第48話 衣裳係は大忙し! 後編
終日準備期間1日目。学園中が本格的に準備を始めていて、活気に溢れている。
私たち衣裳係はそれぞれが午前中に1着目の裁断を終えて、すでに縫い始めていた。
「やっぱりこの期間が一番盛り上がるよね!」
アオが針と布を手に笑顔でそう言う。
「元気だね、アオ。……私はやっとここまで来たって感じだなぁ。色々大変だったし」
「感慨深いよねー」
この半月近くの事を思い出しながら話していると、サオがこちらに向かってきた。
「優、アオちゃん。進み具合はどう?」
「あっ、サオちゃん。今のところ、私も優も順調だよ」
「サオの方は、見回りはどんな感じ?」
「調理実習室と家庭科室が終わって、これから第3会議室まで行くところ。だから、もうしばらく待っていてね」
サオはそう私たちに告げると、慌ただしく教室を出て行った。その背を見送り、私たちは再び手を動かし始める。
「――それにしてもさ、アオ」
「ん? どうしたの?」
唐突な私の呼びかけに、アオは手を止めずに顔を上げて返事をした。一方で私の視線は手元の布に向けられている。
「なんていうか……。まず初めに匡利たちの女装衣装のデザインを全面的に任されたじゃない?」
「そうだねぇ」
「次に他のクラスメイトの衣装作りを任せる代わりに作るのも任されたでしょう?」
「うん、そうだね」
「そのついでで女装衣装と一緒に匡利たちのウエイターの衣装作りも任されたじゃない?」
「うん……」
「さらに私たち3人と佳穂と紗奈ちゃんのウエイトレスの衣装も私たちが作る事になったでしょう?」
「う、うん……」
「でも《裁縫》のレベルと作る数の関係で、他の子たちにミシンを譲って私たちは全部手縫いじゃない?」
「…………」
「……なんかどんどんハードになっているのは気のせいかな?」
「そ、そうだね」
そう。実は昨日の話し合いで匡利たちだけじゃなくて私たちの衣装も作る事が決まった。
というのも、匡利たちの女装衣装だけじゃなくて、みんなで着るウエイター・ウエイトレスの衣装もシンプルながらそれなりに凝った作りになっている。それで昨日型紙を作った他の衣裳係の子たちから「自分たちの《裁縫》のレベルだと本番までに1人あたり4着作れるか作れないかくらいだ」と言われた。
それで色々と調整した結果、私とアオとサオの3人で匡利たちの女装衣装とウエイターの衣装に加えて、私たち3人と佳穂と紗奈ちゃんのウエイトレスの衣装を作る事が決まったの。ちなみに、エプロンだけはそんな複雑な物でもないから他の子たちが全部作ってくれる事になったよ。
さらに家庭科室にある魔道具のミシンの貸し出しは各クラス2台までらしく、これも他の子たちに譲る事になった。だから作業場となっている教室には、私とアオしか衣裳係はいないの。
「――まぁ確かに、私たちのレベルだとスキルの補正もあってかなりの速さで縫えるから手縫いでも大丈夫だけど」
「サオちゃんなんて手の動きが見えないもんね」
「あの速さはミシンより速いかもしれないよね。……そのミシンを使いたいって言われて断らなかったのも私たちなんだけどね」
現状に関して最終的に決めたのは自分だよ? でも、これからの作業の事を思うと弱音を吐きたくなる。アオもそれは同じなのか、苦笑いを浮かべた。
「でも、さすがに私たちの方も結構ギリギリになりそうだよねぇ」
私たちが作るのは女装衣装を入れて17着。3人で相談した結果、前半はウエイター・ウエイトレスの衣装を優先的に進めて、家にも持ち帰って作業を進める事になった。家ならサオの部屋に道具がたくさん揃っているし、何ならミシンも3人分あるみたいだしね。ウエイター・ウエイトレスの衣装ができ次第、残りの時間は女装衣装に集中する予定だ。
……とはいえ数が数だから、正直私たちも間に合うかちょっと心配でもある。女装衣装をつい拘ったデザインにしちゃって、最初の想定よりも作業が増えちゃったんだよね。
「……衣装合わせもあるし、デザインの時みたいに徹夜にならないように頑張ろうね」
「うん」
私とアオはお互いの顔を見合って頷き、その後は黙々と衣裳を縫う手を動かし続けていた。
それから大分時間が過ぎて、キリの良い所まで進んだ私とアオは休憩を取っていた。するとそこにエプロン姿の紗奈ちゃんがやって来た。
「2人とも、そっちはどう?」
「紗奈ちゃん!」
「結構順調だよ。そのエプロン、可愛いね」
水色地に大きな花柄のエプロンが可愛くてそう褒めると、紗奈ちゃんは照れたように笑った。
「あのね、もし時間があったら、2人にメニューの試作を食べて欲しいんだけれど、どうかな?」
「本当?」
「嬉しい!」
紗奈ちゃんのお誘いに私たちは二つ返事で承諾した。カフェで出すメニューは大まかな事はクラスで話し合ったけれど、具体的な内容は調理係に一任されている。だから、どんなのが出るのかは私たちも知らないんだよね。楽しみだなぁ。
紗奈ちゃんの後について調理実習室に向かうと、物凄く賑わっていた。当然だけど、実習室には他のクラスの人もいて、それぞれ学園祭で出す物の試作をしている。だからか、色んな匂いがあちこちからしていた。
紗奈ちゃんは実習室で一番奥の実習台を使っていたみたい。
「他の係の人は?」
「半分は別の調理実習室にいるよ。こっちの人たちは、教室とか会議室の方に行って試食してもらっているの。私は結構いっぱい作ったから持っていけなくて、2人に来てもらったの」
そう言う紗奈ちゃんの視線の先には、確かに実習台いっぱいに色々な料理が並んでいた。これ全部紗奈ちゃんが作ったの?
「うわぁ、すごいね」
「つい色々と試したくなっちゃってね。是非食べて」
実習室の隅にある椅子を持ってきて座ると、私たちは早速目の前の料理に手を伸ばした。
「――うん、美味しい!」
「本当? 嬉しい。こっちも食べてみて」
紗奈ちゃんに勧められるままに少しずつお皿に取り分け、私とアオは料理を堪能する。どれもこれも美味しくて食べるたびに褒めると、紗奈ちゃんはどこか安心したように笑っていた。
「それにしても、いっぱいメニューがあるんだね」
アオが手元にある学園祭で作る予定の料理やお菓子の名前がズラッと並んだ紙を見て言う。確かに学園祭で出す物とは思えないほどの数がある。
「サンドイッチや焼きそばとかの軽食系にオムライスとかナポリタンみたいなご飯系、パンケーキとかアイスとかのデザート系……おまけに飲物は紅茶・コーヒー・ジュースまで多種多様だね」
「でも、作るのも大変じゃない?」
そう聞くと、紗奈ちゃんは軽く首を振った。
「今週中は試作をして、来週から分担でどんどん作る予定なの。それにアイスみたいなのは買ってくる事になったし、食材も朔夜くんが効率の良い使い方とか考えてくれているし……」
「朔夜?」
「朔夜くんも調理係なの?」
そういえば係を決める時、実行委員として前にいた朔夜はその場で決めていたから何の係か知らなかったんだよな……。という事は、朔夜の《調理》のレベルって15を超えていたんだ……。
アオと顔を見合わせて驚いていると、紗奈ちゃんはキョトンとして首を傾げた。
「あれ? 知らなかった?」
「うん。ほら朔夜って別に料理下手じゃないのに、たまに色んな意味で凄い物を作るから、さすがに調理係はやらないかと……」
「……あぁ~、確かにアレは凄かったね」
一緒に暮らすようになってから紗奈ちゃんは毎月満月の日に雅樹が飲まされる「特製オリジナル野菜ジュース」の事を知った。なんなら、最初の満月の日に怖いもの見たさで飲んだんだよね……。その結果、その日1日雅樹と一緒にずっとグロッキーになっていたっけ……。
全員でその事を思い出したのか、みんな苦笑いを浮かべている。
「なんでもね、調理係は衣裳係の次に大変になる係だから、誰かスケジュール管理や食材管理をする人がいた方が良いと思ったらしくて、それならいっそ自分がなってしまおうと思ったみたいだよ」
「あぁ、なるほど。確かにそれは朔夜の得意分野だね。家の方でもやっている事だし」
「ねっ」
なんとも朔夜らしい理由だね。……もう趣味の1つなんじゃないかとすら思うよ。
「ちなみに他のみんなって何の係になったか知っている?」
紗奈ちゃんがそう聞くと、横でアオが頷いた。
「誠史くんと玲くんが内装係のインテリア・小道具班になったみたいだよ」
「あとは匡利と雅樹が内装係の大道具班になったみたいだね。あの2人、何気にそういう作業が得意みたい」
「慶人くんは内装係の総合リーダーらしいね。それから、佳穂と一緒にエリカが内装係の音響班になったって聞いたけど、優は知ってた?」
そう言いながらアオが私を見る。あれ? アオはその事をちゃんと知らないんだ。
「うん。この間の採寸の最中になんとなく慶人と話したんだけど、最初エリカは誠史と同じインテリア・小道具班を希望していたらしいんだよね。でも、音響班なれるほど音楽に詳しい人が佳穂ともう1人くらいしかいなかったみたい。それでエリカならアオと同じコーラス倶楽部だし音楽に詳しいんじゃないかと思って交渉したら、快諾してくれたみたいだよ」
「「なるほど……」」
まぁそれに、慶人としてはアオとエリカの関係はそこまで悪くなくても、エリカと誠史が同じ班だとアオが知ったらさすがに落ち込むと思ったらしいんだよね。無理やり別の班にするつもりはなかったけれど、良い口実ができたからそのまま交渉したら良い感じに収まったって言っていたなぁ。この事はアオには内緒だけれどね。
「――ところで、慶人くんたちの衣装デザインって完全に決まったの?」
数日前の事を思い出していると、紗奈ちゃんが聞いてきた。
「うん。ウエイターとウエイトレスの衣装ができあがったら、そっちを作り始める予定」
「どんな感じになったの?」
少し身を乗り出して興味津々な眼で紗奈ちゃんは聞いてくる。私とアオは思わずニッと口元に笑みを浮かべた。
「見る? ちょうどコピーを持っているよ」
アオは持ってきていたトートバッグからいそいそとファイルを取り出す。その中にある6人分のデザイン画の紙をワクワクとしながら待つ紗奈ちゃんに渡した。
「……わぁ。どれもすっごく可愛いね」
「でしょう? 特に匡利なんて力作だよ」
「いやぁ、誠史くんの方が可愛いよ~」
「可愛いって言ったら、慶人くんも負けていないね」
どれも頑張って考えたからね。正直作るのは気が遠くなりそうだけれど、これを着たみんなを見るのが楽しみだなぁ。
そんな風に3人で盛り上がっていると、調理実習室中が今までと違う感じに一瞬だけざわつく。
「優、葵」
声がして振り返ると、そこには慶人が立っていた。
「け、慶人」
うわっ、慶人に見つかったらヤバい。そう思って咄嗟に私と紗奈ちゃんは手元のデザイン画を背に隠す。でも、アオはまだ手に持ったままだ。
「どうしたの? 慶人くん」
アオが聞くと、慶人は深いため息を吐いた。
「どうしたの、じゃねぇよ。生徒会の見回りが終わって教室に行ったら、咲緒理がお前たちを探していたぞ」
「えっ?」
驚いて時計を見ると、確かにここに来てから結構時間が経っていた。うわぁ、サオに悪い事したな……。
「ところで、お前たちは何をそんなに盛り上がっていたんだ?」
「えーっと、その……」
どうしよう、さすがに女装の事とは言えない。何て言って誤魔化そうかな……。
「慶人くんたちの衣装の事だよ」
……ん?
不意に聞こえてきた言葉に驚いて顔を上げると、ニコニコと笑うアオがいた。えっ、もしかして今のアオが言った……?
「俺たちの衣装だと……?」
「うん。ほら、これだよ」
アオはそう言いながら手にしているデザイン画を慶人に差し出す。いやいや、待って。それ、よりにもよって慶人の……っ!
「ちょっ、アオ……!」
「えっ?」
慌ててアオを止めるけれど、慶人の方が一歩早かった。アオの手からデザイン画を取り、目を向ける。その瞬間、慶人の表情が固まった。
「……衣装とは、まさかアレか」
「うん、そうだよ」
その言葉に慶人の表情が一変する。その変化に気付いていないのか、アオは笑顔のままだ。
「【どうしよう、紗奈ちゃん。慶人の顔がメッチャ怖いんだけど……】」
「【と、とりあえずアオちゃんを止めるしかないと思うけど……】」
この場をどう切り抜けるか紗奈ちゃんに《念話》で相談するけれど、その間にもアオが次々と爆弾を投下していく。
「可愛いでしょう? それね、慶人くんの衣装なんだよ」
「なんだと……?」
うわっ、目が据わった!
「【ヒィッ! 火に油、火に油! あわわわ……どうしたら良いの、これ!?】」
「【ゆ、優、落ち着いて!】」
そう言う紗奈ちゃんもかなり慌てている。なんなら、すぐ側の実習台の子たちが少しずつ後退している気がする。それくらい慶人の怒りが凄まじい。……怒りどころか殺気立っている気がする。それなのに、目の前にいるはずのアオは未だにそれに気付いていない。……何で!?
「絶対慶人くんに似合うと思うんだよね。楽しみだなぁ!」
無邪気なアオのセリフとは裏腹に慶人の額にビキビキッと青筋がいくつも浮かんだ。
「アオ!」
「アオちゃん!」
紗奈ちゃんと2人で慌てて声を上げるけれど遅かった。次の瞬間、慶人は手にしていたデザイン画を握り潰してしまった。
「【怒りMax! 怒りMax! ……アオーッ!】」
「【ご、ごめん!】」
「【わぁ~ん! 慶人くんが怖い~!】」
さすがのアオも気付いたらしくて顔を青褪めさせている。紗奈ちゃんと私は半泣きだ。身を寄せ合う私たちの周りにはすでに人がいなく、みんな実習室の隅に寄っている。学園祭の準備中とは思えないくらい部屋の中が静まり返っていた。
一方で慶人は握りつぶしたデザイン画を無言のままさらに丸めて潰している。そのままゴミ箱へ向かうと思い切り投げ入れていた。ゴミ箱からとは思えないような凄い音がしたんだけれど……。心なしかゴミ箱が歪んでいるような気がする……。
今のデザイン画、コピーだから原本はサオの《無限収納》の中だけれど、これは秘密にした方が良いよね……?
長いような短いような沈黙の後、ようやく慶人が動いた。ゆっくりと振り返り、私とアオを見る。カッコいい人が怒ると迫力が凄いよね! 目が据わっていて超怖いんですけど!
「……優梨、葵」
「「は、はい……」」
「……咲緒理が待っている。早く教室に戻れ。良いな?」
「「はいっ!」」
アオと声を揃えて返事をすると、慶人はそのまま実習室を出て行った。それでようやく実習室中の張り詰めた空気が和らいだ気がする。その反面、私とアオと紗奈ちゃんは3人で同時に深いため息を吐いた。
「怖かった……慶人くんがあんな風に怒るの初めて見た……」とアオ。
「この感じだと、他のみんなにも見せない方が良いんじゃないかな?」と紗奈ちゃん。
紗奈ちゃんの言葉は尤もだと思う。ただね、ウエイター・ウエイトレスの保管は教室でしているから、女装衣装もそのつもりだったんだけれど、これはさすがに……。
「――そもそも衣装自体を衣装合わせの日まで隠した方が良い気がする」
そう言うと、アオと紗奈ちゃんは顔を見合わせて脱力したように頷いていた。
その後、私とアオはサオが探している事を思い出して慌てて調理実習室を後にした。教室ではサオが1人で作業を進めていて、本当に悪い事をしてしまった。当然ながらしっかりと怒られて、私とアオは必死に謝ったよね。
それから慶人の事をサオにも話し、満場一致で女装衣装の保管はそれぞれの《無限収納》の中という事が決定していた。
ここまで読んで下さり、ありがとうございました!
次回ですが来週(1月3日)はお休みします。
なので、再来週の1月10日に更新をしたいと思います。
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