第23話 夏の思い出に 前編
「やっほー、優梨ちゃん!」
「また来た……!」
翌日、蒔田さんの兄である巧巳さん――そう呼んで欲しいってしつこく言われて根負けした――は、蒔田さんの言う通り私たちのパーティーに加わる事はなかった。でも、どうしてかダンジョンの中で度々事ある事に遭遇する。
今日は4階層を探索しているんだけど、ここは草原と林と川が混在したフィールドだ。そして、今は草原と林の境目にいるんだけど、林の木の後ろからひょっこりと巧巳さんは顔を出してきた。瞬間的に匡利の後ろに隠れたよね……。
「あれ~? 隠れちゃった」
えぇ、もう条件反射ですよ……。ここまで積極的に来られた事ないから、さすがに恐怖だよ……。
「優梨ちゃーん、怖くないよ~、出ておいで~」
「いやいやいやいや、そのセリフがすでに怖いです!」
「あっ、いた! ほら、俺の胸においで~」
「だから怖いですって!」
両手を広げて向かってくる巧巳さんにそう叫びながら目の前の匡利にしがみついた。もう相手が匡利だからって言う照れとか恥ずかしさとか全部吹き飛んだよね!
「えー、本当に大丈夫なのに」
そう言いながら巧巳さんは唇を尖らせるけど、全然和まないから! アオとか誠史たちまで巧巳さんの奇行にどうしたものかと頭を捻っている。
「……あの」
不意に匡利が巧巳さんに声をかけた。
「えーっと、君は?」
「佐塚匡利です」
「佐塚くんね。それで何かな?」
意外と巧巳さんの態度は匡利に対しても和やかだった。こういう所はちょっと蒔田さんと違うのかも。
「優梨はあまり人見知りをしないんですけど、慣れていない人間に不用意に近付かれるのがかなり苦手です」
「ふむ……確かにそんな感じだねぇ」
巧巳さんは匡利の後ろからちょっと覗いている私を見て楽しそうに笑っている。笑い事じゃないって。
「とりあえず詰め寄るのだけはやめてもらえませんか。完全に怯えています」
「確かに拾いたての捨て猫みたいだね!」
ケラケラと巧巳さんは笑うけど、全然笑えないから! もう気分は毛を逆立てた猫だよ!
そんなやり取りをしていると、林の方から狼の吠える声が聞こえてきた。視線を向けると、銀色の毛が綺麗な大きい狼が顔を出した。あの子は巧巳さんの従魔であるシルバーウルフだ。女の子らしくて「リズ」って言う名前なんだって。シルバーウルフはAランクの魔物なんだけど、それをテイムできちゃうんだから巧巳さんの実力は確かなんだと思う。
ちなみに、蒔田さんが言っていた「気難しくて巧巳さん以外に懐かない」のは彼女の事だ。
「あれ、もう迎えに来ちゃったの、リズ」
「ワフッ」
「えー、だってもっと親しくなりたいじゃん」
「ウォンッ」
「そうなんだけどさぁ。でも、この反応も可愛いじゃん」
「……ワフッ」
「えっ、それは嫌だなぁ」
……なんだろう。従魔師は自分の従魔と会話ができるって言うけど、それなのかな? とりあえず、なんか巧巳さんがリズちゃんから物凄く注意されている気がする。というか、リズちゃんも毎回迎えに来ていて大変だね。
「ワフッワフッ!」
「分かってるって! ちゃんとそれもやるよ。でも、ちょっとくらい良いじゃん」
「……グルルルルッ」
「ごめんなさい、もう少し控えます」
なんか思いっきり唸られた瞬間に巧巳さんが土下座した。何を言われたんだろう……?
「優、もう大丈夫か?」
そろそろと匡利から離れながら巧巳さんとリズちゃんのやり取りを見ていたらそう聞かれた。それでふと、ついさっきまで匡利にしがみついていた事を思い出す。
「あっ、うん。ありがとうと言うか、ごめんね。思い切りしがみついちゃった」
「それは大丈夫だが、お前の方はどうなんだ」
「んー、とりあえずリズちゃんを見ていたら落ち着いた……」
そうこうしている内にリズちゃんと巧巳さんの話し合いは終わったようで戻るみたいだ。心なしか巧巳さんが憔悴している気がする。知らない間にこってりと絞られたらしい。
巧巳さん以外には懐かないと言うリズちゃんもさすがにこの状況は申し訳なく思うのか、巧巳さんを連れて立ち去る直前に私に向かって頭を下げたくれた。頭良いね。
「優梨ちゃ~ん、またねぇ」
涙目でそう言いながら巧巳さんはリズちゃんと一緒に林の中に消えて行った。もう来なくて良いよ……。
「じゃあ、探索を再開しようか」
巧巳さんがいなくなると誠史がそう言う。私たちもそれに同意するように頷いた。
それから30分に1回は顔を出していた巧巳さんが現れるのは1時間に1回に一応減っていた。それでも頻回なのには変わりなくて何だかんだと足止めされていた。そんな状態がさらに翌日まで続いて思うように進まず、結局この2日間で6階層までしか進めていない。
そして、それは海ダンジョンに潜る慶人たちも同じらしい。こちらの場合、何かと蒔田さんと雅樹が揉めるせいらしいけれど……。
「――ここらへんで1度観光を挟まないか?」
どっちのダンジョンもうまく進まない上に若干のストレスが溜まってきた事を見兼ねてか、島に滞在して5日目の夜に朔夜がそう提案をしてきた。当初は探索が終わってから残りの日数で観光をする予定だった。それを繰り上げて6日目と7日目は観光をしようという事だ。
「良いんじゃねぇか?」
それをすぐさま快諾したのは慶人だ。他のみんなもそれに続く様に頷いた。
「朔夜くん、それって海には行けるの?」
「海に行くには予約制らしてな。さっきオーナーに話したら、予約を取ってくれるらしい。明日は難しいだろうが、明後日なら行けそうだと言っていた」
「じゃあ、明日は島の観光かな?」
西側の島は島の中心部が別荘地で、その周りが観光地となっている。今いる東側は中心部に陸ダンジョンでその周囲の山は一般人の立ち入りが禁止されている。山からの麓から離れた周囲は島の住人やギルドや冒険者向けの施設がたくさんあって、こっちも興味がある人は楽しいらしい。ちなみに海ダンジョンは東の海岸にある。
「ここから西島の観光エリアまでは魔導バスで1時間半ほどだ。そこには観光客向けに屋台通りがあるらしい。朝からやっているらしいが一番賑わうのが昼過ぎだ。だから、昼頃までは宿泊所でゆっくり疲れを癒して、昼前にバスで出発して丁度昼過ぎに向こうに着く、という風に考えているがどうだ?」
「いいね! そのままお昼ご飯も屋台通りで食べようよ」
朔夜の提案にアオが賛成の声を上げると、他のみんなも同じように賛成する。具体的な事は朔夜と玲が調べて食える事になり、今日は明日に備えて休む事になった。
翌日、予定通りお昼前に宿泊所の近くのバス乗り場から魔導バスに乗って西島に向かっている。
ちなみに今回の観光には蒔田さんも巧巳さんもついて来ていない。蒔田さんはついて来たそうだったけど、なんと巧巳さんが止めてくれた。元々私たちだけの旅行にお邪魔しているんだから観光くらいは私たちだけで行かせてあげよう、って言ってくれたんだよね。蒔田さんは渋々了承したけどずっと不服そうなままだから、結局巧巳さんと慶人で話し合って夜のご飯だけは一緒にしようってなった。
「俺たちのおすすめの店に連れて行くね!」
巧巳さんはそう言った後、蒔田さんを連れてダンジョンに行ってしまった。何だかんだちゃんと大人なんだなぁ。そういう訳で、私たちは数日ぶりに自分たちだけで行動をしている。
屋台通りは前世で見たお祭りの時の出店とか露店が通り沿いに集まったような感じだ。時々キッチンカーみたいなのも混ざっていて、売っている物が本当に豊富だった。屋台通りを抜けると市場通りに繋がっていて、そこでは色んな食材とかちょっとした小物とかが売っている。屋台通りも市場も時間帯によって出るお店が変わるらしくて、生鮮食品系は朝市の方が種類があるらしい。
「屋台通りは逆に朝よりも昼や夜の方が種類がある。朝市で仕入れをして、昼や夜に屋台で売るからな」
玲がそう説明してくれた。なるほどね。ある意味屋台通りと市場通りで持ちつ持たれつの部分もあるんだろうね。
それにしても色々とあって目移りするよ。串焼き、焼き魚、焼き鳥みたいな片手で食べられるものから、焼きそばやお好み焼き、おでんみたいな料理もあるし、サンドイッチやお弁当を売っているお店もある。キッチンカーの屋台ではラーメンとかパスタみたいな結構しっかりとしたメニューも売っている。他にもジュースやお酒みたいなドリンクを売っているお店もあるし、お団子、たい焼きとか、ワッフル、クレープ、フルーツ盛と言ったデザート類を売っているお店もある。屋台通りを巡るだけで結構色々と揃いそうだ。
なんとなく男女別れてそれぞれ回り始めた。
「うわぁ、肉まんとかも売っているんだ」
「スープ屋さんもあるね」
「おにぎりも売っているよ」
「あら、パン屋もあるのね」
「煮込みのお店もあるよ」
みんなで色々と見るけど、本当に色々とあって何を買おうか本当に迷う。……いっそいっぱい色々買って《無限収納》に入れておこうかな。いくらでも入るし、時間は経過しないし。
紗奈ちゃんも結構容量の大きいマジックバッグを持っているみたいで、どうやら時間経過無しのタイプらしい。聞けば前にダンジョンで運よく見つけられたみたい。マジックバッグは魔道具職人の人が作れるけど、付与の難しさとか材料の関係で大容量の時間経過がないタイプは結構高いし、レア物なんだよね。でも、たまに運よくダンジョンの宝箱から見つかったりするから、紗奈ちゃんはそれらしい。ちなみに私たちは俊哉さんが買ってくれたって言ったよ。
とりあえず欲しいのをいっぱい買って私たちは《無限収納》に、紗奈ちゃんはマジックバッグに入れて、食べきれない分はダンジョン探索の時のお弁当にすればいいし、それでも余るなら別に家に帰ってから食べても良いし……。
「――ねぇねぇ、ちょっと提案なんだけど……」
私は他のみんなに今考えた事を話してみた。そうしたら全員から賛成をもらえた。
今回の観光では昨日までのダンジョン探索の報酬を買い物代としてそれぞれ慶人から貰っている。しかも金貨1枚、つまりは1万円くらいもっているんだ。屋台のメニューはどれも銅貨数枚くらいで、たまに高いのが銀貨1枚くらいする。でも、金貨1枚もあれば結構な量が買えると思うんだよね。
それから私たちは折角なら各々買いたいお店に行って、あとで買った物を見せたり交換したりしようって事になった。男子たちと待ち合わせをする屋台通りの入口にあった広場で集合する事も決めた。
「じゃあ、また後でね」
「うん!」
それぞれ声を掛け合って解散する。まぁ、別行動って言っても同じ屋台通りか市場を回るから結構鉢合わせると思うけどね。
私がまず向かったのは串焼きのお店だ。ここは色々なお肉を塩味・醤油ダレ味・味噌ダレ味・ハーブソルト味という感じで色々な味付けで焼いているんだ。今焼いているお肉は見た感じ牛系だ。ひとまず塩・ハーブソルト・醤油ダレを2本ずつ買った。
串焼き屋さんの隣の焼き魚のお店があるんだけど、ここはどうやら串焼き屋さんと同じお店らしくて店員さんは串焼き屋さんの奥さんなんだって。焼き魚は味付けが串焼きと同じ4つとレモンソルト味って言うのがあった。どれも串に魚の切り身を刺して焼いているんだけど、それが凄く美味しそうで……。ソルト系3種をそれぞれ2本ずつ買ってしまった。
「お嬢ちゃん、そんなに食べられるのかい?」
串焼きに加えて焼き魚を買う私を見て串焼き屋のおじさんが心配そうに聞いてきた。
「これでも冒険者ですから。それに……いっぱい入るマジックバッグもあるんです」
マジックバッグの事は大々的にいう事じゃないからコッソリと言ったら、おじさんも納得してくれた。実はこのやり取り、他のお店でもやる事になるんだよね……。
串焼き屋と焼き魚屋の後はおにぎりや肉まん、おやき、スープ、野菜煮込み、お団子にワッフルとあっちこっち回った。ちなみにワッフルのお店でアオと、野菜煮込みのお店でサオと、スープのお店では佳穂と、肉まんのお店では紗奈ちゃんと鉢合わせてお互いに笑っちゃったよね。みんな割と目を付けたお店が似ていたんだねぇ。
30分もすれば《無限収納》の中は美味しそうなご飯でいっぱいになってホクホクとした気持ちになっていた。買い物をしながらちょっとずつ食べていたけど、どれも美味しくて結構な量を買った気もするなぁ。
「――優梨」
不意に呼ばれて振り返ると、匡利が立っていて驚いた。
「あれ? 匡利1人なの?」
「お前たちと別れた後、見たい物がそれぞれ違ったから各々で回る事になった。お前は何で1人なんだ?」
「私たちも同じような理由だよ。後で買った物を見せ合って交換しようねって約束で。でも同じ通りにいるから、結構すれ違うし何ヵ所か同じお店で買ったりしてたよ」
「そうか……」
……もしかして、私1人逸れて迷子だと思われている? あっ、なんかそんな気がしてきた。
「迷子だと思った?」
「…………」
無言は肯定だよね。本当に信用ないね、私の方向感覚!
「さすがに通り1本で迷子にはならないよ~」
「……たまに横道にも店が続くし、このまま真っ直ぐ行けば市場に行くぞ。市場はこっちよりも入り組んでいる」
「この後、市場も行くつもりだよ」
「戻ってこれるのか?」
「うーん……多分?」
行ってみないと分からないよねぇ。まぁ、戻れなくなるような行動はしないつもりだったけど。そんな気持ちを込めて返事をしたら思いっきりため息を吐かれた。
「一緒に行く」
「えっ? でも匡利、自分の観光は? 見たい所があったんじゃないの?」
「屋台通りは一通り回って買い物もした。このまま市場の方に行こうと思っていた所でお前に会ったんだ」
「あぁ、そうなの」
一緒に回ってくれるのは正直かなり嬉しい。でも、本当に良いのかな……?
「良いの? 結構好き勝手に回るつもりだし、つまらないかもよ?」
「行く店を決めているわけじゃないから構わない。それより1人で行かせる方が迷子になってないか気になる。あと、迷子になるだけじゃ済まなくなりそうで気が気じゃない」
「そ、そう……」
本当に信用されていないね! ……でも、匡利と一緒に回れるなら結果オーライかな?
「じゃあ、よろしくね」
「あぁ」
思いがけず匡利と一緒に行動する事になったけど、実はこれが正解だった。市場の方に向けて進んでいったんだけど、だんだん人の数が増えていって、市場に着く頃にはなかなかの人だかりと賑わいだったんだ。匡利は身長が180センチメートル以上あるから、人が多くても頭一つ飛びぬけているし、何なら匡利が通る時にみんな不思議とちょっぴり隙間を空けてくれるから進むのに苦労していなかった。でも、私が通る時にはその隙間は閉じちゃうし、何なら人の波に逆らえ切れなくて進めない上に流されていた。
「匡利ー! どこー!?」
ついに匡利の場所が分からなくて声を上げたら、明らかに「だから言っただろう」と言う顔をした匡利が現れた。
「あのな。この国も街も比較的治安が良いからあまりないが、そのまま裏路地に流されたら最悪誘拐されるぞ」
「そ、それは困る……」
人だかりを避けた所でちょっと怖い事を言われた。でも、確かにこの国はこの世界の中でもかなり治安が良い。その良さは結構日本に似ている。ただ、日本を知っている私からすると危なく思う事が多い。匡利の言葉も決して脅しや冗談じゃなくて事実だ。
「……アオたち、大丈夫かな」
「それなら問題ないと思うぞ」
「そうなの?」
「あぁ。葵は誠史と一緒にいるし、咲緒理は朔夜と玲が一緒だ。あと佳穂は慶人と、紗奈は雅樹が一緒にいる」
……ん? 結局みんな誰かと一緒にいるんだね。もしかして、バラバラになった私たちを見て匡利たちも別行動にしたのかな? まぁ、誠史と雅樹はデートも兼ねていると思うけど。
「なんか、慶人たちに気を遣わせちゃった?」
「それは偶々だから大丈夫だ」
んー、まぁでも、あながち間違っていないんだろうなぁ。みんな紳士的だから、私たちが1人になるのが心配だったんだろうね。あと私は1人にすると迷子になると思われたかな!
「(……というか、匡利は私の方に来てくれたんだ……)」
最近の事を思うとちょっと意外な気もしたし、それが嬉しくも感じた。ただ、あまり具体的な理由を聞いたら落ち込みそうな気がしたから、これ以上の事は聞かない事にする。
「優」
呼ばれて顔を上げると、匡利は私に手を差し出していた。……えっ?
「このままでは、また流されて逸れるぞ」
「あっ、はい」
おずおずと手を重ねると、思いのほか優しい力で握り締められた。それが物凄く嬉しい反面照れくさくて、うるさいくらいに心臓が鳴っている。
「それで、どこに行きたいんだ」
「あっちの方」
そう言って指さすのは魚介が売られているエリアだ。ここは魚介が名産の島だから、ちょっと気になったんだよね。私の答えを聞いた匡利は頷いて、そのまま手を引きながら先導してくれた。今度はさっきと違ってちゃんと進められた。でも、さっきよりも女の人からの視線が痛いのはきっと気のせいじゃない……。
その後の市場巡りはなかなか楽しめた。
最初に行った魚介のエリアは名産と言われるだけあって結構な種類の魚介類が並んでいて凄かった。前世でも見かけた名前もいっぱいあったけど、その大半が大きさとかが私の知っている物と違っていてちょっと驚いたよ……。普段行く食料品店では切り身しか見ないから、まさか丸ごとがあんなに大きいとは……。2メートルサイズの鮭はちょっと怖かったし、なんか歯が鋭かった……。でも凄く美味しそうだったから、切り身をいっぱい買ったよ。
野菜や果物も売っていたんだけど、どれも島で作られているらしくて新鮮で美味しそうだった。私が知っているのより大きなマンゴーが売っていて、味見をさせてもらったけどそれが物凄く美味しかった。
「甘ーい! 凄く美味しいですね!」
「だろう? そのまま食べてももちろん美味いが、何か手を加えても美味いぞ。1つどうだい?」
「じゃあ、5個……いえ、6個ください!」
「まいど!」
家に帰ってからも食べたいし、1個が結構大きいからみんなでも分けられると思うんだよね。あと、アオに渡したらマンゴーを使ったお菓子を作ってくれそう。そう思って、つい奮発して買ってしまった。
私がマンゴーを買っている横では匡利が別の人から桃を勧められていた。小玉スイカくらいの大きさなんだけど、見た目も香りも凄く美味しそう……。
「欲しいのか?」
「うん」
私の視線に気付いた匡利に聞かれて、ほぼ無意識に返事をしていた。そうしたら、匡利はその桃を6個買っていた。お店の人から桃と一緒にマンゴーも受け取ってくれて、少し離れた人が少ない所でその両方を渡してくれた。
「桃まで全部もらっちゃって良いの?」
「あぁ。そもそも優が欲しいと言うから買ったんだ」
「ありがとう」
桃が手に入った事も匡利が買ってくれた事も嬉しい。みんなにも分けた後は大事に食べよう。そう思うと、頬が緩むのを抑えられなかった。
その後も市場の中をグルグルと回って色々と見たり買ったりして、約束の時間まで目一杯楽しんだ。最近は色々と悩んだり考えたりする事が多かったけど、この時間はそれを忘れられて良かった。
匡利に約束の時間が近いと告げられて、もう少し見たい気がしたけど戻る事にした。その時も匡利は私と手を繋いで歩いてくれて、私はそれが本当に嬉しかった。
ちなみにみんなの所に戻るまでその状態だったから、アオたちに後で揶揄われたのは言うまでもない……。
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