第31話 紗奈の引っ越し②
翌日、私たちは昼過ぎに紗奈ちゃんを迎えに寮へ向かった。寮に着くと、すでに紗奈ちゃんは入口で待っていた。最後にもう一度寮母さんに挨拶をしてから、紗奈ちゃんと私たちは寮を出た。家までは徒歩で向かっている。
「――それにしても、紗奈ちゃんが私たちの家から徒歩15分以内の所に住んでいるとは思わなかったな」
そう、実は紗奈ちゃんが住んでいた寮は私たちの家からそれほど離れていなかった。
「私も驚いたよ」
「よく考えてみれば、登下校中に結構会っていたもんね。でも、全然疑問に思わなかったなぁ」
むしろ「こっちなんだ」くらいにしか思わなかったな。……もしかして、雅樹だけは知っていたりするのかな? 聞いてみたい気もするけれど、はぐらかされるような気もする……。今度聞いてみよう。
「私、すごく楽しみにしていたんだ。みんながどんな所に住んでいるのか、やっと知れるんだもの」
にこにこと笑いながら紗奈ちゃんは言う。どんな所、か……。
「……大抵、最初は驚くよね?」
後ろにいるアオたちの方を振り返って聞くと、3人とも頷いている。一方で紗奈ちゃんは不思議そうだ。
「驚く?」
「うん。まぁ、着いてみれば分かるよ」
口で説明するより見た方がインパクト強いと思うしね。
それから数分後、私たちは家の門の前に立っている。数メートルはあると思う門と塀を、紗奈ちゃんは口をあんぐりと開けながら見上げている。
「こ、ここなの……?」
「うん」
「……どう見ても貴族のお屋敷じゃない……」
紗奈ちゃんはポツリとそう呟いている。あながち間違ってはいないね。
「なんか門が凄い……それに塀も門も凄く高い……」
「これはね、元々結構高めだったんだけど、私たちが住むようになってから簡単に中を覗いたり侵入したりできないように改造したの」
ついでに結界を張ったりして結構色々と改造しているんだよね。
そう説明をしつつ、私は門の横にあるパネルの蓋を開けた。これは門の開閉に使う魔道具だ。設定ボタンを押して画面に私の手のひらを当てて認証をした後、メニューから登録画面を出した。
「紗奈ちゃん、好きな8桁の数字を打ち込んで、手のひらを当ててくれるかな? それで登録できるから」
そう言うと、紗奈ちゃんは少し考えて数字を打ち込んでいく。それが終わると、次の画面で手のひらを当てる。数秒後にピーッと音がして、画面には「登録完了」と表示された。
「これで完了。門を開ける時は、今みたいにこのパネルに数字を入力するか手のひらを当ててね。それで門の鍵が開くから」
紗奈ちゃんが説明を聞きながら頷いていると、門が開き出した。私たちが先に門を潜って、最後に紗奈ちゃんが門の内側へと入ってきた。
「ようこそ、私たちの家へ」
誰からともなくそう紗奈ちゃんに声をかける。紗奈ちゃんは目の前に広がる景色に目を見開いていた。
門から家まで続く道は、車とか馬車が2台くらい通れる幅がある。途中で二手に分かれて大きな噴水の周りをグルッと回ると、また1つの道になってさらに先に続いている。中央の道から時々横に伸びる道があって、その道は庭とかあちこちに繋がるようになってて、まるで迷路みたいなんだ。……最初の頃は迷っていたなぁ……。庭の方は芝生とか垣根とか、花壇もあったりして季節ごとに違う景色を見せてくれるんだ。
家、と言うよりも屋敷の前には大きな円形の花壇があって、まっすぐ伸びていた道はまた二手に分かれてその花壇をグルッと回るようになっている。多分だけど、屋敷の前で人が乗り降りするのにスムーズにできるようにこう言う道の形をしているんだろうな。
「――凄い……一体どれくらいの広さがあるの?」
広さ、か……。私たち4人は紗奈ちゃんの質問に考え込んでしまった。
「うーん……正直計った事も計算した事もないんだけど……紗奈ちゃんさ、王都の東の方にある大きな競技場って知っている?」
その競技場はスポーツ関係の大会とか武闘大会とか、あと大きなイベントで使われる場所で、倶楽部の大会なんかもそこで行われている。前に行った時に《鑑定》してみたら、前世の東京にあった国立競技場くらいの大きさがあるらしい。
「うん。倶楽部の大会はそこでやっているよ」
「朔夜くんと玲くんが前に言っていたんだけど、この敷地はその競技場の大体5個か6個分くらいはあるらしいよ」
「ろ、6個分!?」
アオの言葉に紗奈ちゃんは悲鳴みたいな声を上げた。まぁ、驚くよねぇ。
「家の向こう側にも色々あるから、相当広いと思うよ。しかも大体だから、それよりも大きいかもしれないし逆に小さいかもしれないんだ」
アオの説明に紗奈ちゃんは一度グルッと周りを見た。それから、僅かに首を傾げた。
「……ここ、外から見た大きさよりも広い?」
あら、気付いたんだ?
「よく気付いたね」
「ここ、塀の外と中では全く広さが違うんだよ。元々は塀が囲っている広さだったのを、時空魔法の《拡張》を使って広くしたの。まぁ、元々の広さでも十分広かったんだけどね」
「ちなみに、あの屋敷の中も同じ魔法を使っているよ」
私とアオとサオの説明を聞いて、紗奈ちゃんは目を丸くした。
「何でこんなに広くしたの?」
うーん、やっぱり思うよねぇ。事情を知る私たちは思わず苦笑いを浮かべた。
ひとまず門の前から家までは結構な距離があるから、進みながら話すことになった。
「――ここね、佳穂が来るまでは元のままだったの。数年前に佳穂が来た時に色々と改装しようって話になったんだ」
紗奈ちゃんの横を歩く私がとりあえず代表して説明をし始めた。
「ただ、いくら俊哉さんから援助してもらえているとはいえ、業者とか職人の人を呼んでの改装は費用的にも時間的にも難しいねってなって……。それで、いっその事自分たちでやろうって事になったの。幸い、そのために必要なスキルとか魔法は持っていたからね」
その一番はやっぱり《創造》かなぁ。それまで使ったことない魔法だったけど、かなり便利な魔法だよね。
「でもね、ここに住むようになってから色々魔法を使うようになったけど、ここまで大規模に思いっきり魔法を使うのって、全員が初めてだったんだよね」
苦笑交じりの声でアオが後ろから言った。
「……つまり、加減ができなかったの?」
私たちはこの言葉に大きく頷く。
「使ったのは《拡張》だったから、屋敷の中とか塀の内側だけで済んでいたけれど、なかなか凄い事になって……本当なら、今の半分くらいの広さのつもりだったの」
初めて《拡張》を使った時の事を思い出す。あの時はみんなで慌てたなぁ……。
「その後、《拡張》の反対魔法の《収縮》を使ったけど、それも上手くいかなくて……結局、今の広さで落ち着いたの。それで、せっかくだからそれまでなかった設備とかも増やすことにして、温室を増やしたり訓練場を増やしたり、少しずつそうやって今の状態になったの」
紗奈ちゃんは目を白黒させながら説明を聞いている。まぁ、無理もないか。
「家の方は佳穂が来た時に、男女一緒に住むにはもう少しプライベート空間をしっかり確保した方が良いってなったの。それで、色々と案を出し合って今の形になったんだけど、その時についでで色々変えちゃおうってなったんだ」
そもそも最初の頃は、慶人以外はみんな数ある客間を使っていたんだよね。普通に生活する分には良かったんだけど、最初に問題になったのはお風呂かな……。トイレはそれぞれの部屋にちゃんとあったんだけど、お風呂に関してはシャワー室しかなかったんだ。それで湯船に浸かろうと思うと大浴場しかなくて……今思うとよく鉢合わせなかったよね。あとは俊哉さんによって増えていく服とかの管理かな……。
他にも厨房とか洗濯室とか、色々と使いづらかったんだよね。
「――そもそもここは貴族の屋敷だから、使用人を雇うのが前提の造りになっていて、私たちだけで暮らしていくには色々と使い勝手が悪かった部分があるのは当然だったんだけどね」
さらりと言ったけど、今の言葉で紗奈ちゃんの眉間にしわが寄った。
「……ねぇ、ずっと気になっていたんだけど、慶人くんってやっぱり貴族なの?」
……そういえば、紗奈ちゃんにはまだ慶人の家の事とか話していなかったような……。
「うん、そうだね。あと、俊哉さんも貴族だよ」
そう言うと、紗奈ちゃんの顔色が僅かに悪くなった。
「わ、私、この間会った時に失礼な事していないよね……?」
「大丈夫、心配しないで。そもそも俊哉さん、私たちにそういう風に畏まって欲しくないっていつも言っているくらいだから、大丈夫だよ」
慌てて言えば、紗奈ちゃんの顔色が少しだけ戻る。うーん、会う前に教えてあげれば良かったな……。
「……なんとなく慶人くんは貴族なのかなって思っていたけど、やっぱりそうなんだ。じゃあ、ここは慶人くんの生まれた家なんだ」
しみじみとそう言う紗奈ちゃんに私とアオたちは顔を見合わせる。その辺りの事情も話しておいた方が良いのかな……。
「……優梨、どちらにしても話す事だと思うわよ」
考えていると、佳穂がそう言ってきた。やっぱりそうだよね……。
何のことだか分からない紗奈ちゃんは首を傾げて私たちを見ている。
「紗奈は『宮一族』って知っているかしら?」
私が考えている間に佳穂が話し始めた。佳穂の問いに、紗奈ちゃんは少しだけ考えている。
「……確か、数ある貴族の中でも上流の一族で、分家がいくつもあるんだよね。それで、どの家名にも『宮』が付くから『宮一族』って呼ばれているんだっけ……本家の『神宮家』は数少ない公爵家の1つだっていう事なら知っているかな」
「そう。正確には、宮一族は全部で12家あるのよ」
佳穂はそう言って指折り数えながら家名を挙げていく。これに関しては佳穂の方が詳しい。
本家であり、宮一族で唯一の公爵家である神宮家。
分家の中でも高い地位にある侯爵家が梅宮家、大宮家、清宮家、花宮家、俊哉さんが当主を務める藤宮家の5家。
それから分家の中では低い地位になるけど、伯爵の位を持つ田宮家、野々宮家、池宮家、森宮家、新宮家。そして……。
「――そして最後が天宮家。時代によって抜けたり加わったりして多少変わっていたみたいだけど、現在はこの12家を総称して『宮一族』って呼んでいるのよ。そして、ここは元々天宮家の別邸だったのよ」
「あっ、じゃあ生まれたお家は別にあるんだね」
紗奈ちゃんはそう聞くけど、それもまたちょっと違うんだよね……。
チラッと佳穂の方を見ると、何も言わずに頷かれた。やっぱり話した方が良いか……。
「……あのね、今から話す事は絶対に慶人の前では話題に出さないでね。慶人にとって、辛い過去の話に繋がるから……」
そう前置きをすると、紗奈ちゃんは戸惑うように頷いた。
「まずね。確かにここは元々天宮家の別邸で、昔は中央区に本邸があったんだけど、今は天宮家の屋敷はここ以外無いの」
「えっ……?」
「そのあたりの詳しい事は私たちも知らないんだけど、慶人がこの家を継いだ時に俊哉さんの家――藤宮家に譲渡しちゃったんだって。もしかしたら、慶人が成人した時に俊哉さんから返されるかもしれないけどね」
この話は昔、気になった時に俊哉さんに聞いたらそう言われた。あの時、なんとなく事情があるんだろうなと思って俊哉さんに聞いたんだけど、正解だったなぁ。
「……それでね、どちらにしても天宮の家は、慶人が生まれた家とは違うんだ」
これが、慶人にとって触れてはいけない話だ。双子島に行った時、紗奈ちゃんの事で慶人が少しだけ自分の家のことを話した時は本当に驚いたんだよね。それくらい“慶人の家”の話は、私たちの中ではご法度だ。
「……どういう事?」
「……慶人はね、養子なの」
そう言うと、紗奈ちゃんは息を呑んで目を見開いた。
この世界ではあまり珍しい話でもないし、貴族の間では利害関係とか政略的な目的で養子縁組をすることはあるらしい。でもまさか、身近な慶人までがそうだとは思わないよね。それに、きっと慶人が養子に出された理由は、利害関係でも政略的でもない。
「……私たちもね、そこまで詳しく知っているわけじゃないんだ。不意に慶人の記憶を見たり俊哉さんから事前に少しだけ聞かされたり……それでちょっとだけ知っているだけなの」
「…………」
「慶人は宮一族の他の家から、後継者がいなかった当時の天宮伯爵の養子になったの。それも、慶人が10歳の時だって」
紗奈ちゃんは一瞬目を見開くと、悲痛そうに顔をしかめた。
私もこの話を聞いた時は同じような顔をしたと思う。だって、10歳の時という事はある程度自分が養子に出された理由を察せただろう。……慶人は、どんな思いで天宮家に来たんだろうね……。
「――天宮伯爵は慶人が来た時にはすでに結構な高齢で、慶人が養子に来て1年後くらいに亡くなったんだって……。それで慶人が天宮家の当主を継いだけれど、さすがにまだ成人していないから俊哉さんが後見人になって、慶人が成人するまでは当主業も委任することになったみたい」
養子になってから前天宮伯爵が亡くなるまでの僅かな間、2人がどんな風に過ごしたか私たちは知らない。でも、俊哉さんの話によれば、それほど悪くなく穏やかな日々だったらしい。それだけがあの頃の慶人にとって救いだったのかもしれない。
「……みんなは、慶人くんが元はどの家に生まれたかを知っているの?」
恐る恐ると紗奈ちゃんが聞いてきた。私たちは揃って首を横に振る。
「慶人も俊哉さんもそれだけは教えてくれなかった。ただ……」
「ただ?」
「……私たち全員、慶人の元の家は……宮一族筆頭、神宮公爵家だと思っている」
紗奈ちゃんが息を呑むのが分かった。予想通りの反応に、私は苦笑いを浮かべる。
「やっぱり驚くよね……」
「……それは、どうしてそう思うの?」
「朔夜と玲が言っていたの。神宮家の第1子が随分前に病気を理由に後継者候補から外されたんだって。でも、いくら調べてもその第1子の情報は何も入ってこないらしいの。……ただ、その第1子が後継者候補から外された時期と慶人が養子に出た時期がほぼ同じらしいんだ」
「だから私たちは、その第1子は慶人なんじゃないかと思っているの。世間的には病気だと言われているけれど、実際は慶人が異能者であることを理由に後継者候補から外し、分家の末席に当たる天宮家へ養子に出したんじゃないか、とね」
私と佳穂がそう話すと、紗奈ちゃんは眉を顰めて口を固く結んだ。私も最初に聞いた時は胸が痛くて仕方がなかった。
誰よりも気高く、誰よりも自信に溢れていて、ちょっと俺様っぽい所もあるけれどそれ以上に優しい慶人の過去が、こんなにも悲しいものだとは思わなかった。あの不敵な笑みの裏でどれほどの悲しみを抱えてきたのか……。それを思うと、胸が絞めつけられる。
「――どちらにしても慶人は何も言わないから、あくまでも私たちの想像なんだけれどね。……今言えるのは、慶人の元の家族の所在はハッキリとしているけれど、慶人はその家族とはすでに絶縁している。元の家を出たおかげで、今は私たちとこうして暮らせているって事かな」
「……そっか」
そう言う紗奈ちゃんの表情はさっきまでとは打って変わって穏やかなものだった。
私たちは全員、何かしらの過去を抱えている。それぞれにどんな過去があったのか、その全てを知っているわけじゃない。何かきっかけがない限り、その事を口にするのは私たちにとって物凄く勇気が必要で、未だに思い出す事さえも苦しいからだ。
私だって今まで過去を話した事があるのは、たった1人だけだ。それもほんの僅かな一部に過ぎない。もしかしたら、慶人は俊哉さんから聞いて一部だけ知っているかもしれないけれど、私から話したのは“その人”だけだ。
でも、他のみんなも私も、いつかはお互いに何かしらを知る事があるんだろうと思っている。その日が来た時、何があるのか分からないけれど、それを受け止められたらと私は思っている。
話を終えて、少し歩けば私たちは家へと辿り着いた。同時に家から慶人たち6人が出てきて、紗奈ちゃんを出迎えた。
「待っていたぞ、紗奈」
先頭にいた慶人がそう声をかけた。紗奈ちゃんはそれに目を丸くすると、ゆっくりと私たちの顔を見回す。それからちょっと照れながらも嬉しそうに笑みを零していた。
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