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異能者恋物語  作者: 蒼月憂
第3章 新たな日常
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第39話 君は独りじゃない 中編 ①

 それから数日が経過した。

 紗奈ちゃんは相変わらずで、むしろ上の空になっている時間が増えていた。それは学校にいる時も同じになり、ついには授業中にも及んでいた。ボーッと前を見つめていて、ノートも書いているのかいないのか分からない状態が何日も続いている。

 そして、ある日の古典の授業中の事だった……。


「――えー、ここの意味を答えてもらうのは……」


 とある文の現代語訳を答える質問だ。先生はグルッと教室を見渡して、誰に答えてもらうか考えていた。その先生の目に留まったのが紗奈ちゃんだ。


「……じゃあ、松川。答えられるか?」

「…………」

「松川?」


 先生が呼びかけるけど、紗奈ちゃんは反応しない。上の空のまま自分のノートを見つめていた。なかなか答えない紗奈ちゃんを変に思って、段々と教室中の人たちが紗奈ちゃんに視線を向ける。同時に、先生が苛立ち始めているのが分かった。


「(紗奈ちゃん……)」


 私は席が離れているからハラハラと見つめる事しかできない。すると、サオが紗奈ちゃんに声をかけ始めた。


「紗奈ちゃん……紗奈ちゃん……」


 小さな声で呼ぶけど、紗奈ちゃんは全く気付かない。


「紗奈ちゃん」


 今度はそっと肩を揺らしながら呼ぶ。さすがにそれには気付いたみたいで、紗奈ちゃんは顔を上げてサオを見た。


「どうしたの?」


 小さな声で紗奈ちゃんが言ってから数秒後、サオが前を示したのか紗奈ちゃんはやっと視線を前に向けた。紗奈ちゃんの視線の先には明らかに怒髪天を衝いている先生がいる。紗奈ちゃんの顔色がサァッと青くなった。


「松川……授業中に上の空とは随分と余裕だな?」

「あ、あの……」


 何かを言おうとする紗奈ちゃんを先生はギロリと睨む。ビクッと肩を震わせた紗奈ちゃんは口を噤んだ。先生はチラッと時計を見る。あと15分もすれば授業終了の時間だ。


「……松川は放課後、古典準備室に来るように。良いな?」

「……はい」

「じゃあここは日向、答えろ」

「はい」


 先生の質問には紗奈ちゃんの代わりにサオが答えた。そのまま授業は普段通り進んでいく。でも私は、紗奈ちゃんが心配過ぎてその後の授業の内容が全く頭に入ってこなかった……。


 それから時間が過ぎて放課後になった。SHRが終わった後、ため息を吐いた紗奈ちゃんが立ち上がるのが見えた。


「紗奈ちゃん……」


 サオが声をかけると、紗奈ちゃんはこちらを振り返った。私たちも紗奈ちゃんを見る。すると、紗奈ちゃんは力なく笑った。


「じゃあ、行ってくるね」

「……1人で大丈夫なの?」

「うん……いつまでかかるか分からないから、みんなは先に帰っててね」


 紗奈ちゃんはそう言って、鞄を手に教室を出て行った。次の瞬間、私たちは慶人の席の周りに集まった。


「慶人、どうにかする事はできないの?」


 私がそう言うと、慶人は顔をしかめて首を横に振った。


「今回ばかりはどうにもならねぇ。実質、多少の落ち度が紗奈にある以上はな」

「でも、あの先生って……」

「優の言いたい事は分かる。しかし、こればかりはな……」


 慶人は苦虫を噛み潰したような表情になった。

 あの古典の先生は元々私たちの事を良く思っていない先生の1人だ。今年度の新任で、私たちの事をよく知らないからだと思う。先生としては志も高いし正義感が強く、授業も分かりやすくて生徒からは割と人気だ。ただ頑固であまり融通が利かない所があるのも確かで、私たちの東人にしては派手な髪色で「素行不良」と決めつけている部分がある。実際、何度か「何故特進に入れたのか分からない」と言っているのを聞いた事があった。

 それを思うと、紗奈ちゃん1人で行かせるのがどうにも忍びなかった。


「――とりあえず、何人かで様子を見に行かない? もしもの時はすぐ対応できるように」

「……そうだな。行くのは俺と……雅樹、優、葵だ。他は家に帰っていろ」


 慶人がそう言うと、みんな頷いた。サオと佳穂が心配そうにこっちを見た。


「優、アオちゃん。紗奈ちゃんの事……よろしくね」

「うん。サオたちは家に帰ったら紗奈ちゃんがゆっくり休めるように、お茶でも用意してて」

「分かったわ」


 サオたちに見送られ、私たちは紗奈ちゃんが向かった古典準備室へと急いだ。




 古典準備室があるのはD棟だ。渡り廊下を通ってD棟に入り、古典準備室に向かう。そこまで遠い場所じゃないはずなのにやけに時間がかかっている気がした。


「――何か言ったらどうだ!?」


 やっと古典準備室のドアが見えてきた所で、そう怒鳴る声が聞こえてきた。私たちは思わず立ち止まり、顔を見合わせた。


「今の……」

「あぁ。あの教師の声だ」


 全員で顔をしかめ、急いで準備室に近づく。中には入らず、ドアにそっと耳を寄せる。中から紗奈ちゃんの弱々しい「すみません」という声が聞こえてきた。


「今日だけじゃない。このところ、ずっとその調子だろう。ノートも書かない、話も聞かない……授業を受ける気があるのか!?」

「……すみません……っ」


 うぅ、紗奈ちゃんの声が完全に涙声だよ。というか、そんな言い方じゃ何か答えたくても答えられないよ……。ハラハラと落ち着かない気持ちで聞いていると、先生の語気がますますヒートアップしている。


「大方くだらない事でも考えていたんだろう。運よく(・・・)特進に入れたからと言って、そんな態度ではすぐに落第するぞ。分かっているのか?」

「…………」

「そもそも何故そのような派手な髪色を学校側が許可しているのか私は理解に苦しむ。見た目ばかりか、授業であのような態度をとる者が、素行が良いとは言えないだろうに……」


 ……随分と偏見のある先生だとは常々思っていたけど、やっぱり私たちの事そんな風に思っていたんじゃない。しかも、いつもの紗奈ちゃんだったらちゃんと授業を受けているの知っているでしょう!?

 沸々と怒りが湧いてきていると、アオたちも同じ気持ちなのかその表情に怒りが滲んでいる。雅樹なんて、慶人が止めていなければ今にも準備室に飛び込みそうだ。


「……ずっと黙っているが、何も言わなければそれで済むと思っているのか? 泣けば許してもらえると思っているのか!」

「……すみ、すみませ……っ!」


 ちょっとちょっと、紗奈ちゃん泣いてるじゃない!?

 思わず慶人を見ると、慶人も止めるタイミングを窺っているんだと分かる。でも、さすがにこれ以上はマズいんじゃ……。


「――まったく、こんな風に育つとはどういう教育をされたんだ。親の顔が見てみたいものだな!」


 ……あっ、これはダメだ。

 そう思った瞬間、私たちが動く前に雅樹が慶人の腕を振り払ってドアに手をかけ、そのまま勢いよく開けた。正直、よく壊れなかったと思うほどの強さだ。当然、中にいた先生と紗奈ちゃんは驚いたようにこっちを見る。その紗奈ちゃんの頬にいくつもの涙が流れているが見えた。


「な、何だ。お前たちは!?」


 先生が驚きと怒りに声を上げるけど、雅樹はお構いなしに中に入り、先生の前に立ちはだかった。椅子に座っていた先生は雅樹に見下ろされる形になり、さすがに怯んでいる。


「す、須藤か。いきなり断りもなく入って無礼だろう!」

「……先生こそ失礼じゃねぇのか。見た目がどうとか、育ちがどうとか……そんなの関係ねぇだろう!?」


 怒気を含んだ声で雅樹が怒鳴る。その迫力に周囲の空気が張り詰めるのを感じる。見ると、先生は冷や汗を流していた。


「な、なんという口の利き方……だから、素行が悪いというんだ!」

「あんた、今までの紗奈の授業態度を見ていねぇのかよ。明らかに変なのはこの数日だけで、今まではちゃんと真面目に受けていただろうが!」


 先生の言葉を無視して雅樹がそう言うと、先生はグッと言葉に詰まった。まぁ、先生の言っていたのはほとんど言いがかりみたいなものだし、その自覚は一応あったみたいだね。


「それは……」

「分かっているんじゃねぇか。なのに、たった数日の事で紗奈の人間性を決めつけるのか? ……紗奈の事を何も知らねぇくせに」


 雅樹はギリッと音が鳴りそうなほど力強く拳を握り締める。それから先生を思い切り睨みつけた。


「……勝手な想像で、親の事まで持ち出しているんじゃねぇ!」

「っ…………!」


 先生がそれ以上何も言い返してこないと見ると、雅樹は紗奈ちゃんの手を掴んでそのまま古典準備室を出て行ってしまった。残された私とアオは呆気にとられ、慶人はやれやれと言いたげにため息を吐いた。一方で、先生は雅樹が出て行った方を見ながら口をパクパクとさせている。雅樹のなかなかな威圧感をダイレクトに受けていたせいで、冷や汗が止まらないみたいだ。


「……っ、な、何という……や、野蛮で無礼な……」


 そう小さく呟くのが聞こえてくると、片眉を上げた慶人が先生を見た。


「――雅樹の口調や態度に関しては謝罪します……ですが、言った内容に関しては謝りませんよ」

「何……?」

「紗奈の今日の態度と、彼女の見た目は関係ありません。今日の事は俺たちも事情を知りませんけど……だからと言って、彼女の“育ち”まで言われる謂れはないです」


 さっきの雅樹と違ってとても落ち着いているけれど、慶人の言葉から彼も怒っているのがよく分かる。それは先生も同じなのか顔を引き攣らせている。


「……ところで“親の顔が見たい”と言いましたね?」


 一瞬静まり返った準備室に、慶人の声が響く。その声があまりにも冷たくて、私とアオは手を取り合って震えた。


「な、何を……」

「……実の親ではありませんが、俺たちにも紗奈にも後見人がいます。そちらで良ければ、ぜひお会いになってはどうですか?」


 こっちからは見えないけれど、今の慶人はきっと笑顔だと思う。でも、その眼は全く笑っていない気がする。だって、先生の顔色がどんどん悪くなっているんだもの……。


「後見人……?」

「えぇ、そうです。紗奈はこの夏、俺たちと同じ人に後見人になってもらっているんです。ちゃんと書類は提出していますし、先生方の間で共有しているはずですよ。ご覧になっていないんですか? そもそも俺たちの後見人について、ちゃんとご存じですか?」

「…………」


 ……あの様子だと、知らないんだろうね。私たちが相手だから、そんな書類があっても目を通さなくていいとでも思っていたのかな……?

 慶人も同じように思ったのか、深くため息を吐いた。


「――俺たちの後見人は藤宮侯爵家が当主、藤宮俊哉ですよ」

「っ!?」

「さすがにご存じですよね? この学園の、理事の1人なんですから」


 目に見えて先生の顔が青褪めた。何か言おうと口を開くけど、ヒューヒューと荒く呼吸する音しか聞こえない。


「……今後、俺たちの“育ち”について意見があるのでしたら、どうぞ藤宮侯爵にお願いします。ここ数年だけですが、俺たちは彼に養育されているんですから……」


 頭上から冷たく言われ、先生はがくんと項垂れた。それ以上は何もないだろうと踏んだ私たちは、そのまま古典準備室を出る。しばらく歩いてから立ち止まり、慶人はもう一度深くため息を吐いた。


「あれは、どうしようもねぇな」

「そうだね……」

「慶人くん、俊哉さんに言うの? あの先生の事」


 アオが聞くと、慶人は肩を竦めた。


「まだ入って来たばかりの教師だからな……紗奈への言動には腹立つが、今回は言わねぇよ。案の定、俊哉さんの事も分かってなかったみたいだしな」

「まぁ、分かっていたらあんな態度はできないよねぇ……」


 私たちの事を良く思っていない先生は割と多いんだけど、それでも今まで大きな問題にならなかったのは、ひとえに俊哉さんの存在のおかげだ。特別扱いをする必要はないけれど、不当な扱いをしないようにって俊哉さんから言われているはずだからね。


「そういう事だ。まぁ、次に同じ事をやらかしたら容赦なく言わせてもらうがな」


 それが妥当だろうね。残る問題は、紗奈ちゃんの事か……。どうしようかと思うけれど、そもそも紗奈ちゃんから話を聞かない事には何も分からない。ここであれこれと考えてもしょうがないと、私たちは雅樹と紗奈ちゃんを追って帰る事にした。


 家までの道のりで2人に会う事はなく、そのまま家に着いた。


「ただいま……」

「おかえり」

「おかえり」


 家に入ると、玄関ホールで私たちを待つようにサオと佳穂がいた。


「紗奈ちゃんと雅樹、帰ってきている?」

「うん……でも、何かあったの?」


 そう聞いてくるサオの顔はとても心配そうだ。私たちは古典準備室での先生の言動を2人に話して聞かせた。話を聞き終えると、サオと佳穂は顔をしかめてため息を吐いた。


「そんな事が……」

「酷い……」

「うん……ただ、雅樹が結構言い返していたし、慶人が釘を刺したからもうこんな事はないと思うよ」


 そう言いつつ慶人を見ると、軽く頷いた。うん、慶人がそう言うなら確実だね。


「ところで、2人は?」

「それが優たちよりも結構早く帰ってきたんだけど、雅樹君は物凄く怒っているし、紗奈ちゃんは泣いているしで……」

「今は2人とも、遊戯室(プレイルーム)にいるわよ。一応、他に誰も近づかないように言っているわ」


 プレイルームか……。私は軽くプレイルームの方に向かってスキルの《透視》を使った。このスキル、結構便利ではあるんだけれど、なかなか使いどころがないスキルなんだよね……。ちなみに、アオが似たようなスキルの《千里眼》を持っている。

 プレイルームの中を透視して見ると、2人の姿が見えた。ソファに座りながら雅樹は紗奈ちゃんを抱きしめて、紗奈ちゃんは雅樹の腕の中で泣いているみたい。ふと、私の魔力を感じたらしい雅樹がこちらを振り返った。そして、抱きしめていた手を離して人差し指を口元にあてる。今はそっとした方が良さそうだね。

 《透視》を解いて私は他のみんなの方を振り向いた。


「透視してみたけど、今はそっとしていた方が良さそうだね」

「そうか……とりあえず、こうなった以上は紗奈からちゃんと話を聞いた方が良さそうだな」


 ため息交じりに慶人が言って、私たちも頷く。


「紗奈ちゃんが大丈夫なら、今夜にでも聞いちゃいたいけど……」

「そこは雅樹に聞いて判断した方が良さそうだな……ひとまず、今は解散だ」


 慶人のその言葉で私たちはその場を離れた。アオが夕飯当番だから、私は手伝おうとアオと一緒に厨房(キッチン)に向かう。


「紗奈ちゃん、早く元気になれると良いね」

「そうだね……」


 さっきの古典準備室での事を目の当たりにしているせいか、アオも少し気落ちしている様子だ。私はアオの頭を撫でつつ、今頃雅樹に抱き締められながらも泣き続ける紗奈ちゃんを思い、胸を痛めていた。


ここまで読んで下さりありがとうございました!




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