第4話 日常④
5話目、ラストです
授業後はそのまま放課後のSHRになった。今日は7限がないし、一部の倶楽部以外は倶楽部活動もなくていつもよりも下校の時間が早かった。
「ねぇ、優。1年生の体験入部っていつからだっけ?」
帰りの支度をしていたら、先に終えていたアオが聞いてきた。
「明日からじゃないかな? 確か10日間くらいだったよね。土曜日もやるんだっけ?」
「文科系の倶楽部以外はそうじゃないかな。あと、私のコーラス倶楽部も土曜日やるよ」
「そういえば、コーラス倶楽部は今日の活動はないの?」
「うん、一応ね。でも、次のコンサートの選曲の事で、私は部長と話してくるよ」
この世界では大会やコンクールみたいなのがあまり多くない。基本的にそういった大会は、将来の就職を見据えたオーディションであったり、すでにその職に就いたプロが自分の実力を示すための物が殆どだ。たまにアマチュア向けや子供向けの大会もあるけれど、それも結局は将来を見据えているしね。前世の中高校生が部活で目指すような大会やコンクールはあまり多くない。その代わり、コンサートや発表会みたいな場は割と多く存在している。だから、どちらかというとそっちの方を目指すかな?
あと、さすがに運動系は大会があるよ。私たちの学校が出場するのは大体王都で主催される大会かな。基本的に趣味や娯楽、研究が目的の倶楽部だからそんなに出場数は多くないんだ。まぁ、プロになりたいなら自分で大会にエントリーするか、外部のそう言った専門の所に所属する方が当たり前の世界だからね。
「そっか。アオは、今年のソロは出るの?」
アオはコーラス倶楽部の中でもソロを任されるほどの実力がある。コーラス倶楽部全体で出る以外にも、個人でコンサートに出る事も多いんだ。
「んー、考え中。曲かコンサートで良いのがあったら出ようかなって思っているけれど、まずはみんなと一緒のコンサートに集中かな? 優は今年も弓使いで武術大会には出るの?」
「私も考え中。実践の場が少ないから大会だけでも出ておきたいと思うけど……個人だけならいいけど団体はちょっとなぁ……でも、部長とか他の戦闘系倶楽部の部長とかが出て欲しいって言いそうで……」
「去年の大会、色々あったものね」
私の所属する倶楽部は、戦闘系倶楽部の1つの「弓使い倶楽部」だ。去年、私は「弓使い」として団体と個人の両方で大会に出場したんだ。団体の方は他の戦闘系倶楽部の人と一緒に出たんだけど、その時に5位を取ったの。個人の方はなんと3位だったんだけどね。
それで、去年の団体でのメンバーはハッキリ言って合わなかったんだよね~。練習の時だけど、最初に立てた作戦に従わないわ、弓を射る妨害をするわ……最悪だったのは弓とか矢とか必要な物を隠された事かなぁ。
そんな感じだったからいざ大会本番でちゃんとやろうとしても連携がいまいちで……最初からちゃんとやっていたら、優勝は難しくても準優勝はできたはずなんだけど。当然、他のメンバーは所属の部長にメッチャクチャ怒られていたよ。年1回の貴重な大会で何やっているんだって。何人かは倶楽部を退部させられていたっけ? 実は後からメンバーの半数が宮岸さんのシンパだったって分かったんだけど……。私も部長から「言ってくれたら、メンバー変更したのに」って落ち込まれてあれは本当に申し訳なかった。
そういう訳で、もう団体戦に出るのはこりごりなんだよね、正直。
「――そういえば、サオちゃんが買い物に行くみたいだけれど、優も一緒なの?」
話題を変えるようにアオがそう言う。その気遣いに私は甘える事にする。
「ううん。サオは雑貨屋とかに行くみたいだけれど、私は本屋と食料品店に行く予定だよ」
「あっ、今日の夕飯当番は優だっけ」
「うん、そう」
「ちなみに、今日のメニューは何?」
アオの声が心なしかワクワクしているなぁ。
「まだ決定じゃないけれど、昨日の玲の夕飯が和食だったから洋食のつもり。今のところはドライカレーかな」
「ドライカレー! 優のドライカレー美味しいから好き!」
「アオがそう言うなら、もう決定しちゃおうかな。あれならいっぱい食べられるし、食べ盛りの男子にはぴったりでいいんだよね」
慶人たちってさ、一見細身なんだけれど、よく食べるんだよね……。ご飯だけで1人で1合以上は余裕で食べちゃうし。おかずも含めたら2人前は余裕で食べちゃうんじゃないかな。雅樹だけがちょっと小食気味かも? なんにせよ、いっぺんに作れるカレーとかハヤシライスは重宝するんだよね。
「後はサラダの予定かな。アオは、部長との話し合いの後はどうするの?」
「ペンを買いに行くつもりだけれど、後は家で自主練かな?」
「気を付けて帰ってね」
「優もね」
丁度そこでアオはコーラス倶楽部の部長に呼ばれて教室を出て行った。私も後に続くように学校を出た。最初に向かったのは地区で一番大きい本屋さんだ。
この世界、前世と同じように漫画や小説が存在する。元々趣味が読書だった私は大いに楽しませてもらっている。とはいえ、数も種類も日本に比べたらまだ少ないかな。特に漫画は少ないかも。まぁ、日本で売っていた数が膨大過ぎたんだろうな、とも思うけどね。
漫画コーナーでは新刊がないか見回し、小説コーナーでは何かいい本はないかと探す。気になった物を手にとって、パラパラとページを捲り、気になった部分を少し読んだ。
「(んー、今日はあまりめぼしい物はないかな……)」
そう思いつつも、気になったのを数冊選んで購入した。その後もしばらく店内を眺めてからお店を出た。
本屋を出たら今度は家から一番近くの大型の食料品店に行った。ここは前世のスーパーみたいなところで色々な食品を売っている。お店の隅にちょっとした日用品も売っているけれど、そっちは別で専門店があるからそれほど種類はない。
この世界に転生してから一番安心したのが食べ物の事だ。
多少名称が違うのもあるけれど、基本的に日本の物とほぼ同じものが手に入る。和食に欠かせないお米や醤油や味噌と言った調味料はもちろん、今日作ろうとしているカレーの材料だってもちろんある。今回使うのはルーじゃなくてカレー粉だけどね。
違う所と言えば、前世より種類が多い事かな? 同じ名前でも色や大きさが様々にあったりするし。あとは、こちらの世界らしく魔物の肉やダンジョンで採れる食材がある事かな。ダンジョン産は品質が安定していて、味も美味しいんだよね。その分値段も高いのが多いけど……。
「(人参と玉ねぎはまだ貯蔵室にあったよね。牛ひき肉も確かまだあったはず……)」
家にある食材を考えながら、店内を回って必要な材料を次々と籠に入れていく。
「あ、アボカドが安い……」
私がよく知るアボカドより一回り大きいそれは、こちらに来てから好物になった物の1つだ。サラダに入れると美味しいんだよね。でも、食べ頃かの見極めはあちらもこちらも変わらず難しく思う。だから頭の中で「《鑑定》」と唱えて手にしているアボカドを見た。すると、目の前に半透明の画面のような物が出て私の知りたい情報を教えてくれる。
【アボカド】
丁度食べ頃に熟している。
サラダなどの生食に最適。
そう言われてしまうと、ますます食べたくなってしまう。悩むよりも先に私は籠の中に持っていたアボカドを入れた。
買い忘れを確認したら、会計のカウンターに向かって買い物を終わらせた。結構な量で大きな袋2個分になったよ。袋詰めを終わらせてお店を出たら、人気の少ないところに移動する。そこで素早く《無限収納》に買った物をしまった。
魔法を使う時って、本当は長々と詠唱が必要なんだけれど、私たちは《無詠唱》っていう結構珍しいスキルがあるから必要ないんだよね。周りにバレずに色々と便利な魔法が使えるからありがたいよね。詠唱ってかっこいいけど、さすがにこんな街中で言うの恥ずかしいし……。
一通りの用事が終わってちょっとだけ寄り道してから家に帰ると、ミーティングで遅い匡利以外は帰ってきていた。何人かは地下のトレーニングルームで自主練をしている。
私たちの住むこの屋敷には、色々とトレーニングをするための設備が揃っている。外にはみんなが所属する倶楽部の練習や武術や魔法の訓練など、用途に合わせて変えられる訓練場がある。地下には、スポーツジムにあるようなトレーニングマシーンが3台ずつ、弓の練習ができる的が1つ、多目的道場、屋内プール、防音室が1部屋、彫金・調合、魔道具製作ができるような作業室が1部屋ある。これだけのモノが揃っていて何でもできるんだから、本当に恵まれているし贅沢だよね。
「ただいまー」
玄関ホールで声を上げると、丁度サオが階段へ繋がる2階の扉から出てきた。
「おかえり、優」
「サオ、お菓子屋さんで新作のシュークリームが売ってたから買ってきたよ」
「本当?」
寄り道したのは食料品店の近くのお菓子屋さんだ。たまたま前を通ったら「新作できました」の文字が見えたからつい買っちゃった。あのお菓子屋さん、結構な人気店なんだよね。
サオと一緒に話しながらキッチンに向かった。キッチンの真ん中にはモノを置いたり作業をしたりする台があって、そこに買ってきた物をどんどん出した。サオに手伝ってもらいながら食材を大型冷蔵庫にしまう。この冷蔵庫は見た目よりも中に物が入るだけでなく、時間経過も緩やかになる優れ物だ。
しまい終わったらシュークリームの箱とお皿を持ってダイニングルームに向かう。サオと向かい合って座ると、アオが丁度入ってきた。
「優、おかえりー」
「ただいま、アオ。シュークリーム買ってきたんだけど、食べる?」
「本当っ!?」
アオはパァッと顔を輝かせると、いそいそと私の隣に座った。それぞれお皿に盛り付けて、残ったシュークリームは《浮遊》を使ってキッチンに戻した。
「「「いただきまーす」」」
うん、思っていた通りとっても美味しい。特にほんのり苺風味のクリームが美味しい。クリームその物も新しいのに変えたのかな? 苺の酸味とよく合っている。
アオとサオも同じ気持ちなのか、2人とも同じように顔を綻ばせている。
「(可愛い女の子が美味しそうにお菓子を食べる姿は、見ていて本当に飽きないなぁ)」
この姿を見たいがために買ってきた事は内緒だ。
食べ終わったら一度部屋に戻って制服から着替える。それからまた1階のキッチンに戻って夕食の用意を始める。
まずはご飯を炊く用意だ。大きなボウルに15合分のお米を量って入れる。これを水で流しながら磨ぐんだけど、なかなか大変なのでここは魔法を使う。磨ぎ終わったら2升炊きの炊飯器――これも魔道具だ――入れてスイッチを押す。
「優、手伝うよー」
「ありがとう、アオ」
着替えてきたアオがやってきた。中々大変な作業になるからありがたい。
「そしたら、貯蔵室から材料を取ってくるから、包丁とまな板だけ出しておいてくれる?」
「了解!」
キッチンの横には食材やキッチンで使う備品を保管する貯蔵室がある。食材は常温保存ができる野菜と果物、調味料、保存食が棚に並んでいる。あと、キッチンにあるのより大きな業務用の冷蔵庫と冷凍庫もある。
私はにんにく、人参、玉ねぎ、冷凍の牛ひき肉、ホールトマト缶の大きいのを2缶持って貯蔵室を出た。あとは買ってきたピーマンやキノコも入れる予定。アオがキノコ嫌いだけど、細かくしちゃえばいけたはず……
キッチンに戻ると、用意したキノコを見てアオが渋い顔をしている。つい笑うと、アオの頬が膨れた。宥めるように頭を撫でれば、ちょっとだけ頬が緩んでいるのが可愛かった。
それから私が野菜を適当な大きさに切って、アオがそれを食材粉砕機にかけていった。結構な量があったから、私たちはつい無言になって一心不乱にやっていた。
一通りのみじん切りが終われば、玉ねぎから順に大きな鍋で炒め始めた。
「優、牛肉がまだ凍っているんだけど……」
「仕方ないから強制解凍でよろしく!」
「了解」
アオが牛ひき肉の上に手をかざせば、徐々に凍っていたひき肉が解凍し始めた。あれは生活魔法の《加熱》を使っているんだけれど、なかなか調整が難しいやり方だったりする。それでも難なく解凍を終わらせると、その牛ひき肉も加えて炒める。
一通りの炒め作業が終われば、トマト缶と水を適量加えて、顆粒コンソメを入れたら後は蓋をして煮込む。
「じゃあ、煮込んでいる間にサラダも作ろう」
「うん」
「アオはレタスをちぎりながら洗って、水切りまでやってもらえる?」
「OK」
私はトマト、キュウリ、アボカドをサイコロ状に切ってからドレッシングの用意をした。各々で好きなドレッシングをかけられるように3種類くらいあれば十分かな。1つだけ手作りして、後は市販のにしよう。大きめの白いスフレカップに入れたらお終いだ。
サラダの盛り付けはアオに任せて私はドライカレーの仕上げだ。十分に煮込まれていたらカレー粉と調味料を加えて味を調える。
「アオ、味見してくれる?」
「もちろん!」
味見用の小皿を渡すと、アオは美味しそうに食べている。
「どう? 辛さとか平気?」
カレー粉ってうっかりすると入れ過ぎて辛くなっちゃうから調整が難しいんだよね。少なすぎると味がぼやけるし……
「丁度いいと思うよ」
「良かった。ありがとう」
味が決まれば、もう少しだけ煮込む。サラダも大きめのサラダボール2つ分に盛り付ければ完成だ。
「そしたら、私は食器を用意しているから、アオはみんなに声をかけてきてもらえるかな」
「了解!」
アオはエプロンを取って壁にかけると、キッチンを出て行った。私はキッチンの大きな食器棚から人数分のカレー皿を台に出しておく。次にダイニングルームに移動して、壁際にある大きな食器棚からサラダの取り皿とカトラリーを出した。さらに下の方の引き出しからはランチョンマットとペーパーナプキンを出した。
出した物をテーブルに置いて両手を振った。するとランチョンマット、ペーパーナプキン、カトラリー、取り皿の順に浮かんで飛んでいき、それぞれの席の前にセッティングされていく。つくづく魔法って便利だよね。
セッティングが終わると、サオと佳穂がやってきた。
「優梨、手伝うわよ」
「ありがとう。サオ、佳穂」
2人と一緒に厨房に戻って出しておいたカレー皿に盛り付けを始める。サオと佳穂にご飯をお願いして私はどんどんドライカレーをかけていった。
盛り付けが終わってテーブルに出すころには他のみんなも集まってきた。最後に慶人と一緒にアオが戻ってきて全員揃った。
「――じゃあ、いただきます」
「「「「「「「「いただきます」」」」」」」」」
みんなで手を合わせて食べ始める。
「サラダ取ってー」
「ドレッシングはどれがいい?」
「んー、ヴィネガーのが良いな」
夕食の時間はいつもワイワイと賑やかだ。その日にあった事や宿題の事など色々と話す。1日の中でこの時間が一番楽しいって私は思っている。
食事が終わると、みんなでキッチンに食器を運んでくれた。大きい鍋類だけ綺麗に洗って、食器は軽く洗って後は食洗器に入れる。中身は、明日の朝食当番の人がしまってくれる予定だ。
「優、ダイニングの片づけはできたよ」
アオとサオはその場に残ってくれて、ダイニングのを色々と片付けてくれていた。
「ありがとう、アオ、サオ。お茶を淹れるから待ってて」
「「はーい」」
3人分のお茶を淹れて、それを呑みながら3人で一息ついた。
「明日の朝食当番は佳穂で、昼食はサオだっけ?」
私はキッチンの入口の脇にあるホワイトボードを見ながら聞いた。ホワイトボードは2枚あって、1枚はみんなの連絡事項がかけるようになっている。もう1枚は当番表だ。
「夕飯は私だよー」
「アオちゃんの夕飯、楽しみにしているね」
「ありがとう。サオちゃんのお弁当も楽しみにしているね」
キャッキャッと話す2人の様子は見ていて微笑ましくて本当に可愛い。2人の姿に癒されながら私は残りのお茶をグイっと飲み切った。
お茶を飲み終わるとそれも片付けてから、私たちはそれぞれの部屋に戻った。
夕飯の後はいわば自由時間だ。宿題をしたり読書をしたり、中には地下で過ごす人もいる。私はとりあえずお風呂に入ろうかな。
この家の1階には共用の大浴場があるんだけれど、18時以降は1日ごとに男女で入れる日が決まっている。確か今日は男子が入れる日じゃなかったかな。だから、自室のお風呂に向かう。温泉並みに広い大浴場も良いけど、自室のお風呂は自分の好みのデザインだから、こちらはこちらで入ってて癒されるんだよね。
お風呂の後は宿題をして、買ってきた小説を読む事にした。これが意外と読み進めると面白くて、サクサクと読み進められた。3分の1ほど読んだところで、残りは明日読む事にした。時計を見たら結構時間がたっていたしね。
寝る用意の前にもう一度ダイニングルームに《瞬間移動》で向かい、ホワイトボードの連絡事項を書き込んだ。部屋に戻る前にリビングルームを覗くと、アオとサオがいた。
「アオ、サオ、おやすみ」
「おやすみ、優!」
「おやすみなさい、優」
2人と挨拶を交わしてからまた《瞬間移動》で自室に戻った。その後は宿題や持ち物のチェックをしながら明日の用意をして、寝る支度だ。部屋着からパジャマに着替えたり歯を磨いたりする。
一通り終えてから寝室に向かい、朝と同じように寝室の大きな棚を開けた。さて、今夜はどの子にしようか。いくつも並ぶ大きなぬいぐるみを前に考える。すぐに昨日選んだ子とは別の子を手にする。
棚を閉め、ぬいぐるみを抱きかかえてベッドに入った。ベッド横のナイトテーブルの上にあるライトを消し、軽く手を振れば部屋の明かりも消えた。
「――おやすみ」
腕に抱くぬいぐるみに囁くように呟き、私は目を閉じた。
こうして、私の長い1日は終わった。そして、こんな1日が今の私の日常だった……――
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