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異能者恋物語  作者: 蒼月憂
第2章 最後の仲間
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第29話 帰路

 紗奈が仲間に加わった翌日。双子島にいる最終日とあって、優梨たちは張り切っていた。宿泊施設のロビーで待ち合わせ、揃ってギルドに向かおうと朝食の時に決まった。

 朝食後、準備を整え終わった慶人は明日の事を聞きたいからと、先にロビーに向かっている。匡利はまだ時間に余裕があるからと少しゆっくりと準備を整えていた。

 準備が終わり、ロビーに向かおうと部屋を出る。廊下を歩いていると、すぐ側の部屋のドアが急に開いた。咄嗟に避けると、そこには佳穂が立っていた。よく見れば、そこは佳穂と紗奈の部屋だ。匡利に気付いた佳穂は驚いたように匡利を見た。


「匡利」

「佳穂」

「ごめんなさい。ぶつかったかしら?」

「いや、大丈夫だ」

「そう。それなら良かった」


 佳穂はそう言うと、ドアを閉めて廊下を進もうとした。すると、匡利がとっさに佳穂の肩を掴んだ。


「驚いた。どうしたの?」


 振り返りながら聞くと、匡利は少し考えるように視線を落とす。佳穂は首を傾げて匡利を見た。


「匡利?」

「……佳穂、今回の旅行はちゃんと楽しめたか?」


 唐突な質問に、佳穂は不思議そうな顔をする。


「それはもちろん。楽しめたわよ。どうして?」

「……最初、それほど乗り気ではなかっただろう。それに、蒔田の事で色々と困る事もあったんじゃないか」


 そう言われ、佳穂は少し考えた。


「そうね。最初はどうなるか分からないから、私たちみたいな人がそう気軽に旅行なんて良いのかとは思ったわよ。でも結果的には色々と楽しめたし、紗奈の事も分かったんだから、来て良かったとは思っているわよ。蒔田さんの事は、私よりも紗奈と慶人の方が大変だったんじゃないかしら?」


 苦笑しながらそう答えると、匡利はなんだか浮かない顔をしている。その事に佳穂は怪訝な顔を浮かべた。


「どうしたの? 匡利」

「……本当に、そう思っているか?」

「えぇ、もちろん。……何なの、一体」


 訝しげに聞くと、匡利はまた思考を巡らせる。それからゆっくりと口を開いた。


「佳穂……何か、隠している事はないか?」


 匡利の言葉に、佳穂は一瞬目を見開く。それから、すぐに顔をしかめた。


「何も隠してなんかないわよ」

「本当だな?」


 ため息交じりの答えに匡利は重ねて問う。すると、佳穂は眉間にしわを寄せて匡利から視線を外した。


「本当よ。隠し事をしているように思われるなんて心外だわ」

「……悪い」

「もういい? そろそろ行かないと」

「……あぁ」


 佳穂の声に煩わしさが滲んでいる事に気付いた匡利はそれ以上の質問を止めた。佳穂は匡利を一瞥すると、足早にその場を去っていった。その後姿を見つめていた匡利は、見えなくなると深くため息を吐く。それから自分もみんなとの集合場所へと急いで向かって行った。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 ダンジョンの10階層の探索は思いの外サクサクと進んであっという間にボス部屋に到着した。10階のボス部屋は中ボスになるんだけど、中に入るとグレイウルフの上位種グレートグレイウルフをリーダーにしたグレイウルフの群れとジャイアントボアが数体、キラースネークの特殊個体のポイズンスネークが数体現れた。


「今は巧巳さんもいない事だし、サクッと倒しちゃおう」

「「おーっ!」」


 私が提案すると、アオとサオが声を揃えて応えてくれた。それに笑いながら誠史と朔夜も同意してくれた。匡利は何も言わないけど、多分大丈夫だと思う。

 軽く話し合ってグレイウルフの群れはアオとサオが、ジャイアントボアは私と匡利が、ポイズンスネークは誠史と朔夜が担当することになった。役割が決まると、みんな一斉に動き出した。


「《火球(ファイアーボール)》!」

「《石弾(ストーンバレット)》!」


 アオとサオが息の合ったコンビネーションで代わる代わる魔法を放っている。片方が囮になってグレイウルフを引き付けて、もう1人が後ろから魔法を放って攻撃する。2人が使っているのは初級魔法だけど、威力が強いから1発で倒せている。確実に1匹ずつ倒して、どんどん数を減らしていた。


「誠史、そっちに行ったぞ!」

「《水球(ウォーターボール)》! 朔夜もそっちに行ったよ!」

「《風刃(ウィンドエッジ)》!」


 ポイズンスネークは毒液を飛ばしてくるから、2人はそれを避けつつ魔法で倒している。時々背後から飛び出してくるみたいだけど、それは手に持っている片手剣で倒していた。


 まぁ、そんな風に何で私が他の2組を見ていられるかと言うと、こっちは私の出番が丸っきりないんだよね……。そう思いつつ、私は少し離れた所にいる匡利を見る。

 ジャイアントボアは近付き過ぎると、突進してきて凄まじい力で弾き飛ばされる事がある。弾き飛ばされたら最後、運が良ければ全身に大怪我を負って数か月動けず、最悪の場合は再起不能になる。だから、基本的にジャイアントボアの倒し方はある程度の距離を保った状態で魔法や弓矢でそのまま仕留めるか、足止めをして近付いてからとどめを刺すかのどちらかだ。

 それでまぁ、私たちは2人とも弓矢を持っているからせっかくだからとこっちを担当になったんだけどさ……。今のところ、全頭匡利が倒しちゃっているんだよね。匡利の持っている弓は私のより大きくて、矢を引くのに力が必要だけどその分威力も強い。確実に急所に射ち込めば倒せるんだけど……。匡利、さっきからずっとジャイアントボアの脳天に矢を命中させて仕留めちゃっているんだ。しかも矢を射るスピードも速いから、次々にジャイアントボアがドロップ品に変わっていて、私の出番が一切ないんだよねぇ。

 なんて言うか、雰囲気も鬼気迫るって言う感じで近付く事もできなくて、私は早々に諦めてジャイアントボアが一掃されるのを待ちつつ、近くのドロップ品を拾っている。


「――優梨!」

「えっ?」


 急に呼ばれて顔を上げると、さっきまでいたのよりも一回り大きなジャイアントボアが私に向かって突進してきていた。これはヤバいかも……。


「来い!」


 匡利の声に考える間もなく、匡利に向かって駆け出した。匡利が2本の矢をいっぺんに構えているのが見える。匡利との距離が縮むと、私はスライディングをするように身を屈めた。同時に匡利が矢を放ち、2本とも私を追っていたジャイアントボアに命中する。上手く仕留められたみたいで、牙や毛皮、肉の他に少し大きめの魔石をドロップして消えていった。


「(さ、さすがに心臓が飛び出すかと思った……)」


 心臓がドキドキと鳴り止まず、しゃがみこんだまま立ち上がれずにいた。すると、匡利が側まで近付いてきた。


「優梨」

「匡利」

「怪我はないか」

「うん、一応……」


 スライディングした時にあちこち擦ったけど、丈夫な装備のおかげで怪我はない。

 匡利が手を差し出してくれて、有難く掴まって立ち上がる。そうしたら、匡利は私の頭の天辺からつま先まで怪我の確認をしてきた。


「……大丈夫そうだな」

「うん。心配してくれてありがとう」

「いや……最後、気付かず悪かった」

「ううん。私もさすがに気を緩めすぎてたよ」


 まさか最後の最後にあんなの出るとは思わないよねぇ。それにしても2本の矢を射る匡利がかっこ良かったな……。そんな事を考えていたら、怪訝そうな目をされた。


「……何を考えている」

「いやぁ、別に?」


 さすがに思っていた事をそのまま言えないから適当にはぐらかす。納得してないみたいだけど、匡利はそれ以上聞いてこなかった。


「匡利こそ大丈夫?」

「……何がだ」

「んー、なんとなく何か考え込んでそうだなぁって思ったんだけど、違う?」

「…………」


 無言ってことは考え事をしていたんだね。最後のジャイアントボアに気付くのが一瞬遅れるくらいには気を取られちゃっていたみたいだけど、珍しいね。


「それで考え事は解決?」

「……一応な」

「そっか」


 多分聞いても答えてくれないと思うから、それ以上は聞かないでおく。とりあえず今はこの散らばっているドロップ品を拾うか……。匡利と2人で黙々と拾っていると、アオたちと誠史たちの方も終わったみたい。

 ドロップ品の回収を終えて時間を見ると、まだ少し余裕があった。せっかくだから、11階層もボス部屋には行かないけど探索しようってなった。相変わらずボス部屋の奥に下に繋がる階段が現れていた。


「――ねぇ、優と匡利くんの方、凄かったね。主に匡利くんが」


 階段を下りていると、アオがそう声をかけてきた。やっぱりアオたちから見ても凄かったよね。


「まぁね。ちょっと考え込み中だったみたい」

「珍しいね、匡利くんが探索中に考え事なんて」

「ね? まぁ、もう落ち着いたみたいだけどね」


 少し前の方で誠史と朔夜と話す匡利を見る。多分、同じような事を言われているんだろうなぁ。


「最後、なんか危なそうな感じしたけど、あれは大丈夫だったの?」

「うん。匡利が2本の矢で倒しちゃったからね」

「……やっぱり匡利君の弓の腕って凄いね」

「ねっ」


 目を丸くするアオとサオに私も頷く。あれはさすがに私もできない技なんだよね。どのくらいのレベルになると、できるようになるんだろうね? 私には当分無理そうだけど……。


 11階層は森フィールドだった。出てくるのは、グレイウルフより魔物ランクの高いフォレスト・ウルフやフォレストスネーク、と言った森を生息地としている魔物だ。他にも森ならよくいるトレントって言う植物型の魔物が出る。トレントのドロップ品は上質な木材や枝、樹皮や樹液だ。樹液は漆みたいなのとか、煮詰める前のメープルシロップみたいなのが採れるんだよね。他には、猿の魔物とか小型の熊の魔物なんかも出てきた。魔物以外には山菜とか薬草に加えて、木に生る果物とかも獲れたよ。アケビみたいなのとか山葡萄みたいなのがあって美味しそうだったなぁ。一部は買取りに出さないで家に持って帰るつもり。食べるのが楽しみだな。

 途中でボス部屋を見つけたけど、予定通りそこには入らなかった。


「そろそろ戻ろうか」


 ダンジョン内の空が赤くなってきた頃に誠史がそう提案した。もう明日には島を出るから転移石は置かず、そのまま入り口まで戻る。

 ギルドに向かうと入り口のところで慶人たちと会った。


「そっちも戻ったところか?」

「そうだよ。手続き、一緒に行こうか」


 慶人と誠史はそう話して、順に中に入る。その途中、佳穂が一度こっちに目を向けたけど、すぐに視線を逸らしてそのまま中に入っていった。何なのかと思って佳穂が見ていた方に視線を向けると、匡利がいた。匡利は佳穂と目が合っていたのか、眉を顰めて何とも言い難い表情をしている。


「(……また、見た事のない顔……)」


 佳穂と目が合ったのに逸らされて、それでどうして匡利はそんな顔をするの……? 気持ちがモヤモヤとするし、胸がズキズキと痛む。匡利に対しても、佳穂に対しても、こんな気持ちを抱きたくないのに、どうしても止まらない……。


『何か気になる事があるんだと思うが、あまり考えねぇ方が良いぞ。匡利の場合、俺らが思ってもみねぇ事を考えていたりするからな』


 不意に海に遊びに行った時に慶人から言われたことを思い出した。


「(……佳穂からも匡利からも何も聞いてもいないのに、勝手に想像して勝手に胸を痛めるなんて変だよね……)」


 そう思う事にして、私は胸のモヤモヤと痛みを無理やり心の奥底へと封じ込めて忘れる事にした。また思い出す事がない事を願いながら……。



 その日の夕食はいつもより少し豪華な食事が並んでいた。静香さんの計らいで、食堂の料理長が用意してくれたものだ。島の特産品をふんだんに使った料理を私たちは喜び、心行くまで楽しんだ。

 夕食の後、私たちは帰り支度を整えながら島の思い出話で盛り上がった。ダンジョンの事、蒔田さんと巧巳さん兄弟の事、海で遊んだ事、それから紗奈ちゃんの事……。たった10日間でたくさんの出来事があった。そして、新たに始まりそうなこれからがどうなるのか、楽しみだと私たちは話していた。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 そして、朝を迎えた。朝食の後に残りの帰り支度を整えて、今は宿泊所の前で魔導バスが来るのを待っている。


「オーナー。10日間、色々とお世話になりました」


 私たちを代表して慶人がお礼を言っているのが聞こえる。チラッと見れば、静香さんが綺麗な笑顔を浮かべていた。


「こちらこそ、とても楽しかったわ。それに……」


 何かを言いかけて、静香さんはこちらを見る。同時に慶人たちも私と紗奈ちゃん(・・・・・・・)の方を見てくる。今私の前には巧巳さんが、紗奈ちゃんの前には蒔田さんがいる。


「……こちらこそ、本当にお世話になったわね。しかも最後の最後まで……。ごめんなさいね」

「いえ……」


 慶人は苦笑しているけど、実際静香さんは何も悪くないよねぇ。

 私はため息を吐きたいのを堪えつつ、目の前の巧巳さんに向き合った。


「優梨ちゃぁん、もうお別れなんて寂しい~」


 嘘なのか本当なのか分からないけれど、巧巳さんは涙目でそう言ってくる。相変わらず距離感が近いけど、さすがに慣れたような気がするよ……。

 どう返事をしようか考えていると、巧巳さんは何やらポケットをガサゴソと探っている。そして、何かを取り出して私の手に握らせた。


「これは……?」


 見るとメモ用紙で、何かの番号が羅列されている。


「これ、俺が持っている携帯通信機の識別番号だよ」


 携帯通信機はこっちの世界にある、機能が通話のみの携帯電話みたいな物だ。識別番号は、いわゆる電話番号ね。ちなみに、携帯通信機は私たちも俊哉さんから買ってもらって持っていたりする。


「携帯通信機を持っていなくても、大抵のギルドに行けば銅貨数枚で据え置きの通信機が使えるから。これでいつでも連絡して良いからね!」

「えっと……」


 いつでもと言われても、絶対しないだろうなぁ。個人情報だし、メモ用紙(これ)は返した方が良いのかな……。


「――例えば、世界のダンジョンに行きたくなった時とか」


 貰ったメモをどうしようかと考えていたら、不意にそう聞こえてきた。驚いて顔を上げると、巧巳さんはいつも見せていた軽そうな笑顔なんかじゃなくて、真剣さが感じられる微笑みを浮かべていた。


「優梨ちゃんたちの実力はこのまま燻らせるのはもったいないよ。君たちの力は、確実に世界に通用する。魔界世界に行く事だって夢じゃない」

「…………」

「君たちがその歳で冒険者をやっている事、未成年だけで双子島(ここ)まで来ている事、その辺りを考えれば何かしらの事情があるのは分かっているよ。それに……リズが、君たちは“只者じゃない”って言うしね」


 最後の一言は、私にしか聞こえないほどの声だ。思わず息を呑むと、巧巳さんは人差し指を口元にあて「シーッ」と言った。


「従魔たちは魔物だからやっぱりその辺りは敏感だし、主人の俺には正直なんだ。……だから、俺は他人の“知られたくない秘密”ばかりを知っちゃうんだよねぇ。おかげでパーティーを組むたびに修羅場でさ、今では従魔を連れてソロでいる方が楽なんだよね」


 ……これは、弟の蒔田さんも知らない巧巳さんの秘密なんだろう。でも、どうしてそれを私に話すんだろう……。それに、巧巳さんはきっと全てではないにしろ、私たちが普通の能力者じゃない事に気付いている……。それを、あえて話すのは何で……?


「安心して。孝己は君たちの事に気付いていないよ。孝己は俺から見ても優秀なんだけど、ちょーっとその辺りがまだまだ未熟なんだよね。……もちろん、俺もあいつに話す気は全くないよ。信じられないなら、魔導契約書を交わしても良いし」

「……いえ、そう言っていただけるだけで十分です」

「そう? とにかくさ、君たちの“秘密”の事は気にしなくて良いから、いつか俺に世界を案内させて。君たちなら、俺もきっと楽しく組めると思うからさ」


 その言葉で、一緒に食事に行った日に「海外を案内する」と言っていたのは、本気だったのだと理解できた。きっと、あの時にはすでに私たちの事に薄々気付いていたんだろうな……。


「あっ、もちろん俺とデートしたくなった時に連絡してくれても良いからね! いつでも大歓迎だから!」

「結構です!」


 せっかく色々と見直しそうだったのに台無しだ……。そう思っていると、巧巳さんは相変わらず軽くケラケラと笑っている。でも、いつもと違って今は私もつられるように笑った。そして、貰ったメモ用紙は鞄に入れるふりをして《無限収納(インベントリ)》にしまった。それを見て、巧巳さんはちょっと嬉しそうな顔をしている。


「……巧巳さん」

「ん?」

「約束はできませんが……いつか、私たちが世界へ行きたくなった時はお願いしますね。世界へ行った先輩(・・)として」


 そう言うと、巧巳さんは一瞬目を丸くした後に破顔した。そのどこか少年っぽい表情が、きっと巧巳さんの本当の笑顔なんだろうなと私は思っていた。






 優梨と巧巳が別れを交わす一方で、蒔田も紗奈との別れを惜しんでいた。


「紗奈ちゃん、やっと仲良くなれたと思ったのにお別れなんて……寂しい」

「色々とお世話になりました」


 蒔田の言葉に苦笑しつつ、紗奈も最後だからとそう言う。


「これ、俺の携帯通信機の番号。いつでも良いから、気が向いたら連絡して!」


 そう言って蒔田も巧巳と同じように紗奈にメモを握らせた。紗奈は戸惑いつつも自分の《無限収納(インベントリ)》にそれをしまった。


「……俺さ」

「えっ?」

「今まで色んなパーティーを組んだけど、どのパーティーとも合わなくてさ……。だから、ずっとソロで活動してたんだ」

「…………」

「でも、今回成り行きとは言え紗奈ちゃんたちと組んで、今までで1番楽しかった」


 蒔田にそう言われ、紗奈は意外そうな表情を浮かべる。パーティーを組んでいる間は雅樹といがみ合ってばかりで、とても楽しそうにしているようには見えなかったからだ。


「まぁ、あの雅樹って奴はスッゲェムカつくけどな!」

「あはは……」


 やっぱりそうなのかと、紗奈は乾いた笑いしか出なかった。少し顔をしかめていた蒔田は不意に表情を和らげた。


「……ムカつくけど、楽しかったのは本当なんだ」

「…………」

「だからさ、急だったけど俺と組んでありがとうな」


 蒔田はそう言いながら紗奈に右手を出した。その手の意味を理解した紗奈はそっと握り返し、2人は握手を交わす。


「こちらこそ、色々と勉強になりました。ありがとうございました」

「またいつか組もうな。その時はよろしく、紗奈ちゃん」

「はいっ」


 蒔田の言葉に紗奈は笑顔で返す。その表情を見て、蒔田は満足そうに笑っていた。


「みんな、バスが来たわよ」


 静香に言われ、優梨たちは荷物を手にする。来た時と同じように一度荷物を預けた後、施設の方を振り返った。静香と蒔田兄弟が並んでこちらを見ている。


「ありがとうございました!」

「またいらっしゃい。いつでも歓迎するわ」

「はいっ!」


 一度全員で頭を下げ、手を振りながら1人1人バスに乗る。バスに乗ってから外に目を向けると、静香も蒔田兄弟も手を振ってくれていた。そして、3人はバスが動き出してからも、その姿が見えなくなるまで手を振り続けてくれていた。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 静香さんと巧巳さんと蒔田さんと別れ、宿泊施設を出発して1時間後、私たちは予定通り港に着いた。島を出る手続きの後、行きの船と同じように並んで乗船の手続きをする。そして乗船して1時間ほどしてから、双子島を出航した。


「楽しかったねー」

「そうだねー」


 出航して、前と同じようにデッキに出た時、アオとサオがそう言うのが聞こえてきた。2人ののんびりとした声に私はつい笑みを浮かべた。


「色々あったね。ダンジョン行って、観光をして、海に入って……紗奈ちゃんが仲間に加わった」


 そう言うと、2人は笑顔で頷いた。チラッと後ろを見ると、デッキにあるテーブルの椅子に座って紗奈ちゃんと慶人、朔夜、玲が今後の事について話し合っている。慶人によれば、明々後日くらいに俊哉さんと会えるらしい。船に乗ってすぐ、慶人の持つ携帯通信機で連絡を取ったらしい。


「これからが楽しみだね」


 明るい声でアオがそう言ってサオと話す声を聞きながら、私は視線の先を変えた。そこには匡利が立っているのが見える。

 匡利と佳穂の事を見ると、未だにチクッと胸が痛む。いつまでこの痛みを感じるのかと少し憂鬱な気持ちが湧くけれど、一方で大きく変わるであろう日常にも胸が躍っている。全てを新たな日常で忘れられたらいいなとも思う。


 そんな風に、この旅行で起こった事とこれからの事に思いを馳せながら、私は目の前に広がる雄大な海をジッと見つめていた……――


ここまで読んで下さりありがとうございました!

次の更新は、8/2(土)を予定しております。



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