第26話 闇夜の天使
海に行った日の夜、私たちは静香さんの誘いで近くのバーベキューができるお店で夕食を食べた。材料は全部この島の特産品でどれも凄く美味しいんだ。
みんな自分の好きな材料を焼いて、楽しく食べている。その様子を静香さんは楽しそうに見つめていた。
「――この島は気に入ってもらえたかしら?」
「はい!」
不意に聞かれて、誰からともなく返事をする。それを聞いて静香さんも嬉しそうだ。
「ここは離島だから、あなた達みたいな若い子はなかなか来ないのよ。だから、私も楽しかったわ。あなた達の将来がとても楽しみよ」
「ありがとうございます」
「あと数日でお別れなのはやっぱり寂しいわね」
「そうですね……」
静香さんと朔夜の会話で気付く。そっか、あと数日でこの旅行もお終いかぁ。色々とあったけど楽しかったなぁ。次の長い休みの時にまたこうして計画するのも悪くないかもしれないね。
「紗奈、大丈夫か?」
そう言う雅樹の声が聞こえて振り向くと、雅樹が紗奈ちゃんを心配そうな顔で見ている。どうしたのかな?
「えっ? うん、大丈夫だよ」
紗奈ちゃんは笑顔でそう言っているけれど、ちょっと表情が硬いかも……。でも、本人がそう言うなら、これ以上は変に聞かない方が良いか……。雅樹もそう思ったのかそれ以上の事は何も聞いていない。
だから、この時の私は思いもよらなかったんだ。まさかあんな事が起きるなんて……。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その日の夜、私たちの部屋では早々に明かりを消して3人ともベッドに入っていた。でも、私たちはすぐに寝たわけじゃない。
「――それでね、音がする方にゆっくりと振り向くと……」
「ひぇええ~」
「ひゃああ~」
そう、私たちはベッドに入ったまま怪談話をしていた。というか、こっちの世界にも怪談話ってあったんだね。最初に知った時はちょっとびっくりしたよ。ただ私はこっちの世界の怪談話をほとんど知らないから、前世にあった話をしてみた。そうしたら、意外とこっちにも似た話があるみたいだね。
順番に1話ずつ話していくんだけど、すでに2話ずつ話している。いつまでやるかは特に決めていないけれど、とりあえず誰かが眠くなるまでは続けようと話していた。
だからね、1人5話くらいは話すのかなぁって思って色々考えていたの。でも……。
「スー……スー……」
3話目に入った頃かな。気付くとサオが静かな寝息を立てて寝始めちゃったんだ。
「むにゃ……スー……スー……」
そうしたらサオに続いてアオまで寝ちゃったの。時々小さな声が聞こえるけど、しっかりと熟睡しているみたい。
「…………」
一方で私1人、未だに眠れていない。暗い天井を見上げて、時々両脇のベッドにいる2人をチラチラと見ている。……よく寝ているね。
「(ね、眠れない……2人とも寝るのが早いよ~……)」
原因は分かっている。さっきの怪談話だ。
怪談話って聞くのも話すのも好きなんだけれど、寝る前にするものじゃないね……。知らない話ばかりで、思ったよりも怖かった……。しかも2人とも話すのが上手だからつい想像しながら聞いちゃって怖さ倍増だし……。おかげで眠気なんてなくなってしまった。
「(まさか2人がこんなあっさりと寝ちゃうなんて……計算外だった。うぅ~……このままどうしよう……)」
眠りたいのに眠れないし、目を閉じるとさっきの話をつい想像しちゃう。それで忘れようと寝返りを打つのを繰り返して、ちっとも眠くならない。その状況にちょっと半泣きになってきた……。
「(……羊でも数えようかな)」
効果があるかは分からないけれど、ちょっとは気が紛れるかもしれない。なんなら上手くいけば寝られるかもしれない。そう思って私は目を閉じてゆっくりと数え始めた。
それから数分が経過した。
「(――羊が100匹、羊が101匹……って、全っ然眠れなーい!)」
少し期待したけれど、全然ダメだった。むしろ逆効果で、数えるのに必死で余計に目が覚めてしまった。
諦めのため息を吐いて目を開け、真っ暗な天井を見上げた。
「(羊は飽きたし、目は完全に覚めちゃったし……もう、どうしよう。この状況……)」
考える事数秒、私はアオたちを起こさないようにそっとベッドから出て、寝巻から軽装に手早く着替えた。
「(外に出よう。海とか良いかな……魔物が出たら倒せばいいし……)」
夏でも夜の海は寒いだろうから一応上着も羽織ろう。準備ができたらアオとサオの様子を見る。2人ともよく寝ていて気付く気配もない。一応枕元に書置きを残し、私は《瞬間移動》で海へと向かった。
私が移動したのは、海ダンジョンの入口がある浜辺だ。ダンジョンの入口は夜間でも冒険者の出入りがあってギルドの職員がいる筈だから、そこから大分離れた所に移動している。海水浴場じゃなければ、浜辺自体は出入り自由だしね。もちろん何かあった場合は自己責任になるけど、大丈夫でしょう。
浜辺に着いて一応周りを確認する。うん、人はいないね。確認できたら、ゆっくりと波打ち際まで近付いた。
「……綺麗」
夜の海なんて前世を含めても初めてだ。しかもこの世界は現代の日本よりも空気が澄んでいて星がよく見えるし、月も綺麗だ。月や星が海面に映って、月の光がキラキラと輝きながら反射している。それに波の音以外はとても静かだった。
打ち寄せる波が当たるか当たらないかのギリギリの場所で私は腰を下ろす。膝を抱えてジッと海の方を見つめた。
「(……こういう時、匡利が一緒にいればなぁ……)」
この最高のシチュエーションで真っ先に思い浮かべたのは匡利だった。実際にはいる筈がないんだけどね。この時間、匡利はぐっすり眠っているだろうし……。そもそも起きているのは私ぐらいか。
抱えた膝に頬を寄せ、瞳を閉じて波の音に耳を澄ませた。静かな波の音がとても耳心地が良かった。
この数日間、色々と考える事でいっぱいになっていた頭が少し落ち着いたような気がする。そのおかげで今なら眠ってしまえるんじゃないかと思った。
「――ん?」
不意に波の音以外の小さな音が聞こえてきた。とても小さくて聞き逃してしまいそうなその音は《瞬間移動》で移動してきた時の独特な音だ。
「(誰か来た……?)」
《時空属性魔法》は他の属性に比べて使い手が少ないとは言え、それなりに使える人はいる。しかも《瞬間移動》は移動系の中でも初級だ。時空魔法が使えるなら、もちろんできる筈だ。冒険者が集まるこの島で私たち以外にも使い手はいても不思議じゃない。
顔を上げて軽く後ろを見ると、こちらに向かってくる足が見えた。それに、なんか歩くスピードが速い。
「(どうしよう……離れないと……)」
そう思って慌てて立ち上がって歩き出そうとしたら「待て」という声と同時に肩を掴まれた。途端、頭の中を“記憶”が駆け巡る。
肩を引かれて床に叩きつけられ、男が馬乗りになった。髪を掴まれ、何度も叩かれて服を引き千切られる。そして、真っ直ぐ手が伸びてきた……――
「……っ、いやぁああああっ!!」
悲鳴を上げて、肩を掴む手を振り払う。とにかく、ここから逃げたくて堪らなかった。
「っ、待て! 優梨、俺だ!」
駆け出そうとした瞬間、そう叫ぶように呼び止められ、手を掴まれた。この声、まさか……。
ゆっくりと振り返ると、そこにいたのは珍しく慌てた様子の匡利だった。
「あ、匡利……?」
知っている相手と分かった途端、全身の力が抜けてペタンと座り込んだ。無意識に涙が零れ落ちて、身体がブルブルと震える。血の気が引いているのか、酷く手が冷え切っているような気がした。
匡利は目の前に膝をついてしゃがんで、私の顔を覗き込んだ。
「すまない。一度こちらを振り返ったから気付いているのだとばかり……ちゃんと呼びかけるべきだった」
そう言う匡利は凄く申し訳なさそうだ。
私をよく知る人は、私が後ろから肩を掴まれると酷く怯える事を知っている。だから、いつも後ろから近づいた時は先に声をかけてくれる。そうすれば、たとえ肩を掴んだとしても平気だからだ。
ただ今回は私が少し振り返ったし、匡利も最初に軽く声をかけていた。だから、それで大丈夫だと匡利は思ったんだと思う。私も慌てないでしっかりと最初の呼びかけを聞いていれば良かった……。
私は匡利の言葉に軽く首を横に振った。
「匡利のせいじゃない……でも、ごめんね。ちょっと止まらない……」
自分の意思とは関係なく流れる涙も震える身体も止まる気配がない。すると、匡利がそっと私を自分の胸に抱き寄せてきた。それに驚いたのと照れたので身体が強張る。思わず離れようとしたけど、その前にゆっくりと匡利の手が私の背中を擦った。握り締められた手もそのままだ。
「(……あっ、ちょっと落ち着いてきたかも……)」
擦る手の心地よさと微かに聞こえてくる匡利の心臓の音を聞いていると、少しずつ気持ちが落ち着いてきた。冷え切っていた手にも少しずつ温度が戻ってきている。
しばらくして漸く涙も体の震えも治まると、匡利はゆっくりと離れた。匡利の手を借りて私も立ち上がる。
「……大丈夫か?」
私の顔を見ながら聞いてくる。私は無言で頷いた。
「本当にすまなかった」
「もう大丈夫だよ。私こそごめんね」
「いや、お前は何も……」
このままでは堂々巡りになるような気がして私たちは一度口を噤む。少し考えてから、私は匡利の袖を軽く引いた。
「ねぇ、せっかくだから少し歩こうよ」
「あぁ」
やった! さっき考えていた事が叶ったよ。
私は緩む頬をそのままに匡利の隣に並んだ。それからしばらくは海とか夜の空を眺めながら無言で歩いていたんだけど、せっかくだから少し話をしようかな。
「――ところでさ、匡利」
「なんだ」
「どうしてここに来たの? 確か、慶人と一緒の部屋だよね?」
「あぁ。慶人はもう寝ているんだが、俺は何故か眠れなくてな……少し気分を変えようと思って出てきたんだ」
へぇ、匡利もそんな事があるんだ。なんだろう? 何か考え事でもしていたのかな?
「お前は? 葵と咲緒理と一緒の部屋だよな?」
「うん。そうなんだけど……3人で怪談話をしたら、私だけ眠れなくて……」
「……何故、怖がりのくせにそんな事をしたんだ」
「いやぁ、夏と言えば怪談かなって言うちょっとした出来心で……まさか2人があんなに話し上手で、怖いのを知っているとは思わなくて……おまけに眠れないから羊を数えたら余計に目が覚めちゃった」
「何をしているんだ、まったく……」
物凄ーく呆れた声を出された。自分でも何やっているんだろうとは思うよ。でも、そのおかげでこうして匡利と一緒に夜の海を散歩できたんだから、私的には結果オーライかな。
他に何を話そうかなぁ。そんな事を考えながら軽く辺りを見回した。
「(……あれ?)」
なんか違和感を覚える……。1回立ち止まって、もう一度よく辺りを眺めた。
急に立ち止まったから、数歩離れた所で匡利も止まってこちらを振り返った。
「どうした?」
「……ねぇ、この辺りって昼間に来た所とは違うよね?」
「そうだな。あっちに行けば海ダンジョンの入口があるが、優はこっちには来た事ないだろう」
そうだよね……。でも、何でだろう。この景色、見た事がある……。
「何かあるのか?」
「……変なの。来た事ない筈なのに、見覚えがあるの……」
一体いつ見たの……? ……もしかして……。
たった1つだけ思い当たるモノがあった。
「(でも、まさかそんな……)」
もしそれが本当なら、この先に行くと……。
居ても立ってもいられなくて、私はその場を駆け出した。
「優梨?」
匡利に呼ばれたけど、私はそのまま目的の場所に急いだ。匡利も後からついて来てくれている。
少し進んだ所で私は足を止めた。
「……そんな」
ある1点を見つめ、私はその場に立ち尽くした。後から追いかけてきた匡利も私の視線の先を辿っていく。
「……紗奈?」
そう。そこには紗奈ちゃんがいた。薄着で裸足のまま波打ち際に立っている。結構距離があるから、私たちには気付いていない。
「あいつは何をしているんだ」
「……ごめん、匡利。そこの岩陰に隠れてもらえるかな」
そう言うと、不思議そうにしつつも言う通りにしてくれた。私も匡利に続いて岩陰に隠れる。
「どうした」
「多分、もうちょっとなんだけど……」
何となく小さな声でコソコソと話しながら、紗奈ちゃんの方を見る。何かを思ったのか、怪訝そうにしながらも匡利も紗奈ちゃんの方を見た。
割とすぐにその時は訪れた。
紗奈ちゃんから魔力の揺れを感じると、背中のちょうど肩甲骨ぐらいの所から何かがスルスルと現れ始めた。横顔だから私にはよく見えないけれど、なんとなく瞳の色がこげ茶色から青色に変わっている気がする。そして、背中から出ていたものがパンッと軽く音を立てて広がった。
紗奈ちゃんの背には、大きくて美しい純白の翼が生えていた……。
「う、そ……」
言葉が出なかった。さすがの匡利も驚いたのか、呆然と紗奈ちゃんの方を見ている。
「……あれは、ただの夢じゃ、無かったんだ……」
「どういう事だ?」
私の呟きに匡利は訝しそうに聞いてきた。
どうしよう……でも、こうなったらあの夢の事を話した方が良いよね……。
「実は……この島に来て最初の夜に、夢を見たの」
「夢?」
私は無言で頷いて夢の内容を話す。どこかの浜辺に女の子がいて、その女の子の背中に翼が生えた事、顔は分からなかったけれど瞳が青い事は分かったのだと。
「――それで声をかけようとしたんだけれど、そこで目が覚めちゃって……それ以上は何も分からなかったの」
私の話を聞いた匡利は何かを考え始める。しばらくして私に目を向けた。
「優梨、その話は誰かにしたのか? 例えば、葵や咲緒理に」
「ううん。話そうと思ったけど、タイミングがなかった上に色々とあり過ぎて……確証がない事だから話して変に期待させちゃうのもどうかと思って……それに、今の今までただの夢だと思っていたから……」
「夢と同じだと気付いたのはさっきか?」
「うん。この浜辺、初めてなのに見覚えあって。思い当たるのがあの夢しかなかったから、もしかしたらって……。まさか本当になるなんて思わなかった」
ふと、紗奈ちゃんがいた方を見てみた。もうすでに紗奈ちゃんはそこにいなくて、ただ静かに波が揺れているだけだ。
「――予知夢を見たという事か」
唐突に匡利がそう言う。でも、予知夢って……。
「予知夢? 私、そんなスキル持ってないよ」
そう言うと、匡利は腕を組んで僅かに考えを巡らせる。
「……これは朔夜と玲が話していた事なんだが、確かに《予知夢》の獲得はかなり難しい。それこそ“希少スキル”とまではいかなくとも、珍しいスキルとして挙げられるほどだ。ただ、予知夢自体は割と見る人間が多いらしいぞ」
「そうなの?」
てっきりスキルを持っていないと見られない物だと思っていた。
「あぁ。そもそも《予知夢》は《未来視》の上位スキルだが、そのどちらも持っていなかったとしても予知夢もしくは未来を見る人間はそれなりにいると分かっているんだ。何故なのかはあまり分かっていないが、共通して魔力が多い者が見るらしい」
「…………」
「ただし見る回数はそれほど多くない。だから生まれつき持っていない限り、少なくとも《未来視》を持っていない限りは経験を積んだ上での《予知夢》の獲得は難しいとされているんだ」
「そうなんだ……」
ほぼ偶然に近いものだから、前世からスキルを受け継いでいる私たちでさえも持っていないスキルだったんだ……。
「……夢で見たものが、ほぼその通りに現実になったのなら、お前が見たのは予知夢で間違いないだろうな」
やっぱり誰かに話していた方が良かったのかな……。でも、こうして匡利と一緒に見た今の方が、みんなにも話せるかな……?
「……どうしたらいいと思う?」
そう聞くと、匡利は岩陰から出て紗奈ちゃんがいた場所を見つめた。
「……確かめる必要はある。それから慶人たちにも話した方が良いだろうな」
「うん」
「4日後にはこの島を出る。猶予は3日だ。その間に他のみんなにも伝え、紗奈にも話を聞かなければならない」
「できれば、先にみんなに伝えたいかな。それから紗奈ちゃんと話したい」
「……そうなると、昼間は無理だな」
確かに昼間の探索は二手に分かれているし、私も匡利も同じパーティーだ。そもそも昼間は紗奈ちゃんと一緒にいる事が多い。
「私たちの方のみんなだけでも話せないかな?」
「ダメだ。蒔田の兄がいつ現れるか分からない。万が一話している最中に現れて聞かれては、後々が面倒だ」
「あぁ~、確かに……リズちゃんに怒られた後に頻度は減っても、相変わらずだしね」
本当にこればっかりは迷惑かも……。
「……夜だな。慶人たちにはなるべく早く話した方が良いだろうから、明日の夜だ」
「じゃあ、紗奈ちゃんには明後日か明々後日の夜に話を聞く感じかな?」
「そうだな……その方が1番スムーズだろう。みんなの意見次第だが、紗奈の方も明後日ぐらいで良いかもしれない」
「そうだね」
それから私たちは慶人たちをどこにどう集めるかを話し合った後、宿泊所に戻る事にした。来た時と同じように《瞬間移動》で移動して部屋に戻る。アオとサオの様子を見ると、2人とも気付かずにぐっすりと眠ったままだ。
私は手早く着替えるとそっとベッドに入る。海に行くまでは全く眠れなかったのが嘘みたいに今度はすんなりと眠る事ができた。
それでも、頭の片隅では様々な想いと感情が複雑に混ざり合っているような気がしていた……。
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