第30話 紗奈の引っ越し①
旅行から帰ってきて2日後、私たちと紗奈ちゃんは俊哉さんと会う事になった。
約束の日の午後、私たちと紗奈ちゃんは近くの魔導バス乗り場で待ち合わせた。そこからバスに乗って第7地区の中央区寄りの所へと向かう。その周辺は平民街でありながら、貴族など上流階級の人たちも利用する店が何軒か並んでいる。そのうちの1軒が俊哉さんの懇意にしているレストランだ。このお店の個室で、私たちと俊哉さんは待ち合わせている。
店に着くと、紗奈ちゃんは口をあんぐりと開けながら店を見上げた。
「ほ、本当にここなの……?」
「驚くよねぇ。こんな高級店」
このお店は前世で言うところの「3つ星レストラン」だ。今までにも俊哉さんに誘われて何度か来た事あるけど、私も最初に来た時は驚いたなぁ。ちょっと懐かしい。
慶人に促されて中に入ると、ギャルソンの人が個室へと案内してくれる。俊哉さんはすでに着いているみたい。案内されると、先に慶人たち男子が個室の中へ入った。
「俊哉さん、お久しぶりです」
「久しぶりだね、慶人」
個室から聞こえてくる声に紗奈ちゃんが振り返る。私たちが小さく頷くと、紗奈ちゃんはキュッと唇を引き締めて佳穂に続いて中に入った。個室の中では、椅子から立ち上がった俊哉さんが慶人たちと話している。紗奈ちゃんが入ってきた事に気付くと、会話を止めて視線を向けてきた。紗奈ちゃんは私たちと一緒に俊哉さんのもとに近付く。
「やぁ、私は藤宮俊哉だ。君が、慶人たちの新たな仲間か?」
「は、はい。松川紗奈と申します」
声をかけられると、紗奈ちゃんは頭を下げながら名前を告げる。声から緊張しているのが伺えた。俊哉さんも分かるのか、優しげに微笑んでいる。
「まずは食事にしよう。みんな、好きな席に座りなさい」
そう促されて、私たちは順に座り始めた。長テーブルの1番の上座に俊哉さんが座って、俊哉さんの右側に慶人、紗奈ちゃん、私、アオ、サオ、佳穂の順に座る。私たちの向かいになる左側には俊哉さんから近い順に誠史、匡利、朔夜、玲、雅樹の順に座った。
席に着くと料理が運ばれて来て、しばらくは談笑の時間になった。主に慶人を始めとした私たちが話して、紗奈ちゃんはそれを聞いている。話題は双子島での話が中心になっていた。
それからデザートまで食べ終わって、小菓子を食べながらのお茶の時間になった。そこで俊哉さんは改めて紗奈ちゃんに目を向けた。
「紗奈、と呼んで良いかな?」
「はいっ」
最初よりは慣れたみたいだけど、まだ紗奈ちゃんの声に緊張がある。俊哉さんは安心させるように笑みを浮かべた。
「では、紗奈。今後の事だが、慶人たちと同様に私が君の後見人となる。成人するまで、君の生活と身元の保障をしよう」
「あ、ありがとうございます」
紗奈ちゃんはそう言って、頭を下げる。その表情は戸惑いと驚き、そして喜びに満ちている。紗奈ちゃんの事を知った時の話の感じだと、きっと今まで俊哉さんみたいに受け入れてくれる大人がいなかったんだろうなぁ……。そう考えると、やっと安心して頼れる大人が現れたんだから、それは嬉しいよね。
少し涙目になっていたのをグッと堪えて、紗奈ちゃんは顔を上げて俊哉さんを見た。
「申し訳ないが、いくつか手続きのための書類があるから、書いてもらえるかな? 基本的にはサインだけだから」
「はい」
俊哉さんは持っていた鞄から次々と書類を出して紗奈ちゃんに渡す。見ると、後見人になるための承諾書、学校やギルドに出す書類が数種類、それから色々な振り込みのために使う口座に関する書類だった。結構な枚数があったけど、紗奈ちゃんはそれらに黙々とサインをしていく。全ての記入が終わると、俊哉さんは一通りの確認をしてまた鞄の中にしまった。
「では、今後に関してだが、さっき記入してもらった口座に毎月一定の金額を振り込む。それ以外で何か必要な時は連絡してもらえれば振り込もう。アルバイトやギルドの依頼は紗奈の好きなようにしなさい。あと、何らかで保護者の承諾が必要な場合も連絡しなさい」
「はい」
紗奈ちゃんの返事を聞くと、俊哉さんは満足そうに笑った。
「さて、次にどちらかと言うと私の個人的な質問なんだが……」
「はい」
「紗奈はどういった服装が好きかな?」
やっぱり聞くんだね。私も出会った頃に聞かれたなぁ……。
思ってもみない質問だったみたいで、紗奈ちゃんは一瞬キョトンとしていた。
「えっと……カジュアルで動きやすい服か、シンプルでシックな服が好きです」
「ふむ……色は?」
「1番好きなのは青系とか落ち着いた色合いですけど、赤とか黄色とか暖色系も好きです」
「なるほど……うん、ありがとう」
俊哉さんの表情はとても満足そうだ。一方で紗奈ちゃんは質問の意図が分からないのか、困惑したように私の方を見た。
「今度分かるよ」
俊哉さんは言って欲しくないだろうから、これだけで留めておく。紗奈ちゃんは不思議そうに頷いていた。
「引っ越しの予定は?」
「来週明けです。それまでに色々手続きなどを済ませようと思ったので」
「買い物などもその頃か?」
「その予定です」
慶人の答えを聞くと、俊哉さんは鞄からパンパンに中身の入った巾着を取り出した。あれ、絶対に金貨が詰まっているんだろうな……。
「引っ越しには何かと入用になるだろう。これで好きな物を揃えなさい」
何だろうかと首を傾げていた紗奈ちゃんは、中身が何か分かるとギョッとしたように巾着を見た。分かるよ、その気持ち……。
「分かりました」
紗奈ちゃんが驚く横で慶人が平然と受け取る。その事に更にオロオロとした様子の紗奈ちゃんは私の方を振り返った。
「あ、あれってお金、だよね?」
なるべく小声で言っているけど、若干震えているのが分かるな。
「うん、そうだね。多分だけど、金貨が入っているんじゃないかな? それも結構な量だと思うよ。100か、それ以上か……」
「……いいの? サラッと出していたけど」
「良いんじゃないかな? 私たちの時も同じだったし……それに断るとね、凄ーく悲しそうな顔をされるんだよ、何故か」
まぁ、俊哉さんは侯爵家の当主だし、金貨100枚くらいで響くような財力じゃないんだろうし……。普段から口座に入るお金からして相当な財力なんだろうなぁ……。
私がそう思う一方で紗奈ちゃんは戸惑いつつ俊哉さんを見ている。俊哉さんは誠史と話していて紗奈ちゃんの視線には気づいていない。
「凄いんだね。俊哉さんって……」
「これからもっと色々と驚く事になると思うよ」
例えば気付くと増えている口座の金額とか、タンスどころか部屋じゃないと収まりきらない服とか……。
私のセリフに紗奈ちゃんは首を傾げているけど、紗奈ちゃんが驚く姿を見たいから今は何も言わないでおこう。それに、言葉だけじゃ想像もつかないような事だしね。
それからしばらくして、俊哉さんは仕事があるからと帰って行った。俊哉さんが帰るタイミングで私たちもそれぞれの家に帰る事にした。もちろん、レストランの食事代は俊哉さんが全て払っていて、紗奈ちゃんはその事にも目を丸くしていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
俊哉に紗奈を紹介した食事会から1週間後、いよいよ紗奈の引っ越しの準備を進め始めることになった。
紗奈の部屋は、紗奈の希望などを聞いて話し合った結果、雅樹の部屋の向かいに当たる7階の西側に用意する事になった。現在そこは慶人が使っているが、その慶人の部屋を丸っと8階西側へ上げる事になる。
紗奈が家にやってくる日の前日、慶人たち男子は早速部屋の準備を始めている。
慶人は玄関の前で大きな紙に何かを書いていた。その様子を雅樹が傍らでジッと見つめている。そこへ玲が《瞬間移動》でやって来た。
「慶人、お前の部屋の陣は完了したぞ。用意した材料も陣の上に置いてある」
「あぁ。助かった、玲」
「他のみんなはどうだ?」
「魔法陣が書けたらここに来る予定だ。……よしっ、完璧だ」
慶人が書いていたのは魔法陣だ。
普段、優梨たちは魔法を使う際に杖や魔法陣を必要としていない。それだけ魔法を使う腕に長け、魔力を持っているからだ。ただし、大規模な魔法や集中して使いたい時はこうして魔法陣を使う事があった。
今回書いたのは《創造》の魔法陣だ。その名の通り、ありとあらゆる物を“創造”する魔法である。生き物や構造と仕組みが複雑になるような物は作れないが、それ以外は基本的に何でも作れる。
この魔法は最初《手工芸》と言う名前で、簡単で小さな物から作れるようになる。レベルを上げていくと、だんだんサイズが大きく複雑な物が作れるようになり、レベル31で《建築》と言うスキルに変わる。そしてさらにレベルを上げていき、レベル61以上で《創造》となる。
慶人たちのレベルはやはり常人離れしているので、広い部屋を1つ造るくらいはどうって事ない。玲が言う材料は、何もない所から造るよりも多少なりとも材料があった方が正確に造れ、消費魔力も少ないからだ。
しばらくすると、匡利・誠史・朔夜の3人が慶人たちのもとに《瞬間移動》で現れた。
「全員、魔法陣はできたか?」
慶人の問いに匡利たち3人は頷いて答える。
「なら、始めるぞ」
慶人は魔法陣の上に膝をつき、両手で触れた。すると、魔法陣が光り出す。同時に家の四方、慶人の部屋、7階の階段の踊り場に設置された魔法陣も光り出している。外観は全く変化がないが、内部では大きく変化し始めた。
慶人の部屋に置かれた魔法陣に材料が吸い込まれると、部屋全体がせり上がっていく。その下からは仕切りのない広い空間が現れ始めた。さらに階段の踊り場でも7階までしかなかったのが、8階に繋がる階段が現れている。
魔法陣が光り出して数分後、魔法の発動が完了して光が収まった。慶人は立ち上がり、大きく息を吐いた。
「お疲れ様、慶人」
誠史が慶人に飲み物を渡しながら言った。
「ありがとうな。……これで家の方は完了だ」
「残りの内装は優たちがやるんだったな」
朔夜が聞くと、慶人は頷く。
「そうだ。部屋を区切って、家具や照明なんかを用意すると言っていた」
「とりあえず、不備はないか一応確認だけしに行こうか」
誠史の提案で、魔法陣を書いた紙を回収がてら魔法がきちんと発動されているかどうか確認をしに慶人たちは向かって行った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
紗奈ちゃんの引っ越しの前日、私たちは紗奈ちゃんが住んでいる今の部屋に来ている。理由は荷物の整理を手伝うためだ。今頃慶人たちが家の部屋を用意しているだろうから、私たちはこっちを手伝う事になったんだ。
紗奈ちゃんが今住んでいるのは、藤永学園が運営しているいくつかの寮の1つだ。場所としては一番学校から遠いんだけど、その分家賃が少し安いらしい。まぁ、遠いと言っても徒歩30分くらいの場所なんだけどね。
私も最初は寮を利用していたんだけど、その時の部屋と設備はほとんど変わらなくて、間取りは1Kで家具やちょっとした魔道具設備が揃っているんだ。
荷物の整理とは言っても、やる事と言えば持って行く物と捨てる物を分けて、持って行く物はすべて紗奈ちゃんの《無限収納》にしまうだけだ。本当に便利だよね、《無限収納》って。私とアオが紗奈ちゃんと一緒に物の選別をして、サオと佳穂は空いた場所からどんどん掃除を進めている。
「紗奈ちゃん、この辺の食器はどうする?」
食器棚を開けた私は、中を見ながら聞いた。
「いくつか欠けちゃっているのがあるから、それは処分しようかな。それ以外は持っていくよ」
「了ー解」
欠けを確認しつつ、一応紗奈ちゃんに思い入れがあるか無いかだけ《鑑定》で見ていく。まぁ、見事にどれも「無い」としか表示されないんだけどね……。
「それにしても、本当に服もいる物だけで大丈夫なの?」
そう言う声が聞こえて振り返ると、紗奈ちゃんはアオと一緒に洋服ダンスの中を確認していた。
「うん、大丈夫だよ」
アオの答えに半信半疑のまま紗奈ちゃんは服の選別をしている。まぁ、疑うのも無理ないよね。これからの事を思えば……どっちにしても数日のうちに分かる事だから、今は黙っている事にする。最終的に紗奈ちゃんは持っていた服のうち3割ほどは処分する事にしたみたい。他の物も同じような割合で処分するみたい。
夕方になる頃には一晩過ごす分を残して後は全部紗奈ちゃんの《無限収納》にしまう。帰りがてら、処分する物を寮のゴミ捨て場に運んだ。
「じゃあ、明日の昼過ぎに迎えに来るね」
ゴミ捨ても終わって寮の入口に向かってから、私は紗奈ちゃんにそう言った。
「うん。私はそれまでに残りの掃除と、寮母さんに書類と鍵を渡しておくね」
「じゃあ、またね」
「またね」
そう言い合って手を振り、私たちと紗奈ちゃんは明日を楽しみにしながら別れた。
その日の夜、紗奈ちゃんへ俊哉さんから私たちが使っているのと同じキングサイズの天蓋付きベッドが届いた。屋敷の門の前で慶人と雅樹が受け取って、ひとまずは紗奈ちゃんの部屋になる7階の西側のスペースに置いておいた。
フフッ、明日紗奈ちゃんが来た時にどんな反応するか楽しみだなぁ。
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