95.余計な一言
「……眠い」
「あんな夜遅くまで起きているからだろう……いや、朝早くまで、か? とりあえず、夜にちゃんと寝ないからだぞエイジ」
「……うるさいうるさい」
目を擦りながら僕は、クティラと駄弁りながら廊下を歩いていた。
結局昨日はあの後全く眠れなかった。変なこと考えて変な風に意識しすぎたからだ。ほんの少し下着が湿っていて気持ち悪い。
けれど、最後の一線を超えなかったのは不幸中の幸いだ。ギリ触らなかった。セーフだセーフ。
「お、サラじゃないか。おはよう、だ」
「あ、クティラちゃん。朝起きたら居なかったからびっくりしたけど……お兄ちゃんのところに行ってたんだね」
洗面所に入ると、鏡で自分の顔を見ながら、何かをしているサラに出会った。
サラはこちらに顔を向けないまま、話を続ける。
「お兄ちゃんもおはよっ」
「……はよ」
「何そのテキトーな返事。うざっ」
変わらずこちらに視線を向けず、いそいそと色々しているサラ。
鏡に映るサラを見ると、不満そうに頬を少し膨らませていた。
「ふわぁ……とりあえず顔洗いたいからそこどけ、サラ」
「はあー? しょうがないなぁ……」
わざとらしく大きくため息をつきながら、その場からサッとサラは離れる。
どいてくれるなら何も言わずにどいてくれればいいのに。可愛げのないやつ。
とりあえず僕とクティラは二人並んで立ち、蛇口を捻り水を出し、それを手で掬いながら顔を洗い始めた。
一気にスッキリとした気分になる。けれどまだ額の部分が曇っているというか、そこにほんの少し痛みを感じる。寝不足だからだろうか。
まだあまり動かない脳を必死に動かしながら僕は考える。今日は土曜日、何か予定があったかな、と。
──無い。あったとしても、女の子になっている時はなるべく外に出たくない。
ので。今日は昼寝をすることにした。そうすれば頭もスッキリするだろうし、寝不足も解消されるだろう。
「サラ、リシアお姉ちゃんはどこだ?」
「ん? リシアお姉ちゃんならリビングだよ」
「よしわかった。ではリビングに行くぞ、エイジ」
「言われなくても行くつもりだったけどな……」
僕はタオルを二枚手に取り、一枚クティラに渡す。
そして僕とクティラは同時に顔を拭き、同時にタオルを洗濯機に投げ入れ、同時にリビングを出た。
「……ん?」
と、ここで違和感を感じた。何かおかしくないか、と。
僕は無意識に肩に触れた。そうだ、肩に何かが足りない。
「……んん?」
隣に立つクティラを一瞥し、僕は思わず首を傾げてしまった。
そういえばクティラ、大きくないか?
僕はその場に立ち止まり俯き自分の胸を確認。男の子の時にはない、膨らんだ胸が服を着ていても主張している。
間違いない。僕は今、女の子だ。僕が女の子ならば、クティラはミニクティラのはずだ。昨日の夜は間違いなくミニクティラだった。
そういえば昨日、と言うより今日の早朝。クティラが僕の部屋に入った時から、彼女はミニクティラ状態ではなかった。ぬいぐるみの大きさではなく、少し小さめな女の子の大きさで僕の上に被さってきたのだ。間違えるわけがない。
「む? どうしたエイジ。その場で固まって」
あざとく首を傾げながら、覗き込むように僕を見るクティラ。
僕は固唾を飲んでから、彼女に問いかけた。
「……なんでお前、ミニクティラじゃないの?」
そう問いかけると、クティラはニヤリと口角を上げ、自信満々な笑みを浮かべる。
「これは変身魔法の訓練だ。昨日ラルカに聞いてみたところ、練習すれば副作用を無くせると言うのでな」
「僕の知らないところで設定増やすなよ……」
変身魔法とか新しい単語が出てきて、僕は困惑する。
いや、暴走ケイとの戦いの時に似たようなことを言っていた気がする。
「うむ……慣れてきたな。これならあと一時間はこの姿でいられるだろう」
両手をグーパーしながら呟くクティラ。とりあえず僕には関係なさそうな話なので、放っておくことにした。必要になったら覚えればいいや。
ので。僕とクティラは会話を打ち切り、真っ直ぐにリビングへと向かっていった。
「あ……エイジ、クティラちゃん。おはよー」
リビングに着くと、椅子に座りながらテレビを見ていたリシアがこちらに振り向き、笑顔で手を振りながら挨拶をしてきた。
僕もそれに倣い手を振りながら挨拶をする。無論、隣にいるクティラも。
「……なーんでリシアお姉ちゃんにはちゃんと挨拶してるのかな? お兄ちゃん……?」
と、後ろから低めの声で怒りの声が聞こえてきた。
振り返ると、そこにいたのは当然サラ。腕を組みながら、左の人差し指で右腕を叩きながら、不満そうに僕を睨みつけている。
そんなに怒ることか? とりあえず彼女は無視して、僕はソファーへと向かった。
そのまま僕は倒れるように全身をソファーに預ける。ふわふわで気持ちがいい。
その直後。僕の隣にクティラがちょこんっと座ってきた。珍しく僕の膝の上に座らない彼女に、僕は安堵を覚えた。地味に重くてキツいから、それを感じなくて済むのは素直に嬉しい。
「あ、そだそだお兄ちゃん、リシアお姉ちゃん、クティラちゃん。私そろそろ出かけるね」
と、サラがソファーの背もたれに両手を乗せながら、ソファーに座る僕たちと、椅子に座るリシアに向けおでかけ宣言。
僕は思わず振り返りサラを見てしまう。行くって、どこに行くんだろう。
よく見ると、サラは普段のサラらしくなかった。僕と出かける時はラフな格好なのに、今のサラはやけに気合いが入っている感じがする。
一眼見て抱く印象は清楚な女の子。普段の生意気な雰囲気を一ミリも感じさせない、可愛らしい雰囲気。身内の贔屓目無しにとても可愛く見える。
「んじゃ行ってきまーす。多分お昼過ぎには帰るから」
そう言うと、サラはリビングを少し駆け足で出ていく。
僕はそんな彼女に何も言えないまま、ただ見送ることしかできなかった。
胸にモヤモヤを抱えながら、僕は振り返りテレビを見る。
すると、いつのまにかサラを見送る体勢になっていたクティラが、小さくボソッと呟いた。
「あの気合いの入れよう……男だな」
それを聞いた瞬間、僕は無意識にソファーに拳を打ちつけた。
それとほぼ同時に、物凄い破壊音が聞こえてきた。音のした方を見ると、リシアが顔を机に打ちつけそれを真っ二つに割っていた。
「……えっと、エイジ? リシアお姉ちゃん?」
冷や汗をかきながら、驚いたように目を見開くクティラを、僕はキッと睨みつける。
クティラの背後には、いつのまにかリシアが居た。彼女も僕と同じように、クティラを睨みつけている。
「なあクティラ……さっき何て言った?」
「そうだよクティラちゃん……何て言ったの?」
僕とリシアはほぼ同時にクティラに問い詰める。すると彼女は珍しく怯えたような表情で、無駄なのにソファーに座りながら後退りをする。
「その……だな。二人とも気づいていると思うが……サラはいつも以上に気合を入れて外出しただろう?」
「うんうん、続けて続けてクティラちゃん。さあさあ早く続けてクティラちゃん」
「だ、だからだな……! 好きな男の子とデートでもするのかなーっと……思ったわけ……です……リシアお姉様……」
少し泣きそうな目で、怯えたような声色で、リシアの顔色を伺いながら語るクティラ。
それを聞いた直後、リシアは僕たちに背を向け、パキポキと何かを鳴らすと、笑顔でこちらに振り向いた。
「クティラちゃんの推理が正しいのだとしたら……見極める必要があるよね私たちが。サラちゃんの彼氏さん候補をさ」
「ああ、その通りだなリシア」
僕はリシアの意見に賛成し、力強く頷く。
「エ、エイジ……? お前そんなキャラだったか……?」
クティラの質問に僕は答えず、その場ですぐに立ち上がり、拳をぎゅっと握りしめて言う。
「行くぞリシア……! 今すぐ着替えてサラの後を追うぞ……!」
「うん……! 四十秒で支度するよ……!」
ぎゅっと拳を握りしめ、頑張るぞーのポーズをするリシア。
そんな彼女に向け僕は手を差し出す。当然それを、リシアは力強く握り返す。
「……え? もしかして今日、私がツッコミ役なのか?」
クティラが首を傾げながら何かを呟くと同時に、僕とリシアは各々の部屋に向かって走り出した。




