第33話 紗奈の引っ越し④
翌日の昼過ぎ、私はアオとサオ、紗奈ちゃんと一緒に買い物に出ている。向かっているのは、家庭用の魔道具を扱っているお店だ。
前世でのいわゆる「家電」は、この世界では大半が魔道具だ。
この世界には前世にあったガスと電気が無い。正確にはガスは存在するんだけれど、あれは工業用に利用されていて一般家庭には出回らない物だ。電気に関しては、魔道具があるからかあまり発展していなくて、現状まだ研究段階らしい。まぁ、私的には魔力が電力に代わって発展しているし、魔道具もまだまだ高額とは言え徐々に平民にも普及している物も増えているんだから、それで十分だと思うけどね。
ちなみに、上下水道はどうやら日本と同じように整備されているみたいなんだけれど、当然ながら配管工事が必要になる。さすがにあの家に工事の人は呼べないし、かといって昨日の《創造》で造るのも無理だ。《創造》って便利なんだけれど、構造が複雑な物とか自分が理解していない物を作るのはかなり大変で、できても変な風になっちゃうんだよね。ありがたい事に水道工事が難しい場所や環境向けにトイレやお風呂を始めとした水回り関係の魔道具も売っているから、困らずに済んでいるんだ。
「――あの、これ全部を買ったら、さすがに結構な金額にならない……?」
魔導バスの中で買い物リストを見ていた紗奈ちゃんが恐る恐る聞いてきた。
「うん。でも、前に俊哉さんが慶人にお金を預けていたじゃない? あれ、持ってきているよ」
アオが言っているのは、紗奈ちゃんと俊哉さんが初めて会った時に慶人が受け取っていた巾着の事だ。紗奈ちゃんも思い出したみたいだけど、ギョッとした様に驚いているな。
「ほ、本当に良いのかな?」
「私たちがあの家に来た時も全く同じだったから、気にしなくて大丈夫だよ」
紗奈ちゃんが申し訳なさそうにしていると、サオがそう言う。あの時は3人一緒に引っ越したから結構な金額を渡されて慌てたなぁ……。アオとサオも同じように思い出したのか、当時の事を紗奈ちゃんに話している。それを聞いて少し安心したのか、紗奈ちゃんがやっと笑ってくれた。
しばらくして魔導バスが停まって降りると、私たちは目的の場所へと向かう。そこは第6地区にある「魔道具街」と呼ばれる場所だ。その名の通り、魔道具を売る店がいくつも並んでいて、ギルド街以外で魔道具が欲しい時はここに来るのが1番だと言われる所だ。その中に家庭用魔道具を一手に扱うお店があって、そこに向かう予定だ。そのお店、私が引っ越す時に俊哉さんから紹介されて行くようになったんだけど、完全に前世の「電器屋」と同じなんだよね。
「今日はこちらでお買い物をします」
お店の前で紗奈ちゃんにそう言うと、想像以上だったのか目を丸くしていた。ひとまず固まりかけている紗奈ちゃんに笑いながら、私とアオで手を引いてお店の中に入った。
「まずは何から見ようか」
このお店は4階建てで、1階は数ある小型魔道具、2階はテレビとか温冷風機を始めとした生活用魔道具、3階はトイレとかお風呂とか水回りの魔道具、4階はコンロや冷蔵庫などのキッチン関係の魔道具が売られている。
私たちは案内図を見ながら回る順番を考えた。
「んー……やっぱり大型の物からだよね? キッチン、冷蔵庫、お風呂、トイレ、洗面台、洗濯機、いるなら乾燥機もかな?」
「それ以外だと照明器具とかエアコン? テレビも買っても良いと思うけど……紗奈ちゃん、どう?」
アオとサオの2人が粗方必要そうな物を挙げると、紗奈ちゃんも考える。
「ん……とりあえず、そんな感じで良いかも。折角だから上から順に見て行こうかな?」
「じゃあ、早速行こうか」
私たちは昇降機に乗って、4階のキッチン関係のフロアへ向かった。
4階には魔導コンロ、魔導シンク、作業台など大型の物から、細々とした炊飯器とか卓上型の魔導コンロといった小型のものまで売っている。
「紗奈ちゃん、料理は結構しっかりやりたい方?」
「そう、だね……作るのは結構好きだから」
「それなら最低でも3口は欲しいよね」
魔導コンロは1口から最大で6口タイプまである。ある程度しっかり料理しようと思うなら、3口か4口が丁度いいと思うんだよね。
紗奈ちゃんの希望を聞きつつ、最終的に3口のコンロでさらには下に大型のオーブンが付いたタイプの物を選んだ。さらに同じデザインで下に食器洗浄機付きの作業台とシンクも買った。魔道具じゃないけど、吊り下げタイプの棚もあったからそれも一緒に購入する。あと、コンロの上に設置する浄化機能がある、いわゆる換気扇も買う事になった。これ、私たちも使っているけど、実際に空気を外に出すんじゃなくて魔法で換気扇と同じ効果を発揮するんだよね。
コンロとかが決まれば、今度はキッチンに置くほかの魔道具を選んでいく。冷蔵庫はさんざん悩んだ結果、容量が大きめの物を買うことにした。少しだけ時間遅延の効果も付いている優れ物だ。その他に炊飯器とトースター、食材粉砕機も紗奈ちゃんが欲しいと言うので買う事になった。
どれも最新式の物ばかり選んでいたら、店員の人が目を丸くしつつ段々と顔を綻ばせていた。最終的に少し割引してもらえた上に撹拌機をおまけで付けてくれたから、ラッキーだったなぁ。
買った物はいつも通りマジックバッグに入れるふりをしてそれぞれの《無限収納》にしまっている。
次に向かったのは1階下の水回り関係の魔道具のフロアだ。
紗奈ちゃんの部屋のお風呂場は黒っぽいタイルの壁と床になっている。それに合わせたデザインの湯舟を選んだ。紗奈ちゃんはシンプルな物を選ぼうとしていたんだけど、ここで私たちがジェットバス機能付きの物を勧めた。あれ、身体が疲れている時にすごく良いんだよね。シャワーもヘッドが大きめで水圧も調整できるタイプの物を勧めてそれを選んでいる。
トイレは標準的な機能の付いたシンプルな物にした。この世界のトイレにも全部じゃないけどウォシュレット機能ってあるんだよね。その分、値段は当然高くなるけれど。
洗面台はトイレ用とお風呂の脱衣所兼洗面所に置くから2台選ぶ。トイレ用は小型でかなりシンプルな物を、洗面所の方は収納とか照明が付いたタイプの物を買う事になった。
その次は生活用魔道具のフロアに向かった。ここでは洗濯機、乾燥機、温冷風機、照明器具を買う事になっている。
洗濯機と乾燥機は少し大型サイズで、機能が色々とあるタイプの物を紗奈ちゃんは選んだ。
エアコンは全部屋分を広さに合わせて購入することになったんだけど、これが結構な数になったんだよね。良い物だと空気清浄とか自動掃除の機能がある物があったんだけど、さすがにそれはやめておく事になった。無くても《清浄》で一発だし、多分朔夜と玲に頼めば付与してもらえる気がしたんだよね。
照明は今のところ廊下部分と寝室にしかないから、他の部屋の雰囲気に合わせて選んでいく。色々なデザインがあって、結構選ぶのが楽しいんだよね。衣裳部屋のは私が勧めたシャンデリアっぽいデザインにしていた。
ここでは紗奈ちゃんの希望で掃除機とテレビも買う事になった。掃除機は最新式だし、テレビも思い切って大画面タイプを選んだ。
「今までテレビってなかったからちょっと楽しみ」
選んだ時にはにかみながら紗奈ちゃんはそう言っていて、それが凄く可愛くて雅樹に見せたかったな……。
1階の小型魔道具のフロアではアイロンとドライヤーを買うことにした。このフロアには絶対に必要じゃないけど、あると便利な物が色々とあって見ていて楽しいんだよね。サオが最新式のミシンに興味を示していたな。そのうち買うんだろうなぁ。
それから買った物をチェックして、他に必要になりそうな物を買い足した。全ての買い物が終わったのは夕方になる頃だった。
「ふぅ。いっぱい買ったねぇ」
お店を出てからアオが伸びをしながら言った。
「その分、いっぱい割引とかおまけをもらったね」
サオの言う通り、各階の会計のたびに店員さんの目が輝いていた。結構な売り上げだったと思うしね。だからか、いくつかは割引にしてくれたし、取り換え部品とかちょっとした魔道具をおまけでくれたんだよね。それは私たちも有難かった。
「帰ったら早速設置しようか」
「うん」
紗奈ちゃんに声をかけると、紗奈ちゃんはどこかウキウキとした様に返事をした。楽しみだよね、やっぱり。
思ったよりも遅くなったから、私たちは人のいない場所に移動してそれから《瞬間移動》で家に帰った。移動先は玄関前で、そこからまた《瞬間移動》で紗奈ちゃんの部屋に移動する。
すぐに紗奈ちゃんに設置場所を聞きながら買ってきた魔道具を置いていく。冷蔵庫とかコンロとか大型の物はさすがに《浮遊》を使って設置したよ。
1時間もすれば大半の設置が完了して、他に家具がないと置けない物とかはとりあえずそのまま床に置いておく事にする。夕飯まではもう少し時間がありそうだったから、私たちは明日買いに行く家具の相談をする事にした。
「――こうして挙げると、結構いる物が多いね」
順に買う物を挙げてリスト化すると、思ったよりも色々と必要だった。家具以外にも細々とした物も買うことにしたから、余計に多いかもね。
「予算的には余裕はあるから、全部買っても大丈夫だとは思うけど……」
「問題はお店だねぇ」
ざっと見ても買うものは家具・日用品・消耗品だ。いっぺんに買えるお店があれば良いけど、この世界のお店は基本的に「専門店」だ。最近はちょっとしたスーパーとかホームセンターが増えてきたけど、それでもまだ数はない。別に専門店でも問題はないけど、良いお店は限られているからねぇ。
朔夜と玲が何店舗かオススメのお店をリストアップしてくれたけど、家具屋と日用雑貨店で比較的距離が近いのは1か所だけだ。そこだと、買い物リストのいくつかは買えないかもしれない。
「ひとまず、すぐに必要な物だけ買って、残りは追々買っていく?」
「んー、とりあえずはそうしようかな」
紗奈ちゃんの同意も得たので、もう一度リストに目を落とす。
「とりあえず今必要な家具はダイニングテーブルとイス、テレビ台、食器棚、ソファ、脱衣所の棚かな……」
そう言いながら紗奈ちゃんはリストに印をつけていく。
「日用雑貨品はとりあえず売っている物から揃えられればいいかな……」
「消耗品のいくつかは無ければ、私たちのをあげるから安心して。調味料とかは1階の貯蔵室のを持っていって良いし」
「ありがとう。……できれば買いたいのはタオル類かな。使ってたのは結構処分しちゃったから」
「家具屋と日用雑貨店が近いのってこの場所なんだけど、ここで良いかな?」
朔夜たちからお店のリストと一緒に貰った地図を指して意見を聞いてみる。紗奈ちゃんはもちろん、アオとサオもそこが良いと同意を得た。まずは家具屋に行って、それから日用雑貨店に行く事も決まった。
「ところで、本当に衣裳部屋のタンスとかは必要ないの?」
「うん、大丈夫だよ。多分、明日くらいになれば分かるかな?」
サオがそう言うけど、紗奈ちゃんは首を傾げたままだ。こればっかりはね、実際に見てもらった方が良いし紗奈ちゃんの反応もみたいので私たちからは何も言わない事にする。
一通り話し合いが終わると丁度夕飯時で、佳穂が私たちを呼びに来た。軽く明日の日程を確認してから私たちはダイニングルームへと移動していった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌日、目的のお店からすぐ側のカフェで遅めのお昼を済ませ、私たちは前日に決めた家具屋さんへと向かった。場所は第7地区のギルド街の近くにあるお店だ。
お店に着いたら早速購入するものを選んでいく。
ダイニングテーブルは私たちが紗奈ちゃんの部屋に行く事も考慮して、思い切って6人掛けの物を選んでいた。セットになっている椅子に着けるクッションは同じ柄で色違いの物を選ぶ。これが結構可愛くて、私たちも好きな色で1個ずつ買うことにしたんだ。
テレビ台はガラス戸の付いたシックなデザインの物を選んでいた。これと一緒に並べられる収納用の棚も勧められて、紗奈ちゃんはしばらく悩んだ後に一緒の購入を決めていた。そのテレビ台の色合いに合わせてソファも選ぶ事になって、サイズは少し大きめのL字型に設置できるタイプの物を選んだ。このソファ、ひじ掛けの所にちょっとした収納があって、リモコンとかをしまえるらしい。
食器棚はガラス戸の棚と引き出しの両方がある背の高いタイプの物と、デザインが同じの高さが低くて上に炊飯器やトースターを置けるタイプの物をセットで買うことにした。色違いでいくつかあったんだけど、紗奈ちゃんは白にしたみたい。
脱衣所の棚は両開きの棚と引き出しがあるタイプの物にしていた。意外と洗面所で使う物って多いから、収納が多い分には良いよね。
家具屋での買い物が終わったら、今度は日用雑貨店だ。
まずは紗奈ちゃん希望のタオル類の売り場へ向かった。色とかデザインだけじゃなくて肌触りも色々とあって少し迷ったよね。しばらく悩んでから、セットになっているのを3種類くらい選んでいた。
タオルを選んだ後はそのまま店内を歩いて回ってみた。意外と色々売っているお店で、後日買おうと思っていた物も買えそうだという事で、ある物はここで買ってしまおうという事になった。
調理器具のコーナーで、紗奈ちゃんはフライパンとか鍋を一式選んで、細々と調理器具も選んでいる。紗奈ちゃん一緒に見ていたら私も色々と欲しくなっちゃって、最近出たというスライサーのセットを買うことにした。
「便利そうだね、それ」
私が選んだのを見て紗奈ちゃんが呟いた。気になるよね、やっぱり。
「少量なら自分で切っても良いけど、大量になると大変だしね。時間短縮にもなって良いよ」
魔法を使ってもあっという間なんだけど、こういう道具って揃えて使いたくなるんだよね。そんな事を考えていたら、紗奈ちゃんも同じ物を買い物かごの中に入れていた。なんなら、その後ろではアオとサオも同じように手に取っているから、つい笑っちゃった。折角だから私が黄色、アオがピンク、サオが青色、紗奈ちゃんが水色を選んで、佳穂に赤を選んで購入を決めた。
「お揃いなんて初めて……」
みんなが選ぶと紗奈ちゃんが嬉しそうにそう呟いていた。その姿が可愛らしくて思わず抱き着いたら、最初はあたふたとしていたけど、すぐに嬉しそうに抱き締め返される。
「私たち、結構スキンシップ激しいからね」
腕を離す時にそう言ったら、紗奈ちゃんは照れたように頬を染めながら頷いて「楽しみにしている」って言ってくれた。そんな事を言われてハグをするなって言う方が無理だよね。もう一度抱き着いたら、アオとサオも一緒に抱き着いて、紗奈ちゃんは喜びの悲鳴を上げていた。この光景をお店の人が微笑ましそうに眺めている事に気付いた時はさすがに顔が熱くなったよね!
そそくさとキッチン用品売り場から、今度はお風呂や洗面所の用品のコーナーに移動する。そこではシャンプー類のボトルに洗面器やバスチェアをお風呂のデザインに合わせて選んだ。洗面所で使う小物類も思ったよりもそこにあって、紗奈ちゃんが気に入ったのがあったと言うから、そのまま購入を決めた。思ったよりもここで色々と揃えられるかもね。
その後は収納用品のコーナーに移動して、洗面台の下や食器棚の中で使う物を選んでいく。現状、あとどれくらい必要になるか分からないから、生活しながら他は揃えていくって紗奈ちゃんは言っていた。収納箱って変に買っちゃうと余ったりしちゃうもんね。
何だかんだと色々と選んでいたら、いつの間にか買い物かごが4つに増えていた。4人で苦笑いを浮かべながら会計カウンターに向かうと、お店の人がギョッとしたように目を見開いた。完全に「えっ、いつの間に?」って言いたげだね。お店の人が見ていた時はまだかごは1つだったもんね。カウンターにいた人がすぐに応援を呼んで、それから3人がかりでの会計になった。結構大掛かりになっちゃったな……。カウンターがいっぱいになりそうだから、マジックバッグ持ちだと告げ、会計処理済みの物からどんどん受け取って《無限収納》にしまっていく。15分くらいかけてすべて終えて、お釣りとやたら長いレシートみたいな領収書を受け取った。
「ありがとうございました!」
やり切った感いっぱいの笑顔で店員さんたちに見送られて、私たちはお店を出る。店の外は大分日が傾いていて、もうすぐ空がオレンジ色に染まりそうだった。
「ふぅ。これで一通りの買い物は終わりかな?」
紗奈ちゃんの方を振り向くと、紗奈ちゃんは笑顔で頷いた。
「みんな、本当にありがとうね。こんなに色々と付き合ってもらっちゃって」
「大丈夫だよ」
「私たちも楽しかったよ。それに、一緒に色々と買えたしね」
アオとサオが笑顔で答えると、紗奈ちゃんも嬉しそうに笑った。
「じゃあ、帰ったら割とすぐに夕飯だとは思うけど、それまでは残りの荷解きもしちゃおうか」
3人が頷くのを確認した後、昨日と同じように人が来ない場所に移動して《瞬間移動》で家へと帰った。
玄関の前に着くと、そこには慶人が立っていた。
「慶人、ただいま!」
声をかけると、慶人はこちらに支援を向け、ニッと口元に笑みを浮かべた。
「あぁ、おかえり。例のあれ、届いているぞ」
何の事か瞬時に分かった私とアオとサオは顔を見合わせ、笑みを浮かべる。唯一分からないであろう紗奈ちゃんは不思議そうに首を傾げている。
「早速かぁ。それならちょっと急ごうか」
あれが来ているなら、部屋に戻るのにも少し時間がかかるしね。
私は紗奈ちゃんを手招きして、先に家へ入るように促す。紗奈ちゃんは不思議そうにするまま家の中に入っていった。その後に私たちも続き、最後に慶人が中へと入る。見ると、紗奈ちゃんは玄関の段差から上がってすぐの所で立ち尽くしていた。
「……なにこれ」
玄関ホールに紗奈ちゃんの声が静かに響いて、思った通りの反応に私たちは笑いを堪えた。
紗奈ちゃんの目の前には、山のように積まれた様々な箱や紙袋がある。大小も様々なら、袋や箱に書かれている名前もバラバラだ。よく見てみると、私ですら知っているような高級店の名前もあれば、平民向けの一般的なお店の名前もある。さらにその山の横には洋服類や靴、小物類がしまえる白いタンスや棚がズラッと並んで、さらには同じデザイナーの人が作ったであろう豪華なドレッサーまである。よく見れば、アクセサリーとか化粧品類の箱も山の中に混ざっているね。
「いやぁ、やっぱり圧巻だね。この光景」
思わずそう言えば、紗奈ちゃんが勢いよくこちらを振り返った。
「優、何なの? これ……」
「これ? ぜーんぶ、俊哉さんから紗奈ちゃんへの贈り物だよ」
「……ええぇぇぇえええっ!?」
玄関ホール一杯に見事な紗奈ちゃんの絶叫が響く。うんうん、思った通りの反応で嬉しいよ。アオとサオも悪戯が成功した子どもみたいに笑っている。紗奈ちゃんは口を開いたり閉じたり、目の前の山と私たちを交互に見ながら何かを言おうとしているけれど、完全に言葉を失っているね。
「とりあえず、部屋まで運ぼうか?」
そう言うと、紗奈ちゃんは無言のまま何度も頷いた。4人で手分けしてそれぞれの《無限収納》に次々としまっていき、紗奈ちゃんの部屋に向かう。部屋に着いたら、そのまま衣裳部屋に移動して、早速俊哉さんから贈られたタンスと棚とドレッサーを紗奈ちゃんに聞きながら配置した。
「まずは元々持っていた服をしまおうか」
そう言うと紗奈ちゃんは頷いて《無限収納》から持ってきていた服を取り出した。どこに何を入れるのか相談しながらしまい、いよいよ俊哉さんから送られてきた大量の服たちの出番だ。
「まずは包装を取るところからだね……」
そう言う紗奈ちゃんが何となく気が遠くなっているような気がするなぁ。あの大量の箱を思えばそうなるか。
「紗奈ちゃんの《時空属性魔法》って、レベル100は超えている?」
「うん。それに私、属性魔法は《全属性》で持っているんだ」
「あっ、じゃあ私たちと一緒か」
何となくそうかなって思っていたけど、やっぱり《全属性》なんだね。具体的な数字は聞いていないけど、多分レベルも私たちと同じで400越えなんだろうなぁ。
「そしたらね、紗奈ちゃん。《無限収納》で、包装と中身を分けることができるよ」
「えっ? そうなの?」
「うん。どうやらね、《時空属性魔法》がレベル100を超えると、任意で機能が付けられるみたい」
《無限収納》内のカテゴリ分けもこの機能の1つなんだ。今のところ、私が付けた機能はこのカテゴリ分けと開封と言うか分解かな。アオとサオも同じ機能を付けているんだよね。この事を知ったのは朔夜と玲からカテゴリ分けの事を聞いた時だ。多分、私のレベル的にあと4つの機能が付けられるんだけど、今のところそのままだ。
「《無限収納》を使いながら『包装と中身を別にしたい』って思うと、できるようになるよ。最初はちょっと魔力を使うけど、その後は今まで通り使えるよ」
半信半疑に感じてそうな顔をしながら、紗奈ちゃんは目を閉じた。しばらくして目を開けた紗奈ちゃんは、目を丸くして何かを見ている。多分、目の前に紗奈ちゃんの《無限収納》の中が見えているんだろうな。
私も自分の《無限収納》の中身を開く。目の前にパネルみたいなのが現れて、私はその中にある「俊哉さんからの紗奈ちゃんへの贈り物」を選ぶ。すぐに「包装を取りますか? はい/いいえ」と出る。「はい」を選ぶと、すぐに箱や袋の中身がズラッと並ぶ。包装していた物は箱や包装紙、リボンなんかで分けられて「その他」のカテゴリの所に移動している。
「凄い……本当に一発だ」
紗奈ちゃんもできたみたいでそう呟いているのが聞こえてきた。アオとサオの方を見ると、2人も楽しそうに笑っている。
「じゃあ、どんどんしまっちゃおう」
その後、端のタンスから順に移動しながら、中にしまって行った。
俊哉さんからの贈り物は思っていた通り、様々な種類の洋服類、靴、鞄、帽子やベルトなどの小物類、アクセサリー類、メイク道具一式だ。
「……これは、確かにタンス1つなんかじゃ全然足りないね」
少しの余裕を持たせてすっかりタンスに収まった光景を見て紗奈ちゃんは言った。こうなるから、これくらい広い衣裳部屋が必要になるんだよねー。しかも、このタンスとか棚には空間拡張の付与がされているから、実はこの倍以上の物が入るんだよ……。まぁ、不思議と着ようと思った時に目的の物がすぐ手に持てるから、どこに行ったか分からなくなるなんて事はないんだけどね。
「このタンス、《清浄》とか《修復》の付与がされているから、多少の汚れや傷みはすぐに直るよ」
「……凄いね、本当に。それに、どうしてこう、私の好みから外れた物がないんだろう……」
聞いてみると、贈られてきた物のどれもが紗奈ちゃんの好みに合っているらしくて、紗奈ちゃんは心底不思議そうにしている。これ、私たちに贈られる物もそうなんだよね。
「俊哉さんって、いったい何者?」
この質問には私とアオとサオは苦笑いを浮かべた。だって、それは私たちが長年思っている事でもあるから。
「私たちも分からないんだよね」
「普段よく買うタイプの物から、自分だったら選ばないだろうなっていう物まであるんだけどね」
「でも、不思議とどれもちゃんと好みに合っているし、しかもちゃんと私たちに似合う物ばかりだから、本当に不思議だね」
私たち3人がそう言うと、紗奈ちゃんは目を丸くした後、同じように苦笑いを浮かべていた。
気付くとだいぶ遅い時間で、誠史が夕飯だと呼びに来てくれた。家具の配置や中身の収納はまた明日にしようと話し、私たちは誠史と一緒にダイニングルームへと下りて行った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そして、次の日。お昼過ぎから私たちは残りの荷解きを始めていた。それに今日は佳穂も一緒だ。
思ったよりもサクサクと進んで、夕方になる頃にはすべての作業を終えることができた。
「はぁー、終わったねぇ」
みんなでダイニングテーブルに着くと、アオが伸びをしながらそう言った。
「みんな、手伝ってくれてありがとうね。アイスティーを作ったから、良かったら飲んで」
そう言って、紗奈ちゃんは人数分のアイスティーの入ったコップをお盆に乗せてキッチンから来た。魔導コンロも問題なく使えているみたいだね。
「――ところで」
アイスティーを呑んで一息ついたところで、紗奈ちゃんがそう切り出した。
「引っ越して最初の日に食事当番の事と大浴場のルールを教えてくれたじゃない?」
大浴場のルールについては、1つ目が日中は自由に入って良いけど入る時は「入浴中」の札を入り口に下げる事、2つ目が午後6時以降は男女交代で入る日が決まっている事ね。あと、女子だけは「アレの日」は自室のお風呂を使うっていうルールも一応あるかな? お互い気を遣っちゃうからね。
「そうね。当番の事とかで何か気になったの?」
佳穂が聞くと、紗奈ちゃんは首を横に振った。
「それは大丈夫なの。それ以外で、何かルールってあるのかなって思って……」
それ以外のルールかぁ……あるような無いような……。
「んー、基本的に私物は自室に置く事、共用スペースにはみんなも使って良い物以外は置かない。もし私物を共用スペースに置く時は、誰の物か分かるようにするか自分のスペースに置くようにする、とかかな……。あと、その都度声をかけているかな」
アオが首を傾げながらそう言う。
「あと、朔夜と玲がこの家の経理担当みたいな感じなんだけどね、毎月1日に2人に金貨5枚を渡すの。いわゆる生活費ね。買い物は基本的に立替えで、個人的じゃない買い物……例えば食事の材料の買い物をした時は2人に領収書を渡すと、その生活費から返してもらえるよ。今まで無かったけど、もし生活費以上にお金がかかった時は、2人が月末に徴収する事になっているかな」
今回の紗奈ちゃんの引っ越しみたいに事前に予算を渡される事もあるんだけど、基本的にお金に関してはこんな感じかな。まぁ、みんなから生活費を集めるけど、どうやら俊哉さんからもいくらか渡されるみたいで結局超える事はないんだよね。余ったお金は翌月に回すか、もしもの時に使うお金として別で保管しているって2人は言っていたな。そのお金に関しても毎月末に2人から報告があるしね。ちなみに今回の予算で余ったお金も2人に預けて、その別途保管のお金に回されているよ。
「……それ以外に何かあったかな?」
サオの呟きに私たちは首を傾げる。明確に決まっているルールってそれくらいのような気がするけど……。
「……しいて言えば」
佳穂が何か言いかけて、私たちは佳穂の方を振り向いた。
「暗黙のルールかしら?」
「暗黙のルール?」
紗奈ちゃんは不思議そうにするけど、私たちは佳穂の言葉に思い当たる事があった。さっきの大浴場を使う時の女子だけのルールもある意味暗黙のルールだ。
「つまり、慶人たちと一緒に『こうしよう』と話し合って決めたわけじゃないけれど、なんとなく私たちの間で決まっている事よ」
「どんなのがあるの?」
「1番のルールは『特別な用がない限り、異性同士で個人の部屋で2人きりにならない』かしら」
あぁ、確かに……。私たち同性同士だと結構部屋の行き来はあるけど、慶人たち男子の部屋に入った事ってほとんど無いような……。あっても何か用事がある時ぐらいかな……。
このルールを聞いたら、少しだけ紗奈ちゃんの表情が曇った。
「……あの、仲間同士で恋愛禁止っていうわけじゃ、無い……よね?」
「……そうね。そういうわけじゃないわね」
少し不安そうだった紗奈ちゃんは、佳穂の答えを聞いてホッとしていた。恋愛禁止だったら私もアオも誠史も困っちゃうなぁ。あと雅樹か。そういうルールはなくて良かったよね、本当に。
「あとは、そうだね……ルールっていうわけじゃないけど、悩みとか困った事があった時は独りで抱え込まないで、ちゃんと相談してね?」
「全部話さなきゃいけないっていうわけじゃないけど、どうしようもなくなる前に相談してね」
「どんな事でも大丈夫だから、遠慮しないでね」
私とアオ、サオで順にそう言うと、紗奈ちゃんは一瞬目を見開くと顔を綻ばせた。
「――うん、ありがとう」
紗奈ちゃんの噛み締めるような嬉しさが滲むその言葉が私たちも嬉しくて、自然と笑みが零れた。
それから、私たちは夕食の時間になるまで紗奈ちゃんの部屋で色々な話に花を咲かせていた。
この日、夕食後の自由時間になると、紗奈は新しい自分の部屋を1つずつ回った。今までにない広さと豪華さに加えて充実した自室に紗奈は笑みが止まらなかった。衣裳部屋だけは、他の部屋と比べても桁違いの豪華さで圧倒されてしまい、何度見ても苦笑いが浮かぶ。それでも、俊哉からの厚意はありがたかった。
紗奈は《無限収納》から携帯通信機を取り出した。これは夕飯の前に慶人から貰った物だ。慶人の話では、これも俊哉からの贈り物で他のみんなも持っている物との事だった。すでに他のみんなの識別番号は登録され、さらに俊哉の番号も入っていた。
「連絡すれば、喜ぶと思うぞ」
そう言われ、試しに連絡して見るとすぐさま俊哉に繋がった。戸惑いつつも服の事や通信機の事などに関して礼を言うと、とても嬉しそうな声が返ってきた。
色々と振り返り、この数日間はずっとバタバタとしていてなかなか実感が湧かなかったが、紗奈は改めて自分の新しい日常の始まりを感じていた。
「――ずっと、続くと良いな」
僅かな不安とこれからへの期待が入り混じった声が、広いリビングに静かに響いていた。
ここまで読んで下さりありがとうございました!
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