第34話 新たなライバル登場!? ブラウン兄妹やってくる
9月最初の月曜日。長かった夏休みも終わって、今日から新学期だ。始業式の今日は、式の後に簡単なHRがあるだけで、授業もなければ倶楽部もないんだ。
そのHRで、私たちのクラスでは珍しく席替えが行われた。前世では結構席替えって頻繁にあったけど、この世界というかこの学校での席替えって正直先生の気まぐれなんだよね。
席替えの方法はよくあるくじだった。席の番号が書かれたくじを順に引いて、全て引き終われば一斉に移動した。
「……あらまぁ」
席替えが完了すると、思わずそんな声が出た。何しろ、私の席はほぼ中央になったんだけど、私を中心に他のみんなが横に集まったんだ。
まず、私の前の席は佳穂だ。その佳穂の左側にアオ、誠史の順に座っている。そのアオの前に朔夜、誠史の前には慶人が座っている。それから佳穂の右側はサオ、紗奈ちゃんの順に座っていて、サオの前には玲が、紗奈ちゃんの前に雅樹がいる。
そして、私の右隣は匡利だ。みんなが近くにいる事も嬉しいけど、隣の席が匡利なのが一番嬉しくて、にやける頬を抑えるのが大変だったよ。
「優の左隣と、匡利くんの右隣、どうして空席なんだろうね?」
帰りの間際、私の席の所にいたアオがそう言った。確かに、何故か私と匡利のそれぞれ反対の隣が何故か空席だった。
「……そもそも、席数が2つ増えていない?」
サオの言葉に数えてみると確かに30個しかないはずの席が32個もある。
「その理由は、明日になれば分かると思うぞ」
私たちの会話が聞こえたのか朔夜がそう言ってきた。
「朔夜は知っているの?」
「確実ではないが、なんとなくはな。それが何かは、明日のお楽しみとしよう」
そのまま教えてもらおうとしたら、楽しげに笑いながらそう言われた。うーん、こう言われちゃうときっと聞いても教えてくれないだろうな。でも、明日には分かるって言っているし明日まで待つかぁ。そう考えて、私たちはそれ以上聞かないことにした。
翌日、私たちの疑問は朔夜の言う通り、朝のSHRで解決した。
「今日は皆にお知らせがあるわよ」
朝、教室に来ると一番に桜先生がそう言った。
「この学園には、他ではなかなかない『交換留学制度』がある事は知っているわね?」
前世ほど国と国の行き来が容易じゃないこの世界では、留学その物がなかなか珍しいんだけど、藤永学園は瑞穂国の中でも数少ない学生の留学ができる学校でもあるんだ。そして、同様に留学生を受け入れる体制もある。それが「交換留学制度」だ。知っているだけでも、5ヵ国の学校とその体制を整えているらしい。
「――それで、今日からこのクラスにその留学生が来ることになっているの。それも、2人もよ」
なるほど。私と匡利の隣が空席なのはその留学生の子たちの席なんだ。朔夜はもしかして、この交換留学制度を利用して留学生が来ている情報でも持っていたのかな? そんな気持ちでチラッと朔夜を見ると、何故か目が合って笑いながら親指を立てている。やっぱり……。
「本当は昨日来る予定だったんだけれど、魔導飛行機の関係で今日になったのよ」
魔導飛行機は、そのまま前世の飛行機みたいな乗り物だ。海外との行き来は船が主流なんだけれど、ここ数十年の間に魔導飛行船や魔導飛行機の開発が進んで、一般の利用も増えてきているらしい。とは言っても、まだまだ高額にだからそこまで気軽に乗れないけれどね。
そして、大きな事故はあまり聞かないけれど、空に現れる魔物がいるこの世界では飛行機の遅延みたいなトラブルは珍しくないんだよね。天候の都合で遅れる時と同じくらいの頻度らしい。
「さぁ、入って」
桜先生の言葉の後、教室の前の扉が開いた。
「わぁ……」
思わず感嘆の声が漏れた。入ってきたのは、金髪碧眼の物凄い美少年だった。慶人たちで見慣れているけれど、それでもハッとするようなイケメンだ。さすがに教室中の女子が「かっこいい」と囁き合っているなぁ。一方で慶人たち以外の男子がちょっと残念そうにしているのが笑えるね。
「初めまして、アレックス・ブラウンです。アメリカーナから来ました。どうぞよろしくお願いします」
流暢な東言葉でそう挨拶をすると、ニコリと笑顔を浮かべた。その瞬間、教室の一部から思わずといった風に黄色い声が上がる。うん、あれは声も出るよね。
ちなみに、彼が言う「アメリカーナ」は前世で言うアメリカに位置する国ね。瑞穂国は人間世界において「最東端」とか「極東」って言われるんだけど、アメリカーナはその逆で「最西端」と言われる場所に位置する。つまり、瑞穂国から1番遠い国だ。ただ、国としてはアメリカみたいに大きいから、結構世界各国と繋がりはあるし、当然瑞穂国も色々と関係は深い。だからこそ、藤永学園も留学先の1つに挙げているしね。
でも、確かにアメリカーナから来るなら船より飛行機を使うか。遠すぎるし、船じゃ時間も相当かかるしね……。
色々と考えていると、桜先生が不思議そうに首を傾げた。
「アレックス君。もう1人は……」
「あぁ、すみません。もう少しで来ると思うんですけど……」
「そう……。じゃあ、先に席に着いていましょうか。えっと……」
桜先生はグルッと教室を眺めると、私と匡利の隣の空席に目を留めた。
「あそことあそこが空いているから、好きな方に座ってね。私はもう1人の子を探してくるわね」
桜先生はそう言って教室を出て行った。残された彼は、先生と同じように私と匡利の隣に目を留める。その時、不意に私と目が合った。次の瞬間、彼はニコッと笑みを浮かべる。すると、こちらの方へと向かってきた。彼が歩く間、教室のみんなが吸い込まれるように視線で追っているのが見えた。そして、真っ直ぐ私の隣まで来て席に着いた。……私の隣なんだ。
ちょっと驚いて目を瞠ると、クルッと私の方を振り向いてきた。
「やぁ、アレックスと呼んでくれるかな。君の名前を聞いても?」
わぉ、結構フレンドリーで積極的な人だ。
「汐崎優梨です。よろしくね。分からない事があったら、遠慮なく聞いてね」
笑顔で当たり障りのない事を言うと、アレックス君がジッと見つめてきた。何だろう……? 何とも言えない視線に首を傾げると、アレックス君は笑みを深めた。そして、何故か私の左手を取った。ますます何だろう……?
「よろしくね、ユリ」
爽やかな笑みを浮かべながらそう言うと、左手を引かれた。同時に彼の唇が寄せられる。声を上げる間もなく、アレックス君は私の左手の甲に唇を落とした。……えっ?
一瞬、教室が静まり返る。そして次の瞬間には一気にざわめき出した。色々な声が飛び交う中、私の頭は真っ白になっていた。
「(……キス、されたよね……? えっ、みんなが見ているのに、キスされたよね……?)」
グルグルとそんな言葉が頭の中を巡り、身体は固まってしまっている。何の反応を示さない私をアレックス君は面白そうに見つめ、手は握りしめたままだ。一方で動かない私にアオたちが戸惑ったように顔を見合わせる。
「ゆ、優……?」
不意にサオが呼ぶ声が聞こえてきて、私はハッと我に返る。そして、一気に熱が全身に駆け巡った。
「えっ、ちょっ、なっ……!」
こういう時って何を言ったらいいの? と言うか、何でキス!?
どうしたらいいか分からず、とりあえず握られたままの手を解こうと手を引く。思いの外その手は簡単に解けて拍子抜けしたけど、混乱している私はとにかく距離を取りたくなった。その勢いのまま立ち上がって後退りする。
「えっ?」
「優っ!?」
アオの声が上がるのとほぼ同時に私の足が椅子にもつれた。しかも勢いがあったせいで、そのまま椅子ごと後ろに倒れてしまった。
「っ……!」
勢いよく後ろに倒れこみ、尻餅をついて腰を強かに打ってしまった。その痛みに声にならない悲鳴が上がる。椅子にもつれた足もあちこちぶつけているし、咄嗟に支えようと床に突いた左手もなんか変な風にひねった気がする。唯一無事なのは、咄嗟に匡利が支えてくれた頭だけだ。
「だ、大丈夫!?」
「えっと……」
サオが側にしゃがんで声をかけてくれるけど、正直放心している私は答えられない。教室中がちょっと騒然としていて、その状況にもちょっとどうしたらいいか分からなくて、軽くパニックだ……。
「ごめんね。そんなに驚くと思わなかったよ」
当事者のアレックス君はちょっと驚きつつも申し訳なさそうにそう言ってきた。多分、今まで同じ事をしてこんな反応されたのは初めてなんだろうな……。ただ、今の私にはその言葉に軽く首を振る事しかできない。
「優梨」
頭上から匡利の声が聞こえてきた。軽く見上げると、見下ろしていたらしい匡利と目が合った。
「とりあえず一度保健室に行ってこい。特にその手と足、痛めたんじゃないか?」
「う、うん……」
「あと、軽くパニックを起こしているだろう。少し休んで来い」
最後の言葉は私と側にいるサオにしか聞こえなかったと思う。サオは一瞬目を丸くすると、軽く頷いて私の手を取って立ち上がるのを手伝ってくれた。立ってみると、身体のあちこちが痛いのがよく分かる。特に右の足首と腰が痛い……。あと左手首もなんかズキズキとする……。
「1人で大丈夫?」
「うん、大丈夫……」
教室の入口までサオに見送られ、私は教室を出た。その直前、慶人が騒がしくなった教室を落ち着かせようと声をかけるのが聞こえてきた。
「……ハァ、何やっているんだろう」
軽い自己嫌悪に陥りながら、私はゆっくりと保健室へとゆっくりと歩き出した。
保健室の先生の診断では軽い打撲と捻挫だと言われた。念のため足と腰は少し安静にした方が良いと言われて、そのまま1限はここで過ごすように言われた。
これくらいだったら自分で治す事もできるけど、対外的に私は《治癒属性魔法》を持っていない事になっている。なのに、そんなすぐ完治したら不思議に思われてしまう。それに、学校内では魔法系スキルの使用は、魔法クラスの授業以外では基本的に禁止されている。さらに、学校のあちこちには魔力探知の魔道具が設置されている。まぁ、多分私のレベルだったら魔道具に感知されないように魔法を使う事はできると思うけど、万が一の事もあるから魔道具のない屋上以外では使った事はないんだよね。
「――でも、どうしてそんな事になったの?」
治療を終えた先生にそう聞かれる。どうして、かぁ……。
「……“家族”以外に……“仲間”以外に、手の甲とは言え、キスなんてされるのは初めてだったから……でしょうか」
それにみんなが……匡利が、見ている前であんな事をされてどうしたらいいか分からなくなった。
……とはいえ、いくら何でも動揺し過ぎだよね……。おかげであちこち負傷するし……。自分の動揺っぷりにもう苦笑いしかできない。
「――とにかく、今はゆっくりしていなさい」
何かを感じ取ったのか保健室の先生はそれ以上何も言わず、書類仕事を始めた。その気遣いをありがたく思いつつ、私は保健室の一番奥にあるベッドに入り、静かに目を閉じた。
1限終了の予冷が鳴ると、私は先生の許可をもらって教室に戻ることにした。保健室を後にして歩いていると、アオとサオと紗奈ちゃんがこちらに向かって来ているのが見えた。立ち止まって手を振ると、3人は駆け寄ってきた。
「優、大丈夫?」
「うん、大丈夫。ちょっと休んで落ち着いたよ」
そう言うと3人はホッとしたような表情を浮かべる。でも、すぐに何とも困ったような表情で互いを見合った。どうしたのかと、私も首を傾げた。
「……あのね、優」
「ん?」
紗奈ちゃんが声をかけてきたかと思うと、神妙な面持ちで私の両肩に手を添えてきた。
「とりあえず、頑張ってね!」
「……えっ?」
頑張る? 頑張るって何を?
訳が分からず混乱しながら3人を見るけど、アオもサオも紗奈ちゃんに同意するように何度も頷いている。
「えっと、何を頑張るの?」
「今に分かるよ」
「うんうん」
聞いてみたけどアオもサオも詳しい事は説明してくれない。一体何なんだろう……?
ひとまず教室に戻ろうとみんなと歩いていると、前方からこちらに向かってくる人がいた。よく見ると、匡利だった。
「匡利!」
呼びかけたら、匡利は驚いたように勢いよくこちらを見た。えっ、どうしたんだろう……。呆気に取られていると、匡利は呼んだのが私と分かってどこかホッとしたような雰囲気だ。
「なんだ、お前たちか……」
「えっ?」
僅かに聞こえてきたその小さな呟きに首を傾げると、匡利首を軽く振った。
「何でもない。……お前は大丈夫なのか?」
「うん。数日はなるべく安静にしてないとダメだけど、とりあえず大丈夫」
「そうか」
匡利、心配してくれてたんだ。それもそうだよね、あんな盛大に目の前で転ぶんだもん。そう言えば、頭を守ってくれた事お礼を言っていないような……。
その事に気付いて顔を向けると、匡利の様子がおかしかった。なんだか、物凄く周りを警戒しているように見える。
「匡利、どうしたの?」
「いや、何でも――」
「アキトシ!」
匡利が何か言いかけるのに被さるように辺りに声が響く。しかも、聞いた事もない声で匡利の名前が呼ばれている。心なしか、匡利の眉間の皺が深くなっている気もする。
「(誰?)」
思わず顔をしかめて声がした方を見る。そこには、長い金髪と青い瞳の物凄い美少女がいた。ただ見覚えは全くない。キラキラとした笑みを浮かべてこちらに向かって来ている。その子は私たちの側まで駆け寄ったかと思うと、あろう事か匡利の腕に自分の腕を絡めた。
「なっ……!?」
思わず声を上げそうになったけど、何とか堪えられた。と言うか、本当にこの子は誰なの!? アオたちの方を振り返ると、3人とも困ったように顔を見合わせている。もしかして、さっき言っていたのってこの子が関係している?
匡利たちの方に視線を戻すと、珍しく匡利が明らかに怒った表情でその腕を振り払っている。
「離せ」
「えぇー、良いじゃない」
……匡利のあの反応にめげないって凄いな。その心意気は感心するけど、やっている事はハッキリ言って頭にくる……っ! まだ匡利が拒否しているのが分かるからマシだけど!
今までにない状況に怒りに燃えていると、そっと肩を突かれた。振り返ると、アオたちが何ともいない表情で私を見ていた。
「あのね、優。あの子はね、アンジュ・ブラウンって言って、もう1人の留学生の子なの」
「へぇ……」
そういえば、留学生って2人いるって言っていたけど、私が教室を出る前はアレックス君しかいなかったな。チラッと見ると、まだしつこく匡利に絡んでいる。匡利が本気で迷惑そう……。
「それでね、名前で分かると思うけど、アレックス君の双子の妹なんだって」
「えっ?」
もう一度よく見ると、確かにどことなく似ている……。そっか、兄妹で留学してきたんだ。
「優が保健室に言った直後に桜先生と教室に来たの。なんか迷子になっていたらしいよ」
「トイレでも行っていたのかな? 確かにこの校舎広いから、最初は迷うよね」
さすがに今はどこに何があるか分かるけど、私も最初は覚えるのが大変だったな。
「それで、困った事にあの子……」
アオは何かを言い淀み、チラッと隣のサオに視線を向ける。サオは肩を竦めてため息を吐いた。
「どうやら、匡利君に一目惚れしちゃったみたいなんだよね」
……は? 一目惚れ? あの子が匡利に?
匡利たちの方を振り向くと、心底迷惑そうにしている匡利に構わず、あの子は未だに何かを話しかけている。
「――と言うわけで、優」
紗奈ちゃんに軽くポンッと肩を叩かれ、私はぎこちない動きで3人の方を振り返る。
「「「頑張れ!」」」
3人の声が綺麗に揃った。もう一度匡利たちの方を見ると、痺れを切らした匡利がその場から離れて行った。アンジュちゃんはめげずにその後を追っている。
……宮岸さんとはまた違ったタイプの子。しかも、匡利のあの迷惑そうな態度にもめげずにアプローチができるんでしょう?
「(頑張れって言われても……ど、どうすれば良いの……っ!?)」
新学期早々、新たな強敵の登場に私は文字通り頭を抱えるのだった……。
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