏じゃ無理だよ?」
それを言われてしまうとぐうの音も出ない。まぁ、《浮遊》を使うとか方法がないわけじゃないけど、治癒魔法と一緒で私は使えない事になっているから、万が一見られた時が面倒なんだよね……。
「私が一緒に行けたら良かったけど、いっぺんに2人も抜けたら衣装作りが進まないじゃない? だから、匡利くんが一緒に行ってくれたら安心なんだけれど、どうかな?」
改めてアオにそう言われると、ずっと考え込んでいた匡利は軽く肩を竦めた。
「分かった。その代わり、葵」
「うん?」
「この段ボール箱を持てるか? 見た目ほどあまり重くないから、お前でも大丈夫だと思うんだが」
そう言って匡利はさっきまで自分が持っていた箱をアオに手渡した。匡利と比べて小柄なアオが持つと結構大きく見える。アオはそれを受け取って軽く上げ下げした。
「……うん。これくらいなら平気」
「じゃあ、どのタイミングでも良いから誠史に渡してくれないか? ここにいないから今は第3会議室にいると思う。俺が頼まれた物だと言えば、誠史は分かるはずだ」
「どのタイミングでも良いの?」
「あぁ。急ぎの物ではないから、もし行けなくても構わない。作業を優先して大丈夫だ」
「うん、分かった」
私が口を挟めずいる内に2人の間で話がまとまってしまった。唖然としていると、匡利がこちらを振り返る。
「優、保健室に行くぞ」
そうハッキリと告げられて少し戸惑う。チラッとアオを見ると、まだ尻込みをしている私に苦笑していた。
「大丈夫だから行って。サオちゃんもすぐ来ると思うし。ねっ?」
そこまで言われてしまうと何も言えない。匡利もすっかりその気になっているのか、私が来るのを教室の入口で待っている。そもそもアオは私と匡利が2人きりになる機会をくれようとしているわけだし……。うん、ここは素直にアオの厚意に甘えよう。
「――じゃあ、お願いね。アオ」
そう言って私は匡利の後を追いかける。そんな私をアオは笑顔で手を振って見送っていた。
保健室は渡り廊下を渡った先のD棟の1階にある。そこに向かうまでの間、私と匡利は無言のまま廊下を歩いていた。最初の内は近くの教室とか廊下も学園祭の準備をする声で賑わっていたけど、D棟に入ると段々と落ち着いてくる。1階に下りる階段近くまで来ると、さらに静かだった。
階段を下りて保健室に繋がる廊下へと曲がろうとする。そうしたら、前を歩いていた匡利が急に立ち止まった。
「ぅ、わっ」
勢いが緩められなくて、軽く匡利の背にぶつかった。そんな私を匡利はチラッと見たけど、そのまま何も言わずに視線を前に向ける。どうしたのかと思ったけれど、すぐにその答えが分かった。
「あら、佐塚くんじゃない」
無意識に身体がビクッと震える。聞こえてきたのは、あまり会いたくない人物の声だった。
「……宮岸」
少し硬い声で匡利が名前を呼ぶと、軽やかな足音が近づいてくる。それが分かって見つからないようにと、匡利の背に身を寄せるようにして隠れた。
「こんな所で何をしているの? 今は見回りの時間じゃないと思うのだけれど」
「見回りではなく所用だ」
「所用?」
宮岸さんは匡利の言葉を不思議そうに聞き返している。
うぅ、このまま見つかりませんように……。そう願ったけれど、現実はそれほど甘くなかった。
「……誰か、後ろにいるの?」
「…………」
「まさかと思うけれど、汐崎さん?」
訝しそうな問いに匡利は答えない。でも、宮岸さんには私が分かったみたい。諦めのため息を吐いて匡利の後ろから僅かに姿を見せる。目が合った途端、その視線が鋭くなった。
「あら、本当にあなただったの?」
「えぇ、まぁ……」
うぅ。やっぱり苦手だよ、この人……。なんかジロジロと見られて落ち着かないし……。
視線を合わせないようにしていたけど、ハンカチで傷を抑える私の手が彼女の目に入ったみたいだった。
「あなた、その手は怪我でもしたの?」
「まぁ、ちょっと……」
「どうして?」
「どうしてって……」
何で聞いてくるんだろう? 絶対親切心なんかじゃないよね……?
その考えは少なからず当たっていたみたいで、宮岸さんは目を細めて意地悪そうな笑みを浮かべた。
「言えないの? まさか、そそっかしい真似でもして怪我したのかしら? あなた、見るからに不器用そうだものね」
「っ!?」
宮岸さんのどこか嘲笑うかのような言い草に絶句する。そ、そそっかしいって……うぅ~、あながち間違っていないから何も言えない……っ!
「――優梨の怪我は連日の作業量が多く、疲れていたからだ」
悔しくて涙が滲みそうになっていたら、すぐ側からそう言う言葉が聞こえてきた。驚いて見ると、匡利がいつもの無表情のまま宮岸さんを見ていた。
「そそっかしいわけでも不器用だからでもない。誰にでも起こりうる些細なミスだ」
「匡利……」
まさか庇ってくれるとは思わなかった。今度は別の意味で目元がウルウルとしてくる。
……私は嬉しいけれど、宮岸さんにはそれが面白くないみたい。一瞬だけ笑みが消えていた。でも匡利の前だからか、また愛想の良さそうな笑みを浮かべている。
「……作業量が多いと言っても、要領よくやれば済むじゃない。それに些細だろうと何だろうとミスはミス。自分の責任よ。それなのに、ただでさえ忙しい佐塚くんにわざわざ付き添ってもらうなんて……迷惑になると考えなかったのかしら?」
「それは……」
チクチクと嫌味のように言われる言葉に、またもや返す言葉が見つからない。おまけに、それは私も考えていた事だ。何なら今もそう思っている。でも、一緒について来てくれると言った匡利の厚意を無碍にもできなかった。それを外からこうも言われてしまうと、正直痛かった。
ただ、宮岸さんの言葉は匡利にとって不本意だったらしく、眉を顰めて彼女を見ていた。
「……忙しいのはみんな一緒だ。俺だけじゃない。なんなら、生徒会長である慶人の方が俺なんかよりもよほど忙しいぞ」
匡利にそう言われ、宮岸さんは一瞬だけ目を見開く。それから笑みを浮かべる口元を僅かに引き攣らせた。
「そうかもしれないわね。……それでも子どもじゃないんだから、わざわざ付き添ってもらわなくても良い事には変わりないんじゃないかしら?」
「……優梨の怪我は手だ。見ての通り分かるだろう。加えて、少々大きい傷だ。1人で手当てするのは難しい。だから付き添っているんだ」
「あら、そう? ……優しいのね、佐塚くんって」
そう言って私を見る宮岸さんは、口元は笑っているのに目が全く笑っていない。匡利が反論した事がよっぽど面白くないみたい。その視線があまりにも居心地が悪くて、私は顔を俯かせて彼女の視線から逃げた。そうしたら、宮岸さんが小さく鼻で笑うのが微かに聞こえてきた。
「……そう言えば佐塚くん、今日の生徒会会議の事で確認してもらいたい事があるのだけど」
唐突に宮岸さんはそう言い出す。……いったい何の話?
「確認? 慶人じゃなくて良いのか」
「天宮くんは何かと忙しそうでしょう? だから、副会長の佐塚くんに確認して欲しいの」
そう言う声はとても落ち着いているのに、なんだかとても嫌な感じがする。それが気になって宮岸さんを見ると、何か企んでいるような顔をしていた。
「――でも、今は手元に資料が無くて……一緒に生徒会室に来てくれないかしら?」
……あぁ、なるほど。この人は何が何でも私と匡利を引き離したいんだ。生徒会の事だと言えば、責任感の強い匡利が断らないと思って……。現にチラッと見た匡利は眉を顰めて何か考えている。
「……これから、か?」
「今日の事だもの。なるべく急いだ方が良いでしょう?」
「だが……」
「彼女の怪我の事なら、保健室の先生がいるじゃない。たとえいなかったとしても、自分でどうにかできるはずよ。なにも佐塚くんがそこまで気にする事じゃないわ。そうでしょう? 汐崎さん」
そう言いながら睨むような鋭い視線を向けてきた。同意しろと言わんばかりの無言の圧力に身が竦む。それに、私も生徒会の事を持ちだされては匡利にこれ以上一緒に来て欲しいとは言えない。
「(……匡利は、なんて答えるんだろう……)」
宮岸さんの意見に同意する? 彼女の申し出を受ける? ……このまま、置いて行かれる……?
「(……怖い。匡利の答えを聞くのが、凄く怖い……)」
元々親切心でここまで来てくれている。怪我は自分でした事だから、匡利には何の責任もない。客観的に考えて、生徒会の方が大事だ。でも、それを匡利の口から聞くのが怖い……。
いっその事、自分から匡利の同行を断れたら良かったけれど、それもできなかった。
「(行かないで……宮岸さんと一緒に、行かないで……っ)」
そんな気持ちが抑えられなくて、気付けば私は匡利に震える手を伸ばして制服の端を掴んでいた。服を引いたからか、匡利がこちらを振り返るのを感じる。でも、匡利の顔を見るのが怖くて顔を上げられなかった。その代わり、服を掴む手に少しだけ力を込める。それだけで匡利は私の言いたい事がきっと分かると思う。あとは匡利の答えを待つだけだ。
長いようで短い沈黙が流れる。その間、匡利は微動だにせず何も言わない。
「佐塚くん?」
無言のままの匡利にしびれを切らしたのか、宮岸さんが声をかけた。それでも匡利は反応しない。匡利がどうしているのか気になって恐る恐る顔を上げたら目が合ってしまった。その視線に不穏な雰囲気はなくて、何かを考えているみたい。
「佐塚くんっ!」
匡利の意識が自分に向かない事に苛立ったようで、宮岸さんは強めに匡利を呼ぶ。すると、匡利はやっと宮岸さんに目を向け、同時に立ち位置を少しだけ変えた。そのおかげで私の姿は匡利の背に隠れ、私も宮岸さんもお互いの姿が見えなくなった。
「――宮岸、その確認は本当に今すぐやらなければいけない事なのか?」
次に聞こえてきたのは、若干不審そうにそう聞く匡利の声だ。姿は見えないけれど、匡利の問いに宮岸さんが息を呑んだような気がする。その反面、私は強張っていた身体から徐々に力が抜け、匡利の制服を掴む手の震えも治まっていた。
「……それは、どういう意味かしら?」
「俺の記憶では、今日の会議までにそこまで急がなければならないような案件は無かったはずだ」
「……っ、学園祭で使うマジックバッグや備品の追加申請の事よ。申請者の方から、できるだけ急いで欲しいと言われているの、佐塚くんも知っているでしょう?」
その話は私も聞き覚えがあった。昨日家のリビングルームで匡利と慶人と玲がどう調整するのが良いかって話していたのを見ている。あれって、今日の会議の事前準備だったんだ。でも、そんなに急いでいる雰囲気だったかな……?
「……すでに提出されている追加申請の最終検討と許可は今日の会議でまとめてやる事になっている上に、先週の期限に間に合わなかった分に関しては学校側からの返答が明日の朝になるから俺と慶人と玲の3人で処理すると、すでに慶人が通達しているはずだが」
宮岸さんの言葉に矛盾を感じたのか、途端に匡利の声色が硬くなった。さすがの私も場の空気が重くなったのを感じる。そんな中で宮岸さんは何も言えなくなっているみたいだ。
「改めて聞く。本当に、お前が言うその確認は今すぐやらなければいけない事なのか?」
「……それは……っ」
「俺は、そうは思わない。だから今すぐ生徒会室に行く必要はない。……それで良いな?」
問いかけているけれど、匡利の言葉には有無を言わせない雰囲気があった。宮岸さんがそれ以上何か言う気配がなくなると、匡利は軽く息を吐いて振り返る。それで制服を掴んでいた私の手は自然と離れた。
「優梨、行くぞ」
「う、うん……」
本当に良いのかなと思わなくはないけれど、匡利が言うのだからそれで良いのだろう。
廊下を進むために匡利の横に並んだ時、当然ながら宮岸さんの姿が目に入る。宮岸さんは悔しさの滲む顔を歪ませ、そっぽを向いていた。でも、私が横を通り過ぎる時、僅かに赤くなった鋭い眼で睨んできた。思わず身を震わせたけれど、すぐに視線を逸らされる。だから、私は気付かないふりのまま先を歩く匡利の背を追いかけた。
「――覚えていなさい」
私たちが大分離れた後、宮岸さんは匡利と並ぶ私の背に向かって憎悪のこもった言葉を投げかける。その言葉が私たちに届く事は決してなかった……。
宮岸さんと別れてから、わりとすぐに保健室に着いた。
「失礼します」
声をかけつつ中に入ったけれど、特に反応がない。なんなら保健室の中はしんと静まり返っていて、壁にかかる時計の音だけがやけに響いている。わりと広い室内をキョロキョロと見回した。
「いない、のかな?」
「……そのようだな。見ろ」
いつの間にか部屋の中央のテーブルの側に立っていた匡利が、その上の何かを指さしている。見ると「職員室で会議をしています。来た人は表に記入を忘れずに」と書かれていた。
「会議かぁ」
「この様子だと当分は戻らないな」
「そうだねぇ」
アオがいないかもしれないって予想していたけど、それが的中した事になる。さてどうしようかと思っていると、匡利が絆創膏とか包帯といった救急用品が入っている棚を開けてガサゴソと探り出した。
「えっ、匡利? 何しているの?」
「先生がいないから俺が手当てをする。元々そのつもりで一緒に来たんだ」
それもそうかと思うけど、本来生徒は開けてはいけない棚を探る様子が匡利らしくなくて唖然とする。その間にガーゼや包帯を見つけた匡利はテーブルにそれらを並べる。それから側にあった丸椅子を2つ引くと、その1つに私は肩を押すように座らせられた。
「ほら、手を出せ」
「う、うん……」
匡利が正面に座るや否やそう促され、おずおずと手を差し出した。
巻いていたハンカチを解くと、ギュッと押さえていたからか血は流れて来なかった。ただ乾いた血の下ではまだ滲んでいるみたいで、傷口を拭ったらまた血が出そうだ。……改めて見たけど、やっぱり結構深い傷だなぁ……。
「……引っ掻いたと言っていたが、抉ったような傷だな」
「太めの針でやっちゃったからね……」
「とりあえず今は応急処置をするが、帰ってから治癒魔法を使った方が良い」
そう言いながら匡利はテキパキと手当てを進めていく。消毒液が結構沁みて悲鳴を上げそうになったけれど、そこはグッと我慢をする。その後はガーゼをあてて包帯を巻くだけだ。その様子を私は少しボーッとしながら眺めていた。
「――優梨」
「ん?」
不意に声をかけられて顔を上げたけど、匡利は手元に視線を落としたままだ。
「なぁに?」
「……先ほど、宮岸に言われた事を気にしているか?」
「えっ?」
「……俺の迷惑になるとか、そういった類の事だ」
そう言われて胸がドキッと鳴った。宮岸さんと別れてからあえて話題にしなかったけれど、まさか匡利の方から話を振るとは思わなかった。
「それは……だって、実際に色々忙しそうにしている匡利に面倒をかけているのは事実だし……」
結果的に今こうして匡利が一緒で助かっているけれど、全く自分でどうする事もできなかったのかと言われると、そんな事は無いような気がする。それに、匡利は優しいからたとえ迷惑に思っていても口にしないような気がするし……。
悶々と考えていると、匡利がため息を吐いた。
「あのな、念のために言っておくが、俺は宮岸が言ったような事は一切思っていないぞ」
「……本当に?」
「本当だ。思っていたら最初からここまで来ていない。そもそも葵に頼まれた時点で断っている」
「……そっか」
こういう時、匡利は決して嘘をつかない。だから匡利の言葉にホッとしたのと同時に嬉しくなって、思わず顔が綻んだ。そんな私を匡利は一瞬だけ見たけれど、何も言わずに包帯を巻き続けていた。
ここまで読んで下さり、ありがとうございました!
【読者の皆様へお願い】
この小説を「面白い」「続きが気になる」「他の人にも読んでほしい」と思って下さる読者様、
よろしければブックマークまたは感想・いいねなどの評価、レビューをぜひお願いいたします。
執筆の励みになります!
もし誤字脱字にお気付きの際は遠慮なくご報告してくださいませ。




