第21話 絶えない悩み
「――ハァ、今日は本当に疲れたねー」
嫌がらせ騒動の日の夜、お風呂に入った後にアオがベッドに突っ伏しながら言った。
「そうだね。……あの蜘蛛、夢に見たらどうしよう」
「それは嫌すぎる……!」
サオの言葉にアオはパッと起き上がると、隣のベッドに移動してサオの手を握り締めた。
「サオちゃん、一緒に寝ない!?」
「うん! 一緒に寝よう!」
手と手を取り合って半泣きになりながら2人はそう言い合う。その様子を私はもう1台あるベッドに座って笑いながら見ていた。
「(それにしても、1日過ごしたけど結局夢の子が誰なのかは分からなかったなぁ……)」
一瞬紗奈ちゃんかなと思ってダンジョンで様子を見ていたけど、やっぱりちょっと違うし……。そもそもただの私の願望が夢になっただけかもしれないし……。でも、ただの夢だって言うにはあまりにもリアル過ぎるんだよね。
「(実は他のみんなの別の姿とか? 確か魔法系スキルには姿を変える《七変化》って言うスキルがあるらしいし……。でもそれだと翼が生える前が誰だか分からない方がおかしいか……)」
多分、翼が生える前が人間としての姿だろうし、さすがに夢でハッキリしていなかったとはいえ他のみんなだったら分かるだろうし……。
私たちの中で翼が生えるもう1つの姿を持っているのは私、慶人、誠史の3人だ。でも、私の翼はコウモリの羽だ。鳥じゃない。第一あれが私だったらさすがに分からない方がおかしいから絶対に違う。かと言って、慶人と誠史は確かに鳥の翼が生えるけど、誠史の翼は真っ黒だし、慶人の翼は同じ白だけど髪と瞳が全然違う。そもそも、なんとなくあの夢の子は“女の子”のような気がしているから、2人は性別が根本的に違う。
「(もしかして新しい仲間とか? 可能性はなくない話だけど、それこそ確証がないし……)」
こうしてグルグルと考えてはみているけど、結局答えは出ない。しかもあれが本当にただの夢だったら、ここまで思い悩んでも意味はないし……でもなぁ……。
あまりにも考えすぎて頭痛がしているような気さえしてくる。
ふと、未だにベッドに座って手を握り合いながら話しているアオとサオの姿が目に映った。
「(……この事、2人には話した方が良いのかなぁ)」
3人寄れば文殊の知恵とも言うし、試しに話してみようかな。そう思って口を開きかけた時、部屋のドアをノックする音が響いた。私は思わず口を噤み、アオがそれに返事をしながらドアに向かった。ドアの向こうにいたのは佳穂だった。
「佳穂、どうしたの?」
「紗奈を見なかったかしら?」
佳穂の問いに3人で顔を見合わせ、それぞれ順に首を横に振る。
「私たちは誰も見ていないよ」
「そう……」
「紗奈ちゃん、いないの?」
アオが利くと、佳穂は無言で頷いた。
「30分くらい前にちょっと出るって言って行ったきり、戻ってこないのよ」
「お風呂とかは?」
「お風呂から出た後なのよ」
この宿泊施設のお風呂は大浴場だ。部屋にもシャワーはあるけど、今日はみんなで大浴場に行くって言っていた。私たちは3人一緒に入ったけど、その時紗奈ちゃんはいなかった。
割と遅い時間だし、どうしたんだろう……。私たちも不安になり、佳穂もさらに心配そうな顔をする。
「もしかして外に行ったのかしら……。でも、まだやっているお店はあるとは言っても遅すぎるし、ギルドは24時間営業だけどこの時間はあまり柄の良い人たちはいないし……。山の方は少ないとは言え夜行性の魔物だって出るから危ないのに……」
どうしようかと4人で頭を悩ませていると、また部屋のドアをノックする音がした。返事をしながらドアを開けると、そこにいたのは紗奈ちゃんだった。
「えっ!? 紗奈ちゃん?」
「わっ!?」
「えっ!?」
私の声に驚いたのは探していた佳穂だ。もちろん、開けた瞬間に驚かれた紗奈ちゃんもびっくりしている。
「紗奈!?」
「あっ、佳穂。どうしてこっちに?」
「どうしてじゃないわよ。あなたがなかなか帰ってこないから探していたのよ?」
佳穂がそう言うと、紗奈ちゃんは申し訳なさそうな顔をした。
「ごめん。少し散歩をしてたんだけど、ついゆっくりしちゃって……」
「もう! 心配したのよ」
「うん、ごめんね」
紗奈ちゃんが無事と分かると、全員で安堵の表情を浮かべる。その時、佳穂と話す紗奈ちゃんの髪に何かあるのが見えた。
「紗奈ちゃん、髪に何か付いているよ」
「えっ!?」
思ったよりも紗奈ちゃんは驚いて慌てたように髪のあたりを払った。すると、それはフワフワと床に落ちて行った。
「あっ、取れたよ」
「そ、そう……」
……なんだか、物凄くホッとしているような……。アオとサオも紗奈ちゃんの様子に不思議そうにする。佳穂も何かを考えているけど、特に何も言わなかった。
「……じゃあ、紗奈も見つかった事だし、私たちは部屋に戻るわね」
そのままでいてもしょうがないと思ったのか、佳穂がそう言う。
「うん、分かった。おやすみ。佳穂、紗奈ちゃん」
「おやすみー」
「おやすみ、2人とも」
「おやすみなさい、3人とも」
「おやすみ……」
3人で手を振り、佳穂と紗奈ちゃんもそれに振り返しながら部屋を出た。ドアが閉まる時の紗奈ちゃんは、やっぱりどこか浮かない顔をしていた。
ドアが閉まると、私は足元に落ちている紗奈ちゃんの髪についていた物を拾った。それはフワフワとした小さな白い羽だった。その瞬間、私の脳裏には夢の“女の子”の姿が浮かんだ。
「(……まさか、ね……)」
きっと、この羽を《鑑定》すれば一発で分かる事なんだと思う。でも、不思議と私にはその勇気が湧かなかった。でも、私の目にはこの部屋を出て行く紗奈ちゃんの後姿と夢の女の子が重なって見えたような気がしていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌朝、あまりよく眠れなかった私は準備に手間取っていた。紗奈ちゃんと夢の女の事が気になり過ぎて、なかなか寝付けなかった上に何度も目を覚ましていた。そのせいで寝不足過ぎて全然起きられなかった。さらに手元が疎か過ぎて色々と落としたり倒したりしているせいで準備が進まない。
あまりにも時間がかかるから、先にアオとサオにはロビーに下りてもらって急いで支度を整えた。
「(う~、さすがにちょっと眠いな……)」
あくびを噛みしめ眠い目をこすりながら階段を降りると、みんなの後姿が見えた。
「おはよう、みんな……」
「おはよう」
返事を返してくれたのは匡利だけだった。不思議に思ってしっかりと目を開いて見ると、匡利以外のみんなは何とも言えない表情で別の方向を見つめていた。何とも異様な雰囲気に、思わず近くにいる匡利にぴったりと寄る。そんな私を気にする風でもなく、匡利もみんなと同じ方向を見た。
「えっ、どうしたの? みんな……」
「あれだ」
匡利の視線の先を追うと、その先にいたのは一昨日ここに来た時に出会った蒔田さんと紗奈ちゃん、雅樹、慶人、誠史が何だか話し込んでいた。しかも、全員の表情はあまり思わしくなくて、何やら言い合っている蒔田さんと雅樹の表情に至ってはとても険しい。どう見ても揉め事の最中だ。
「何あれ……」
「……昨日、お前たちがダンジョンで嫌がらせをされただろう?」
ため息交じりに匡利が説明しだした。匡利の言葉に私は無言で頷く。
「その事をどうやらあの蒔田という男がどこかで聞いたらしい」
「はぁ……」
「それで俺たちがここに来た途端、俺たちのパーティーに……というよりも、紗奈のいるお前たちの方のパーティーに加えろと言ってきたんだ」
「えっ、何で?」
「あの男の知らない所で紗奈が危険な目に遭うのが耐えられないそうだ」
「はぁ~?」
何を言っているの? あの人……。いや、確かに紗奈ちゃんに入れ込んでいるなぁとは思ったけど、だからと言ってあの人が一緒になるのはさすがに嫌なんだけど……。また色々気を遣って探索しづらいじゃない。
「あの人が一緒なのはやりづらくなるから嫌なんだけど」
「分かっている。すでに葵や咲緒理、さらには佳穂もそう言っているし、慶人が真っ先に断った」
「じゃあ、何であんな事に?」
「……何故なのだと言い、特に理由がないのなら良いだろうと言ってきた」
「諦めの悪い……」
「その結果、雅樹が怒り出した。さらに、蒔田が入るのなら自分もそっちに入ると言い出したんだ」
なるほど。最近紗奈ちゃんの事が気になっている雅樹がそう言い出すのは分かる。分かるんだけど……。
「雅樹が一緒なのは良いけど2人が一緒じゃ、あの様子だと喧嘩ばっかりで探索できないじゃない」
「だから何とか慶人と誠史が宥めようとしているが、堂々巡りで収拾がつかなくなっている」
説明が終わった匡利は大きなため息を吐く。
「……いずれにしてもさ、今の話で紗奈ちゃんの意見は?」
「お前たちと同じ意見ではあった」
「……つまり聞いてもらえていないのね」
そう言うと、匡利は肩を竦めた。なんだか本当に面倒くさい事になったなぁ……。
いつからこの状態なのかは分からないけれど、それなりの数の他の泊り客の冒険者たちが遠巻きに眺めている。もう大注目じゃん……。
「――だから! お前は俺の何が不服だって言うんだよ!」
「不服とかいう問題じゃない。お前と一緒じゃ紗奈が危ないって言っているんだ」
「どこがだよ! 俺の実力はCランクと同等だ。召喚魔法が使えるし、火魔法だって剣だって使える。紗奈ちゃんを守るのには十分の実力だろうが!」
「だから、お前の存在そのものが危険なんだ!」
このやり取り、きっと何度もしているんだろうね。側にいる慶人と誠史がウンザリとした表情だし、それを眺めている佳穂の表情が呆れかえっている。話題になっている紗奈ちゃんはすっかり困り顔だ。
「んー、確かに下心が見え見えでそう言う意味では雅樹の言う通り危険だよね」
「それはさっき誠史が同じ事を言ったが、蒔田は否定している」
「まぁ、認めちゃったら断固拒否されるのが分かっているから、認めないよね」
きっと全員がどうしたものかと思っている中、辺りに大きく手を打つ音が響いた。
「はいっ! あなた達、そこまで!」
声がした方を振り返ると、オーナーの静香さんが額に青筋を浮かべて立っていた。美人な人が怒ると迫力あるね。
「ゲッ、オーナー」
「何が『ゲッ』よ、蒔田くん。いつもいつも女の子の冒険者にちょっかい出してはトラブルを起こすのもいい加減にしなさい!」
「ちょっ、それは今言う事じゃ……それにいつもなんかじゃないですし、これもトラブルなんかじゃありません!」
「どう見ても同じでしょう!」
へぇ、いつも女の子にちょっかい出しているんだ。それでトラブルねぇ……。
みんな同じように思っているのか、蒔田さんを見る視線が冷ややかだ。なんなら雅樹は紗奈ちゃんに蒔田さんの姿が見えないように背に隠している。
「本当にもう……みんなもごめんなさいね」
「いえ、オーナーが謝る事では……」
そう慶人が言葉を濁して蒔田さんを見る。本当なら蒔田さんが言うべき事だもんね。
「んー……ただね、彼の素行と下心はともかく、実力があるのは確かなのよ。ここのダンジョンも両方とも何度も潜っているし、20階層まで行った事があるのよね?」
「はい、何回もありますよ」
「だから、一緒に潜って損はないと思うのよ。この様子なら色々と教えそうだしね。もちろん、あなた達が嫌じゃなければよ」
えーっと、つまりは静香さん的には冒険者として何かを得る機会として悪くはないって言う考えって事だよね。んー、そうかもしれないけど私たち的にはこのままの方が動きやすいんだけど……。ただ静香さんの考えも無下にできないと言うか……。あと、この場をすんなり治めるには私たちが受け入れちゃうのが一番なんだよね。
どうしたものかと思い、みんなでしばらく顔を見合った。しばしの沈黙が流れると、慶人の盛大なため息がそれを破った。
「分かった……。まずはパーティーの編成を変えるぞ。1つは俺、玲、雅樹、紗奈に佳穂、それから蒔田だ。もう1つが優、葵、咲緒理、匡利、誠史、朔夜だ」
「……慶人が言うなら」
雅樹はすっごく不服そうだけど、慶人の決定には素直に従うんだね。蒔田さんが横でガッツポーズしてるから余計にイライラするんだろうなぁ……。あと雅樹には悪いけど、私とアオは思いがけず匡利と誠史と一緒になれたから嬉しいんだよね。
「そういう訳で、よろしくな! 紗奈ちゃん」
蒔田さんはそう言って雅樹の横をすり抜けて紗奈ちゃんの手をギュッと握り締めた。すぐに雅樹がその手を離させて蒔田さんから紗奈ちゃんを隠す。2人は無言で睨み合って、その様子に慶人がげんなりと頭を押さえている。頑張れ!
少しだけ話し合い、代表者は慶人と誠史に決まった。ここでも蒔田さんが代表になるって言い出したんだけど、鬱憤がたまり過ぎて顔が超怖くなった慶人と誠史に睨まれて口を噤んでいた。それが賢明だと思う……。それから慶人たちが海ダンジョンへ、私たちが昨日と同じ陸ダンジョンに行く事になった。
パーティー変更の報告と手続きに慶人と誠史と原因の蒔田さんの3人でギルドに向かった。未だに雅樹はピリピリとした空気を纏っているけど、玲が上手く宥めている。紗奈ちゃんは少し疲れた様子で佳穂の側で何かを話している。
私は匡利の側を離れてアオとサオに近づいた。
「アオ、サオ」
「あっ、優」
「なんか大変な事になっちゃったね」
「そうだね」
私たちは肩を竦めてそう言い合い、雅樹たちの方に視線を向けた。なんとなく、さっきよりも雅樹の様子が落ち着いているような気がする。
「とりあえず雅樹は慶人と玲が一緒なら大丈夫かな? ちょっと大変そうだけど」
「そうだね」
「佳穂は紗奈ちゃんのためにあっちなんだろうけど、完全に巻き込まれた形だから大変だよね」
そう話していると、視界に朔夜と話す匡利が映った。2人も何かを話しているんだけど、なんとなく匡利が心配そうに誰かを見つめているのが分かった。ただ、匡利がそう見つめそうな雅樹はその視線とは別のところにいる。
「(誰を見ているの……?)」
無意識に私は匡利の視線の先を追う。そこには紗奈ちゃんと一緒にいる佳穂がいた。
「(えっ……佳穂を、見ているの……? 何で……)」
匡利がこんな風に誰かを、特に女の子を見つめるのはあまり見た事がない。視線の感じもいつもとちょっと違う気がする……。なんだろう、物凄く胸がざわつく……。
説明のつかない不安を振り払おうと、私は首を振った。突然のその行動にアオとサオが驚いた。
「優? どうしたの?」
「頭でも痛いの?」
「あっ……ううん、何でもない……」
心配してそう言ってくれたけど、不安の要因が漠然としていて私にも説明のしようがなかった。もう一度チラッと匡利を見るけど、すでに佳穂から視線を外して朔夜と話している。
「(どうしてあんな眼で佳穂を見ていたの……?)」
ずっと夢の女の子の事で悩んでいたけど、また更に悩みの種が増えてしまった。いつまでも絶えない悩みに私は密かにため息をついていた。
ここまで読んで下さりありがとうございました!
【読者の皆様へお願い】
この小説を「面白い」「続きが気になる」「他の人にも読んでほしい」と思って下さる読者様、
よろしければブックマークまたは感想・いいねなどの評価、レビューをぜひお願いいたします。
執筆の励みになります!
もし誤字脱字にお気付きの際は遠慮なくご報告してくださいませ。




