第2話 日常②
3話目です
「1限は何だっけ?」
「数学だ」
学校へ向かう途中、私が聞くと前を歩いていた匡利が答えてくれた。すると、私の横を歩いていたアオが顔をしかめた。
「えー、少し気が重い」
「葵は数学が苦手だもんね」
憂鬱そうなアオの声に誠史がクスクスと笑いながら言う。
「だって数学ってただでさえ難しいのに、特進だとさらに難しいじゃない」
「でも、テストではいつも80点以上は取っているよね」
「それは、優とか誠史くんが一生懸命教えてくれるから何とかなっているだけだよ」
アオはそう言うけど、本人の努力の賜物だと私は思うけどね。
瑞穂国には「王族」や「貴族」が存在する。昔はもっと違う言い方をしていたみたいだけれど、200年位前に西洋文化が伝わった時に言い方を変えたらしいんだよね。
ただ、昔と違って今は貴族が領地を治めるんじゃなくて、国や個人が土地を所有して、貴族たちは主に政治や経済産業に関わってくるというか……前世の日本やイギリスを想像すると分かりやすいかな?
とはいえ、昔ほどではないにしろ多少なりとも「身分の差」というのは存在する。仕事や婚姻は勿論、教育にも差が出るところがある。他にも王都の中心部、王城を含めた「中央区」は貴族の邸宅や貴族向けの店舗しかない区域だ。通称「貴族街」とも呼ばれている。
そして、基本的に貴族は貴族、平民は平民で通う学校が分かれてしまっている。
そんな中、私たちが通う「藤永学園」は瑞穂国でも名門の学校であると同時に、身分に関係なく貴族も平民も通える数少ない学校だ。場所も中央区に近いとはいえ、いわゆる「平民街」に位置する。そして、通っている半数以上が能力者で、それ以外の人も優秀なスキルを持つ人ばかりだ。
だからなのか、この学校の理念は「文武両道」「実力主義」だ。学校内では、身分も親の職業も関係なく実力のある人が上に行く、という考えのもと過ごす事になる。
学校の特徴としては広大過ぎる敷地に充実した施設と設備、カリキュラム、行事が色々と揃っている。あと、貴族が通う学校では珍しく「倶楽部」が存在していて、前世で言うところの「部活」の事だ。
どうやら「部活」があるのは平民の学校だけで、貴族の学校にはないらしいんだよね。でも、意外と貴族の子女も「部活動」っていうのに憧れる人が多いみたい。だからこそ、平民が割と多く通っているのに、貴族の人も気にせず通っているんじゃないかな。
倶楽部の活動目的は「授業で学べないような事を学ぶ場」「将来に向けての修業の場」「趣味や娯楽を楽しむ場」として考えられていて、こちらも結構充実している。
前世との違いと言えば、クラス選択も色々あるかな?
全部で6つあって、まず1つ目が「騎士クラス」だ。その名の通り、将来的に騎士になるのを目指す人たちが入る。卒業後はそのまま騎士団に入団するか、騎士専門学校へ入学する。
2つ目が「魔法クラス」だ。こちらも騎士と同じように、将来は魔術師団へ入団したり、王城で宮廷魔術師になったりと魔術師としての就職を目指す。卒業後はすぐ就職する人もいれば、魔術師専門学校に入学する人もいる。
3つ目の「文官クラス」と4つ目の「執事・侍女クラス」は、高校卒業後、王城や各役所、貴族の邸宅に就職を考える人が入るクラスだ。
この4つのクラスは通称「専門クラス」って言われていて、教養科目――数学とか社会とかそういう科目以外にそれぞれ専門科目の授業があるの。
そして5つ目は「総合クラス」、6つ目が「総合特進クラス」だ。この2つは、大学進学を考えている・専門クラスに希望の職業がない・そもそも進路がまだ決定していない、という人たちが入るクラスだ。専門クラスが割と王城や貴族邸宅への就職を目的としているから、実は特進と総合クラスを選択する人たちが最も多い。
ただし、特進クラスは成績優秀な男女30人ずつしか入れないクラスだ。特進、と言うだけに授業レベルは他と比べても高いし、授業数も多い。このクラスに入られれば間違いなく将来は安泰だと言われるほどだ。
とはいえ、この学園自体がかなりレベルの高い学校だから、世間的に見ればこの学校に入学できるだけでもかなり優秀だと思われるんだけどね。
ちなみに、どのクラスに所属しているかは制服を見れば一目瞭然となっているんだ。デザインは一緒なんだけれど上着やベスト、スカートやズボンの色が所属クラスによって違っているの。
特進クラスは白、総合クラスは紺色、騎士クラスはえんじ色、魔法クラスは黒、文官クラスは灰色、執事・侍女クラスは茶色だ。学年は左胸に着けているバッチにデザインされている星の数で分かるようになっているよ。
学年のスタートは前世と同じ4月からで、私たちは先週末から高校2年生になったばっかりだ。そして、私たちが着ている制服は“白色”だ。
「――ついでに2限は現文、3限は外国語、4限は理科Ⅰ、5限は社会Ⅱ、6限の体育はLHRに変更だ」
玲が手帳を見ながら教えてくれた。
「7限は? 確か礼儀作法の授業だよね?」
「今日は授業開始初日だからな。多分無いんじゃないか」
礼儀作法はこの世界ならではの授業だよね。将来的に王族や高位貴族と関わる可能性が高い生徒たちばかりだから、将来の為にと必須科目としてあるんだよね。
それより社会Ⅱがあるのか……。
選択科目や体育とかは合同でやる事になるんだけれど、その合同するクラスにあまり会いたくない人がいるんだよね……新学期早々に会うのか……。
社会Ⅱは歴史か政経か選べて、私は歴史を選んでいるんだけれど、あの人は違う方を選んでいないかな……無理かな……。
思わずため息が出たけれど、なるべく離れて向こうの視界に入らないようにしよう……。
家から30分ほど歩くとやっと学校にたどり着いた。
この学園は初等部、中等部、高等部、大学部ってあって、各キャンパスに校門があるんだ。高等部の門は私たちの家から一番近い場所にあるから楽だ。校門から校舎まではしばらく歩く必要があるけれど、時間には十分余裕がある。
門を抜けた中央の道は貴族の人たちの馬車やら魔導車やらが走る道だから、徒歩通学の私たちは道の両脇に避けて校舎に向かってアオたちと話しながら歩いていた。
すると、私たちのすぐ側に魔導車が1台停まった。
ん? この車って確か……。
自然とドアが開いて、中から1人の女の子が出てきた。やっぱりか……。
彼女は一緒に降りてきた執事らしき人から鞄を受け取って私たちに近づく。その間に車は走っていった。多分、どこかでUターンして出て行くんだろうな。
女の子は私たちに、と言うより誠史に近づくとニコリと笑みを浮かべた。あっ、アオの表情が険しくなった。
「おはようございます、加村くん。朝からお会いできて嬉しいですわ」
「おはよう、白鳥さん」
誠史は笑顔で挨拶を返し、アオはその様子をしかめ面で見つめている。
彼女の名前は白鳥エリカ。白鳥伯爵家のご令嬢で容姿端麗、頭脳明晰、スポーツ万能と三拍子揃っている。少々高飛車なのが玉に瑕だけれど、根はそんなに悪い子じゃないかな? 男子からの人気もそれなりに高いしね。
ただ、彼女は誠史の事が好きなんだよね。私が知る限り、中3の時にはすでに好きだったんじゃないかな? だから、割といろんな人からアプローチされているのを見かけるけれど、どこ吹く風。彼女はひたすら誠史に熱いアプローチを繰り返して、元々総合クラスにいたのに、高等部入学と同時に私たちと同じ特進クラスに入ったんだから、本当に凄い。
目の前の光景はすでに日常茶飯事だけれど、これが面白くないのがアオだ。
アオも中学の時から誠史が好きなんだよね。
「(でも、実は誠史もアオの事が好きなんだけれど、なーぜか当人同士は気付かないんだよね……)」
いわゆる“両片思い”状態の2人の様子はちょっとじれったいんだけれど、そんな2人の様子を眺めているのもまた一興で……。私たちが教えるのもまた違うから、あえて2人にはお互いの気持ちを教えていなかったりする。
「皆さんもおはようございます」
誠史への挨拶が終わればこちらにもちゃんと挨拶をくれる。誠史最優先だけれど、いい子なんだよ。
「……おはよう」
アオも何だかんだと挨拶をもらえれば、返してはいるね。
「何ですか、葵さん。そんなお顔をしていますと、しわが残りますよ」
「なにそれ!」
……これは、止めた方が良いのかな?
思わずサオたちの方を見るけど、みんな肩を竦めている。2人に挟まれている誠史は苦笑しながら2人の様子を眺めている。
「優」
「ん? なに、慶人」
「俺らはとりあえず先に教室に行っているぞ。あいつらは、まぁ……適当なところで誠史が止めるだろうから放っておけ」
「あぁ、うん……」
私とサオを残して他のみんなは教室に行っちゃった。それ以外に新入生はギョッとしながら遠巻きに通り過ぎ、2・3年生は見慣れたものと言いたげに素通りしている。
……慣れるほどよく見られるだよ、この光景。それでも問題ないのは、完全に子猫と子狐の喧嘩にしか見えないからなんだよ。側には飼い主がいるし……
「相変わらずだねぇ」
「そうだね」
のんびりとした口調で眺める私たち。そろそろ誠史が止めるかな?
「――2人とも、もうすぐ予冷が鳴るけれど大丈夫?」
悪口にもなっていない言い合いが止まったところで誠史が声をかけた。すると、アオとエリカは誠史を見た後に互いを見た。
「いけませんわ。私、顧問の先生に用事があるのでした」
「それなら早く行った方が良いね」
「えぇ、そうですね。……加村くん、また教室で会いましょう。葵さん達もまた」
「うん」
エリカは軽く頭を下げ、手を振りながらその場を離れた。誠史は手を振り返しながら見送り、アオもちょっと頬を膨らませながら一緒に手を振っている。
エリカの背中が小さくなると、誠史はアオの方を振り返って手を差し出す。
「アオ、教室に行こう?」
ニコリと微笑みながら誠史が言えば、アオの機嫌は一瞬出直り、嬉しそうに誠史の手を取った。そのまま2人は手を繋いで昇降口へと向かっていった。
「さすが誠史だね」
「ねぇ。でも、こうしてみると本当に恋人同士みたいに見えるのに、どうしてアオちゃんも誠史君も気付かないんだろう?」
「不思議だよねぇ」
まぁ、自分に自信がないからとしか言いようがないんだけれどねぇ。人から好意を寄せられるって私たちからしたら奇跡みたいなものだし……
物思いに耽っていたら、サオが覗き込むように私の顔を見つめていた。
「なぁに、サオ」
「そう言う優こそ、最近はどうなの? 匡利君と」
「えぇ~? んー……相変わらず、かな?」
そうなのよ。何を隠そう、私も片思いをしている立場だ。仲間の匡利に……。それを知っているみんなはそんな私の恋をいつも応援してくれている。
「仲は良いと思うけれどね、優と匡利君」
「一応はねぇ。でも、それ以上進展させる勇気はないかなぁ」
「難しいね」
関係を進展させるチャンスがないわけじゃないけど、実行に移す気にはなれなかった。何より今の関係のままでも十分満足しているからなぁ。今のところこれ以上は望むつもりはないんだよね……。
そんな事を考えながら歩いていたら、いつの間にか昇降口に着いていた。
あぁ……そういえば今日も見ないと……。
ハァッとため息を吐きつつ、靴箱の蓋を開けた。
「……今日も大量だね」
横から覗き込んでいたサオが呟く。私たちの視線の先には上靴の上に積み重なる紙と手紙の山だ。
「これ、中身見ないで捨てちゃダメかなぁ?」
紙の山を指差しながらサオに聞いたら首を傾げられた。
「普通の手紙もあるけど良いの?」
「どっちにしろ返す返事は同じだし……とりあえず、手紙は残して後は捨てるか」
とりあえずきちんと封筒に入っている手紙は鞄にしまい、折りたたまれているだけの紙は中身を開かないで近くのごみ箱に捨てた。どうせ中には悪口しか書いていないんだから見なくても別にいいや。
靴の中に何も入っていない事を確認して――前に画鋲が2、3個入っていた事がある――靴を履き替えたら、私とサオは教室に向かった。
2年生の教室はこの校舎の2階部分だ。A棟には特進と総合クラスの教室がある。他のクラスは別の棟だ。
教室に入ると、何人かの人が声をかけてきた。
「優、さーちゃん。おはよう」
「おはよう、紗奈ちゃん」
「おはよう」
今声をかけてきたのは松川紗奈ちゃん。こげ茶の瞳と金茶の長めのボブヘアの女の子で、私たちが中等部に通っていた頃からの友達だ。私より背が高くてスタイルもよく、性格も凄く良い。私たちが異能者だっていう秘密は知らないけれど、多くの人が敬遠しがちな見た目に関係なく私たちに声かけてきてくれた。それ以来、私たちにとって仲間以外で一番仲の良い女の子の友達だ。
「――思ったより早かったな」
紗奈ちゃんの席の近くで話していると、後ろから声がした。振り返ると雅樹がいた。
「もっとかかると思ったけど」
「エリカの方に予定があったみたいだから、割とあっさり終わったよ」
「ふぅん」
「何かあったの?」
私と雅樹の会話をアオとエリカの事を知らない紗奈ちゃんが不思議そうに聞いている。
「アオとエリカがね。いつものアレだよ」
紗奈ちゃんもアオたちの関係を知っているから、納得したように頷いている。
「それで誠史くんとアオちゃん、手を繋いでたんだ」
「そう言う事」
「毎日よくやるよな、あの2人も……」
雅樹は気怠そうにそう言って席に戻る。
確かに、朝会うと必ずあのやり取りやっているよね。何だかんだ仲良いのかな? 誠史も楽しんでいる節があるよね。
そのままサオと紗奈ちゃんと話していると、いつの間にか先生が来る時間になっていた。慌てて自分の席に戻ってSHRが始まる。
私たちの担任は、生徒から人気の高い増谷桜先生だ。気さくで優しくて、担当教科の数学はとても分かりやすいとみんなから言われている。見た目も可愛らしい先生で比較的若い先生だけど、生徒からも他の先生からも評判がいい。一部の生徒からは「桜先生」って親しみを込めて呼ばれている。ちなみに、私たちもそう呼んでいる。
SHRは大まかな連絡事項と今日1日の予定を伝えられる。
「――最後に、午後のLHRは生徒会以外の委員会についての話し合いがあります。6限までに自分が何に入りたいか考えておいてね」
桜先生はそう言って教室を出て行く。1限までに10分の休憩があるけど、それもあっという間に終わった。すぐに1限目の担当教師が教室に入ってきて、今日の授業が開始した。
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