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異能者恋物語  作者: 蒼月憂
第3章 新たな日常
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第41話 君は独りじゃない 後編

 ~ side 紗奈 ~




 中学2年生になる少し前、私はそれまでいた家をまた追い出されていた。相変わらずの父の代理人だという人が迎えに来て、それまで王都外の小都市に住んでいた私は初めて王都に来たの。王都に入って、私はとあるアパートに連れて行かれた。

 そこで待っていたのが「彼」だった。


『初めまして、紗奈ちゃん。今日から俺が、君と一緒にいてあげるからね』


 そう言って「彼」は私に手を差し出した。初めて求められた握手にとても戸惑ったのを覚えている。恐る恐る握り返したその手はとても温かくて、私は生まれて初めて「安心」したの……。


 聞いてみると「彼」は父親の弟の子どもで、初めて会う私の従兄だった。もうすぐ大学3年生で1人暮らしをしていたんだけれど、今回私を引き取る事になったと言われて私は大いに驚いていた。

 さらに、それまで通っていた学校には当然通えなくなるので、転校と編入試験があると代理の人に言われた。すでに行く学校は決まっていて、急な転校だから試験のみだとも……。それが藤永学園の中等部だった。

 従兄の家に行って5日後、私は藤永中学校の編入試験を受け、合格した。しかも、それまで勉強を頑張っていたおかげで好待遇を受けられる「特殊特待生」になる事もできた。


 そして、それからの私の生活はガラッと変わったの。


 普通に学校に通って、家に帰れば私の部屋があって。そこで勉強をする事も布団で眠る事もできた。何よりも、今までの様に暴言や暴力に怯える必要がなかった。私を引き取った「彼」は本当に優しかった。


『これ、紗奈ちゃんが作ってくれたのか? スッゲェうまいよ!』

『掃除をしてくれたのか? 助かるよ。ありがとうな』

『紗奈ちゃんが来てから洗濯物がすげぇ綺麗なんだよ。マジでありがたいよ』


 食事を作るたび、掃除や洗濯をするたびに彼はとても喜んでくれた。


『紗奈ちゃんのおかげで大学の勉強がすげぇ捗るんだよ。マジで紗奈ちゃんが来てくれて良かったよ』


 ずっとやって当たり前だと言われ続けていた私にとって、「彼」から貰うお礼が本当に嬉しかった。


 そして、何よりも私がもう1つの姿を見せてしまっても、驚くだけで今までみたいに詰られなかった。


『これ、本物の羽なのか? すげぇな。飛んだりもできるのか?』

『う、うん……』

『マジか。なんか羨ましいな』

『……気持ち、悪くないの?』

『全然!』


 初めて見られた時、「彼」はそう言って笑った。私は、やっと私の事を受け入れてくれる人が現れたんだって喜んだし、嬉しくてたまらなかった。その頃から少しずつ力のコントロールもできるようになって、それも「彼」のおかげだと私は思っていたの。


 だから「彼」のためなら毎日だって家事を頑張れたし、「彼」のお願いはどんな事(・・・・)も聞いてあげたいと思っていた。「彼」の言葉を信じて疑わず、「彼」のためになるなら何でも(・・・)やったの。それで「彼」が喜んでくれるなら私も嬉しかったし、何よりも「彼」の喜びが私にとっての幸せだったから……。


 そう。私はいつしか「彼」の事を好きになっていたの。……本当に大好きだった。私の、初恋だったの……。


 でも……私の幸せな時間は、そう長くは続かなかった……。




 私が「彼」と暮らすようになって2年がたった。

 私は藤永の中等部を卒業して、そのまま高等部への入学が決まっていた。「彼」も大学を卒業して就職するのだと私は聞いていたの。それでも、これまでの生活は何も変わらないのだと私はずっと思っていた……。


 中学の卒業式の日、私は自分と「彼」の卒業と入学・就職のお祝いをしようと思って、色々と買い物をしてから「彼」の待つアパートに帰った。


『ただいまー』


 いつものように家の中に向かってそう言ったけれど、いつもと違ってその時は返事がなかった。どこかに出かけているのかと思いながら家の中に入る。そうしたら「彼」はリビングのソファに座っていた。


『あっ、ここにいたんだね。ただいま』

『…………』


 何も返事をしてくれないのを不思議に思いながら、私は買ってきた物を冷蔵庫にしまいつつ話しかけていた。


『今日ね、私も中学卒業したでしょう? だからね、お祝いにちょっと良いお肉でも食べようかなって思って、買ってきたんだ』

『…………』

『えっと……何か他に食べたい物ある? 前に美味しいって言ってくれたスープとか……そうだ。今日は特別だから、お酒も出そうか? 私は飲めないのが残念なんだけど……』

『…………』


 何も言ってくれない事に私はだんだん不安になる。食材をしまった私は「彼」から少し離れた所に立った。


『あの……そ、それとも、何か違う物にしようか? えっと……あっ、ラザニアなんてどうかな? 前に好きだって言ってくれたよねっ!』


 なるべく明るい声でそう話しかけていると、「彼」がため息を吐くのが分かった。


『――何もいらねぇよ』

『えっ……?』


 聞いた事のない冷たい声に私は言葉が出なかった。


『テメェの作った物なんざ、何もいらねぇんだよ。何がお祝いだ!』

『ど、どうしたの……? 私、何か……』


 震える声で話しかけるけど「彼」はそれを無視して嘲るように笑った。


『あぁ、ある意味お祝いか。やっと……やっと解放されるんだからな……』

『な、に……?』


 戸惑っていると、ゆっくりと「彼」は立ち上がってこっちを向く。その顔は初めて見るような冷たさがあった。


『――お前、今日でこの家を出て行けよ』


 まるで殴られたかのような衝撃だった。何を言われたのか、全く理解できなかった。


『っ……い、今……何て、言ったの……?』


 あまりの事にそう聞き返すと、「彼」は鬱陶しそうにため息を吐いた。


『だから、今日でこの家を出て行けって、そう言っているんだよ』


 聞き間違えじゃなかった。サーッと血の気が引いて、指の先が冷たくなるのを感じた。


『で、出て行けって……何でそんな……っ! い、嫌よ、そんなの! 何で!? どうして急にそんな……っ!』


 嘘だと、冗談だと言って欲しかった。いつもの笑顔を浮かべてそう言って欲しくて、思わず「彼」に縋った。でも、その願いは叶わず、舌打ちをした「彼」は蔑んだ目で私を見た。


『触んじゃねぇよ!』

『きゃっ……!』


 縋る私の腕を振り払って思い切り突き飛ばされた。私は床に尻餅をついて、さらに勢いよく壁にぶつかる。倒れこんだ私に見向きもしないで、顔をしかめた「彼」は私が掴んだ場所をまるで汚い物でもあるかのように払っていた。


 初めて目にする表情、初めて聞く声、初めての行動に私は何が何だか分からず、呆然と「彼」を見つめるしかなかった。すると、「彼」は睨むようにして私を見下ろしてきた。


『ハァ……もう“家族ごっこ”は終わりなんだよ』

『お、わり……?』

『そうだよ。何? 俺が本気でお前の“家族”になってやるとでも思っていたのか? はぁ~、マジでおめでたいのな? アハハッ!』


 困惑する私を他所に「彼」はゲラゲラと笑う。ひとしきり笑った後、嘲笑を浮かべて私を見た。


『おめでたいお前に教えてやるよ。俺ね、伯父さんに……お前の親父に金で雇われていたんだよ』


 冷水を被せられたかと思った。正直、意味が全然分からなかった。


『か、ね……? 雇うって……』

『そのまんまの意味。分かる?』


 嘲笑いながら「彼」は自分の頭を指先でトントンと叩く。言われている意味を理解したくなかった私は無意識に首を横に振っていた。全身が震えて指の先の感覚がない。カチカチと小さな音で歯が鳴っていた。

 分かるはずがなかった。ううん、分かりたくなかった。全てが夢なのだと、質の悪い冗談なのだと言って欲しかった。


 でも、そんな私を蔑むように「彼」はため息を吐いた。


『何で分からねぇのかな……あのな、もうお前の引き取り先、どこにもねぇんだよ』

『えっ……?』


 一瞬何のことかと思った。でも、言われてみれば結構な数の家を転々としていた。それこそ「彼」の家に来る前なんか、本当に私と繋がりがあるのかと思うほど遠い関係だった。


『というより、お前の親父の伝手(・・)が無くなったって言うのか? とにかく、もうだーれもお前を引き取っても良いって言われなくなったんだとよ』

『…………』

『それでも、お前をそこら辺に適当に放っておいて、そこからお前の正体だとか自分との繋がりを世間に知られるのが嫌だったんだと。まぁ、すでに自分の知り合いにはお前を預けたせいで知られちまって、縁を切られたり避けられたりしまくっているみたいだけどな? あの人も不憫だよなぁ。こんな奴が子ども(ガキ)でよ』


 本当にそう思っているのか分からないような口調だ。この人は私の父親すらも見下しているのだと、頭の隅で思っていた。


『まぁそれで、お前の親父はせめてお前がギルド登録なり働くなりできるまで、つまりは中学卒業するまでは何とか預け先を見つけようと躍起になったんだよ。……それで白羽の矢が立ったのが、この俺ってわけ』


 「彼」の話を聞きながら私は父親の事を考えた。

 確かにあの人はそういう人間だ。世間体を気にして、私を一見普通の子どもの様に外では扱い、学校にも通わせている。それに、とっくに愛情など失せているであろう母親といつまでも離婚せず、病んだ母親を甲斐甲斐しく世話をしていた。妻を労わる“良き夫”として振る舞いながら……。


『――最初言われた時は絶対に嫌だと思ったんだけどな。中学を卒業するまでお前を住まわせて、適当に面倒を見る。たったそれだけでこの家の家賃と光熱費、さらには毎月金貨25枚もくれるって言うからよ。それに、大学卒業した後の就職も口を利いてくれるって言われているんだ。なら、話に乗らない手はないよな?』


 もう何も考えられなかった。私の知らない所で大金が動いていた事も、それほどの事をするほどに私は父親(あの人)に疎まれているのだという事も、私には最早どうでも良かった。それよりも目の前のいるのは本当に私が好きになった「彼」なのかと、その事ばかりを考えていた。


『――とは言え、この2年は辛かったなぁ。なぁんで俺がお前みたいなガキをお守りしなきゃなんねぇんだよ。ビクビクウジウジして鬱陶しいし、俺に気に入られようとして媚び売ってマジでうぜぇし……』

『そ、んな……』

『なんだよ。俺が本気でお前の事を煽てていると思ったのか? そんな訳ねぇだろう。お前が出て行ったらお前の親父との契約がおじゃんになるから、嫌々機嫌を取っていたんだよ。まぁ、その様子じゃ俺、結構頑張っていたみたいだな? そこまでお前の事騙せていたんなら、俺って舞台俳優の才能でもあるのかな? ハハハッ!』


 ハラハラと涙が零れ落ちる。この2年は一体何だったのだろうかと思った。何故、これほどの事を言われなきゃいけないのかとも……。


『まぁ、お前のおかげで面倒くせぇ家事はしなくて良いし、金も就職の心配も苦労もねぇし、結構良い思い(・・・・)もしたからな。そこだけは感謝しているぜ?』

『…………』

『だけど、それくらいの見返りがねぇと割に合わねぇよな? ……じゃなきゃ誰が引き取るって言うんだよ』


 それまで嘲笑っていた「彼」は急に笑みを消し、憎しみのこもった眼で私を睨みつけた。


『――お前みたいな“化け物”をよ……』


 世界が、崩れたかのような気がした。

 父親に捨てられたあの日から、何もかも諦めていた私にとって「彼」は唯一の光だった。優しい「彼」が本当に好きだった。心の底から愛していたの。だからこそ私のできる全てを捧げたの……。あんなにも幸せだったのに……。




 でも、優しい「彼」もそれまでの幸せな日々も、何もかもが幻に過ぎなかった……――




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 思い出したくもなかったあの日の事を話し終えると、リビングルーム中がシンと静まり返っていた。みんな顔を青ざめさせていたし、アオちゃんとさーちゃんはポロポロと涙を零している。


「――その後、すでにそう決まっていたのか、また父の代理人が迎えに来たの。私は荷物をまとめてあの人と暮らしたアパートを出て行くしかなかった……。それから向かった先は夏まで暮らしていた寮なの。そこで代理の人に父からの伝言で『世話をしてやるのはここまで。今後は自分で全てどうにかするように』って言われたの」

「そんな……」

「みんなも同じだから知っていると思うけど、特殊特待生だと授業料とか色々免除してもらえる上に寮に入るお金も全てその対象だったの。……だから、父はこれ幸いと本格的に縁を切ってきたんだと思う。今後必要になるかもしれない書類も全てあったし、もしもの時の委任状も束で渡されて……もう、何もかもが青天の霹靂で……夢でも見ているのかと思ったくらいなの」


 少しだけ明るい口調で言ったけど、みんなは少しも笑わなかった。


「……正直、自暴自棄になりそうだったけれど、現実はそうもいかなくて……特待生の資格が無くなったら学校に通えなくなるから勉強を頑張らないといけないし、生活のためにギルドに登録して依頼を受けてお金を稼がないといけないし……。もう、毎日が目まぐるしかった。唯一の良かったのは、私1人になったから少しスキルを使ってもそれを咎める人も疎ましく思う人もいなくなった事かな……」

「紗奈ちゃん……」

「それにね……私、みんなの存在に凄く救われたの。あまり人付き合いが得意じゃない私と中学の頃から仲良くしてくれて、高校に入ってからもあんな事があった後で、ちょっと荒んでいた私と変わらず接してくれて……本当に嬉しかったし安心したの……」


 みんながいたから藤永を辞めずに頑張ろうって思えたし、これまでやってこられた。みんながいなかったら、きっと今頃学校も辞めて何をしているのか想像もつかない。ただ碌な事にはなっていないだろうなっていうのは分かる。それにもし辞めていたら、こうしてみんなが仲間だと知って一緒に暮らす事もできなかったと思うの。


「……みんなが仲間だと知って、一緒に住もうって言ってもらえて……本当に嬉しかったの」


 ポロッと堪えていた涙が零れて、手を握ってくれる優の手の甲に落ちた。すると、ギュッと握る優の手に力がこもった。


「……でもね、幸せを感じるたびに……あの頃の事を思い出したり、夢に見たりするようになったの」

「夢……?」

「うん……あの人が、私の前からいなくなる夢……出て行けって言って、私を突き飛ばすあの人の夢を……幸せだったのが、全て壊れたあの瞬間を、何度も夢で見るの……。その度に、不安で堪らなくなった……っ!」


 夢だと分かっている。現実じゃない事も分かっている。でも、あれは確かに私の身に起こった事。忘れたくても、心の奥底に残り続ける記憶だ……。


「もちろんね、みんなも俊哉さんも私の事を仲間として受け入れてくれているって分かっている。あの人みたいに裏切られる事はないって、ちゃんと理解しているの……でも……っ」


 ずっと胸に抱えた思いを口にしようとすると、喉の奥から嗚咽が漏れそうになる。堪えられない涙がいくつも零れ落ちた。


「……っ、何かの拍子に……この幸せが壊れたらって……この家を出て行かなきゃいけない事が起こったらって……想像したら不安でしょうがなかった……もしも何か迷惑かけて、みんなに……き、嫌われるような事しちゃったらどうしようって……っ」

「紗奈ちゃん……」

「そんな事ないって、分かっているはずなのに……あの人の夢を見るたびに、そんな思いが頭から離れなくて……怖くて堪らなかった……私、“独り”が怖い……っ!」


 馬鹿げているって自分でも思う。でも、起こるはずのないその“もしも”が私はとても恐ろしかった……。


「……っ、弱くてごめんなさい……でも、どうか嫌わないで、離れて行かないで……独りに、しないで……っ」


 なんて浅ましい願いだろうと思う。でも、本当の幸せを知ってしまった私にはこれ以上の願いはなかった。それさえ叶うのなら、他には何もいらないと思えるほどに、みんなとの暮らしが私は幸せだったの……。


 みんなの顔が見られず、ずっと俯いていたら、優に力強く抱き締められた。


「……っ、離れるわけないじゃない……!」


 強く言われたその声が、僅かに震えている事に気付いた。


「優……?」

「ずっと、夢見ていたんだよ? 紗奈ちゃんが私たちの仲間だったらなって……ずっとずっと、そう願っていたんだよ? なのに……そんな簡単に嫌ったりなんてしない。離れたりなんてしないよ……!」

「っ……ごめんね……」


 思わず謝ると、優は首を振った。


「私たちこそごめんね……そんな風に思っていたなんて……そんなに悩んでいたなんて気付かなかった。……気付いてあげられなくてごめんね……独りで、寂しい思いをさせてごめんね……っ」


 そう言われて、堪らなくなった私は優を抱き締め返した。そうしたら、アオちゃんとさーちゃんと佳穂も上からさらに抱き締めてきた。


「紗奈」


 5人でギュウギュウと抱き締めあう私たちに慶人くんが声をかけてくる。見ると、慶人くんは真剣な眼で私を見ていた。


「お前の過去の事、話してくれてありがとうな」

「慶人くん……」

「正直思っていた以上の事だ。そう簡単に過去の苦しみから解放されるとは思ってねぇ。……それは、ここにいる全員が同じだからな」


 みんなも何かしらの過去を抱えている事は少しだけ聞いている。それがどんなものなのか、私には分からないけれど、みんなも同じように苦しんでいたんだ……そして、慶人くんの言い方だとまだ苦しんでいるんだね……。


「……お前の苦しみの全てを理解できたとは言えねぇ。だが、それでもお前の願いを俺たちは叶えてやれる」


 そう言うと、慶人くんはとても優しい微笑みを浮かべた。


「紗奈。夏にお前が仲間だと分かって、お前がこの家に住み始めた時から、俺たちは“家族”になったんだ」


 慶人くんの言葉に私は目を見開いた。家族、それは優たちの関係を表す言葉だ。その関係に、私も入っているの……?


「家族……」

「あぁ、そうだ。血の繋がりはねぇけど、誰が何と言おうと俺たちは全員、当然紗奈も“仲間”で“家族”なんだよ」

「慶人くん……」

「そうだよ、紗奈ちゃん」


 抱き締めあっていた手を緩めて、優が顔を覗き込んできた。


「私たちは“家族”なんだよ。だから絶対、離れたりなんかしないよ」

「紗奈が嫌にならない限り、ここにいて良いのよ」

「優……佳穂……」

「あとね、紗奈ちゃん」


 今度はアオちゃんが声をかけてきて、私はそちらを向いた。


「何か悩んだ時は、どんどん言って良いんだからね。遠慮しないで」

「そうそう。何でも聞くからいっぱい相談してね」

「アオちゃん……さーちゃん……」


 1人1人の言葉がとても優しくて、それに温かくて、私は胸がじんとしてきた。すると、今度は朔夜くんが笑顔で軽く手を上げた。


「俺からも。家の事とか当番の事とか、何か要望があれば言ってくれて構わないからな」

「朔夜くん……」

「それに困った事があっても言って欲しいな。もちろん、遠慮はしないんだよ?」

「困った時はお互い様だからな」

「誠史くん……匡利くん……」

「それと、魔力やもう1つの姿の事で何かあれば魔道具や薬も用意できるからな。それも遠慮なく言ってくれて構わないぞ」

「玲くん……」


 ふと、自然と視線が雅樹くんの方に向く。雅樹くんはとても穏やかで優しい笑みを浮かべていた。


「紗奈。俺たちはずっと側にいるよ」

「雅樹くん……っ」


 またハラハラと涙が零れ落ちる。でも、この涙は悲しみの涙じゃない。


 あぁ、どうしてあんなにも悩んでいたんだろう。みんなはあの人とは全く違う。むしろ、こんなにも真っ直ぐとみんなは私の事を想ってくれている。不安になる事なんて何もなかったのに……。


『紗奈ちゃん――』


 不意にあの人の記憶が蘇る。……あの日から1年半が経った。正直、傷は全く癒えていない。今でも思い出すだけで酷く傷が疼くし、泣きたくなる。あの人を好きなった事、あの人に尽くした日々を後悔しない日はない。でも、あの人の元へ行ったおかげで私はこうしてみんなと出逢う事ができた。それだけは紛れもない事で、唯一感謝してると言って良いかもしれない……。


「ありがとう、みんな……」


 私と出逢ってくれて、私の仲間になってくれて……私の、家族になってくれて、ありがとう……――






 あれから私はすっかり回復して、それまで通り過ごしている。少しだけ古典の先生の事が心配だったけれど、次に授業で会った時は何事もなかったかのように接してきた。……いや、むしろ避けられているような気がする。それに、なんだか私だけじゃなくて優とか慶人くんとか、雅樹くんとかみんなも避けている気がする。

 少し気になって、私が先生に呼び出された日に何があったのか優に聞いてみた。


「えっとね、慶人がちょーっとキツめにお灸を据えたんだけど……どうやら効果抜群だったみたいだね」


 優は苦笑してそう言うばかりでそれ以上の詳しい事は教えてくれなかった。あの場にいたアオちゃんに聞いても同じような答えだし、慶人くんに至っては「気にするな」と言って頭を撫でてくるだけだった。まぁ、3人がそう言うのならそれで良いのかな?


 それから、私と雅樹くんの関係に少しだけ変化があった。

 今まではなんとなく一緒にいるだけだったけど、あの日以降から少しだけ意識して一緒にいる事が増えた。学校帰りや休日に2人で出かけたり、家にいても一緒に何かしていたり……。そういう時、雅樹くんはとても穏やかで優しい笑顔を浮かべている時が多い。それを目にするたびに、私は胸が高鳴っていた。


 あの日、あの人との幸せな日々が偽りだと知って打ちひしがれた私は、もう誰も好きになれないと思った。でもこの半年の間、雅樹くんが私に話しかけてくれて、たくさんの事から守ってくれて、それから笑顔を向けてくれるたびにどんどん惹かれていた。

 そして、今回の事で私はハッキリと自覚した。



 ――私、雅樹くんの事が好き……。



 好き。大好き。

 この気持ちを伝えられる日が来るかどうかは正直分からないけれど、どんな形であれこの想いを、一緒にいられる日々を大切にしていきたいと思う。






 そして、あれから私が「あの日」の事を夢に見たのはたった1度だけだ。それも、今までの夢とは違っていた。今まではあの人に突き飛ばされて罵倒されると目が覚めていた。でも、その時に見た夢には続きがあった。


 今の私が、あの人に捨てられて絶望に打ちひしがれている“私”を見つめている。暗闇の中、あの日の“私”はその場に蹲って泣いていた。私はそっと“私”に近付く。私に気付いた“私”は悲しみと苦しみに歪み、涙に濡れた顔を上げて私を見た。


『わ、たし……また……独りに、なっちゃった……っ!』


 そう言って泣き続ける“私”をそっと抱き締めた。


「……泣かないで。今は独りでも、いつか必ず、独りじゃなくなるから……」

『本当に……?』

「本当だよ。だって――」

「私たちが側にいるよ」


 声がして顔を上げると、私たちの周りにみんなが立っていた。優が近付いて来て、私たちを一緒に抱き締めた。


「私たちがいるよ、紗奈ちゃん」

『……本当に?』

「本当だよ。そうだよね?」


 優が私を見てそう聞いてきた。優を見つめ、他のみんなの顔を順に見る。最後に雅樹くんを見ると、私の大好きな笑顔を浮かべてくれた。それを見て、私は自然と笑みが零れる。そして、抱き締めている“私”を見つめた。


「うん、そうだよ。私は……あなたは独りじゃないよ」


 かつて私が誰かに言って欲しかった言葉。それを言ってあげると、いつも泣いていた“私”が初めて笑顔になった。すると、スゥッと解けるように消えていった。同時に暗闇ばかりだった周りが明るくなっていた。




 目が覚めると、まだ夜が明けたばかりだった。いつもならこうして目覚めると不快感があったけれど、今はこれまで感じた事のないくらいどこかスッキリとしたような気持ちだった。


「(あぁ……やっと、解放されたんだね……)」


 あの時感じた苦しみや悲しみは未だに消えていない。すべて消えるには時間がかかるんだと思う。でも、あの日の絶望から、あの人への想いから、私はやっと解放されたんだ。


 みんなと暮らすこの家の自室の窓から空を見上げ、夜明けの眩しさに目を細めながら、私はそう思っていた……。


ここまで読んで下さりありがとうございました!




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