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異能者恋物語  作者: 蒼月憂
第1章 新学期
13/52

第12話 満月の夜 前編

 5月の半ばを過ぎた休日の日。私は人を探して家の中を歩いていた。家の1階にあるリビングルームに来ると、中からクラシック音楽が聞こえてきた。この感じだと中にいるのは慶人かな?

 中に入ってみると、思った通り慶人がいた。ソファに座って優雅に紅茶を飲んでいる慶人の背には、普段しまっている純白の綺麗な翼があった。


「慶人。寛いでいる時にごめんね」

「いや、平気だ。どうした」

「玲か朔夜を見なかった?」


 私が探していたのはその2人だ。


「玲は見ていないが、朔夜ならさっき葵と一緒に地下に向かったぞ。何かあったのか?」

「制御装置のメンテナンスをお願いしようと思って。あと、血液タブレットとローズカプセルの補充もしたくて……」


 私は慶人の前のローテーブルの上にある卓上カレンダーに視線を向けた。そのカレンダーには月の満ち欠けのマークがあった。


「――もうすぐ満月だから」




 この世界に存在する人間以外の種族は、月の満ち欠けで魔力が増したり姿を変えたりする事がある。人間の中にも月が綺麗な夜は魔法の精度が上がる、魔法薬(ポーション)の出来が良くなる、といった影響を受ける人が存在するんだけど、魔力が増したりとかはしない。

 でも、人間でありながら異種族の姿を持つ私たちは、月の満ち欠け――とりわけ満月に影響されやすかった。


 まず、全員が満月の日が近づくに連れて少しずつ魔力が増していく。元々の魔力量が変わる、と言うよりも“割り増し”っていう感じで、満月の夜になると大体1割り増しぐらいになる程度だ。まぁ、元々の魔力量が40万越えだから1割増しただけでも相当なんだけど……。

 ただ、私たちは普段から魔力制御をしているけど、元々の魔力量での制御だからちょっと増えただけでも制御が大変で……。だから、それを補うために私たちは魔力を押さえる制御装置を使っている。


 そして、魔力が増える以外にも満月の影響があり、最もそれを受けているのが私と雅樹だ。


 私はもう1つの姿が吸血鬼だけれど、身体は人間だからか日常生活で吸血鬼の本能である「血を欲する」という事はほとんどない。でも、満月の日が近づいてくると、どうしても「血」に対する欲求が増してしまう。満月の日はそれが最高潮に達して、そのまま放っておくと最終的には「吸血衝動」を起こして誰かれ構わず吸血してしまうか、吸血衝動を抑えるために酷く衰弱するかのどちらかを起こしてしまう。

 そうならないために、私は満月の数日前から「血液タブレット」と「ローズカプセル」という物を服用している。血液タブレットは血の代わりになって、ローズカプセルは吸血鬼にとって糧の1つとなる「薔薇の生気」の代わりになる。

 ちなみにこの2つは朔夜と玲が私のために開発した物で、血液タブレットは造血剤として、ローズカプセルは“飲む香水”としてギルドで登録・販売もしているらしい。


 そんな私よりもさらに影響を受けているのが“狼人間”の雅樹だ。

 狼人間は狼・獣人・人間の3つの姿を持っているんだけど、普段の雅樹はその3つの間を自由に変身できる。でも、満月の日は日没後に必ず狼の姿に変身して、夜明けまで元の姿に戻れない。

 よく「満月の夜、狼人間は自我を失う」って言われているんだけど、幸いに雅樹は狼姿になっても自我を失わずに済んでいる。それでも念のため、雅樹は満月の日は夕方からは家に籠って、変身した後はジッと朝が来るのを待っている。

 それに、昼間も魔力が増している上に変身の予兆があるのか、身体が酷く怠いらしい。そのせいで、いつも満月の日の昼間は凄く体調悪そうなんだ。薬を飲んでもどうにもならないし、気を紛らわして耐える以外に対処がほぼないんだよね。1つだけ、ちょっぴり効果がある方法があるんだけど、雅樹はそれも嫌らしくて……。だから、雅樹は満月の日が近づくと物凄ーく憂鬱そうだ。




「――まだ少しあるけど、ちょっと心許ないんだよね」


 私はそう言って、手に持った瓶2本を慶人に振って見せた。1本には真っ赤な色の透明な錠剤が、もう1本にはピンク色の透明なカプセルがそれぞれ数粒ずつ入っている。


「前から思っていたが、お前ってそれだけで血は足りているのか?」

「んー、そうだね。調子が悪い時は満月に関係なく飲んでいるけど、日常生活には問題ないかな? 血しか口にできないっていう訳でもないし、普段はそこまで『血が欲しい』って思う訳でもないし……」


 その辺りは純粋な吸血鬼じゃなくて良かったなって思うよね。本物の吸血鬼がどんなのかはよく知らないけど……。


「お前、もし欲しくなった時はどうしているんだ?」

「えぇ~? 滅多にないけど、アオとかサオとかくれるよ。あと、朔夜と玲もくれる時あるよ。なんか『献血と思えば何の事もない』とか言って……」


 一種の健康法だって言われて、何とも言えない気持ちになったんだよね……ありがたく貰ったけどさ。


「足りているなら良いんだが、変に我慢するんじゃねぇぞ。血くらい、いくらでも分けてやる」

「フフッ、ありがとう」


 心配してくれた上での慶人の言葉が素直に嬉しかった。私がお礼を言うと、慶人は優しく微笑んだ。うん、今日もかっこいいね。


「じゃあ、地下を探してみるね」

「あぁ」


 私は軽く手を振り、リビングルームを出た。その扉の向こうからは、またクラシック音楽が聞こえてきていた。




 地下に下りてからはアオと朔夜が良そうな場所を探した。


「(弓の練習場は違うし、ボイトレも違うだろうなぁ……トレーニングルームかな?)」


 とりあえず、いくつかの扉を通り過ぎてからトレーニングルームの入口の扉をノックした。一呼吸置いて扉を開けると、ついさっきまでトレーニングをしていたであろう匡利が、タオルを片手にこちらを見ていた。


「優」

「ごめんね、トレーニングの邪魔しちゃった?」

「いや、ちょうど休憩をするところだ」

「そっか」


 私はホッと胸を撫で下ろして、中に入った。


「どうしたんだ」

「アオと朔夜を見なかった?」

「その2人なら作業室にいると思うぞ。先ほど、制御装置のメンテナンスをするか聞かれた」

「そっちにいたのか。ありがとうね、匡利」


 少しでも邪魔にならないようにと、私はお礼を言ってササッとトレーニングルームを後にした。


 アオと朔夜がいる作業室は、地下でも少し奥の方にある。作業室の近くまで行くと、中から声が聞こえてきた。

 ノックしてから中に入ると、匡利の言った通り2人がいた。


「優、どうしたの?」


 私が入ると、アオが嬉しそうに声をかけてきた。


「朔夜に制御装置のメンテナンスをお願いしようと思って。アオはどうしたの?」

「私は制御装置の修理だよ」

「修理?」


 朔夜の手元には一見普通のネックレスに見える物がある。これは朔夜と玲が《錬金術》のスキルを利用して作った制御装置だ。使われている魔石には、魔力を制御する魔法と軽量化の魔法が付与されている。私が持っているのもデザイン違いの同じ物だ。


「一昨日の体育の時にぶつけちゃって……。なんとなく調子が悪い気がしたから見てもらったの。そうしたら魔石にヒビだって」


 アオは肩を竦めてそう言った。


「しばらく使いっぱなしだったから、少々劣化していたようだ。衝撃に弱くなっていたんだろうな」

「そういえば、粒が小さめの魔石は劣化しやすいって前に言っていたね」

「あぁ。何度も魔力を注入する内にどうしても劣化するんだ。そろそろ替え時でもあったから、ちょうど良かった。この前、ギルドに行った時にもう少し粒が大きくて質も良い魔石を買ったから、それと交換する事にした。《付与(エンチャント)》は完了しているから、後はこうすれば……ほら、直ったぞ」

「ありがとう、朔夜くん」


 アオはホッとしたようにネックレスを受け取って首にかけた。


「良かった。これがないと、満月の日が心配だったから」

「人前で獣人化するわけにいかないもんね」


 私が苦笑気味に言うと、アオも苦笑しながら頷いた。もう1つの姿が獣人のアオたちは力を解放すると、耳とか尻尾とかが現れるんだ。アオの狐の尻尾は中々の長さとサイズで、人前で出しちゃうとさすがに隠せるモノじゃないんだよね。


「じゃあ、優のも見ようか」

「うん、お願い」


 私は制御装置の《隠蔽(ハイド)》を解除して、ネックレス型の制御装置を朔夜に渡した。 

 《隠蔽》はその名の通り他から見えなくする魔法だ。普段はそのまま着けているんだけど、時と場合によって見えなくできるように付与がされている。今は着ている服とちょっと雰囲気が合わなくて見えなくさせていた。


「――これも魔石が劣化しているから新しい魔石と交換しよう」

「ありがとう。ところで、血液タブレットとローズカプセルの在庫ってあるかな?」

「あるぞ。少し前に作ったばかりだ。いつも通り、棚に大瓶でしまっているぞ」


 朔夜は作業室の奥に並ぶ棚の1つを指さした。その棚の所に行って扉を開けると、ズラッと大瓶が並んでいた。血液タブレットとローズカプセルがそれぞれ4本ずつある。一番手前にある大瓶を1本ずつ出して、近くの作業台の上で手持ちの瓶にそれぞれ移し入れた。


「いつも通り最後の1本になった時に教えてくれるか。また作るから」

「うん、分かった。ありがとう」


 大瓶を棚に戻しながら答えていると、アオが側にやって来て私の小瓶をジッと見つめた。


「いつ見ても綺麗だよね、この2つ。これ、手持ちにも便利だし飲みやすいってギルドでも評判なんでしょう?」

「そうみたい。確かに飲みやすいよ、これ。血液タブレットは増血剤としてかなり優秀だって言われるのも納得だよ。今までのはちょっとね……」


 言葉を濁すとアオは不思議そうに首を傾げた。


「今までの増血剤って、前からある液状の薬の事だよね? 冒険者ギルドで売っているの、見た事あるよ」

「そう、それ。この血液タブレットができる前に1回だけ満月の前に血の代わりになるかどうか、試しに飲んだ事があるんだ。結果、かなり悲惨な事になったのよ……」

「え~、何があったの?」


 怖いもの見たさで恐る恐る聞いてくるアオに苦笑しつつ、私は当時の事を思い出した。


「元々の増血剤って、作り方はさすがに私もよく知らないんだけど、材料の大半が当然だけど『血』そのものなのよ」

「えっ、それって……」

「あぁ、もちろん人間のじゃないよ。基本的に魔物を解体した時に出る血液らしいよ。それを精製したり他の材料と合わせたり毒抜きをしたり……何の魔物の血液かによって手順は色々と変わるらしいんだけど、そうやって人間が飲んでも問題ない様にして、そこから調合して増血剤としての効能がきちんと発揮されるようにしたのが、従来の増血剤なんだって」

「なるほど。……それが何で悲惨なの?」


 私が「悲惨だ」と言う理由はただ1つだけだ。


「――簡単に言うとね、凄まじく不味いのよ」


 あの時、口に広がった味の事を思うと、今でもげんなりとするほどだ。


「そ、そんなに……?」

「うん。多分努力はしたんだろうけどね……。増血剤としての効能はそう銘打っている以上優先しないと意味ないじゃない? だから、味や飲みやすさは二の次どころか五の次になったんだろうね。……とにかく、物凄く生臭いし鉄臭いし、口どころか喉までねっとりとした感触が残るし、いつまでも口に味は残るし……最終的に気持ち悪くなるし、本当に最悪だった」


 思い出すのも嫌でつい淡々とした口調で感想を述べたけど、それを聞いたアオは乾いた笑いを浮かべていた。


「病院の治療では増血剤より輸血の方が使われるのも納得よ。あれじゃ冒険者が緊急時に使うのが限界だね。患者に飲ませられないし、口に入れられたとしても吐き出されそうだし……確実にお年寄りと子どもには向かないよね」

「そんなになんだ……」

「まぁ、私は吸血鬼の状態なら飲んでも平気だったんだけど、そもそも増血剤を飲もうと思ったのも人間の状態で飲む事を想定してだからね。トマトジュースとかに見せかけて、いざという時に飲めればと思ったんだけど……」

「人間の状態では一口で噴出していたな。それを見た慶人たちが吐血と勘違いして騒ぎになったのを覚えていないか?」


 メンテナンスを終えた朔夜が会話に加わった。朔夜が話しているのは数年前の事なんだけど、あの時の事はさすがにアオも覚えていたみたいで頷いている。

 あの時、朔夜に相談して増血剤を提案されたんだけど、口にした瞬間思い切り吹き出しちゃって……おまけにその時は1階のリビングルームにいたんだけど、激しく咳き込んだものだから他の部屋からみんなが大慌てでやって来ちゃって……。まぁ、傍から見たら床も私(主に口周り)も血だらけだから、そりゃ吐血したと思うよね……。それで病院に行くか自分たちで治癒属性魔法を使うかの騒ぎになっちゃったんだ。あの時は珍しく匡利も慌てていたなぁ……。その後は事の顛末を知った慶人が心配のあまり激怒していたなぁ……。

 ちょっと申し訳なかったけど、今となってはそれも全部含めて笑い話だ。


「――それで増血剤を使うのは諦めて、朔夜と玲がスキルをフル稼働で開発してくれたのが、この血液タブレットなのよ」

「そのおかげで、今では医療ギルドに定期的に納品する事になってな。思わぬ収入を得られるようになったんだ」


 そうなのよねぇ。試しに医療ギルドに持っていったら速攻で取引開始だったらしいね。


「後から試しに作ってもらったローズカプセルも私に効いたんだけど、普通の人が飲むと吐息が薔薇の香りがするって効果もあったの。それで『飲む香水』って言って女性から人気なんだよね」

「そのおかげで、こっちは血液タブレットよりも需要が高いんだ。今は、優には効かないが、他の花でも同じように作れないか実験中だ」


 そう言う朔夜の視線の先には色々な花が置いてある。薔薇だけで数種類、他にはジャスミンとかラベンダーとかがある。どれも香りが良くて、女性に人気の花ばかりだ。吸血鬼としては効かないけど、他の花の香りもちょっと興味があるんだよね。オレンジとかレモンとかの柑橘の香りがあっても良いと思うけど、その辺りは後々かな?


「――そろそろ上に戻るが、良いか?」

「「はーい」」


 アオと声を揃えて返事をして作業室を出る。私たちが出ると、朔夜も明かりを消してから作業室の鍵を閉めた。


「あぁ、そうだ。優、これを匡利に返してきてくれないか?」


 ニッと笑いながら朔夜から渡されたのは、匡利の制御装置だった。


「了解。……ありがとう」


 わざわざ私に頼んだその意図は、匡利と話すきっかけ作りだ。お節介と言いたいところだけど、朔夜なりのその優しさは嬉しかった。小さくお礼を言うと、軽く頭を撫でられた。


「俺は用事があるから、先に戻るぞ」

「私も先に戻っているね、優」

「うん。また後でね」


 1階に上がる階段下でアオと朔夜を見送り、私はまだトレーニングルームにいるであろう匡利のところへと向かって行った。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「うぅ~~~~~……」


 数日後の満月の日の朝、雅樹はいつもより少し早いくらいの時間にダイニングルームに下りてきた。でも、席に座った途端にそのまま突っ伏してしまった。それからずっと何やら唸り声を上げている。


「……いつも思うけど、辛そうだよね」


 雅樹を見ながら私が言うと、アオとサオと佳穂が無言で頷いた。


「病気ではないし、何か薬があるわけじゃないのよね……」と佳穂。

「唯一辛うじて効果があるのが朔夜くんの『特製オリジナル野菜ジュース』なんだよね」とアオ。

「あれ飲むと不思議と頭はスッキリするし、疲れも無くなるよね」とサオ。

「……でも、結構凄い味なんだよね」


 最後の私の言葉に、3人はまたもや無言で頷いた。

 朔夜の作る野菜ジュースは青汁が美味しく感じるほどの凄まじい味で、一度飲んだら忘れられないし、二度と飲みたくなくなる味なんだよね。あれ、何が入っているんだろう? 効果はそれこそ魔法薬(ポーション)並なんだけどさ……。

 あれこれと考えていると、厨房(キッチン)から朔夜が出てきて雅樹のところへ向かった。


「ほら、雅樹。いつもの物だ」


 にこやかにそう言いながら雅樹の目の前に野菜ジュースの入ったコップを置いた。これはまた随分と深い緑色で……。若干黄色とか赤色がマーブル状に混ざっているけど、あれ何だろう……。

 コップを目にした雅樹は傍目にも分かるほど顔をしかめた。


「……朔夜。いつも思うけど、これ何が入っているんだ? 見た事ない色をしているぞ……」

「企業秘密だ」


 見惚れそうなくらい爽やかな満面の笑みでそう言われて、雅樹はげんなりとした表情でコップを手にした。恐る恐る鼻を近づけて、ますます顔を歪ませている。今の雅樹、いつもの数倍鼻が利いているんだよね……。ご愁傷様……。


「……ほうれん草、小松菜、人参、トマト、レモン、大根、ピーマンにこの香りはセロリか? それに……ブロッコリーと紫キャベツと……いくつか薬草も入っているみたいだが、匂いが混ざって分かんねぇ……」


 匂いだけであそこまで分かるのも凄いね。でも、やっぱり全部は分からないかぁ……。それになんか、味の想像が全くできないラインナップだったけど、どんな味なんだろう……怖い意味で。

 ハラハラとしながら見ていると、雅樹は恐る恐るコップに口を付け、意を決して一気に飲み干した。あれは凄い。コップを置いた雅樹は何とも言い難い表情で口を押さえた。


「~~~~~っ!」


 声にならない叫び声を上げていると、朔夜が笑顔でさっきの野菜ジュースが並々と入ったコップを手にした。まだあったんだ、アレ……。


「良い飲みっぷりだな。もう一杯いるか?」

「いらん!」


 雅樹は立ち上がる勢いで力いっぱい拒否した。珍しく雅樹が怒っているけど、目の前の朔夜はケロッとしている。


「安心しろ。体に良い物しか入っていないから」

「あのな、朔夜……。頼むからさ、少しは味も考慮しろ」

「生憎と俺は料理が苦手でな。入れたい物を入れると、味の方はどうも難しいんだ。慣れれば意外といけるぞ?」


 そう言いながら朔夜は手にしていた野菜ジュースを平然と飲みだした。何で朔夜はあれが平気なのよ、信じられない。雅樹もそう言いたげな目で朔夜を見ている。

 朔夜と雅樹のやり取りを眺めていた慶人は時計を目にすると、キッチンに食器を片付けてから上着と鞄を手にした。


「俺は生徒会のやる事があるから先に出るぞ。雅樹は澤田に伝えておくから、倶楽部は無理するな。あぁ、それと優」


 私? 何事かと慶人の方を見ると、その目にちょっとだけ心配の色が見えた。


「お前も、今日は無理するな。分かっているな?」

「うん、分かっているよ。ありがとう、慶人」


 満月の日、私と雅樹は特に影響を受けるから無理は禁物だ。無理はしないと分かっていても心配なのか、慶人はいつもこうして声をかけてくれる。その心遣いがとてもありがたい。優しいよね、慶人って。




 学校に着いてからも雅樹は机に突っ伏していた。その様子を倶楽部の朝練から戻ってきた紗奈ちゃんが見ていた。


「紗奈ちゃん、おはよう」

「おはよう。優、アオちゃん、さーちゃん」


 雅樹を見つめる紗奈ちゃんに声をかけると、一瞬遅れて返事が返ってきた。


「……ねぇ、優」

「ん? なぁに?」


 紗奈ちゃんはチラッと雅樹に視線を向けてから、心配そうな顔をした。


「その……雅樹くんって、どこか具合でも悪いの?」

「雅樹? えっと……」


 私は思わず隣にいるアオとサオに目を向けた。


「具合が悪いっていうか……」

「そこまでじゃないというか……」

「なんて言うか、軽い貧血って言うのかな? そんな感じなの」


 3人揃ってしどろもどろと答える。さすがに本当の事は言えないし、何に例えたらいいのか分からないから、どうも返事が曖昧になってしまった。


「……雅樹くんって、月に一度は必ず体調崩すよね」

「(((ギクッ……)))」

「何か病気とかじゃないんだよね?」

「うん、まぁ、一応……」


 うーん、確かに気になる人は気になるよね。とはいえ、どう説明したらいいか……。

 3人で考えあぐねていると、当事者の雅樹が顔を上げてこちらを見た。


「心配しなくても大丈夫だよ、紗奈」

「えっ?」


 急に声をかけられて紗奈ちゃんは驚いたように雅樹を見た。何て言うつもりなんだろう……?


「俺、元々不眠気味なんだ。あと、あんま食べられない。必要最低限は食べるけど……」


 確かに雅樹は慶人たちに比べて少食だね。食べられる時とそうじゃない時の波があるし、休みの日なんてみんな一緒の夕飯以外食べてない事もあるみたいだし……。これでもマシにはなった方なんだけどね。

 不眠気味って言うのも極端に眠りが浅いらしいんだよね。だから、昼間に誰かの隣でお昼寝している事が多い気がする……。


「――まぁ、そんなわけで月に1回、朔夜が俺の健康を心配してオリジナルの栄養ジュースをくれるんだけどさ……」

「うん……」

「……想像を絶する味なんだよな」


 ……うん、物凄く身に染みているセリフだね。思わず紗奈ちゃんが引いてるじゃん。


「そ、そんなに……?」

「栄養は摂れるんだろうけどな。強烈すぎて何もする気起きねぇ……」


 そう呟いたかと思うと、雅樹はまた机に突っ伏してしまった。紗奈ちゃんは心配そうに振り返るけど、私たちも肩を竦めるしかできなかった。


「(――それにしても朔夜って、料理が苦手とは言っていたけど、そこまで下手だったかな? 味覚は普通だし、普段の食事当番の時は一応普通の料理が出てくるし……実はジュースが不味いのはわざとだったりして……)」


 何となく不敵な笑みを浮かべながら眼鏡を上げ、その手におどろおどろしい色をしたコップを持つ彼の姿が想像できた。


「(……うん、きっとわざとだね)」


 そう結論付け、私は未だに机に突っ伏す雅樹に向かって心の中で手を合わせていた。


ここまで読んで下さりありがとうございました!




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