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異能者恋物語  作者: 蒼月憂
第2章 最後の仲間
23/52

第22話 兄、現れる

 慶人たちが戻ってから朝食を食べて、その後それぞれのダンジョンへ向かった。

 入口で転移石を預けたら、昨日行った場所まで移動する。置いておいた転移石は誠史が回収して、そのまま私たちはボス部屋へ向かった。ちょうど誰もいないタイミングだったからすぐに中に入る事ができた。1階層のボス部屋はゴブリンとコボルトが10体ずつだ。


「ねぇ、俺が行っても良いかな?」


 戦闘開始直前、誠史がそう言ってきた。特に問題がなかったから誠史に譲って私たちは下がる。誠史1人が前に出ると、ゴブリンとコボルトはいっせいに襲い掛かった。


「――《斬撃(スラッシュ)》」


 その場から動く事なく魔法を唱えると、誠史を襲おうとしていたゴブリンとコボルトは一斉に切り刻まれた。一瞬にして相手はドロップ品に姿を変え、戦闘開始から僅か10秒もかからずにボス部屋を制覇した。敵を一掃した誠史はどこかスッキリとした表情をしている。


「…………」


 一方、後ろで見ていた私たちは絶句していた。


「……今のってさ」

「うん……」

「風魔法の《風刃(ウィンドエッジ)》の上位魔法だよね?」

「そうだね……」

「……誠史、さっきのやり取りで相当鬱憤が溜まっていたんだね」


 私の言葉にアオとサオは無言で何度も頷く。朔夜は苦笑いを浮かべ、匡利は肩を竦めていた。

 ボス部屋という事もあってドロップ品にサイズが小さいながらも魔石が混ざっていた。他はやっぱり拾ってもあまり実にならないからそのまま残し、魔石だけ回収して次の階層へ移動をする。

 ボス部屋の最奥に下へと繋がる階段があった。その階段を下りると、今まで石壁だったのが洞窟の壁みたいに変わる。通路はすぐに抜け、2階層へ辿り着いた。1階層は石壁と石畳の通路だったけれど、今度は広々とした草原だった。


「わぁ! 凄く広いね!」


 アオが目を輝かせてそう言った。

 ダンジョンの中とは思えないほど広くて、頭上には青空が広がっている。一見外なのかと思うほどだけど、ギルドの記録によると相当高い位置だけど天井(・・)が存在するらしいね。

 ここでは薬草の一部とホーンラビットを始めとした魔物がよく現れるんだ。とりあえずは薬草を探しながら現れる魔物を倒していこうという事になった。この階層のボス部屋の位置は匡利たちが分かっているから、そこを目指しながら進んでいく。


「優梨。分かっていると思うが、絶対に1人で何処かに行くな。せめて俺たちが見える範囲までにしろ」

「うん。大丈夫……多分」


 2階層の探索開始前に匡利にそう言われる。でも、私の返答を聞いて眉間にしわが寄った。あれ?


「……やっぱり葵たちか俺から離れるな」

「……はーい」


 完全に信用されていない。あと、どうして誠史と朔夜は私たちのやり取りを聞いて爆笑しているのかな? アオとサオも生暖かい目で見てくるし……。でも、うっかりすると逸れそうな気はするから気を付けよう……。


 薬草以外にもヨモギとかノビルとか食べられる野草もあったからそれも採取していく。

 ダンジョン内の時間の進み方は地上と同じなんだけど、季節とか気温とかそう言うのはダンジョンや階層によって異なる。このダンジョンはどうやら季節はないらしくて、春の物も秋の物も一緒に採れちゃうみたい。不思議だ。

 私とアオとサオが薬草と野草の採取をしている最中に、匡利たちが近づいてきた魔物を倒していく。魔物と言ってもホーンラビットだけなんだけどね。私たちが採取している間に角も毛皮も、さらには兎肉までたくさん獲れて、依頼分はこれで達成してしまった。


「肉は宿泊所に渡すと調理してくれるよ」


 誠史がそう言うと、アオの表情がパッと明るくなった。


「じゃあ、また獲れると思うから今日の分は全部宿泊所に渡そう」

「そうだね」


 私たちも異論はないからそれで決定した。そう言えば、今朝の食事にアクアパッツァみたいなのが出たけど、どうやら匡利たちが昨日海ダンジョンで獲った魚と貝類らしいね。あれ美味しかったなぁ……。


「兎肉なら何かな? シチューとか?」

「シンプルにソテーでも美味しくしてくれそうだよね。ハーブも渡したら、ハーブバターソテーとか作ってくれそう」

「どっちにしても楽しみだね」


 私とアオとサオはすでにホーンラビットの肉を使った料理に思いを馳せている。野生肉(ジビエ)の兎肉もあるけど、私が食べた事あるのは全部魔物の兎肉だ。最初は驚いたし気が引けたけど、今となっては魔物肉も美味しい食材だ。

 1時間もすれば薬草と野草は依頼分も自分たちの分も集まった。そして、どうやら私たちが気付かない間に「ビックピルバグ」って言う巨大ダンゴムシとか「ビッグアント」って言う巨大なアリといった昆虫型の魔物が出ていたらしい。昨日の事もあるから、私たちに近づく前に匡利たちで速攻倒していたみたい。昨日の今日だから有難い……。ちなみにドロップ品は甲殻とか牙とか、ビッグアントからは「蟻酸(ぎさん)」が採れていた。


「蟻酸は自然界において一部のアリが防御・攻撃を目的として持つ毒液だ。アリ以外の昆虫や植物にも含まれている事があるぞ」


 蟻酸の入った瓶を眺めていると、朔夜がそう説明をする。


「へぇ。ドロップするって事は有用性があるの?」

「あぁ。防腐剤や抗菌剤になる。だが、知識やスキルのない者が扱うと危険だから、ギルドでは基本的にスキルがない者は売却を勧めているぞ」

「じゃあ、私たちはギルドに買い取ってもらおうか」

「それが良い」


 そう言いながら、朔夜は蟻酸の瓶を2つほど《無限収納(インベントリ)》にしまった。……あれ、きっと自分の物にしちゃうんだろうな。何に使うんだろう? 朔夜だけじゃなくて玲も一緒に何かするんだろうけど、2人なら変な使い方はしない……かな? 聞くのが怖いから見なかった事にしよう……。


「一度、休憩を取ろうか」


 誠史の提案で安全地帯(セーフエリア)へ移動した。そこにはすでに何組かのパーティーがいて、私たちが来ると視線を向けてきた。訝しそうな視線、興味津々な視線、あと明らかに匡利たち男子に対する熱い視線……。それらを丸ごと無視して、私たちは奥の方にあった開けた場所に移動した。

 昼食の時間にも丁度いいから、それぞれ《無限収納(インベントリ)》からお弁当を取り出して食べ始めた。このお弁当は宿泊所の食堂で作ってもらった物だ。私とアオとサオはサンドイッチ弁当で、匡利と誠史と朔夜はおにぎり弁当を頼んでいる。

 サンドイッチ弁当は卵サンド、何かの魔物肉を使ったハムときゅうりのサンド、多分昨日匡利たちが採ってきた魚を使ったツナマヨもどきのサンドだ。それからおかずにミニミートボール、ブロッコリーとニンジンのサラダが入っていた。


「美味しいー」

「宿泊所のご飯も美味しいし、やっぱりお弁当も美味しいね」


 アオとサオがそう話すのを微笑ましく思いつつ、私が考えるのは今朝の事だ。


「(うーん……やっぱり今朝の事が気になる。何で匡利はあんな眼で佳穂を見ていたんだろう? あんな物凄く意味ありげな眼で……気になっているような……)」


 匡利があんな視線を誰かに向けるのは初めて見た。それも相手は佳穂だ。今まで佳穂と匡利の間に何かあるなんて考えた事がない。何しろ2人とも恋愛には興味ないって公言しているからだ。でも、実はそうじゃなくなったとか……? うーん、あまりこんな事考えたくないんだけど、でも……。

 色々と悶々と考えていると、いつの間にかアオとサオが私を覗き込んでいた。2人に気付いて私は思わず肩を跳ね上げた。


「びっくりした……。どうしたの? 2人とも」

「優、大丈夫? 今日ずっと変だよ?」

「寝ている時も唸っていたよね。何かあった?」


 2人の言葉に目が丸くなった。どうやらいつの間にか2人を心配させていたみたいだった。悪い事したな……。


「……ごめんね。ちょっといろいろ考える事が多くて……。あと、寝ている間に唸っていたのは多分、昨日の蜘蛛を夢で見たからかな……?」


 正直見ていた夢は覚えていないんだけど、多分そうなんじゃないかな?

 すると、2人の眉尻が下がった。


「やっぱり夢に見ちゃった? 私とサオちゃんはくっついて寝ていたから大丈夫だったんだけど……」

「優も一緒の方が良かったね」


 誘えばよかったと声を揃えてしょんぼりとする2人。不思議と見えないはずの狐耳と猫耳がシュンと伏せているのが見えた。可愛いと思いつつ、慌てて首を横に振った。


「2人のせいじゃないよ。私自身平気だと思っていたし。でも、さすがに強烈というか衝撃的過ぎたみたいで……。もう大丈夫だと思うから、2人とも落ち込まないで」

「……本当に?」

「本当。ありがとうね、アオ、サオ」


 にっこりと笑いながらそう言えば、アオとサオはホッとしたような表情を浮かべていた。


 それから昼食を食べ終わり、少しだけ食休みをしてから探索に戻る。

 今までいた安全地帯からそれほど離れていない場所にボス部屋があった。2階層のボス部屋はホーンラビットとビックピルバグとビッグアントが出てきた。昆虫型の魔物はアオとサオが絶叫しながら魔法攻撃をぶつけて一瞬でドロップ品になった。ホーンラビットはその攻撃のとばっちりで同じようにドロップ品になったよね。ここでも通常のドロップ品と一緒に僅かな魔石が混じっていたから、それを含めて全部回収した。

 ボス部屋の奥で同じように下に続く階段を見つけてそこから3階層に向かう。3階層は2階と同じで草原フィールドだった。ここでは普通のホーンラビットとその上位種のジャイアンとホーンラビット、ジャイアントボア、いくつかの昆虫型の魔物に集団で行動するゴブリンが出る。1階層と違ってここで出るゴブリンには、弓矢を扱うゴブリン・アーチャーとか魔法を使うゴブリン・メイジなど特殊個体が交っているから、ちょっと注意が必要だ。

 2階層にはなかった薬草や野草も採取しつつ、ボス部屋を目指していく。この階では目が良くて弓矢を扱う匡利が大活躍だった。かなり離れた所にいるゴブリン・アーチャーとかゴブリン・メイジを弓矢で倒しちゃうんだから凄いよね。さすがに私には難しすぎて無理だった。せめてこちらに向かってくるジャイアントホーンラビットを射るくらいしかできなかったよ。

 少し時間がかかったけど3階のボス部屋も見つけられた。入ると、数体のホーンラビットとジャイアントホーンラビット、ジャイアントボア、特殊個体交じりのゴブリンの集団が出た。昆虫型が出なかったのはちょっとホッとした。今回のボス部屋も難なく倒していって、ドロップ品を回収した。ゴブリンのは特殊個体から出た魔石以外はやっぱりその場に置いていった。

 その後4階層に下りたけど、そこで時間になってしまった。下りてすぐ側に安全地帯(セーフエリア)があるから、そこに転移石を置いて私たちは地上へと戻っていった。


「今日は結構進んだね」

「ねっ! 素材もお肉もいっぱい獲れたし、今からご飯が楽しみ~」

「そうだね」


 そんな風に話しながら戻ると、慶人たちがまだいなかった。


「先に手続きを済ませてくるね」


 誠史がそう言うから、ギルドに買い取ってもらう分を預ける。お肉もそれなりの金額になるから少しギルドに回したけど、それでもまだまだたくさんある。全部食堂に渡そうかと思ったけど、逆に多すぎるかな?

 朔夜と一緒に手元に残す分と食堂に渡す分を話している内に手続きを終えた誠史が戻ってきた。


「――あっ、戻って来たみたいだよ」


 誠史が戻るのとほぼ同時に慶人たちがギルドの中に入ってきた。

 蒔田さんと雅樹はどちらがより成果を上げたか言い合っているし、その後ろで紗奈ちゃんが苦笑いを浮かべている。その後ろにいる佳穂、慶人、玲の顔は完全に疲れ切っていた。どれだけ大変だったんだろう……。


「お、お疲れ様」


 思わず通りがかった慶人に声をかけると、無言で頷いた。そのままぐったりとした様に窓口に向かって行くから、心配になったのか誠史がその後を追いかけていった。


「佳穂、大丈夫だった?」


 アオが声をかけるのが聞こえて振り向くと、佳穂は大きくため息をついていた。こっちも相当疲れているね……。


「正直に言えば、散々だったわ。これがまだ続くのかと思うと憂鬱ね……」


 疲れ切った声で佳穂はそう言う。ふと、匡利の方に視線を向けてみた。


「(……まただ……)」


 匡利は今朝と同じように何か言いたげな顔で佳穂を見つめている。その様子に私は胸がギュッと締め付けられる気がして、思わず視線を逸らした。


「(どうしよう……胸が痛い……)」


 今までに感じた事ない痛みに自分でも戸惑った。その痛みを誤魔化すように胸の前でギュッと手を固く握りしめた。


「――やぁ、何だか悲しそうな顔をしているね」


 突如すぐ後ろからそう言う知らない声が聞こえてきた。


「(……っ、誰!?)」


 驚いた私は肩を震わせて、離れるようにしながら後ろを振り返った。さっきまで痛かった胸が今は早鐘を打っている。動揺を隠せないまま相手を見た。相手は、少し年上っぽい男の人だった。

 ……どうしてだろう。初めて見る人なのになんか既視感がある……。でも誰だろう?

 考えてみるけれど見当がつかない。それよりも男の人がだんだんと私に近づいてきているのが戸惑う。

 正直、私は後ろから何かされるのが苦手だ。声をかけられるくらいなら良いけど、肩を掴まれたり軽く叩かれたりするだけでも全身に悪寒が走るほど苦手だ。実はこれはアオたちみんながやっても同じだった。それに、慣れていない人に近距離で近づかれるのも好きじゃない。だから、さっきほぼ耳元と言って良いくらいの距離で声をかけられたせいか、手とか身体の震えが止まらない。


「(落ち着いて……声を、かけられただけで、何もされてない……)」


 必死に息を整えながらそう自分に言い聞かせていると、いつの間にかすぐ目の前にいた男の人が私の両手を握り締めてきた。


「ひっ……」

「あぁ、怖がらなくても大丈夫だよ」


 手の震えと小さく漏れ出た声に気付いたのかそう言ってくるけど、全然大丈夫じゃない! さすがにここまでされると、他のみんなもギョッとした様にこちらを見ている。


「あ、あの……」

「女の子は、笑った顔が一番だよ」

「……はい?」


 何を言っているの、この人。思わず間の抜けた声が出たほどだ。同時に体の強張りも少し解けた。でも戸惑いと疑問は増すばかりだ。


「君をそんな顔をさせているのは男かな?」

「はあ……」

「そんな男の事なんか忘れた方が良いよ。それよりも……」


 ……これってもしかして……。


「俺と一緒に素敵なカフェでも行ってお茶をしない?」


 やっぱりナンパだ! しかもベタなの!

 あまりの展開に開いた口が塞がらなかった。それでもお構いなしに目の前の男の人はにこやかに私の手を握り続ける。思わずアオとサオに視線を向けるけど、2人とも呆然と私の手を握るこの人を見ていた。


「あっ、それとも夕飯の方が良い?」

「あの、そう言う問題じゃ……」

「それだったら美味しいレストランを知っているんだ。案内してあげるよ」

「(話を聞いて……)」


 もうどうしたらいいの! 他のみんなも完全に戸惑って固まっているし! 一部の人はむしろ気付いていないし!


「おい。何だ、あの男は」


 慶人の声がして振り返ると、戻ってきた慶人と誠史が怪訝そうにしている。聞かれたらしいアオはどう答えたらいいのやら、という顔をしている。何でも良いから誰か助けて~!


「――あ、兄貴!? 何しているんだ?」


 慶人たちとは別方向からそう言う声が聞こえた。そっちを見ると、さっきまで雅樹と言い争いをしていた蒔田さんが目を白黒させて私の目の前にいる男の人を見ていた。なんだかとても狼狽えている。


「おっ! 孝己じゃん!」


 そう言うや否や、男の人は私の手を離した。その隙に私は急いでみんなの所に避難する。その間も男の人と蒔田さんは何やら親しげに話している。というか、さっき「兄貴」って言った?


「どうして兄貴がここにいるんだよ」

「久しぶりだなぁ。今ならここかと思ったけど、やっぱりいたんだな!」

「聞いてねぇし……」


 蒔田さんは頭を抱えそうな勢いで脱力している。私たちを振り回した蒔田さんをさらに振り回すとは一体何者……? 戸惑いを隠せないままの私たちの視線に気づいたのか、蒔田さんが私たちに向き直った。


「えーっと、兄の蒔田巧巳(まきたたくみ)です」

「兄でーす。よろしくー」


 人の良さそうな顔で蒔田さんのお兄さんはそう言う。すると、蒔田さんはお兄さんを一瞥して大きなため息を吐いた。あれは苦労しているな……。


「んーっと、兄貴はBランクの冒険者で、普段はあちこちのダンジョンに潜ったり魔物の討伐をしたりしているんだけど……この間、西の方にいるって言っていなかったか? 何でここにいるんだよ」

「んー? そんなの、夏休みで暇している弟を揶揄いに来たに決まっているだろう」

「あぁ、そうか。……って、おい、どういう事だよ! 第一、暇じゃねぇ!」

「はははっ! 相変わらずいい反応だなぁ」


 ……これは仲が良いのかな? とにかくお兄さんの方が弟を揶揄って楽しんでいるって感じだけど。


「あいつに兄がいるとは……厄介だ」


 そう雅樹が小さく呟くのが聞こえてきた。その顔は苦々しげにしかめられている。雅樹の言葉に頷いているのは誠史だ。


「顔も結構似ているね」

「……まさかあいつまで紗奈を狙うのか?」

「あの様子だと蒔田の兄が目を付けたのは紗奈ではなさそうだぞ」


 玲がそう言うと、雅樹と誠史がこちらを見た。明らかに私を見てるよねー。その視線に耐えられなくてつい顔を背けた。


「――にしてもさ、孝己」

「何だよ」


 蒔田兄弟の話す声が聞こえてきた。本人たちはきっと内緒話のつもりで話しているんだろうけど、しっかり聞こえているんだよなぁ……。


「可愛い子が多いな! あの青っぽい髪の子なんてマジで可愛いじゃん!」


 ……節操ないな! 今度はサオに目を付けているし。弟の蒔田さんも唖然としているじゃないの。


「……あいつ、葵にも目を付けたらどうしてやろうかな」


 誠史にも聞こえていたのか、かなり不穏なセリフが聞こえてきた。好奇心で目を向けたら凄い笑顔を浮かべている。でも目が笑っていない……。


「……誠史、落ち着け」

「フフッ、安心して、玲。ちょっとばかり、生きている事を後悔させてやるだけだから……」


 物凄ーくにこやかに、物凄ーく怖い事を言っている……。というか笑顔が黒いよ……。


「(((そのセリフは安心できない)))」


 《念話(テレパシー)》は使っていないけど、きっと私と玲と雅樹の思っている事は一緒だろうな。さっきまで蒔田さんの事でボヤいていた雅樹もすっかり絶句しているじゃない。


「――でさ、特にあの子がマジタイプなんだよな!」


 お兄さんがそう言うのが聞こえて思わず振り返ると、目が合ってしまった。嘘でしょう……。

 一方で蒔田さんは紗奈ちゃんの方に目を向けている。


「俺はあの子……。大人っぽくて良い……」


 うーん。目の付け所は悪くないと思うんだけど、相手が悪いんだよなぁ。紗奈ちゃんは最近雅樹が気になっているみたいだし……。そう考える私を余所に蒔田兄弟の会話は続く。


「へぇ……いつも決まった女の子とは組まないお前がねぇ」

「な、なんだよ」

「いや、別に? さてと……」


 お兄さんは蒔田さんの側を離れると私に近づいてきた。後退るけど、あっという間に私の目の前に立った。素早い……。肩を竦めて見上げると、にっこりと笑いかけてきた。……優しそうな人ではあるんだよね。


「それで、えーっと……」

「あっ、汐崎優梨です」


 そう言えばまだ名乗っていなかった。紹介されたんだから、教えても大丈夫だよね。


「優梨ちゃんね。それで考えてくれた?」

「えっ、何を?」


 つい首を傾げながら素で返してしまった。でもお兄さんは気にした風でもなくケラケラと笑っている。


「かーわいいね、その反応。ちなみにデートの事ね?」

「あぁ、えーっと、それは……」


 一瞬、離れた所にいる匡利に目を向けた。匡利は完全に呆れたようにお兄さんを見つめている。


「(うーん……ここで助け舟を期待する方が変だよね……)」


 匡利と私はあくまで仲間同士であって恋人じゃないからね……。ここは自分でどうにかするか。ちょっと胸がジクジクと痛むのを感じたけど、気付かないふりをする。

 すると、蒔田さんのお兄さんが私の顔を覗き込んできた。それに驚いて少しだけ体が跳ねた。


「どう? 優梨ちゃん」

「……あの、ごめんなさい。私、好きな人がいるので……」


 極力小さい声でそう言ったけど、目の前のお兄さんには十分に聞こえたみたいだ。お兄さんは顔を上げて少し残念そうに肩を落とした。


「そっかぁ、残念だなぁ」

「すみません……」


 凄く人の良さそうな人だから、なんだか申し訳なく感じてしまう。そういう所が上手なんだろうなぁ。


「大丈夫だよ」


 にっこりと笑みを浮かべたかと思うと、お兄さんはクルッと踵を返してそのままサオの前に立った。


「じゃあ、今度は青い髪の可愛い君」

「えっ?」


 その場にいた全員が戸惑いに目を丸くした。唯一、蒔田さんだけが頭を抱え込んでいる。


「良かったら俺とお茶をしませんか?」

「(……この人、たらしだ!)」


 きっとこの場にいた誰もが思ったと思う。あまりの変わり身の早さに唖然とするよ……。でも私たちの視線に気づかないのか、お兄さんは益々サオに迫る。


「どうかな?」


 そう言って笑顔を浮かべる。蒔田さんたち兄弟って、慶人たちに負けず劣らずかっこいいんだよね。今までこうして誘って断られた事なんてないんだろうな……。だからこそやけに自信満々に誘ってきているんだけど……。でも、サオも一筋縄にはいかないと思うんだよね。

 思った通り、サオがにこりと笑顔を返すんだけど、あれは完全に営業スマイルだ。


「ごめんなさい。私、そう言うお誘い好きじゃないんです」


 ……バッサリと断ったね。まぁ、慶人たちでかっこいい顔は見慣れているからお兄さんの渾身の笑顔が通じないのはしょうがないんだけど……。ただ、そのバッサリ具合は少なからずお兄さんにダメージを与えたみたい。


「そ、そっかぁ。残念だなぁ……」


 私の時と違って覇気のないセリフだった。でもさすがの女たらし。諦めずに今度は佳穂に目を向けている。


「それじゃあ、茶髪の綺麗な君はどう?」

「申し訳ないんですけど……」


 そう言うと佳穂は左手をお兄さんに見せた。その手の薬指には指輪が光っている。……あんな指輪していたっけ?


「そ、それって……」

「はい。婚約指輪です。なので、ごめんなさい?」


 さすがのお兄さんも膝から崩れ落ちた。ここまでの連敗は初めてなんだろうね。

 それよりも婚約指輪ってどういう事だろう……? 思わず匡利の方に目を向けたら、若干の困惑が見えた。あれ、知らないんだ。そう思っていると、匡利の隣にいた慶人が顔をしかめて朔夜と玲を見た。


「おい。佳穂はいつ誰と婚約したんだ?」


 さすがの朔夜と玲も知らないのか、物凄く困惑した顔で首を横に振っている。すると、サオが佳穂に近づいた。


「ね、ねぇ……婚約って本当なの? 佳穂」


 小声でそっと聞くのが聞こえて、何も知らない私たちも佳穂に注目する。すると、佳穂は肩を竦めてサオを見た。


「あぁ、嘘よ」

「えっ?」


 チラッと蒔田さんのお兄さんに聞こえていないか確かめて、佳穂はさらに続けた。


「こういう人って、婚約者でもいるって言わないと完全には諦めないでしょう? 婚約者がいるってなったら貴族が関わるかもしれなくて、おいそれと手は出せないでしょうし」

「じ、じゃあその指輪は?」

「これ? これは普段私が着けている物よ。買ったのは自分だし、本当は中指用よ」

「な、なんだ……」


 真相が分かって私たちはホッと胸を撫で下ろした。まさか誰も知らないうちに婚約していたのかとドキドキした……。

 一方でお兄さんには佳穂の話はちゃんと聞こえていなかったらしくて、やっとよろよろと立ち上がった。


「そ、そうだよな……あんなに綺麗なんだから婚約者の1人や2人くらいいるよな……」


 2人もいたらまずいと思う。でも、そういう事じゃないんだろうなぁ。

 すると、顔を上げた時にアオが目に入ったのか近づいていく。それはマズいんじゃないかな?


「えーっと。それじゃあ、そこの真っ赤な髪の可愛い子……」


 お兄さんがアオへと一歩踏み出した瞬間、いつの間にかアオの後ろに誠史が立っていて自分の方へとアオを引き寄せた。


「すみませんが予定がありますので。遠慮していただけますか?」

「……あ、はい」


 わぉ。口調は丁寧だし、表情も凄く優しい笑顔を浮かべているのにメッチャ怖い。おまけに誠史の背後になんかどす黒い何かが渦巻いているような気がする……。さすがの蒔田さんのお兄さんも何かを感じ取ったのか、それ以上近づかなかった。まるで壊れたおもちゃみたいに何度も頷いてから、足早に蒔田さんのところに戻っていった。


「マジ怖ぇ……」

「おい、兄貴。紗奈ちゃんはやめろよな。俺が狙っているんだから」

「分かっているって。弟の恋路は邪魔しないよ」


 コソコソと2人でそう話してから何やらお兄さんはグッと親指を立ててウインクをしている。だから丸聞こえだって……。紗奈ちゃんは不思議そうにしているけど、雅樹は分かったのか2人の事を物凄く睨んでいる。


「ところで兄貴、リズたちはどうしたんだ?」


 はたと何かに気付いたように蒔田さんがそう言う。すると、一瞬だけキョトンとしたお兄さんは一気に焦り出した。


「ヤッバ。ギルドの庭で待たせたまんまだわ」

「はぁ? それスッゲェ怒られるんじゃねぇの?」


 誰か一緒だったのかな。パーティー仲間とか? どっちにしてもほったらかしにしていたなら怒られるね。

 すると、お兄さんは肩を竦めてため息を吐いた。


「しょうがないから戻るか……。じゃあな、孝己。またね、優梨ちゃん!」

「えっ? あ、はい……」


 思わず返事を返しちゃったんだけど、何で私だけ? 戸惑っている間にもお兄さんは大きく手を振ってギルドを出て行った。

 何だろう、凄く疲れた……。


「何だったんだ、あいつは」

「本当にね」


 慶人と誠史が呟くようにそう言う。2人の声からも疲れているのが分かる。すると、蒔田さんが少し申し訳なさそうに私たちを見た。


「悪いな、なんか……」


 なんか兄弟のはずの蒔田さんの声も少し疲れている気がするのは気のせいかな?


「それより、まさか巧巳(あいつ)までパーティーに加えろとか言い出さねぇだろうな?」


 怪訝そうに慶人が聞くと、蒔田さんは一瞬だけ目を丸くして考えた。


「いやぁ、それはねぇ……と思う」

「本当か?」

「あぁ。何しろリズたちが――あっ、兄貴は従魔師(テイマー)なんだけど、その従魔たちの事な。その従魔が多分許さねぇと思う」

「従魔?」

「あぁ。結構ランクの高い魔物で、ちょっと気難しいと言うか……今のところ兄貴以外には懐かねぇんだよ。だから、即興のパーティーとか到底無理だと思うな。だからこそ、兄貴はずっとソロで活動しているし……」


 それを聞いて慶人はちょっと安心したような顔をしている。まぁ、確かにこれ以上厄介な人が増えるのは嫌だよね。そんな事を思っていると、蒔田さんは少し困った顔をしながら私を見た。


「あと、さ……優梨ちゃん、多分兄貴に気に入られたっぽい」

「……えっ?」


 嘘でしょう。冗談じゃなかったの? こ、困るんだけど……。何も言えず困惑したまま蒔田さんを見ると、肩を竦められた。


「まぁ、ちょっと軽いけど弟の俺から見ても悪い奴じゃねぇから。それだけは言っておくよ」

「いやいやいやいや、そんなの関係なしに困るんですけど!」

「ごめんなぁ。こればっかりは俺にもどうする事もできねぇんだ。だから健闘を祈る!」


 いやいや、祈られても! そう叫びそうになったけど、その前に蒔田さんはどこかに行ってしまった。やり場のなくなった伸ばした手をそのままに私は呆然と立ち尽くした。すると、アオとサオがそれぞれ私の肩を叩いた。


「優」

「頑張って」

「そ、そんなぁ~」


 物凄く同情交じりの声で言われた私は、これからの事を思ってがっくりと肩を落とした。

 あぁ、悩みがまた増えてしまった……。


ここまで読んで下さりありがとうございました!




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