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異能者恋物語  作者: 蒼月憂
第3章 新たな日常
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第38話  君は独りじゃない 前編


 ――時々、無性に息苦しくなる事がある。

 夜、眠るのが怖くなる事がある。

 今の生活が全て夢で、目を覚ましたら私は、やっぱり独りなんじゃないかと……――




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 紗奈ちゃんが私たちの仲間になって、同じ家に引っ越してきてから数週間。新学期も始まって半月ほど過ぎた。

 初めは戸惑う事が多かった紗奈ちゃんだけど、それも今ではこの家での生活にすっかり慣れてきていると思う。思うんだけど……。


「…………」


 夕飯時、私は少し離れた席に座る紗奈ちゃんをこっそりと見ている。というのも、最近の紗奈ちゃんの様子がなんかおかしいんだよね……。

 新学期が始まってから私は留学してきたアンジュとアレックス君に色々と悩まされていたんだけど、それもこの間何とか解決できた。やっといつもの日常に戻ったと思った途端、紗奈ちゃんの異変に気付いてしまった。

 具体的にはなんだか上の空の事が多くて、ため息の数が日に日に増えているような気がする。特に家でみんな一緒の食事の時に感じるんだよね。声をかけると普通に反応するんだけど、それ以外の時は浮かない顔で私たちを眺めている。例えるなら、1人だけ違う場所から私たちを眺めているような雰囲気だ。食事自体も最近は箸の進みが遅い事が多い。

 それに、ついこの間までは夕飯の後にダイニングルームで女の子だけでお茶を飲みながら話していたんだけど、その異変を感じるようになった頃から誘っても断られるようになっちゃったんだよね……。


「――最近の紗奈ちゃん、どうしたんだろうね」


 冷たい麦茶を飲みながら、私はそう呟いた。


「ねー」


 私の呟きに真っ先に反応したのは、温かいほうじ茶を飲んでいるアオだ。


「やっぱりこの家での生活に慣れないのかな?」


 アオと同じほうじ茶を飲みながらサオがそう言う。その言葉に、紅茶を飲んでいた佳穂が首を傾げた。


「私もこの家に来たばかりの頃は色々と落ち着かなかったけれど、それとは違うんじゃないかしら?」

「ん~、確かに紗奈ちゃん自身、夏休み中にだいぶ慣れたって言っていたような気もする……」

「あと、学校では割と普通だよね?」

「……やっぱりこの家に何かあるのかな?」


 佳穂とアオとサオの言葉に私がそう言うと、一瞬だけシンと静まり返った。


「……1人でいる時はさすがに分からないけど、とりあえず食事の時の様子が1番変だよね……。ご飯、口に合わないのかな?」

「えー、みんなのご飯いつも美味しいよ?」

「ありがとう、アオ。……でも、好みってあるし、よく考えたら好き嫌いとかあまり聞いていないような気もする……」

「でも、メニューで続いた物なんてあまりないよ?」

「……いっその事、紗奈本人に聞いた方が良いんじゃないかしら?」


 私とアオとサオの堂々巡りと言える会話に、側で聞いていた佳穂が提案をしてきた。確かに、私たちだけであれやこれやと言っていてもしょうがないしね。そう思って他の3人を見ると、お互いに頷き合った。

 善は急げと、私たちは飲んでいたお茶類のコップを手早く綺麗にして食器棚に戻し、《瞬間移動(テレポート)》で移動する。紗奈ちゃんの部屋がある7階のフロアに着くと、もう一度みんなで顔を見合わせる。軽く頷き合ってから、部屋の呼び鈴を鳴らそうドアに近づいた。

 その時、何の前触れもなくドアが開き出した。


「えっ?」


 ――ガンッ!


 避ける間もなく開いたドアはそのまま私の鼻と口元に激突した。咄嗟に歯を食いしばった私、ナイス……でも痛い……。

 声にならない声を上げていると、後ろでアオとサオが慌てているのが分かる。それから、ドアの向こうから驚いた表情の紗奈ちゃんが顔を出した。


「えっ、何でみんなが? あぁ、それより今ぶつかったよね!? 優、大丈夫!?」

「だ、大丈夫……ちょっと痛いけど」


 オロオロとしている紗奈ちゃんを安心させるのにそう言う。多分鼻血までは出てないと思うけど、赤くはなっているだろうなぁ……。とりあえず軽く《治癒(ヒール)》をかければ、すぐに痛みも引いた。それを見た紗奈ちゃんはちょっと安心した様子だ。


「どうしたの? みんな揃って……」

「その……紗奈ちゃんに聞きたい事があって……」


 紗奈ちゃんは不思議そうに私たちを見る。私たちは軽く目配せをして紗奈ちゃんに向き合った。


「あの、遠慮しないで答えて欲しいんだけどね……もしかして、ご飯口に合わないかな?」

「えっ?」


 あれ? 思った反応と少し違う。寝耳に水って感じで不思議そうだな……。アオたちも少し戸惑って顔を見合わせている。


「どうして?」

「その、最近紗奈ちゃんの元気がないなと思って……それでよく考えたら、私たち紗奈ちゃんの食事の好みって聞いていないなって思って……」

「もしかして私たちの作るご飯、口に合っていないのかなって……」

「なのに、無理して食べてくれていたのかなぁって思ったんだけど……」


 私とアオとサオで順に説明すると、紗奈ちゃんは一瞬だけキョトンとした後に、苦笑交じりに微笑んだ。


「そんな事ないよ。みんなのご飯、凄く美味しいよ」

「ほ、本当に?」


 サオが確認するように聞くと、紗奈ちゃんは笑顔で何度も頷いてくれた。


「うん。だから大丈夫だよ。ありがとう」


 笑顔でそう言ってくれる紗奈ちゃんに私たちはひとまず安堵の息を吐いた。でも、その直後に一瞬だけ紗奈ちゃんの表情が曇った事を私たちは見逃さなかった。やっぱりまだ何かあるのかな……。


「紗奈ちゃ――」

「ごめんね。これから宿題するのに、コーヒーが欲しくて……貯蔵室(パントリー)のもらって大丈夫かな?」

「う、うん。それは大丈夫だけど……」

「良かった。あぁ、それから……私、今日は自室のお風呂に入ろうと思ってて……良いかな?」

「あっ、うん。大丈夫だよ」

「ありがとう。じゃあ、また明日ね」


 紗奈ちゃんはそれだけ言い残して《瞬間移動(テレポート)》で移動してしまった。紗奈ちゃんがいなくなった後、私たちは顔を寄せ合った。


「――やっぱり、どこか変だね」


 思わず顔をしかめてそう言うと、他の3人も同じような表情で頷いている。


「何か思い詰めているような感じがする……」とアオ。

「心を読んでいるわけじゃないのに、その感じが伝わってくるくらいだしね……」とサオ。

「紗奈から話してくれるのを待つと言っても、少し心配ね」と佳穂。


 誰からともなくため息を吐き、私たちは考え込んだ。

 何か困ったり悩んだりした時は、遠慮なく相談しようと私たちは普段から決めている。でも、やっぱりどうしても言いづらくて内緒にしてしまうのは私たちでもよくある事だ。そういう時、基本的に私たちはよほどの事がない限りはある程度本人が話してくれるのを待つ事にしている。

 ただ、心配なのはそれをして思い詰め過ぎてしまわないかって事なんだよね……。とはいえ、無理に今聞き出そうとしてもきっと紗奈ちゃんは何も言ってくれない気もするし……。


「――もう少し、様子を見てみようか」


 そう言うと、アオたちも肩を竦めて頷く。ぞれから、ひとまずそれぞれの部屋に戻ろうという事になり、私たちは《瞬間移動(テレポート)》でその場を移動していった。


 そして、紗奈ちゃんの部屋の向かいの部屋のドアの向こうで私たちの話を神妙な面持ちで雅樹が聞いていた事を、誰一人私たちは気付かなかった。






 翌日、帰り前のSHRで1枚のプリントが配られた。


「今配ったのは、進路調査アンケートです」


 あぁ、今学期もまた書くんだね。このアンケートは年に3回、学期の始まりに配られる物だ。


「知っての通り、3年生の春には進路相談があります。それまでに、現状でみんながどんな進路を考えているのかアンケートに答えてもらうわよ。もう何回もやっているから分かっていると思うけれど、今はまだ『大体』で良いからね。ただ、あと半年も経てば3年生になるのだから、そろそろ具体的に考えても良いわね。来週までに提出をしてね」


 そう言って桜先生は教室を出て行った。同時に教室のみんなは帰り始める。


「ユリ~」


 帰ろうかと思っていたら、アンジュが駆け寄ってきた。どうしたのかな?


「これ、何を書くの?」


 そう言うアンジュの手には配られたばかりのプリントがある。そっか、アンジュとアレックス君は初めて書くのか。アレックス君も同じようにこちらを振り返った。


「俺も聞いていいかな?」


 うーん、しょうがないか。とりあえず説明はしよう。そう思って、立ち上がりかけていた私は座り直した。


「先生が言ったようにそれは進路調査アンケート……今の私たちが、この藤永高校を卒業した後にどういう進路を考えているのかの調査をしているんだよ。3年生に上がった4月か5月に『進路相談』って言うのがあって、それに向けて先生が下調べするためらしいんだよね」


 基本的に進路相談は担任の先生がする事になっている。桜先生が担任になるとは限らないけれど、先生たちの間で共有するためにも必要らしいんだよね。


「進路……」

「うん。アンジュたちは留学生だから、例えばアメリカーナに帰るとか、こっちの大学に進学するとか書けばいいんじゃないかな? 就職でも良いかもしれないけど、留学制度の部分がちょっと分からないかな」

「それなら、俺とアンジュは大学進学だな」


 確か、この間のアレックス君の話でもそう言っていたね。アンジュもそれに同意するように頷いた。


「でも、瑞穂国(このくに)の大学、全然知らない」

「そうだな……今週中に調べられると良いんだけど……」


 まぁ、この国に来て1か月も経っていないのに2人が知るはずないよね……。


「んー。それなら、大学に行って何を勉強したいかを書けば、進路相談の時に先生が教えてくれると思うよ。あとは、藤永学園は大学部まであるからそのまま進学も良いと思うよ。結構大きいから、何かは興味がある事が見つかるんじゃないかな? それに、その方が今使っている留学制度をそのまま使えるかもよ」


 そう話すと、アンジュとアレックス君は顔を見合わせて頷き、こちらを笑顔で振り向いた。


「ありがとう、ユリ」

「ありがとう。藤永の大学で考えて調べる事にするよ」

「お役に立てて良かった。今回はまだ軽めの調査だから、本当に大まかで大丈夫だと思うよ。1月にもう1回調査アンケートがあるから、その時までに調べられればいいと思うし。……それから、職員室の近くに『進路資料室』って言うのがあるから、先生に許可をもらうと中の資料を見られるよ」


 そこまで説明すると2人は今から少し見ようと話し、私に手を振ってから教室を出て行った。それを見送ってから私は帰るために立ち上がった。その時、紗奈ちゃんがまだ教室に残っている事に気付いた。


「紗奈ちゃん」

「…………」

「紗奈ちゃん?」


 声をかけながら近づくと、紗奈ちゃんはビクッと体を震わせてからこっちを振り返った。


「あっ、優……」

「今日は倶楽部ないの? ないなら、一緒に帰ろうよ」

「うん」


 紗奈ちゃんは慌てたように帰る支度を始める。明らかに様子が変だけど、本当に大丈夫かな……。心配だけど、今はまだ気づいてないふりをする。


 学校を出て紗奈ちゃんと並んで歩いて帰る道すがら、私は進路調査の事を話題に出した。


「また進路調査の紙、貰っちゃったね」

「そうだね」


 うん、今のところはいつも通りに会話ができているね。


「今まではなんとなくで書いてたけど、そろそろちゃんと考えないとね」

「優は今のところ進路はどう考えているの?」

「んー、今のところは藤永の大学部に進学かなぁって……」

「進学かぁ」

「紗奈ちゃんは?」


 そういえば今まで紗奈ちゃんと進路の話ってした事なかったな。


「……元々私は自立の為に卒業後は就職を考えていたんだ」

「そうだったの?」

「うん。ギルドに登録しているし、そのまま冒険者ギルドで冒険者をするか、商業ギルドか職人ギルドで就職先を紹介してもらおうかと思っていたの」

「そっかぁ」


 確かに既に登録して活動しているなら、ギルドも実力を把握しているだろうから良い所を紹介してもらえそうだよね。


「……実は、みんなと一緒に暮らすようになった頃に、俊哉さんから『大学費用は出すから、進学も考えて構わないよ』って言われたんだ」

「あぁ、私たちも言われたよ。今のうちに学べることはたくさん学びなさいって。費用の方は本当に甘えちゃっていいのかなぁとも思うけど、俊哉さんがそう言うしねぇ」

「…………」


 急に紗奈ちゃんは表情を曇らせて黙り込んでしまった。立ち止まった紗奈ちゃんを私は振り返る。


「紗奈ちゃん?」

「……本当に、私も甘えちゃっていいのかな……」


 俯いたまま消え入りそうなほど小さな声で呟かれた言葉に私は目を丸くした。


「何を……?」

「……私まで、そんなお金を出してもらって、本当に良いのかな……」

「えっ?」

「だって私……まだみんなの仲間になったばかりの新参者なのに……」

「…………」

「それなのに、私なんか(・・・・)が、みんなと同じようにしてもらおうなんて……あまりにも、図々しいんじゃ――」

「紗奈ちゃん? ちょっと大丈夫?」


 思わず遮るようにしてそう声をかけてしまった。だって、紗奈ちゃんの口から発せられる言葉があまりにも変だから……。


「(どうして、どうしてそんな風に言うの? 紗奈ちゃん……)」


 一方で私の声にハッと我に返って顔を上げた紗奈ちゃんは、今にも泣きそうな顔で私を見る。その表情に私はギュッと胸が締め付けられた。


「紗奈ちゃん……」

「……ごめんね、ちょっと独りになりたい……」


 紗奈ちゃんはそう言うと、その場を駆け出してしまった。慌てて追いかけようとしたけど、とても私の足じゃ追いつけそうになかった。


「……紗奈ちゃん、どうして……」


 小さく呟いた私の言葉は誰にも聞かれる事なく、辺りへ静かに響いていた。


ここまで読んで下さりありがとうございました!




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